第9章
トリスタン王子は元々はフリシアに関心を持っていたのだが、いつもなら自分に甘い父親が、彼女に関しては決して許してはくれず、彼女にちょっかいを出したら親子の縁を切るとまで言われてしまった。それで仕方なく彼女のことを諦めた。
しかし、父親はやはり自分を愛してくれているようだとトリスタンは思った。それはエメライン嬢をこの国に招待したのは父である国王らしいという噂を聞いたからだ。
『ふん。フリシアなんかよりエメラインの方がずっといい。あの大きな胸に細い腰……唆るなぁ。
それに零れ落ちそうな大きな瞳、なんて愛らしいんだ。彼女こそ僕に相応しい令嬢だ』
トリスタンはそう思った。
ところがだ。
エメラインは確かに愛らしい見かけで男達を唆る雰囲気を醸し出していだが、その実中身は真面目なしっかりした性格の令嬢だった。
そして知的好奇心が旺盛で、一年の留学中に色々なことを学びたいと意欲満々だった。
それ故に取り巻きが教えくれる美味しい紅茶やデザートの店や、おしゃれな洋服や宝石店、お勧めのデート場所である公園や劇場の情報は、彼女にとって無用なものばかりだった。
決して顔には出さなかったが、彼女は自分を取り巻く連中に正直辟易としていた。
その中でも特に、王族だというのに自国や教会の歴史について全く知識のない第二王子などに、彼女は全く関心がなかった。
そして転入してひと月経って、エメラインはこの学園で一番優秀な生徒が誰なのかをようやく知ることができた。
それは王子達の従兄弟である、アソート家の公子ラッシュフォードだった。
彼女が思い切って声をかけて質問してみると、ラッシュフォードはどの質問にも完璧にスラスラと答えてくれた。
そんな彼にエメラインは感激し、毎日のように質問をしに行くようになった。その度にラッシュフォードは嫌な顔をすることもなく、理路整然と答えくれた。
そんなラッシュフォードをエメラインが崇拝するようになるにはそう時間はかからなかった。
しかしラッシュフォードの側にはいつもレディアがいた。自分が頻繁に質問をしに行っては二人の邪魔になるのではないかとエメラインは思い悩んだ。
ところが、彼女の取り巻きの男子生徒達は口々にこう言った。
「二人は婚約者でも恋人同士でもないから気にすることはないよ。彼女は単なる公子の世話係で侍女みたいなものなんだから。
それなのに彼女は公子が嫌がっているにも関わらず、側に引っ付いて離れない悪女なんだ。
だけど公子は優しい方だから、彼女のことを無碍にはできないんだ。本当にお気の毒だよ。あんな悪役令嬢にまとわりつかれてさ」
「えっ?」
二人はてっきり恋人同士なのだと思っていたエメラインは驚いた。そしてこう思った。
『ただの世話係だというのに、あんなに側に付いていては変な誤解を呼んでしまうわ。
なんて図々しくて常識のないご令嬢なのかしら。大人しそうな顔をして破廉恥な方だわ』
と。
「何故誰も彼女に注意をしないのですか?」
「彼女はミカモン魔術公国の高位貴族のご令嬢なんですよ。彼の国は我が国の一部なのですが、特殊な事情があって無下に扱うわけにはいかないのです」
宰相の息子が言った。
「特殊な事情とは何なのですか?」
「申し訳ありませんが、国の事情は簡単にはお話しできません」
「それはそうですね。不躾な質問をしてすみませんでした」
宰相の息子はもっともらしくこう言ったが、実際はその特殊事情とやらを学生である彼が知るはずがなかった。うっかり外に漏れたら、それこそ国は滅亡してしまうのだから。
「いえいえ。ただ一つご忠告させて頂くと、彼女とは無闇に関わらない方がいいですよ。彼女はただの悪女ではなく、ミカモン魔術公国の魔女だという噂がありますからね」
「魔女?」
エメラインが目を見開くと、今度は自分の番だとでも言うように、第二王子のトリスタンが自分の鼻の穴を膨らませてこう説明した。
「ミカモン魔術公国は我が国の一公爵領というより、半ば独立国のようなものなんです。何故なら我が国の独立の時に勇者や僧侶と共に大活躍した魔法使いの末裔が、ミカモン公爵家なんですよ。
だから、今でもあそこには魔法使いがいるという噂があるんですよ」
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