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「やぁ、スズ君! 出迎えご苦労!」
「……マジですぐ来た」
自前のエコバッグを手にして笑う獏間を見て、祈は引きつり笑いを浮かべた。
蛍に逃げられた後、祈はすぐ獏間に電話したのだが――なんでもコンビニの新作スイーツ巡りをしていて近くにいるから、すぐに行くと言われたのだ。
「待ってません。五分もかかってないっすよ」
通話を終えて正門前に移動すると、バッチリのタイミングで獏間は現れた。
「それで? 大路さんは?」
「午後の講義に移動したみたいっす」
「へぇ、教室は?」
「……」
獏間からの問いに、祈は口を閉じた。
「スズ君?」
「……すんません」
気まずい思いから目をそらしつつも、謝罪する。
「――聞いてないっす」
「あちゃー」
「本当、申し訳な……――アンタ、なに食ってるんっすか!?」
軽い合いの手を不審に思い、意を決して獏間の方を見た祈は、言葉に詰まり――それから思わず突っ込んだ。
「ジャムパン!」
「なんで!? コンビニで、新作スイーツ巡りしてたんじゃねーんすか!?」
「あぁ、これは箸休めだよ」
「甘いと甘いで、どこに休まる要素があるんすか!? ……本当、意味分かんねぇ……人の話、ちゃんと聞いてます?」
「聞いてるよー? スズ君が、あちゃーな展開を引き起こしちゃったんだよねー?」
「うぐ……」
軽く言われて、祈はうめいた。
だが、事実なので言い返せない。
「でも、すぐに僕に連絡してきたのは、丸だ。えらい。ホウレンソウは、ちゃんと出来てる。ご褒美にジャムパンをあげよう」
「いらねぇっす。しかも、食いかけだし」
「じゃあ、僕が全部食べよっかな~」
「ぜひ、そうしてください。……それより、けーちゃんですけど……」
獏間は、残りのジャムパンを胃の中に収めると「うん」と一つ頷いた。
「じゃあ、僕らは事務所に戻ろうか!」
「……え?」
「実は、さっきアイスも買っちゃってさ~。早く戻らないと溶けちゃう溶けちゃう」
たしかに、寒くなってきたとはいえ冷凍庫の温度より高い気温だ。このまま持ち歩いていれば、アイスクリームはいずれ溶けてしまうだろう。
「いや、今食えば?」
「えー? 今は箸休めタイムなんだけど?」
「えー……って。だって、けーちゃんを置いては……」
「仕方ないなぁ。じゃあ、箸休めタイム終了で――ここからは、解説タイムだ」
エコバッグをかき回していた獏間は、高そうな箱入りアイスを取り出す。
「いいかい。大路さんが、今どこにいるか分からないなら、打つ手なしじゃないか。――多分、大学にいる間は連絡しても無視されるか、上手くはぐらかされるよ?」
祈自身、今食べたらとは言ったが……実際にアイスを外で食べるにはいささか冷える気温だ。
それなのに、獏間は頓着せず開封したバニラアイスにかぶりつく。甘い匂いが広がる中、にこりと邪気のない笑みを浮かべた。
「それなら、無視できなくすればいいだけだろう?」
「――え」
「というわけで、帰ろう」
さらりと言ったが、どことなく不穏だ。
祈が聞き咎めて眉間にしわを寄せると、獏間は「所長命令」と言って歩き出す。
「スズ君。たしかに呑気なことを言っている状態ではないけれど、彼女の弁ももっともだ。――大学にいる間は、安全さ。人目のあるところはね。保証するよ」
だから、ここでオロオロしていても仕方ない。逆に悪目立ちすると言われて、祈は獏間の後を追うように歩き出す。
「でも、俺が見たのは……」
「大学は人が多いからね。陰口とか、よくあることだろ?」
「……でも、けーちゃんはそういうことを言われるようなタイプじゃ……」
「スズ君」
顔を上げれば、獏間が笑っていた。
「人は、不変じゃないよ」
「?」
「時や場所……環境次第で、人はいくらでも変わる。そうだろう?」
言われて、祈は頷く。
たしかに、自分もこれまでよりも獏間のところでは伸び伸び過ごしている自覚があったからだ。
「そこまで分かっているのにコレを理解出来ないのは、君がまだ幼いからからな」
「は? ――俺、馬鹿にされてます?」
「まさか。言うなれば見守り隊とかしている老年者の心境だよ」
「……やっぱ、馬鹿にしてねーっすか?」
はははと、軽い笑い声を上げた獏間はさっさと歩き出す。
「ひとつ、覚えておこうかスズ君。人とは、時と共に変わるモノだ。もしも、君のそばに不変なモノがいるとすれば、それはもう人ではなくて――」
その続きに、祈は首をひねった。
「――外れたモノだ」
今の祈には、よく分からない忠告だったから。




