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ドアの前にいた声の主は、白衣姿の女性だった。
黒い髪を後頭部の高い位置で一本にまとめ、前髪は眉上で切りそろえられている。
すっと切れた目が祈をとらえると、細められる。
笑ったのだと祈が思うと同時に、笹ヶ峰が後ろを振り向く。
そして、背後を確認すると彼は「あっ」と小さな声を上げた。
「皆瀬さん……!」
「笹ヶ峰君、病室ではお静かに」
勢いよく立ち上がったせいか、笹ヶ峰の座っていた椅子ががたりと倒れる。
騒々しさに、彼女は笹ヶ峰を「君付け」で注意した。
その落ち着きの払い方からして、まず間違いなく祈より年上……もしかしたら笹ヶ峰よりも年上かもしれない。
「初めまして、少年。私は、皆瀬 涼子。見ての通り、この病院の医者で専門は霊障。運ばれてきたキミを処置したのは、もちろん私」
「あ、それは、どうも……お手数をおかけしました……錫蒔 祈です」
「患者を助けるのが医者の使命だもの、恐縮する必要はないわ。――それで、話はもどるけれど」
赤い唇が、ゆるくつり上がる。
「キミの退院は認められません、錫蒔君」
「でも、俺もう元気なんで」
「ここを出たらすぐ死ぬかもしれない。死ぬと分かっている患者を、はいさようならと見送れるはずないでしょう?」
「……死ぬ?」
「霊障患者、それも保呪者なんて、主治医として退院を認めるわけには行きません。とりあえず、キミはこのまま病室で休んでいること。――笹ヶ峰君は、一緒に来て。そろそろ、あのふたりをなんとかしないと」
やれやれとため息をつくと、皆瀬は笹ヶ峰を促し病室を出て行く。
「いい? ここにいてね?」
最後にそう、念押しして。
――そして残った祈は、病室のベットに大の字で寝転がった。
「……呪い……」
以前、獏間が言っていたことを思い出す。
自分はそういうモノを惹きつけやすい体質だと。
悪いモノ――本来は目に見えない、存在を知覚されないモノ。
それが見えるから、認識できるから、祈にはそういった類が寄ってくる、存在を認識されるために。
(でも……)
かつての呪いは獏間によって解かれた。
だから、心のどこかで、もう大丈夫と思っていた。
そういうモノが寄ってくるのは、呪われていたせいだと――事実、獏間の手を借りて解決した事柄は、その全てが叔母の中にいたモノに端を発していたから。
だが、まさか――また、呪われるとは。
なんだってこう、ついてないのか。
いや、ある意味では憑いている……などと考えたが、少しも笑えない。
なにぶん、祈にはこういったことに関する知識がない。
ここでひとり、うんうんと悩んでいても、なんの進展もないだろう。
(やっぱり、ここは獏間さんか……)
事情を知っているだろう、一番頼れる相手を思い浮かべた祈。
鏑は置いておいて、ここに獏間だけ呼んできてくれないだろうか――誰かに頼もうか……と何気なく病室のドアを見ると……。
「あれ?」
いつも間にかドアは開かれ、そこに人が立っていた。