第16章
「僕は君が好きで、君と結婚したいとずっと思ってきたけれど、君は違ったのかい?」
ダムリンはフリシアの目を見つめてこう尋ねた。するとフリシアもダムリンから目を逸らさずにこう答えた。
「私も貴方をお慕いしております。結婚できたらと願ってきました。
しかし、正直なことを申せばこの国を信用しておりませんでしたので、破談になる可能性もあるのでは…とは思っておりました」
「なっ!」
「この国の歴史は改竄されておりますからご存知ないでしょうが、本当のこの国の成り立ちは、この国の人々が知っているものとは大分違うのですよ。
王家はそれを理解し負い目に感じているからこそ、私を王太子妃に迎えることで己の要求を通そうとしたのです。本来なら王命で強制すれば済むものを。
もっとも軍事力でも敵わないとご存知だからかもしれませんが。
とにかく私達はこの国を信用していませんの。だから、本当に私達が結婚できるとは思っていませんでした」
「君はどうしたいんだ?」
「それは私の質問ですわ。貴方は私とどうなりたいのですか?
ご自分で現状をしっかりと把握して、それから結論を出してください。タイムリミットは二か月後の卒業式の前日までです」
フリシアは持参していた分厚い歴史書をダムリンに手渡すと、静かに部屋を出て行ったのだった。
ダムリンはその本を力を込めて掴みながら、絶対に結婚してみせると呟いたのだった。
そしてその後ダムリンは、その二部構成になっている分厚い歴史書を三時間ほどで読み終えた。
ラッシュフォードという大天才が側にいるので王太子にもかかわらず地味な立ち位置のダムリン王子だったが、彼も秀才というか天才の部類に入る、とても優秀な若者だったのだ。
ダムリンはヒートリア王国の王太子でありながら、自国の起源及びミカモン魔術公国の独立の真実を初めて知った。
これがミカモン魔術公国で書かれた本ならば疑う余地もあったのだが、この歴史書はこの国の神殿に保管されていた大昔の大神官によって記された書物だった。
ダムリンは深いため息をついた後で自分の影を呼び出した。そして彼にこう命じた。
「私の護衛騎士の中から私に忠誠を誓う者だけを選んでくれ。陛下やこの国ではなく僕だけに従って動いてくれる、君のような者達を」
「承知!」
影は短くそう返事をしてサッと姿を消した。しかしそれから三十分も経たずに数名の騎士を連れて戻ってきた。
それはダムリンの護衛のほとんどだったので胸が熱くなり、思わず涙がこぼれそうになった。しかしそんな気持ちを王太子はグッと堪えて彼らにこんな指示をした。
「近頃僕の周りが何やら騒がしい。優秀な君達のことだから既に気付いていると思うが、高位貴族や陛下の動きを調べて欲しい。それとラッシュフォードとエメライン=ブリッジス侯爵令嬢の観察も頼む。
彼ら二人に悪意はないと僕は信じているが、彼らの行動がこの国に大きな影響を与えるのではないか、と危惧している。
それがなんなのかは今の時点では断言ができず、ただの憶測で申し訳ないのだが、その確固たる証拠を見つけるためにも、彼らの周りを調べて欲しいのだ」
ダムリンがこう言うと、護衛の一人が手を挙げてこう質問してきた。
「調査をするにあたって、フリシア様とレディア様の護衛と情報共有するのは有りでしょうか? それとも彼らを出し抜いた方がよろしいのでしょうか?
彼らとはあらゆる所でバッティングするので、相手に悟られないようにするには結構しんどいのですが。何せあちらは魔術師ですからね」
「はあ〜?」
ダムリンはこの時初めてフリシアにはミカモン魔術公国が付けた魔術師の護衛がいることを知った。
考えてみれば、同じ国とはいえ良好な関係とは決していえない本国に、幼い少女達に侍女だけを付けて送るわけがない。
「陛下も彼女達の護衛については知っているのか?」
「はい。しかし、彼らの真の能力については我々ほどには気付いてはいないと思いますが。
陛下の影及び護衛の実力は、こう言ってはなんですがアレですから…」
影ははっきりは口にしなかったが、陛下の周りにいる者達が無能だと暗にほのめかした。
父親である国王が人の忠告を一切聞かない人間であることはダムリンも知っている。だから優秀な人材は彼の元を去り、イエスマンしか残っていないのだろう。
フリシアの護衛達と手を組むということはこの国に対する裏切り行為なのかもしれない。
しかしこの国この民のことを考えると、自分は彼女と共にあるべきだとダムリンは思った。
「それは君達に任せる。私は君達の判断をいつでも信じているから」
「「「承知!」」」
彼らは唯一の主と決めているダムリンに向かって一斉に返事をして、サッと姿を消した。
彼らはいつかこのような日が来るのではないかと以前から活動していたので、自分達がすべき事をとうに把握していたのだ。
そしてそれから一週間も経たずに、彼らから大方の情報が王太子にもたらされたのだった。
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