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悪ジキ〜その探偵は悪を喰い助手は悪を識る〜  作者: 真山空
序 変わり種探偵と不運な正義漢、出会う
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 がやがやと賑わう店内。

 全国規模で展開している有名なコーヒーショップには、当たり前だがコーヒーの匂いが漂っている。

 そんな店内の一角にあるテーブル席にて、祈は先ほどもらったばかりの名刺とにらめっこしていた。


 【獏間探偵事務所 所長 獏間 綴喜】

 

 ――名刺に書かれた名前は、初見では絶対に読めない字面だった。

 祈の困惑を察したのか、テーブルの向かい側にすわったスーツの彼は口を開く。

 

「ばくま、だよ。ばくま つづき。そんなに読みにくいかな?」

「すんません……」


 カスタマイズが売りのコーヒーショップにて、祈は正直に頭を下げた。

 正直……居心地も悪い。


(そもそも俺、なんでここにいるんだろう?)


 いきなり自分を雇いたいなどという相手、怪しいことこの上ない。

 それなのに、あれやこれやと流され、祈はコーヒーを奢られ、同じテーブルに着いていた。


「それで、その……所長さん、なんですか」

「うん。僕しかいないんだけどね」

「それは……えぇと……そうですか」

「でも、そろそろ人の手を借りようかなと思ってたんだ。でも、ピンとくるのがいなくてね」

「…………」


 なんと言えばいいのか分からず祈は困惑したが、相手はお構いなしに話を続けた。


「そこで、きみだよ。――僕はね、きみのような人間を探していたんだ」

「はぁ……?」

「馬鹿正直で正義感溢れるお人好し。いやぁ、いいね! このご時世、是が非でも欲しい人材だ」


 スーツ客……獏間ばくま 綴喜つづきという男は、褒めているんだか貶めているのだか分からないことを言いながら、砂糖でコーティングされたドーナツを食べた。

 それを皮切りに、テーブルの上にあったクリームたっぷりのケーキやら果物のパイやらが次々と消えていく。


(う、うわー……)


 獏間の見た目にそぐわぬ食いっぷりに、祈は呆気にとられていた。

 

(俺だったら、ドーナツだけで無理。胸焼けしそう……)


 だが、獏間は食べる合間にも先ほどレジで唱えた呪文……正確には、呪文にしか聞こえない注文で作ってもらった異常に重量のあるフラペチーノを飲んでいる。


(顔色一つ変えねーで飲んでる……)


 初対面の、それも極まった甘党となぜに膝をつき合わせてコーヒーを飲んでいるのか。

 気が付けば、この獏間という男のペースに流されてこんなとこまで一緒に来てしまったが――まさか、本当に自分を雇うなんてことはないだろうと祈は斜に構える。


(あれか! 都合のいいこと言って、変な教材買わせる系の奴か?)


 そう思ったから、本音を引き出すため自分から仕掛けてみた。


「俺、金ないっすよ?」

「うん? もちろん、ここは奢りだよ。気にしないで好きなものを頼んでくれ。あ、アップルパイまだ手を付けてないから、食べるかい?」

「え、あ……」


 おかしい。

 獏間の顔には、なにも出ない。

 挙げ句、祈が菓子類を羨ましがっていると思ったのか、保父さんのような表情で自分のケーキを勧めてくる始末だ。


「いや、ケーキとかは大丈夫……そうじゃなくて、カモにならないってことっす」

「……もしや、きみ。僕をケチな詐欺かと疑っているのかい?」

「別にそこまでは……ただ、怪しいなぁ~……とは、少し思ってます」

「なるほど。素直でよろしい!」


 顔に書いてないのなら、祈に打つ手はない。

 正直に答えると、獏間は気を悪くするでもなく……逆に満足そうに頷いた。


「君は非常に有能だね。それをクビだなんて、あそこの店長は惜しい人材を手放したと後々号泣するだろうな」

「いや、それはありえないっす。オレは別に、そんな褒めてもらえるようなものじゃ……」

「だって、悪事を働いた奴が分かるなんて、出入り口に立たせておけば最強の防犯対策じゃないか」

「防犯グッズ扱いっすか」


 はははと、軽く笑う獏間に、つられるように祈の口元も緩んだ。

 だが、ふと違和感を覚える。


(あれ? この人……今、なんて言った?)


 ――悪事を働いた奴が分かるなんて……。

 

「あ」


 あまりにも自然に口にされた言葉だからこそ、祈も流してしまいそうになった。

 だが。


(なんで……)


 なぜ、初対面のこの男が、ソレを知っているのか。


 祈の顔に、焦りが浮かぶ。

 対して、獏間は余裕たっぷりに微笑んでいた。

 その笑みを見て、やはり作り物めいたなにかを感じ、祈の背筋が寒くなる。


(あぁ、そうだ、この人――)


 顔に、なにも書いていない。

 どれだけ目をこらしても、うっすらとした文字すら見えない。


(なんで気づかなかったんだ)


 顔になにも書いていないなんて、それは、ありえない。

 多かれ少なかれ、人は多少なりとも不満を覚える。

 外部からの刺激を受ければ、人の心は善し悪しにかかわらず反応する。


 今の祈との会話でも、獏間 綴喜と名乗ったこの男がなにかしら感情を動かせば、自然と顔に文字が見えるはずだ。


 心は決して偽らない。

 

 たとえば、祈が名前を読めなかったとき。

 怪しい人扱いしたとき。

 決して、品行方正な態度で接し続けたわけではないのだ、いかに年上だろうと少しくらいイラッとした瞬間があってもおかしくないのに。


 なにも書いていないということは、なにも感じていないということだ。

 大仰に褒めた言葉とは裏腹に、好意も悪意もなにも。

 そして、冗談めかして祈の秘密に触れた時も……。


(なんで分かったんだ)


 獏間 綴喜に対して、拭いきれない違和感が大きくなる。


(なんで顔に書いてないんだ?)


 この男は、なにかおかしい。

 普通と違う。

 自分の本能が鳴らす警鐘に従って、祈は席を立った。


「すんません。俺、そろそろ帰ります」

「そうか? それなら、今日はここでお開きにしよう」


 今日は?

 それでは、まるで次回があるようだ。


(冗談じゃねーよ)


 祈は緩く首を左右にふった。


「俺は別のバイトを探す予定なんで……」

「またすぐにクビになるのに?」

「――は?」

「その名刺は持っていてくれ。きっと、困ったときに役に立つよ」


 獏間もなぜか席を立った。

 ハッと祈が目を落とすと、テーブルの上にあった甘い菓子類も重量のあるフラペチーノも、もう空っぽだった。

 トレイを持つ獏間は面白そうに、楽しそうに、笑って言った。


「きみは必ず、また僕と会う。だって、きみ――」

「コーヒー代です、さようなら!」


 それ以上聞いてはいけない気がして、祈は代金をテーブルにたたきつけ、逃げるように店を出る。


 心臓が、気味悪いほど早鐘を打ち、全身に気持ちの悪い汗をかいていた。

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