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悪ジキ〜その探偵は悪を喰い助手は悪を識る〜  作者: 真山空
弐 幼なじみを狙うモノ
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「波柴さん」


 名前を呼ばれて、波柴はしば 理惠りえは振り返った。


 旧教室棟と呼ばれる建物の裏側は、人気がない。

 それを知っていた波柴はここで人に会ったことに驚き、寄りかかっていた壁から身を起こすと、相手からスマホを隠すようにしまった。


 邪魔が入ったことに苛立ちつつも、声の主へ視線をやると……立っていたのは、明るい髪色にくっきりとしたつり目の男子だった。


(へぇ……)


 ――いつもは、取り巻きに囲まれている波柴だが、たまにはひとりになりたいときがある。


 今が、そうだ。

 せっかく作ったSNSのアカウントを、こういう時間でマメに更新している。

 友達の男を奪っては捨てるのが趣味の悪い女、ソイツに注意しましょうという親切心たっぷりのアカウントだから、逐一悪い女の情報をあげているのだ。

 だが、今日はこのまま中断してもいいかもしれない。


 波柴は声をかけてきた男子を上から下まで眺めた後、悪くないと内心で呟き、ペロリと唇を舐めた。


「話あるんだけど、いいっすか?」


 着ている服は安物だが、スタイルはいいし顔立ちもよく見ると可愛い系で整っている。

 どこか緊張した面差しから察するに、告白だろう。


(こーゆー純粋そうな相手を夢中にさせて、いくら貢がせられるか賭けるとか、楽しそうかも)


 ――遊び相手としては、上々だ。

 そう思った波柴は、にこりと笑みを浮かべた。


「なぁに?」


 とびきりの甘い声。

 この声を聞くと、それだけで男はみんな相好を崩すのだが……今日の相手はピクリとも表情を動かさない。

 ただ、じっと真っ直ぐな目で波柴を見つめてきた。


 ――なんだろう。


 波柴は胸のあたりを抑える。

 落ち着かない。

 この目で見つめられると、妙にそわそわする。


 もしかして、一目惚れ?

 そんなことを考えた時。


「大路 蛍に、近づくな」


 騒ぐ心が、一転。冷水をかけられた気分になった。


「え」


 彼は真っ直ぐ見つめてくる。


 ――視ている。


 その視線に、冷えた心がぶるりと震え。


「あんたのストーカー行為は、もう分かってんだよ。あんたが、彼女に関する事実無根の悪口を言いふらしてることもな」


 ぞわり。ぶるり。

 胸の中を、何かが這い回り。


 ――視ている。


 せり上がり。


「なんで……あの女ばっかり……! アタシは、被害者なのに……!」


 喉を伝って、ぞわぞわした何かが、口から飛び出した。


「どうして最後はみんな、あの女のこと庇うの! 可哀想なのはアタシでしょ! それなのに、なんでどいつもこいつもアタシの味方しないのよ!」


 ぞわぞわぞわぞわ。

 胸のあたりで何かが蠢き、次々の喉元までせり上がり飛び出していく。


「可哀想なのはあんたじゃない。友達だと思っていた相手に裏切られた、けーちゃんだ」

「また……!」


 ――また、あの異物。


 自分を蔑ろにされたという事実に、波柴は怒りを覚えた。


「はぁぁあ!? なんだよ、けーちゃんって! ああ、アレかぁ、大路に誑かされた奴? なんだ、よく見れば、アイツと一緒にいた男じゃん! なぁに? 大路に頼まれたの? アタシを黙らせればヤらせてあげるって? ははは、馬鹿じゃん! ゆる~い、アイツが考えそうなことだよね~! でも、残念! アタシはなんにもしてません~!」

「なにかしたって自覚してるから、俺がけーちゃんの名前出したとき顔色変えたんだろ」

「……っ、ウザいんだけど? 正義感振りかざして気持ちよくなっちゃってるのかもしれないけどさ、ないでしょ? しょ・う・こ! あるなら、出してみなさいよ、アタシがあの男好きに、なにかしたっていう証拠よ!」

「…………」


 答えない相手を見て、波柴は勝利を確信した。

 ほら、簡単だ。

 今までだって、こういう馬鹿な輩はいた。

 こっちが悪いみたいに言う奴ら。

 やり過ぎだって言う奴ら。

 だけど、そういう馬鹿共はとことん無力。

 無能な偽善者共が、吠えたってなにもできなかった。


 だって、証拠がない。

 いままでも、これからも!


「ないんでしょ? きゃはははは! やだ、笑っちゃう! ……アタシを馬鹿にして、これで済むと思わないでよね? 今、ここで、アタシが大声上げれば、どうなると思う? 襲われたって悲鳴上げて泣き真似すれば、みんなアタシのことを信じるわよ? 大学生活、無事に送りたいわよね? 将来台無しにされたくないでしょ?  だったら、今すぐここで土下座して、アタシの足を舐めなさいよ!」


 その光景をスマホで撮影して、飽きるまで脅しの道具にして遊んでやろう。

 そうだ、大路蛍にも送ってやったら、どんな顔をするだろう。

 想像するだけで楽しい気分になった波柴だったが……相手の男子は、取り乱していなかった。


「――可哀想な奴だな」


 真っ直ぐに自分にむけられる、哀れみの眼差し。

 今まで一度もそんな目で見られたことがない波柴は、瞬間頭が真っ白になり――次の瞬間、そこに立つ男子に手を振り上げていた。

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