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珠緒が甘いカレーを作り置きしていった二日後、祈は朝からドアをノックする音でたたき起こされた。
「祈! 祈! 出てこい祈!」
自分の名前を連呼する大声に、渋々と布団から這い出る。
(……うるせ……)
隣近所から苦情が来そうな怒鳴り声だ。これは放置できないとノロノロ玄関に向かい――ドアを開けた。
「祈……!」
そこには、祖父がいた。
険しい表情が、孫の姿を見るなり驚きに変わる。けれど、次に嫌悪の文字を浮かべるだろう顔を見たくなくて、祈は祖父からわずかに視線をそらし、問いかけた。
「……なんすか?」
「お前、無事か……」
「は? なにそれ。意味分かんね。ひとんちのドアをぶっ叩いて、出てこい言ってた張本人じゃん」
なにを今さらと祈が肩をすくめると、今度は部屋の中をのぞき込もうとする。
「で、なに?」
「……珠緒は?」
「は? 珠ちゃん?」
叔母がどうしたのだと首を傾げると、祖父が渋面を浮かべる。
「珠緒は、来ておらんか?」
「この間、夕飯作りに来たけど? それが――」
「今の話をしとる!」
怒鳴られて、祈は顔をしかめた。
(急にキレられても困る。声が響くじゃん)
理不尽だと思うより、少し声を抑えてほしい気持ちが強かった祈は祖父に一言返す。
「近所迷惑」
すると、祖父は少しだけ声量を落としてくれた。
「お前が、人の気もしらんで、のらりくらりしとるから……っ! もう、いい! ここにはおらんのだな?」
近隣住民への配慮はしてくれるらしい祖父だが、内容ははっきり言って意味不明で祈は首をかしげる。
(そもそも、珠ちゃんがこんな朝早く来るわけなくね?)
珠緒は隣町の老人ホームに調理員として勤めている。朝食当番ともなれば朝早く出勤することも多々ある彼女が緊急でもないのに朝から来るわけがない。
「あのさぁ……こんな朝っぱらから、来るわけないだろ……。珠ちゃんだってそんな暇じゃないって」
祈は呆れたように呟いてあくびをかみ殺すと、祖父はぐっと押し黙った。
それで話は終わり、祖父は無言で踵を返すと思ったのだが……。
(あれ、帰らねーの?)
いつまでも立ち去らない様子を珍しいと思い……それから、なにがあったか心配になってきた祈は、視線を祖父の顔に戻し、じっと目をこらす。
自分に対する悪感情がまじることも予想していたが、祖父の心の声は〝珠緒はどこだ〟の一点張りだった。
「……あの、さ……なんか、あった?」
わざわざ自分を訪ねてきたことも勿論だが、この場に留まる祖父に、おずおずと問いかけた。
だが――。
「珠ちゃんに、なにかあった?」
「お前! やっぱり珠緒からなにか言われとったか!」
叔母の名前を出した途端、祖父は突然カッと目を見開いて祈に掴みかかってきた。
(やっぱ、まともに会話する気もねーのか)
祈とて、朝にたたき起こされて謝罪も説明もないまま怒鳴られては、さすがにイラッとして声がキツくなった。
「はぁ? なんも言われてねーし、なんなんだよ……!」
「祈! いい加減にせい! 珠緒は――!」
早朝から言い争う若者と高齢者……掴み合いまで発展した争いを、たまたま目撃した第三者か、それとも近隣住民か、ともかく、誰かが通報したのだろう。
サイレンを鳴らしたパトカーが到着した。