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悪ジキ〜その探偵は悪を喰い助手は悪を識る〜  作者: 真山空
弐 幼なじみを狙うモノ
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 蛍の細い手首をぐるりと一周する痣は、そこだけ際立っていて余計に痛々しく見える。

 一体、女子の手首をどれだけ馬鹿力で握ればこうなるのか。


「……幽霊って……」


 祈は思わず眉を寄せるが、蛍はその反応をどうとらえたのか、不安そうに顔を曇らせた。


「嘘じゃない、アタシ、嘘なんて言ってないよ……!」

「え」

「もちろん、承知しております。でなければ、うちの事務所にわざわざ電話をかけてまで予約を取り付けたりはしません。そうでしょう?」


 瞠目する祈の横で、獏間が穏やかに制する。


「……でも……」


 ちらり。

 蛍の視線が、祈に向く。すると、獏間がため息をついた。


「スズ君。きみのせいで依頼人が不安になっているから、なんとかしなさい」

「――は? お、俺?」

「きみの不用意な発言のせいだ」

「俺、なにか変なこと言ったっすか?」


 獏間は笑顔で蛍を見た。


「と、うちの助手は言っておりますが」

「……幽霊って……疑うみたいに」

「えー……たしかに、幽霊とは言った。それは、たしかに言ったけど……でも、疑ったとか、全然違うし! 手首、痛そうだから酷いことするって思っただけで!」


 慌てて祈が弁明すれば、蛍はくしゃりと表情を歪めた。


「……信じてくれるの?」

「え? だって、すげー困ってるから、獏間さんのところに来たんだろ?」


 疑いようがないだろうと祈が告げれば、蛍はぽろぽろと泣き出した。


「あー、泣かせた~」

「はい!? また、俺!? 今度は、なにした!?」

「……嬉しくて」


 うつむいた蛍が呟く。


「……こんな話をしたら、普通じゃないって……イタい子だって思われて……だから、ノリマキにも変な目で見られちゃうんだって思ったら怖くて……」

「スズ君は、貴方を嘘つきだと疑ったりはしていません。心配しているだけです」

「はい……! ありがとう、ノリマキ」


 ぐずぐずと泣きながらお礼を言う蛍に頷きながらも、祈は複雑な気持ちを抱いた。


(けーちゃん、こんなに小さかったか……?)


 記憶にある彼女とは、ずいぶんと様変わりしている。

 外見だけではなく、中身も。

 怖いモノなどなにもない――そんな風だった子どもの頃とは違い、今の蛍は小さくてか弱そうに見えた。


「ここは安全ですから、安心して下さい」


 獏間が微笑むと、蛍はやっと顔を上げ、頷く。

 それから、泣いたことを気恥ずかしそうに詫びて、少しだけ笑う。


 追い詰められた、小動物。それが、ひとときの安息を手に入れたような、ぎこちない仕草の蛍に、獏間はかしこまった口調、それでいて威圧感を感じさせない穏やかさで告げた。


「大路さん。あなたの依頼、責任もって我々がお受けいたします」

「ありがとうございます……!」

「今まで、さぞ辛かったでしょうね」


 再び涙を溢れさせた蛍に、すかさずハンカチを差し出す如才なさだ。

 ハンカチを受け取りながら、蛍は獏間の手を握り何度も礼を言っている。

 自分の話を否定しないで聞いてくれたうえで依頼を受けると言った獏間は、蛍にとってまさしく拾う神的な存在なのだろう。

 だが、祈は「あれ?」と首を傾げた。


「我々っすか?」

「当たり前だろう、スズ君。きみは彼女と同じ大学なんだから、使わない手はないだろう。日中はボディーガードしないとね」

「え、同じ大学? 嘘だろ?」

「あ、だからあのコンビニから出てきたんだ。あそこ、大学に一番近いもんね」

「あぁ、うん……」


 返事をしながら、祈は獏間をちらりと見る。

 蛍はまったく疑問に思わなかったようだが――。


(あんた、今、見たな)


 同じ大学に通っているなんて、蛍も祈自身も今まで知りもしなかった情報。

 これは蛍に手を握られ感謝された時、手に入れたモノに違いない。

 獏間は祈の視線に気付いて一瞬だけ目を細めたが、あとは涼しい顔をして肩を叩いてきた。


「しっかり守るんだよ! スズ君!」

「いや、待ってほしいんすけど!」

「ん? なに? 女の子が困ってるのにグダグダ言う気かい? スズ君って、冷たい奴だな」


 獏間の手から逃げる祈に、蛍は申し訳なさそうに首を横に振る。


「ノリマキにも都合があるだろうし……アタシは全然大丈夫なんで、無理しなくても……」

「大路さん。脅かすつもりは毛頭ないが、あんな痣つけられている時点で大丈夫ではないからね。僕も、伊達や酔狂でスズ君を付けるわけじゃない」


 獏間が忠告めいたことを口にすると、さっと蛍の顔から血の気が失せる。


「脅かすつもりは毛頭ないって……めっちゃ脅しっすよ、それ!」

「僕は事実を言っているだけだよ、スズ君。というか、冷血なきみには、あれこれ言われたくない」

「人を冷血漢にしやがった……! 俺は別に、けーちゃんのボディーガードが嫌なんて言ってねぇっすよ! ただ……」

「ただ?」


 獏間と、そして蛍までもが身を乗り出し祈に注目した。

 正直、そろって注目されると居心地が悪いが、このまま口ごもっても冷血漢扱いされる挙げ句、蛍にもいらない気を遣わせるだろう。

 なにより、ボディーガード役を務めるのならば、聞いておかなければいけない重要なことだ。

 祈は真剣な顔で口を開いた。


「――幽霊って、物理攻撃効くんすか?」


 しかし、注目していたふたりの反応はなにやら微妙。


「……ぶつり……」

「……こうげき?」


 不思議そうに目を瞬く獏間と、ポカンとした様子の蛍。

 予想外の態度に、祈は慌てた。


「な、なんすか、そろって変な顔して……だって、守るんなら大事なことだし……」


 女子の手首を痣が出来るほど強く握る幽霊だ。物理攻撃が通じないと厳しい。

 大真面目に正直な疑問を口にした祈だったが、とうとう獏間は呆れたように天を仰ぎ、蛍は吹き出して笑い声を上げた。


「スズ君、きみって奴は……」

「ノリマキって、やっぱりちょっと天然だよね! そういうとこ、変わってなくて安心した!」


 屈託のない笑顔。

 それは、祈の知るあの頃のけーちゃんと通じるものがあって……。

 祈は、心密かに安心したのだった。

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