第23章
ホールが静寂に包まれた。
国王が、この国がミカモン魔術公国に頭を下げてまで何を願ったのか、そもそもラッシュフォードの存在が一体何なのか、ラッシュフォードの話だけではよくわからない話ではあった。
ただしそれは国家秘密に関わることなのだろう、と皆が察した。
そして、なんとなく、なんとなくではあるのだが、この場にいる者達はその秘密とやらが、とてつもなく恐ろしいことだという気がして、身震いをした。
何故ならこの卒業パーティーが始まってからというもの、不規則に床や建物が揺れていたからだ。
「俺はレディア以外に贈り物をする気なんかなかった。だけど、もう子供ではないのだから、この国の王族に生まれた以上、最低限の社交はしましょうとレディアは言っただろう?
だからエメライン嬢に試しに花を贈ってみたんだ。王族の義務として。隣国との友好は大切なんだろう? トリスタン殿下がそう言ってたから」
ーその友好って、王族としての義務というより、トリスタン殿下の個人的な下心だろうー
ー公子様って案外素直だなー
「試しで贈ったの?」
「そうだ。贈り物には何がいいのかわからなかったので、殿下や友人達に尋ねてみた。
すると、宝石やドレスをあげると一番喜ばれるが、それは婚約者や奥方にするものだから、恋人ならちょっとしたアクセサリーや小物を選ぶのがいい。そしてまだそこまでの関係になっていない相手や親善のためなら、やはり花を贈っておけば間違いないと教えてもらった」
「でも何故態々お屋敷の花壇から貴方自ら摘んだの?」
「何故って、庭に見事な花がたくさん咲いているのに、態々花屋に買いに行くなんて無駄じゃないか。
それに研究のために植物を採取するなんていつものことだ。それなのに、それこそ何故それくらいのことを人に頼む必要があるんだ?」
ああ、そうだった。どうして自分は忘れていたのだろう。ラッシュフォードが徹底した合理主義者だということ。そうリディアが納得した時、先程リディアと友人になってくれたご令嬢の一人がこう言った。
「お試しとはいえ、エメライン様にはプレゼントを贈られたのに、何故婚約者だと思っておられたレディア様には、公子様は何も贈り物をされなかったのですか?」
するとラッシュフォードがコテンと首を傾げた。
「贈り物なら十歳の時からずっとしてるよ。ねぇ、レディア?」
「「「えっ、そうなの?」」」
ギャラリー同様にレディアは『えっ、そうなの?』と思ったがまさかそうは言えなかった。何故ならラッシュフォードはレディアにだけは絶対に嘘はつかないからだ。
だからこそ今までレディアは、彼にエメラインのことを尋ねられなかったのだ。馬鹿正直に彼女への愛などを語られたらショック死しそうだったので。
でも、本当にラッシュフォードが嘘をついていないとすると、彼は贈り物をしてくれていたのに、自分がそれに気付かなかったことになる。
まさかとは思うが、昨日フレシアに自分の駄目さを指摘されていたので自信がない。
仕方ない。こうなったらラッシュフォードの心を読むしかないと、レディアは彼の顔を真剣に見つめた。するとこんな彼の声が聞こえてきた。
『世界で一番大切なレディアに、俺が贈り物をしないなんてことあるわけないじゃないか!
滅多にお目にかかれないホワイトスネイクの抜け殻や、キラービーの巣、グリフィンの爪を手に入れるのはそりゃあ大変だったんだぞ。
それにピンクドラゴンの卵をあっためて、孵化する所を見せてやった時はすっごく喜んでくれたんだぞ。
レディアのあの嬉しそうな顔を見た時は、俺も頑張って良かったぁーって最高の気分だったからな。
ただ、雛と最初に目が合ったのがたまたま俺の方だったせいで、俺のことを母親だと認識しちゃって、雛が俺の後ばかりついてくるようになった時は、本当に困ったよな。レディアは雛の母親になる気満々だったからな』
『違う。違うのよ。母親の座を奪われたことに不機嫌になったわけじゃないの。ラッシュを取られそうになってヤキモチを焼いたのよ。
だってピンキー(ピンクドラゴン)ったら、ラッシュのことを母親というより恋人のように思っていたんだもの。
今だって、繁殖シーズンになると必ずやって来て、ラッシュに大きな体をズリズリと擦りつけてくるのよ。
それにしても研究成果や珍品、貴重な物をいつも一番最初に私に見せてくれていたのは、私を喜ばせるためのプレゼントだったのね。
そんなに大変な思いをして準備してくれていたなんて気付かなかったわ。
心を読んでいたつもりなのに、私は何もわかっていなかった。私はこの能力に頼り切って、自分の目でちゃんとラッシュを見てこなかったんだわ』
『だけどエメライン嬢には感謝しないといけないな』
『エメライン様に感謝ってどういうこと?』
『俺がレディアにあげてた物って、トリスタン達の薦めてたやつとは全然違うから、焦ったんだよな。最近レディアが俺によそよそしいのは、宝石やドレスを贈らなかったせいなのかなって。
だけど、俺がエメライン嬢に我が家の花壇に咲いた薔薇で悪いけどって渡したら、女性は好きな相手からもらえるものなら何でも嬉しいものなんです。特に自らが丹精込めて作ったものなら尚更感激します、って教えてくれたんだ。
それで、俺の今までの贈り物が間違ってなかったんだと安心できたんだものな』
『それ違うわ。彼女は貴方が自分のために庭で薔薇を育ててくれて、それを自ら手折って花束にしてくれたと思ったから喜んだのよ。
これがいくらラッシュが苦労して手に入れた物だったとしても、ホワイトスネイクの抜け殻や、キラービーの巣、グリフィンの爪を贈られたら、私とは違って悲鳴を上げて彼女は絶対に泣くわよ。
それにラッシュ、貴方は絶対にエメライン嬢に勘違いをさせてるわ!』
レディアがラッシュフォードの心の声を聞いて、自分が今までどれほど彼に思われてきたかを知って歓喜した。
しかしそれと同時に、そのことに気付けなかった己に自己嫌悪しながら、今から非常に面倒なことが起こりそうな予感がして、彼女は身震いをしたのだった。
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