第18章
『ラッシュフォード様だったら、一時間くらいミカモン魔術公国について語れると思いますよ。たとえそこに好意や興味がなかったとしても。
あの方は好きな(だった)相手や物のことなら徹底的に調べますからね。つまり貴方は、私のことなどに関心を持っていなかったということですよね』
半月ほど前にフリシアに言われた言葉が蘇ってきて、ダムリンは自分で自分が許せなくなった。
身代わりの婚約者。バレたらどうなるのか、その不安を抱えて過ごしたこの八年間の彼女の心情を想うとダムリンは胸が苦しくなった。
「俺が気付いた時には君とフリシア嬢は既に思い合っていたし、君達ならこの国の良き国王と王妃になれるだろうと思った。
だから余計なことは言わなかった。君が嘘を吐き続けられるとはとても思えなかったからね。
それにまあ、俺はレディアを誰にも渡したくなかったから、それが一番の理由かも。
あっ、君達の婚約はちゃんと有効だから心配ないよ。君とフリシア嬢が本気で思い合っていると判断された時点で、戸籍上彼女は、ミカモン魔術公国元首グリンバルド卿の養女になっているみたいだから」
珍しくラッシュフォードは照れ笑いをしながら言った。
負けだ。完全に自分は人間としても男としてもラッシュフォードに負けている。とダムリンは思った。
ラッシュフォードはレディアと結婚するためならこの国を捨てても構わないと言った。
確かに彼ならば何処ででも生きていけるだろう。レディアさえ側にいてさえくれれば。
もちろん自分は王太子だから簡単に民や臣下を見捨てるわけにはいかない。ラッシュフォードが王位継承権を捨てるというなら尚の事。
同い年の異母弟のトリスタンがしっかりしていれば彼に譲りたいが、容姿だけは立派だが、考え無しで女好きで怠け者の弟に国を託すわけにはいかないのだから。
しかしどんな困難があろうとも絶対にフリシアのことだけは諦めない。たとえこの国の在り方を変えることになったとしても。
『貴方はどうしたいの?』と尋ねられた時、ダムリンはそうフリシアに告げるべきだったのだ。
「ありがとう、ラッシュフォード。君のおかげで僕もフリシアと共に生きて行く決心がようやくできたよ。今日そのことを彼女に伝えるつもりだ」
「そうか。頑張れよ」
思いもかけず従兄弟に礼を言われて、ラッシュフォードは嬉しそうに微笑んだ。
レディア以外の人間との信頼関係を諦めていたラッシュフォードも、ダムリンと心通わせることができたことに喜びを感じたようだった。
そんなラッシュフォードの顔をやはり笑顔で暫く見つめていたダムリンだったが、ふとあることを思い出してこう尋ねた。
「ところで、さっきの未来計画はちゃんとレディア嬢の了承を得ているんだよね?」
「いや、まだだ。近頃レディアと時間が合わなくて」
『それは避けられているのでは?』
ダムリンは他人事ながら不安に感じた。
「きちんと話さないと誤解を呼ぶよ。ほら僕達のように」
「大丈夫だよ。レディアは僕の気持ちをわかってくれているから」
「どうして君がそう確信しているのかはわからない。だけど、もし彼女が君の気持ちを本当にわかってくれていたとしても、君の方はどうやってレディア嬢の気持ちを知るんだい?
僕なんてずっと何でも話し合ってきたつもりだったのに、フリシアの本当の苦しみや悲しみに最近まで気付けなかったというのに」
「えっ?」
ダムリンの言葉に今度はラッシュフォードの方が絶句して固まったのだった。
✽
ダムリンはフリシアから、卒業式の前日までには返事が欲しいと言われていたのだが、彼はラッシュフォードとの会話をしたその翌日、フリシアにこう告げた。
どんな困難があろうとも絶対にフリシアのことだけは諦めない。たとえこの国の在り方が変わったとしても、君と結婚して共に生き共に死ぬと。そして、二人で力を合わせて民の暮らしを守るのだと。
「たとえこの国の在り方が変わったとしても?」
「ああ。それが民の幸せになるのなら。力を貸してくれるかい?」
「ええもちろんよ。民の幸せが貴方の幸せなら、貴方に協力するわ。私は貴方を愛していて、貴方の幸せが私の幸せだから」
ソファーの向かいに座っていたフリシアが立ち上がってダムリンとの隣に座り直すと、彼に抱きついて頬にキスをした。
するとダムリンは幸せそうに微笑んで、彼女を強く抱きしめ返して「愛してる」と言いながら、優しく彼女に口付けをしたのだった。
そしてその後、彼がこの十日で知り得た情報を彼女に報告すると、彼女は既に知っていることばかりだったようで、淡々と頷きながら聞いていた。
しかし、先晩のラッシュフォードとの会話の内容をダムリンから聞かされると、フリシアはダムリン同様に相当驚いたようで、思わず大きく開いた口を両手で隠し、大きく目を見開いたのだった。
そして暫くしてからこう呟いた。
「本当に馬鹿なのか利口なのか、しっかりしているのか抜けているのか、頼りになるのかならないのかわからない方ね」
「ああ。だけどはっきりしているのは、彼がレディア嬢を本当に愛しているってことだ。そして何よりも大切にしているということだ」
「そうね。だけど……」
「だけど何?」
フリシアはその美しい顔の眉間にシワを寄せて困った顔をしたのだった。
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