第3章
書簡を送ってもミカモン魔術公国に無視された王国は、今度は高官を含む大使節団を送り、泣き落としという卑怯な手段に打って出た。
このままの状態が続いたら魔王復活してしまう。そうなったら多くの罪なき国民の命が奪われてしまうと。
そこでグリンバルド公爵は言った。
「罪のない国民を死なせるのは確かに忍びない。しかし、罪深き者達まで助けるつもりはない。それでいいのなら協力してやってもいいだろう」
「罪深き者とは誰のことでしょうか?」
「そんなこともわからないのか?
そんな愚か者達の願いを聞き届ける必要はないな。さっさと出ていけ!」
ミカモン魔術公国の長が声を張り上げると、両脇にいた側近達が一斉に杖を振り上げ、そしてヒートリア王国の使者達に向けた。
ーバン!!!ー
と轟音と共に使節団の姿は一瞬で消えたのだった。そして、
―バン!!!―
という爆音と共に使者達は自国の王城に姿を突然現した。彼らは震えながら国王に訴えた。
「どうか罪深き者達を罰して下さい。そうしなければ魔王だけでなくミカモン魔術公国にこの国は滅ぼされます」
空間移動して突如現れた使者達に、ヒートリア王国の国王や他の高官達は度肝を抜かれ、ミカモン魔術公国の魔法使い達に改めて恐れ慄いた。そしてすぐさま対策会議を開いたのだった。
しかし、その後ヒートリア王国から届いた新たな書簡を読んだミカモン魔術公国の重鎮達は、呆れて物が言えなかった。
というのも、なんと彼らは、魔術師達の故郷である旧ミカモン領を返還すると言ってきたのだ。
彼奴等の頭はピーマンなのか?
旧ミカモン領は現在アシザン侯爵という貴族が治めているのだが、何も彼のご先祖が無理矢理魔法使い達からその土地を奪ったわけではない。
魔王退治で功績をあげた勇者が国王となり、手柄を立てたアシザンのご先祖が彼の地を国王から配分されただけなのだから。
罪深き者とはアシザン一族ではなく王族だ。まあ、歴代の当主に比べると現アシザン侯爵は出来が悪いから、彼を追い出すのは吝かではないが。
それにしてもヒートリア王国のトップにいる奴らは、国が危機的状況になっても己の身を切るつもりは毛頭ないらしい。
「もうそろそろいいんじゃないですかね? やっちゃっても」
「そうだなぁ。あいつらじゃ、魔王が目覚めた時になんの役にも立たないどころか足手まといになりそうだし、いい加減切り捨てるか」
「そうしましょう、そうしましょう」
元首グリンバルド公爵とミカモン魔術公国の重鎮達はこんな意味ありげな話をしていたが、彼らは至って平和的な一族で、しかも気が長い。
そろそろといってもそれは数年後、いや数十年かけて実行していくことになる。そう、ジワジワと真綿で首を絞めるように……
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書簡を送ったにもかかわらず何の反応も表さないミカモン魔術公国に、さすがのヒートリア王国も自分達の対応が間違いだったことに気が付いた。
そして何を思ったか、ミカモン魔術公国の令嬢を王太子の妃として迎えたいと言ってきた。
本来大昔魔王を倒したのは勇者ではなく魔法使いだった。それ故に彼が国王になるべきだったのだ。それを思い出し、今更ながら魔法使いの血筋を王家に入れることで、誤りを正そうというのだ。
本当に今更だ。あれから千年以上は経つというのに。
ミカモン族の面々は、元々権力などには興味かなかった。しかし、今の王族をどうにかしなければと考えていたので、身内をヒートリア王国に送り込むことにした。それ故に条件付きでそれを受け入れることにした。
王太子妃候補となったのは、なんとミカモン魔術公国の元首グリンバルドの娘だった。何故なら彼女がミカモン魔術公国の中でもっとも魔力が強かったからである。
こちらは元首の貴い令嬢を送り出すのだから、彼女を娶ったら第二夫人や側室、愛人を持つことは許さない。浮気など以ての外。
もし裏切り行為が露見した場合は婚約破棄あるいは即離婚させ、アソート公爵家の嫡男ラッシュフォードの件からは手を引くと。そして敵と見做すとまで警告文を添えた。
その上王太子になる人物は別に国王の嫡男でなくても構わない。
娘を幸せにしてくれて浮気をしない者なら誰でもいいぞ!という条件まで加えてやった。
かなりの上から目線の図々しい要求だったが、ミカモン魔術公国は一切妥協をするつもりはなかった。
こちらは別にどうしても王太子に嫁がせたいわけではなかったのだから。
すると、なんとヒートリア王国はすぐさまその要求に応じてきた。しかも相手はなんと第一王子だった。
正妃の産んだ第一王子は眉目秀麗な王子だと評判が高く、女性からの人気が高いと聞いていたので、側室が産んだ弟王子に差し替えるのではと考えていた。
つまり弟を一応国王に据えておいて、その実臣下に下った兄が陰で実権を握ろうとするのではないかと。つまり傀儡政権を企むのではないかと予想していたのだ。
すぐさま調査をしてみると、側室の産んだ第二王子は酷い女好きなため、ミカモン魔術公国の要望には到底添えなかったらしい。
そして第一王子の方はいたって真面目な性格で、しかも一夫多妻制には元々苦言を呈している人物らしかった。それ故に提示されたその結婚の条件に、何の不満もしめさなかったようだ。
さらにヒートリア王国はミカモン魔術公国には、アシザン(旧ミカモン)領を下賜すると言ってきた。
その土地は王都の割りと近くにあるため、公国の飛び地として、何かと便利に使えるだろうと。
彼らが自分達を取り込もうとしていることは見え見えだった。ミカモン族を丸め込めると思っているとは片腹痛い。
まあ、油断させた方がこちらも何かと都合がいいし、ミカモン族としても良い話だった。元々ご先祖様の土地だったのだから。
こうして公国は先祖の土地を再び治めることになったのだが、ミカモン魔術公国はアシザン領の民の入れ替えは一切しなかった。
というのも大昔にこの地を離れてからも領民とミカモン一族はずっと繋がっていた。ミカモン一族はそのほとんどが魔法使いで空間移動ができたからだ。
千年にも渡る長い間ずっと、領民達は何か悩みごとがあるとアシザン侯爵ではなく、定期的にやって来るミカモン魔術公国からの使者に相談してきたのだ。
領民達は表面上はアシザン侯爵家に大人しく従っていたが、彼らにとっての領主はずっとミカモン公爵だったのだ。
それ故に旧アシザン侯爵領の民達は、再びミカモン魔術公国の民に戻れると聞いて、それこそ大喜びしたのだった。
(注釈)
アシザン領の民は千年前まではやはり魔法使いでしたが、元々強い魔力を持っていなかったので、今では魔力を使える者はいません。
読んで下さってありがとうございました!