第4章
打診してから三月後、ヒートリア王国はようやくミカモン魔術公国の外務担当者と王太子妃候補、そしてアソート公爵家の嫡男ラッシュフォードの教育係を招くことができた。
ところが、その場にいた者達が全員困惑した。
何故なら外務担当者が連れてきたのは、まだ十歳くらいの少女が二人と護衛だけだったからだ。
少女の一人は金髪碧眼で、かなり華やかな容姿。
そしてもう一人は茶色の髪と瞳をした、地味でおとなしそうな容姿。
ただし二人とも顔立ち自体はよく似た美少女だったので、血の繋がりがあるのは一目瞭然だった。
一人は王太子妃候補の元首グリンバルド公爵の令嬢なのだろう。しかし、もう一人は誰なのだろう? 一人では心細いだろうと付けられた親類か側近だろうか。
いや、ご令嬢達のことはどうでもいいのだ。肝心のラッシュフォードの教育係はどうしたのだ。
「こちらにいらっしゃるのがレディア嬢。ラッシュフォード様のお世話係で、王太子妃候補でもあります。そしてもう一人のフリシア嬢は……」
「「子供? ふざけているのか? こちらは遊び相手を要請したわけじゃないんだぞ!」」
ヒートリア国王並びに重臣達は、外務大臣のシーター卿が彼女達を紹介している途中で怒りの声を上げ、近衛騎士達に客人達を捕らえろと指示をした。
しかしそれと同時に、少女二人が片手に持っていた杖を振り上げ、それからそれを彼らに向けた。
するとその杖の先から光が発射されて、透明に輝く幕が彼らの周りを覆った。
彼らは目に見えない何かに縛り上げられて悲鳴を上げた。
「衛兵!」
と国王達は叫んだが、近衛騎士達も同じく身動きできない状態だったので、彼らはどうすることもできなかった。
「愚か者! 自分達の立場くらい見極められぬのか!
大昔から我々ミカモン一族にとってお前らなど相手にもならんかったわ。ただ無欲だったから辺境の地でおとなしくしておっただけなのだ。
その気になれば我々は、お前ら全員の首を撚ることなんて朝飯前なのだぞ。自分達が我々を支配できるなどとは努々考えてはならん。履き違えるな!」
外交担当であるシーター大臣が落ち着いた、それでいて威厳のある声でこう恫喝すると、ヒートリア王国の者達は皆震え上がった。
「我々は貴様らとは違い、約束は違えぬ。今目の前で見たであろう。
こちらの淑女二人は我がミカモン魔術公国の元首グリンバルドのご令嬢とそのお身内であるフォーリア侯爵家のご令嬢だ。
お二人とも強い魔力を持つ一流の魔法使いであられる。
しかも貴様達とは違って頭脳明晰。まだ少女だと侮るなどとは笑止千万」
しかし、厳しくこう言った後で今度は薄笑いを浮かべてこう言ったのだ。
「とはいえ、貴様達が疑うのももっともだ。だから一月様子を見てはどうだ。彼女達が結果を出せなかった場合は、別の者と交代するもよし、この婚約話を破棄してもこちらは一向に構わない」
ヒートリア国王並びに重臣達はひれ伏したまま、シーター大臣に許しを請い、彼の申し出をありがたく受けたのだった。
こうしてお試し期間が始まったのだが、一月経たずともその結果は出た。
レディアという名の少女がラッシュフォードのお世話係となった途端、あれほど毎日感情を爆発させていたラッシュフォードがピタリと静かになったからだ。
彼の上から目線や暴言は相変わらずだったが、彼の機嫌が良くなったのは一目瞭然だった。
しかも彼はいつもレディアを側に置きたがった。
確かにミカモン魔術公国からやって来たこのご令嬢は優秀だったようだ。両親や乳母や一流だと言われる家庭教師でさえお手上げだった公子の我儘ぶりが、あっさりと影を潜めたのだから。
さすがは一流の魔法使いだと国王達は感心した。どんな魔法を使ったのかまではわからなかったのだが。
そこで契約どおりに第一王子ともう片方の少女フリシア嬢は、その後まもなくして正式に婚約をした。二人は相性も良く、お互いに好感を持ったからだった。
こうして第一王子ダムリンが婚約すると、今度は彼の従兄弟でもあるラッシュフォードまでもが、世話係であるレディアと婚約したいと言い出した。
しかしさすがに国王達は渋い顔をした。王族の二人がミカモン魔術公国の令嬢と縁を結んだら、他の貴族から不満が出ることが火を見るより明らかだからだ。
とはいえ、認めなければラッシュフォードが暴れて抑えきれなくなることも確実だった。
それならラッシュフォードの方を王太子にしてレディアと婚約すれば問題はない。王弟の息子であるラッシュフォードにも低いとはいえ王位継承権があるのだ。
そしてそもそもミカモン魔術公国では王太子になるのは誰でもいいと告げていたのだから。
しかしラッシュフォードには後ろ盾がない。彼が新たな王太子になったら新たな派閥争いが起きかねない。それはできるだけ避けたいと貴族達は思うに違いない。
そして国王自身も甥ではなく自分の実の息子に跡を継がせたかった。
そこで国王は甥であるラッシュフォードにこう言った。
「分かった。お前とレディア嬢の婚約を認めよう。ただしこのことは王立学園の卒業まで、王家と公爵家だけの秘密とする。だからよその者に話してはならぬぞ」
「どうして言ってはいけないのですか? 僕はレディアを誰にも取られたくないから婚約したいのです。隠していたら意味が無いじゃないですか!」
「しかし婚約を公にしたらお前は婚約者としての責務を負うことになるのだぞ。
ことあるごとに婚約者のために贈り物を考え、行事に参加する時にはエスコートして社交をする。
今まで通り好き勝手な振る舞いをすることはできないぞ。お前にそれができるのか?」
国王とすればラッシュフォードの思いなど、そのうち変わるだろうと高を括っていたのだ。
伯父である国王にそう言われたラッシュフォードは鼻白んだ。
そう。ラッシュフォードは酷い人見知りで、社交の場どころか親類の集まりでさえ苦手で偶にパニックを起こすのだ。それが見知らぬ者達の中に入ったらどうなるのか。
社交なんて絶対無理!
それに女の子にあげるプレゼントなんて、どうしていいのか想像もつかなかった。
そこでラッシュフォードは思った。別に公にしなくてもいいか。レディアと将来結婚できればいいのだから。
いくら頭のいいラッシュフォードとはいえ、当時まだ十歳だった彼はすっかり伯父の言葉を真に受けてしまった。
その契約は国王と自分の父親がレディアの父親と結んでくれるものだと、ラッシュフォードは素直にそう思い込んだ。
だからこそラッシュフォードは、自分とレディアは婚約者同士だとずっと思っていたのだ。
そしてこの勘違いこそが、その後彼を窮地に陥れることになったのだ。
とはいえ、彼が勘違いしていたとしても、そもそも彼がレディアの婚約者らしい態度をちゃんととっていたならば何の問題もなかったのだが。
公にしていなかったとしても、婚約者に対して、誕生日や記念日に贈り物をするのは当然だったろうに……
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続きは明日の同じ時間に投稿する予定です。