第2章
それにしても何故ラッシュフォードがこれほどまで周りから甘やかされてきたのかというと、彼が王弟であるアソート公爵家の嫡男だったからだ。
それ故に、身分の高い彼に誰も注意できなかったのだ。
しかし、理由はそれだけではない。ラッシュフォードは五歳の時、彼の感情が神殿の奥深くに封印されている魔王と、なんと共鳴していることが証明されたことが一番の原因だった。
✽
当時この国では時折地震が起きたり、火山が噴火したり、大雨が降ったりして人々を不安にさせていた。これらは地下神殿の奥深くで眠りについているはずの魔王が、時折暴れるために起こる現象だ。
以前はそんなことはなかったのに数年前から度々これらの現象が起きている。
……これは封印が解かれる前兆ではないかと、魔王の存在を知っている王族や一部の高位貴族、そして神殿の関係者達は恐怖に慄いた。
そんな中、ある日神殿の記録係のナローという若い神官が、こんな自説を発表した。
「このところの様々な現象はアソート公爵家の嫡男ラッシュフォードが誕生してから起きている。
そもそも彼の洗礼式の日に彼が大泣きした時に最初の地震活動が記録されている。
その後彼が礼拝に来て騒ぎを起こす度に突然の豪雨や雷や嵐に襲われている」
言われてみると確かに妙に符合する。そこでものは試しと、アソート公爵家では、精密なラッシュフォードの成長記録をとってみた。
そして一月ごとにその記録と神殿の記録を照らし合わせる作業を続けた。
すると、半年過ぎた頃には、ラッシュフォードの感情の爆発が突然の災害と関連していることは、誰の目にも明らかなものとなった。
そう。彼は特異体質の持ち主で、彼によってこの国の平和が左右されるのだった。
平穏な暮らしを守るためにはラッシュフォードの精神状態を安定させなければならない。
アソート公爵家のみならず王家の面々はとにかくラッシュフォードに気を使った。
怒らせないように、泣かせないように、苛つかせないように。つまり彼がいつでも機嫌良く過ごせるように、幼い頃からラッシュフォードを甘やかし、機嫌を損ねないように好きにさせた。
しかしこれは大きな過ちだった。
ラッシュフォードは、十歳になった頃には手がつけられないくらいに我儘になり、傍若無人に振る舞うようになっていた。
そして自分の思い通りにならないと、すぐに癇癪を起こすようになったのである。
その度に空には稲妻が走り、竜巻が起こり、雹が落ちた。
それがあまりにも頻繁になったので、国中の者達が不安になり、天変地異の前触れではないか、世の終わりが近付いているのではないか、魔王が目覚めるのではないか、と不安に慄き、動揺が広がった。
これはまずい。なんとしてもラッシュフォードの精神を安定させないと。
子供にそんなことをしていいのか……なんてそんな悠長なことを言っている余裕もなく薬も試してみたが、余計に彼の情緒を不安定にさせた。
そしてとうとう国王は、大昔魔王を封印した魔法使いの一族に頭を下げた。どうか魔法でラッシュフォードの心を操って欲しいと。
しかし神官達が心配した通り、魔術師(かつての魔法使い)の長であるグリンバルド公爵にあっさりと断られた。彼らがすんなりとそれを了承するわけがなかった。
何故なら王家と神殿と騎士団長、現在この国を頂点にいる者達は、かつて魔法使いと共に魔王退治をしたグループの子孫達だった。
ところが魔王がいなくなって強大な敵がいなくなると、魔法使いは仲間から疎まれるようになり、国境近くの山奥に広大な領地を与えられて追い払われてしまった。
元々魔法使いは支配者になってやろうという気もなく、ただ困っている人々を見逃せなくて魔王討伐に立ち上がった人物だった。
だから目的が果たせただけで彼は十分だった。
とはいえ、勝手に広大な土地を与えられ、その代わりに生まれ育った先祖代々の土地から、彼は一族と共に追い払われてしまったのだ。
彼とその一族に強い憎しみの心が生まれたのは当然のことだった。
それ故に彼らはヒートリア王国の中にありながら、ミカモン魔術公国を名乗り、それ以降半ば独立国のような立場にあった。
それ故、ミカモン魔術公国の長はヒートリア王国の王命という名の懇切丁寧な依頼を即、断った。
建国以来独立独歩やってきた公国は王国からの恩恵など一切受けてはいないのだから、そんな依頼を受ける義理などなかったからだ。
命令に背いたとしてたとえ兵を送られてきたとしても、彼らは一向にかまわなかった。
攻撃されたら追い返し…いや反対に王都に攻め入ってヒートリア王国を乗っ取ってやるだけだ。
読んで下さってありがとうございました!




