第7章
「ねぇレディア、ラッシュフォード様、女の子達から凄い人気よ。大丈夫なの?」
学園に入学して間もない頃、フリシアがこうレディアに尋ねたことがあった。
「大丈夫って何が?」
幼なじみで親友でもある従姉妹、そしてこのヒートリア王国の王太子ダムリンの婚約者でもあるフリシアの問いに、レディアは小首を傾げた。
「何がって、他の女性に取られちゃったらどうするのよ。さっさと婚約してしまえばいいのに」
フリシアはこの国の国王や貴族達が、ラッシュフォードとレディアを結婚させたくないと思っていることを知らない。そして国王が自分達を引き裂こうとしていることも。
まあレディアだって自分達が婚約したという話すら、ラッシュフォードから聞いてはいないのだが。
何せラッシュフォードと国王のやり取りは二人だけの密約なのだから。
レディアはラッシュフォードと国王の心を読んだから知っているだけなのだ。
それにしても国王は完全に自分を見縊っている。
あれほどラッシュフォードに恐れ慄き、我々ミカモン魔術公国の魔法に怯えていたというのに、喉元過ぎれば熱さを忘れるを地で行く愚か者だ。
父達の考えは正しかった。やはり自分は自分の役目を果たそう。そうレディアは思っていた。
「こちらの心配より貴女の方はどうなの?」
「あら、私の気持ちなんてレディアにはお見通しでしょ。もちろん仲睦まじくしているわ。私達は愛し合っているのだから。
だから彼はいつでも私のことを一番に考えてくれているわ。ご自分のご両親のことよりもね。うふふ……」
まだ十五だというのに、愛らしさの中に既に妖艶さを含む笑顔でフリシアは言った。その言葉に嘘はない。
彼女は婚約者である王太子ダムリン殿下を心から愛している。しかしミカモン魔術公国の使いとしての役目も忘れてはいない。
いや、むしろダムリンを愛しているからこそ、フリシアはその役目に従おうとしているのかもしれない。この堕落した国は清廉な彼には合っていないのだから。
そうレディアは思った。そしてそれはラッシュフォードにも当てはまることだった。
レディアだってフリシアに負けないくらい、ラッシュフォードを思う気持ちがある。ただしそれを一度も口にしたことはないが。
何故なら彼女はそれを言ってよい立場ではないからだ。彼女はあくまでも彼の世話係。魔王を目覚めさせるのを防ぐために、彼の心の平安を保たなければならないのだから。
だからラッシュフォードに、実際に口に出して思いを告げてもらわない限り、レディアもそれに応えることはできないのだ。
それでも彼女に不満はなかった。彼が自分をどんなに好きでいてくれるのかを知っているから。そしていつも彼が、自分のことを考えてくれているということも。
だからこそ彼から贈り物を一度ももらったことがなくても、そんなことは気にならなかったのだ。彼にそんな気が利くことができるとは思っていなかったのだから。
それでも成人を迎えたら、ラッシュフォードはきっと口に出して自分への思いを伝えてくれるだろうと信じていた。
しかし、そんなレディアとラッシュフォードの関係が微妙に変化していったのは、学園に入学して半年くらい経った頃だろうか。
大部落ち着いてきていたはずのラッシュフォードが、少し苛つくようになったのだ。
どうやら、レディアのことを気にかける男子生徒が増えたきたことが気に入らなかったようだ。
レディアはフリシアと比べると地味な色合いをしていたが、美しさにおいては引けを取らなかった。むしろお淑やかさでは彼女の方が上だと、好感を持つ者も多かったのだ。
『僕の婚約者であるレディアに近寄ろうとするとは、なんて図々しい奴らなんだ。
彼女の隣の席は僕が座ると決まっているというのに、平気で座ろうとするなんて言語道断だ』
いや、そんな決まり事は誰も知らない。そう心の中で突っ込みを入れながらも、最初のうちはそれを嬉しく思っていたレディアだった。
ところが、その後ラッシュフォードが取るようになった言動にはさすがにレディアも眉を顰めた。
なんとラッシュフォードはレディアに言い寄ったり近付こうとする者達に、彼女の悪口を言うようになったのだ。
「彼女には近付くな。彼女はミカモン魔術公国の魔法使いなんだぞ。どんな魔法をかけられるかわかったもんじゃない。昔国王陛下や宰相を縛り上げたくらいなんだからな」
ラッシュフォードの言葉に嘘はないし間違いではない。
しかし厳しい顔で苦々しそうにラッシュフォードがこう言えば、彼自身はレディアを嫌っているのに、親の命令で嫌々側に置いているのだと思われても仕方ない。
それに魔法使いという言葉は使わないでと最初にお願いしたのに、平然と彼がそれを破ったことにレディアは傷付いた。
このヒートリア王国において魔法使いとは、大昔の能力を未だに持ち続ける原始的な人間だ、という差別的な意味を含む言葉だったからだ。
それに比べて魔術師は訓練によって身に付けた特殊能力と見なされ、尊敬の対象となるのだ。
レディアは別に尊敬の対象となりたいわけではないが、見下されるいわれはないのだ。
たとえラッシュフォード本人が、そんなつもりで言っていたわけではないと理解していたとしても。
彼女には公爵令嬢だという自負があり、そもそもこの国の国王に懇願されたからこそ、態々ここへやってきたのだから。
そしてレディアが懸念した通りになった。
公爵家令息で国王陛下の甥であるラッシュフォードとお近付きになりたいと願う者達から、彼女は一斉に距離を取られるようになったのだ。
このことにラッシュフォードは気を良くしたが、彼は気付かなかった。
彼の発した言葉のせいで、レディアがラッシュフォードの目の届かないところで、嫌味を言われたり、貶されたり、意地悪をされるようになったことに。
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