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傷の手当てを終えソファに座った蛍は、ポツリポツリと話し始めた。
「昔から、可愛いモノが好きだったんです。でも、アタシには全然似合わなくて……」
女の子らしいかっこうは、痩せのノッポだった自分には似合わなかった。だからせめて、小物くらいは可愛いものを持ちたかった――けれど、思い切ってお小遣いで買った可愛いヘアピンは、クラスメイトに大不評だった。
らしくない、似合わない、そう言って笑う女子に男子。恥ずかしくなり、親が無理矢理押しつけてきたなんて嘘をついて慌てて外して、ポケットにしまった。
そのはずだったのに、気がついたらなくしていた。
どこで落としたのか分からず、それでも自分の趣味ではないと強がった手前、誰かに手伝ってとも言えず、放課後ひとりで教室を探していると――。
『これ、廊下に落ちてた。大事なモノだろ』
小さな花の形をあしらった可愛いヘアピンを差し出してきたのは、一ヶ月前転入してきた男の子だった。
「……それが、ノリマキだよ」
言われて、祈は目を瞬く。
「俺?」
「そうだよ。……覚えてないかもね、それまではあんまり話ししなかったし――でも、アタシは本当に嬉しかったから、あの後はめちゃくちゃノリマキに話しかけるようになったんだもん」
大事な物だと分かってくれたことが嬉しかった。
似合わないと笑わないことが嬉しかった。
だから蛍は、祈と仲良くなりたいと思った。
同じ町内だと知ると、それを切っ掛けにして話しかけた。
どちらかというと大人しいタイプだった自分に、クラスの中心にいるような蛍が気さくに声をかけてくれるのには、そんな理由があったとは……と祈が驚いていると、蛍は苦笑した。
「もう……ノリマキは天然だなぁ。あんなにカッコイイところを覚えてないなんて」
眉尻を下げて笑う蛍は、小さく小さく呟いた。
「でも、せっかく仲良くなれたのに……アタシが、ヤキモチ妬いて変なこと言って、ノリマキのこと怒らせたじゃん」
「え?」
「……町内のハロウィン、一緒にまわろうねっていったのに、お家の人に禁止されたって……ノリマキだって、あの時がっかりしてたのに。――本当に、ごめんね」
昔の話題を出され、祈は驚いた。忘れたのかもしれないと思っていたが、蛍も覚えていたのだ。そして、気にしていた。
「……いや、俺は怒ってないよ。逆に、けーちゃんのこと怒らせたと思って、気まずくなって」
「そうだったの? ノリマキ、もう神社にも来なくなったから、アタシは絶交されたんだって思ってた……!」
ほら見ろ、と言わんばかりの獏間の視線を感じたが祈はあえてそちらは振り向かなかった。
蛍は「素直になれなくて、勇気も出なくて後悔したんだ」と視線を床に落として続けた。
「アタシね、ノリマキと気まずくなって……もう嫌われてるって思って話しかけれなくなって――それから急に引っ越しが決まっちゃって。それで……誰も知らないところで、変わろうって思ったの」
可愛いモノが似合う、可愛い女の子に。
好きなモノを隠さないで、素直に胸を張って好きだと言える女の子に。
そして、蛍は変わった。
髪も伸ばして、メイクも覚えて――高校生になる頃には、もう誰も蛍を男の子と間違えたりしくなっていた。
もう、可愛いアクセサリーを身につけても、らしくないと言われることはない。
スカートをはいても似合わないと言われない。
可愛いモノが好きでも、誰も笑わない。
女子同士でオシャレの話題で盛り上がれる。
蛍にとって、それはとても楽しいことで、満足だった。
けれど、そのうち知らない男子に声をかけられる機会が増えた。
告白されることもあったが、蛍は誰に対しても丁重にお断りの返事をしていた。それなのに――だんだんと……仲がよかった女子たちから、距離を置かれるようになった。
「なるほど。色恋関係のトラブルか。友人関係が破綻する理由だね」
「……やっぱり、分かります?」
「探偵ですからね。大路さんは、ただ可愛いモノが好きで、オシャレが好きで、それを楽しんでいただけだったんだろう。だけど、周りはそう取らなかった――男に媚びを売っているって」
獏間の指摘はアタリだったようで蛍は頷く。
祈が大学で見た文字もそんな風に非難する内容だった。
だが、なぜそういう考えに行き着くのか、祈は理解出来ない。
「……好きでやってることで、迷惑かけてるわけじゃないのに、なんで?」
「スズ君はお子様だな。単純明快だろうに。彼女に男を取られたんだよ」
「アタシ、そんなことしてません!」
カッと顔を赤くして、蛍が立ち上がる。
「ああ、もちろん分かっています。だが、あなたの友人は、好きな相手の心が自分に向かなかったことを、あなたのせいにした。……あなたに原因があると思い込むことで、自分を被害者の立場に置き、自分の矜持と好きな相手への恋心を守ろうとした。――より一層正当化するために、貴方をグループから追い出した」
「……そうです。色んな噂を流されました」
男好きだとか、お金を払えば誰にでもやらせるとか、嫌な噂を流された。
楽しい話題で話していた子たちは、蛍の根も葉もない噂で盛り上がり笑うようになっていた。
「ここで、アタシが折れてればよかったの」
しかし、蛍はめげなかった。
負けるものかと顔をあげ、好きなものは好きなまま、自分らしくしていた。
オシャレが好き、可愛いモノが好き。
そんな、自分らしい自分が好きだと、堂々としていたのだ。
たとえ、周りに誰もいなくても。持ち物に悪戯されるようになっても。
――そうやって自分らしさを通そうとしている蛍に同情したのか、気にかけてくれた女子が現れた。
本が好きな、どちらかというと大人しい子だった。いつも教室の隅で本を読んでいる彼女は、女子グループに捨てられた蛍のポーチを拾ってくれていたのだ。
『自分の好きを通してる大路さんは、強いなって思って……』
そう言って照れくさそうに微笑んだ彼女は、自分こそ目をつけられるかもしれないのに――そのうえ蛍には酷い噂が流れていたのに、わざわざポーチを拾ってくれたのだ。
感謝を伝えると、彼女は噂はしょせん噂だと切り捨てて自分の目で見たものを信じると言った。
蛍には彼女こそが、強く見えた。強いんだねと蛍が笑うと、彼女はお互いにねと笑った。
それが切っ掛けで仲良くなって、色々な話をするようになり……蛍は彼女にメイクを教えたり、逆に彼女からオススメの本を教えてもらったりするようになった。
周囲も、蛍が毅然としていれば馬鹿な噂をしなくなった。
大きなイジメに発展するようなことはなく、事はそのままおさまるかに思えたのだが――蛍と親しくなった大人しい女子生徒、彼女が高校二年の秋に死んだ。
「自殺、でした」
「貴方は、その原因が自分にあると思っている。そうですね?」
「……はい」
蛍はきゅっと思い出すように目を閉じた。
「彼女が亡くなる少し前に――ある人に告白されて、断ったんです。……あの子の、幼なじみでした。……彼女に知られて……その数日後――彼女は亡くなりました」
だから、と蛍は震える声で続けた。
「幽霊のストーカーは……親友の声に耳を傾けなかったアタシを恨んでいる、彼女だと思っています」