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たたられんように

作者: 村嶋

けして曰くのある場所じゃないんですよ、と言ってHさんは話してくれた。

ただし、場所や時期については、伏せておくほうが良いと筆者は判断したので悪しからず。



私の父は転勤の多い職場勤めでして、昔からひとところに留まらずに引越しを繰り返していました。

ある年に、かなり山奥の勤務になり、私も転校して父についていきました。

そこは、全校生徒を合わせても十数人というような場所で、授業も大概合同でやっているようなところでした。

最初はなんだか皆の距離が近くて……そういう場所での暮らしは初めてだったのでかなり戸惑ったのを覚えています。すぐに慣れたんですけどね。

でも一つ、どうにも慣れない風習があったんです。


それは毎週、金曜日の終わりの会のときに行われていました。金曜日が休みのときは木曜日にやっていたので、曜日は関係なく、週に一回はやるということだったんだと思います。

動作の詳細は省いたほうがいいかな、色々やるんですけど……最後は児童同士で、お互いのスネを手のひらで払うんです。

私は意味も分からずに真似するだけでしたが、生まれたときからそこに住んでいるような子たちは、私よりずっと小さくても随分と慣れた手付きでした。

最後には、皆で歌っていました。


「○○○、○○○○○、(何を言っているのかわかりませんでした)

たーたられんように たたられんように」



「Hさん、それ、変ですよ」

話を遮るのは申し訳ないとも思ったが、私がそう思うのも普通のことではないだろうか。

Hさんは笑っていた。

「変ですよねえ……変といえば、ちょっと遡るんですけど、引越ししてすぐのときも、変でしたよ」


Hさんは続けて教えてくれた。



隣の家まで100m以上は余裕で離れているような場所であったが、引越しのときには両隣に挨拶回りに行きました。それは、父がここで少なくとも1年は勤める以上は礼儀だろうということからです。


「ああ、あそこにお勤めなんですね、じゃあまたお世話になるかも知れませんね」

小さく閉鎖的な集落を想定していましたが、父の立場が(働き手として)きちんとこの場所にあるからか、邪険に扱われるどころか諸手を挙げて喜ばれていると言えるような応対でした。

「お子さんがいらっしゃるのね」

お隣さんは、人見知りして父の後ろに隠れていた私を目ざとく見つけて言いました。

「じゃああなた、今日時分は戸締まりをしてお子さんと寝ないといけないわよ」

そうして急に玄関から出てきて、私のスネに触れたので、家族全員で仰天しました。

そのあとですか? 黙ってうなずいて逃げ帰りましたよ。


あ、そのあとって夜のことですか。父はそういうところちゃんと聞いちゃう人だったので、私のそばで寝ました。父と寝るなんて数年ぶりだったからなんだかおかしかったです。

夜に何かあったか……覚えてません。父はいびきがすごいんで、何かあってもかき消されちゃいます。それを狙ってたんですかね?



ここまで聞いて、筆者は失礼ながら、(ちょっと怖い話にするには弱いかなあ……)と思った。それが顔に出ていたのか、Hさんはちょっと得意げに笑ってこう言った。

「まだ続きがあるんですよ?」



集落の人たちはみんな、ちょっと変で、ちょっと距離が近いけど、その分楽しいと言えるような日々が続いていました。

季節は冬に差し掛かって、日が短くなってきたかなという頃です。また転校生が来るという話がありました。


実は、その転校生の親というのが、私の父と同じ勤め先で、私は少し早い段階でそれを伝え聞いていました。

その親御さんは、都心の大きなところにずっといたんだそうですが、何かとても大きな失態を犯して、この場所に左遷されるという話でした。

父は噂で聞いたその人と一緒に働かなければならないことをすごく……その、嫌がっていたので、私もよく覚えています。


ただ、その転校生は、学校に来ませんでした。……いわゆる、その、不登校ってやつです。

ちょっと気持ちは察しちゃいました。自分の父親が左遷になって、ずっと都会の進学校にいたのに、左遷先に転校したらこんな小さい公立の学校なんて……嫌でも仕方ないかなって。

私自身はそんなことないですよ! まあ、余計な話ですかね。


なので、私はその子の顔も見たことないんです。

だから、その話があったとき以降は、その子のことは忘れていました。




ある金曜日、同級生が呟いたのを聞きました。

「転校してきた子、あれやってないけど、そろそろやばいんじゃないかね(この地方のなまりのある喋り方をしていますが、便宜上標準語にします)」

私はそれがとても気にかかりました。

「それってどういう意味?」

「ううん、なんでもないよ!」

同級生は一瞬しまった、という顔をしたあと、そう言って、それ以降はけして転校生のことに触れようとしませんでした。




それから一週間も経たないうちに、「あの夜」が来ました。

「あの夜」は、いつも静まり返っている集落の夜が、パトカーと救急車と、多分猟友会の人たちの騒ぐ声で満ちていました。

警察の人が私の家にも来て、私の母が玄関で狼狽えて何も知りません、と繰り返していたのを覚えています。




「あの夜」に何があったのか、私はあとから人づてに聞いた部分しか知りません。

断片的なその情報を繋ぐとこうです。



転校生がいなくなった。


ずっと家にいて、外に出ない子供だった。


その子の家が、あの夜だけ急に騒がしかった。


両親は何もわからないとしか言わないらしい。


家族全員家にいたはずなのに、両親は騒いでないと言い張っている。


転校生は外へ出ていったそうだ。


山の中へ入ったそうだ。


でも誰もその様子を見ていないらしい。


その家は近くの山まで何百mもあるから、誰も知らないなんて不自然だ。






結局のところ、その子は見つからなかった。





……私、繊細なところがあったんですね。それから何日か、家から出られなくなってしまいました。

登校しようとするとお腹が痛くなってしまって。

そうしたら、同級生が何人か、顔を見に来てくれて。嬉しかったです。


……その子らの言う事聞くまでは。

「Hちゃん、ちゃんと学校来てね」

「ちゃんと学校来て、払ってもらわないとだめだよ」

「たーたられるよ」

そう言って帰っていきました。


それから、お隣さんとも話がかみ合わないようになりました。だって、

「あの家の子ははらってなかったそうだ」

「じゃあ仕方ないだろう」

そう言うんですよ?

私達家族や、その家の家族は、所詮よそ者に過ぎなかったのかもしれない。今ではそう思います。


私はもうその集落全体が恐ろしくて仕方がなかったんですが、だからといってどうしようもないでしょう。

運良く、春には父の異動が決まっていたので、なんとか辛抱して学校に行きました。

毎週金曜日にはあの儀式もちゃんとしました。

毎日、転校までの日数を数えながら……。



Hさんはその後都心の方へ戻ることになり、それから父の田舎の勤務は一度もなかったそうで、

「父が仕事のできる人で良かったと思っています」と本当に幸福そうに言った。


十何年も昔の、ある地方での話だそうだ。

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