第19章
「貴方が心配した通り、ラッシュフォード様のお気持ちはレディアには全く伝わっていなし、彼女は公子様のことを誤解してるわ」
「そうだろうな。あれほど噂が流れていたらな。
何故ラッシュフォードは弁解とか説明をしようとしないのかな? 彼女は自分のことをわかってくれているとか言っていたけど。
ねぇ、君からエメライン嬢のことは誤解だとレディア嬢に伝えてくれないか?
いつも甘やかし過ぎると君に叱られるけど、彼も大分努力を重ねて、成長しているんだよ。
だけど人間得手不得手はある。できないことを責めてばかりいるのはいけないと思う。完璧ばかりを求めるのは間違いだ」
ダムリンの珍しい厳しい物言いにさすがのフリシアも、普段の自分の言動を反省した。
彼から聞かされたラッシュフォードは彼女が思っていた以上に大人で、従姉妹のことだけではなく、自分達のことまで考えてくれていたのだから。
レディアが悪女だ魔女だと悪者にされた時、解決策を何も取らないラッシュフォードをなんて薄情かつ無責任な人だと怒りを感じた。だからずっと彼を批判ばかりしてきた。
しかし単に彼は人との駆け引きや悪巧みができないのだろう。
自分達とは全く違う方法で彼は彼なりにレディアを助けようと努力していたとは、彼女は思いもしなかった。
「ごめんなさい。ラッシュフォード様のことをよく知りもしないで、レディアを蔑ろにしてると一方的に決めつけて」
「まあ、君の気持ちはわかるよ。ラッシュフォードの癇癪を抑えるためだけに、まだ幼かった君達は親元から引き離されたんだから。
今回初めて影から聞かされて本当に驚いたよ。ラッシュフォードの感情が魔王とシンクロしているだなんて。
だけど悪いのは王侯貴族達で、ラッシュフォードじゃない。むしろ彼は被害者なんだ」
「わかってる。だけどレディアは完全にラッシュフォード様を誤解しているから、いくら私達が本当のことを話しても信じるかどうかはわからないわ。
あの子は一途で優しい子だけれど、思い込みが激しいから」
「それじゃあどうすればいいんだ。二人が破局して、ラッシュフォードが理性を失って、魔王が目覚めて、王城や神殿が潰されるのをただ見ていろとでもいうのか?
いや、城や神殿だけならまだいいが、国民にまで被害が及ぶんだぞ!」
「私達は貴方以外のこの国の王侯貴族には失脚してもらいたいと思っていますが、国民を危機に晒すつもりはないわ。
そもそも国民を守るために私達はこの国に派遣されてきたんだから」
自分達がこの国を見殺しにすると思われていることに、フリシアはショックを受けた。
確かに民を顧みずに贅沢三昧をし、まともな行政をしていないこの腐れきった王族や貴族、そして政府は潰してやろうとは思っていたけれど。
「ああ、それはわかっている。君がこの八年の間歯痒い思いでこの国を見てきたことは想像ができる。いつもノートに改善すべきこと、そしてその改善策について思いついたことを記していたよね。
僕が陛下や大臣達に進言する時は大分それを参考にさせてもらっていたよ。まあ結局彼らの心には届かなかったけれど。
だから、君の思いを無駄にしないためにも魔王の目覚めを防がないといけない」
ダムリンはちゃんと自分を見て認めてくれていたのだとフリシアは嬉しくなった。胸が久し振りにドキドキして息苦しく感じた。
彼女は落ち着くために何度も深呼吸をしてからこう言った。
「溜まったものは遅かれ早かれいずれ溢れ出す。以前頻繁に起こった自然災害はその溜まったエネルギーを小出しにしていただけじゃないのか……半年くらい前にそうレディアは言っていたわ。
だからラッシュフォード様の癇癪は必要悪だったんじゃないかって。あの子は自然学を研究しているから」
「少し前からレディア嬢がラッシュフォードの側を離れていたのは、その研究をするためだったのかい?」
ダムリンは僅かな期待を持ってそう尋ねたが、フリシアは頭を横に振った。
「それはレディアがラッシュフォード様を避けるようになって初めて気付いたことだと思うわ。あくまでも副産物。
あの子何も言わなかったけれど、かなり酷いことをラッシュフォード様にされたんだと思うわ。心を閉ざすくらいに」
「やっぱりあの薔薇の花がショックだったんだろうな。それまでレディア嬢には何も贈ったことなかったのに。それを聞いた時は僕だって信じられなかったよ」
「ええ。あれが決定的になったんだと思う。だけど、ラッシュフォード様の気持ちを疑うようになったのはそれ以前のはずだわ。聞いても教えてくれないけど」
「一体何が彼女を傷付けたんだろうな。ラッシュフォードは彼女だけを愛している。だから絶対に誤解のはずなんだけどな」
「あのね。貴方には隠していたのだけれど、実はレディアには魔法だけでなく人の心が読める能力が本当にあるの。
ラッシュフォード様の家庭教師に私ではなくてレディアがなったのもその能力のせいだったのよ。
だけど王太子の婚約者でありながらラッシュフォード様の家庭教師をするのは大変でしょ? だからレディアの補助をするために私はこの国にきたのよ。それなのに……
レディアと私が従姉妹だということは知っているわよね。私の方がフォーリア侯爵家の娘で、母が元首グリンバルドの妹なの。
それなのにこの国の人達が勝手に私を王太子殿下の婚約者だと勘違いしたのよ。書類をよく確かめもしないで。
こんないい加減な国に大切なレディアを嫁がせられないと、咄嗟に私が書類の中を改竄したの。私の方が元首グリンバルドの娘だとね」
「君がフォーリア侯爵家のご令嬢だということはラッシュフォードから聞いた。しかし、レディア嬢に人の心が読める能力があることは知らなかった。
つまり彼はそのことを知っていたから、自分の思いがレディア嬢に伝わっていると安心しているわけなんだね?」
「多分ね。でもレディアがラッシュフォード様の心を読むのを止めてしまったことには気付かなかったのでしょう。
何故リディアがラッシュフォード様の心を知りたくないと思ったのか、それを無理にレディアに聞き出すわけにはいかにないわ。
やはり二人が向き合って、気持ちをぶつけ合うしかわかり合う方法はないんじゃないかしら。
それで多少被害が出ても仕方ないと思うわ。溜まった物は一度吐き出さないと。
雨降って地固まると言うでしょう?」
フリシアは達観してこう言った。なんだかんだといっても、いざという時は女性の方が肝が据わっているのだろう。
レディア嬢もそうであって欲しいと願いながら、ダムリンは深いため息をついた。
『雨くらいならいいけど、災害レベルの嵐や豪雨を引き起こしたらどうすればいいんだろう。
だから治水工事を進めろと父上に進言していたのに、あの人は自分のことしか頭にない……
魔王様のことだって、自分が生きている間だけ眠らせておけばいいくらいに思っているに違いないんだ。あの人は大局的な目でこの国を見ているわけじゃないんだ』
と。
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そしてフリシアとダムリン、そして彼らの影や護衛達が見守る中、ついに卒業式を迎えたのだった。全ての準備を整えて。
次章で卒業パーティーの場面に再び戻ります。
読んで下さってありがとうございました!