第17章
「やあ、ラッシュフォード、珍しいな一人でいるなんて」
王宮で開かれている国王の生誕パーティーで、ダムリン王太子が従兄弟に声をかけた。
「レディアは体調不良で参加できなかったんだ。君こそ一人だなんて珍しいね。いつも婚約者殿とベッタリなのに。全くもって羨ましい」
「羨ましい? 君が?」
従兄弟の思いがけない言葉にダムリンは目を大きく見開いた。天才でなんでも思うまま好き勝手に生きてきて、この男が人を羨むことなんて一生無縁だと思っていたのだが。
「ずっと羨ましかったよ。大好きな婚約者と堂々と一緒にベタベタできてさ」
「君だって想い人といつも一緒にいたじゃないか」
「ああいたさ。だけど学園に入ってからはあんまり上手くいってない。特に最近になってレディアは暗い顔ばかりしているし」
「ヘェ~。一応君でも気付いていたのか。意外だな」
「なんだよそれ。ずいぶんと酷い言われ方だな」
「酷いのは君だろう? レディア嬢を悪女に仕立てたくせに。好きな女性のことを悪くいうなんて本当に最低だぞ」
「だって、レディアが綺麗になっちゃって、やたら男達に話しかけられてて、俺取られちゃうって焦ってしまって。
こんな俺でも君みたいに堂々と婚約者だと名乗れれば、言い寄る相手を追い払えたかもしれない。だけど、婚約したことは卒業までは誰にも話しては駄目だって陛下に命じられていたから言えなかった。
君達に叱られて何とかしなくてはと焦ったけど、どうしてもその方法が思い付かなくて。だから俺が片時も離れずにレディアの側にいればと考えたのに、やっぱり守りきれなくて。
でも、半年くらい前までは、レディアは笑ってくれていたんだよ。僕の気持ちはわかっているから平気よって。それなのに」
「婚約・・・・・
君とレディア嬢は婚約していたのか?」
そんな話は初耳だとダムリンは思った。大体二人が婚約しているはずがない。影や護衛達からの調査報告にもそんな記載はなかったのだから。
しかももしそれが本当なら、国王がラッシュフォードとエメライン嬢を婚約させようと、彼女の国に留学を勧めるだなんておかしい。
これがフリシアが言っていた、国王の裏切りの証か。我が父ながらなんて愚かなことを。
二人の仲がギクシャクしていることを知って、ラッシュフォードが本気でエメライン嬢に好意を持っていると勘違いしたのか!
それともラッシュフォードをこの国から追い払うために、あのエメライン嬢を利用しているのか? あのクソ親父め!
ラッシュフォードの感情が絶望と怒りで盛り上がったらこの国は崩壊するぞ!
今回影達によって、ダムリンは初めてラッシュフォードと魔王との関係を知った。これまで疑問に思っていた事柄が全て繋がったと彼は思った。
なんとか二人の仲を修復させねば! ダムリンは恐怖に慄きながらも必死に冷静さを取り繕ってこう言った。
「それで今更どうするつもりなんだ。どうやってレディア嬢の名誉を回復させるんだ?」
「人の噂も七十五日というだろ? 数年二人でどこかへ留学にでも行っていたら、いい加減噂は消えてるんじゃないかなぁ。
それでももし消えていたなかったら、一緒にミカモン魔術公国へ行って暮らすよ。彼女の故郷なら彼女も悪く言われなくて済むし」
レディア嬢と留学? やっぱり彼女のことを諦めたからエメライン嬢の国へ留学するという、学園や王宮に出回っているあの噂は出鱈目だったんだな。そうだとは思っていたが。
それにしたってミカモン魔術公国に住むって…
「おい、君はアソート公爵家の跡取りなんだぞ。そう簡単にはいかないぞ」
「何故?
もし駄目だと親に言われたら俺は家から廃嫡してもらって、レディアのところに婿入りさせてもらうよ」
「はあ?」
「うちの後継者なら姉の二男を養子にするとか、妹に婿を取ればいいじゃないか。
元々俺なんて家族から厄介者扱いされてきたんだから、俺が家を出ると言ったらむしろ喜ばれると思うぞ」
「ラッシュフォード……」
従兄弟同士とはいえ、二人はこれまでお互いに家族の話をしたことはなかった。
国王であるダムリンの父親は政治などにはあまり興味のない享楽主義者で、王妃である母親も日和見主義者だった。自分が贅沢して楽に暮らせるなら、夫が何人側妃や愛人を作ろうと平気だった。
ダムリンがそんな両親を受け入れられなかったように、彼らも真面目で融通の利かない息子に関心を持たなかった。特に父親は性格の似ている側妃から生まれた第二王子を気に入っていた。
つまりラッシュフォードだけではなくダムリンの方も家族との縁が薄かった。
だからこそ二人とも互いのパートナーに対する思いが強過ぎるのかもしれない。
変人でどうせわかり合えないとラッシュフォードとは距離を置いていたダムリンだったが、もしかしたら本当は一番わかり合える相手だったのかもしれない。今頃になってダムリンに少し後悔の念が湧いた。
「ラッシュフォード。君がそのつもりでも相手がいることなんだから、それを受け入れてもらえるとは限らないぞ」
「うん、それはわかってる。俺がレディアの所へ婿入りしたら、ミカモン魔術公国元首の女婿となるわけだから、乗っ取りだと勘繰られかねないからな。俺がそんなつもりがなくても。だからそれはあっちとこれから相談するつもりだ」
淡々とこう言ったラッシュフォードの言葉に、ダムリンは何度目かの衝撃を受けた。
「ミカモン魔術公国元首の女婿って何? 何故そうなる?」
「何故って、レディアがミカモン魔術公国元首グリンバルド卿の一人娘だからさ。本当はレディアが君の婚約者になるはずだったんだぞ。
それなのに陛下や首相達が勝手にフリシア嬢の方を王太子の婚約者だと勘違いしたんだ。彼女はレディアの従姉妹でただの付き添いとしてここに来ただけだったのに」
「フリシアの方がフォーリア侯爵令嬢だったのか……
でもそれなら何故勘違いされたと気付いた時、彼女達はすぐにそれを訂正しなかったんだ?」
「この国のいい加減さに呆れたんだろうね。とてもじゃないがそんな国の王太子に、大切なミカモン魔術公国元首グリンバルド卿の一人娘を嫁がせる気にならなかったんだと思うよ。
それでフリシア嬢が身代わりになったんだと思う」
「それじゃあ、僕とフリシアの婚約は成立していないということか?」
ラッシュフォードから思いもよらない真実を聞かされて、ダムリンは両膝がガクガクと震え出した。
もしそれをあの父親が知ったら、彼女とはこれ幸いと別れさせようとするだろう。ラッシュフォードが感情のコントロールができるようになった今、もうミカモン魔術公国との助けなどいらないと。
「その話、君はレディア嬢から聞いたのか?」
「いいや。ミカモン魔術公国について色々調べているうちにわかった。十二の頃かなぁ」
「そんなに前に? それならわかった時にせめて僕にだけでも教えてくれれば良かったのに。僕はそんなに信用なかったのか?」
レディアに対する対応の悪さを警告しようとしていたのに、自分よりずっと多くの情報を入手し、未来に対する計画まで立てていたラッシュフォードに、ダムリンは脱帽すると共に自分が情けなくなったのだった。
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