第13章
ところが誕生日からひと月経っても、エメラインはラッシュフォードから付き合って欲しいと言われることはなかった。それどころか好きだとか好意を示す甘い言葉を囁かれることもなかった。
彼との話はいつも学術的なものばかりだった。ただしエメラインと話をしている時のラッシュフォードはとても機嫌がよく、側にレディアがいなくても全く気にする様子もなかった。
そのため多少不安になりながらも、自分はレディア様の代わりがちゃんと務められているんだと、エメラインは嬉しかった。
そして留学期間もあと二か月を切ったある日、彼女は突然ヒートリア国の王に呼ばれた。
一留学生に過ぎない自分が何故国王陛下に? もしかして甥であるラッシュフォード様との交際を反対されるのかしら……
不安と恐怖を抱きながらエメラインは国王の侍従の後をついて行った。
しかし謁見の間に入ってみると、国王はとても機嫌よさそうに、満面の笑顔で彼女を迎えてくれた。
「ほう。噂に違わない美しいご令嬢だね。なるほど、あの偏屈な甥が好きになっただけのことはあるな」
「畏れ多いお言葉です。ですが、私は……まだラッシュフォード様からはっきりと好きだという言葉は頂いてはおりません」
「そうであろう。何せあやつは優秀だがコミュニケーション能力が低いというか、感情表現が苦手でね。自分の思いを口にするのが不得手なのだよ」
エメラインが正直に不安な気持ちを伝えると、国王はこう言った。
「焦らずもっと時間をかけて甥と心を通わせてはくれないだろうか」
「可能なら是非私もそうしたいです。ですがあと二月で公子様は卒業されますし、私も留学を終えて帰国しなければなりません。父との約束ですから」
エメラインは困った顔でそう言った。時間をかけたくてもそんな時間は自分にはないのだ。だからそちらからどうにかしてくれないだろうかと、縋る目で国王を見た。
すると国王は優しい眼差しを向けたままこう言った。
「それでは、君の方から甥に留学を勧めてはもらえないかな。
我々は彼にとても期待をしていてね、国を離れてもっと広い知識を吸収して欲しいと願っていたのだよ。
だから以前から彼に留学を勧めたかったのだが、なにせ甥にはコミュニケーション能力に問題があるだろう? だから本人も我々も躊躇っていたんだよ。
まさか一家庭教師のレディア嬢に、他国への留学まで付き合ってもらうわけにもいかないしね。
しかし、甥は君に笑いかけるのだろう? そして贈り物までしたのだろう?
今まで甥は他人に対して、たとえ親にさえそんなことをしたことがないんだよ。
つまり君は甥にとって唯一の存在、信用できる存在だということなんだ。
そんな君が側にいてくれるのなら、彼だけでなく私達も安心できる。どうか君が帰国する際に一緒に彼を連れて行って、面倒を見てくれないだろうか」
「私の一存ではお答えしかねますが、もし公子様が我が国に留学されることになりましたら、私はできるだけの協力はさせて頂きます。
ですが、私は婿を迎えなければならない身ですから、ラッシュフォード様とのことが噂になると困るのですが」
「そのことだが、貴女が望むならラッシュフォードがそちらに婿入りできるように私が取り計ろう。
公爵家は彼の妹が継げばいいのだから。私の息子のトリスタンを婿に差し出せば弟も文句はあるまい。
もちろん、そちらの国へは留学の要請をするつもりだし、貴女のお父上にも私が婚約のお願いをするつもりだよ」
「はい、わかりました。
ラッシュフォード様においでいただくことになれば、大歓迎だと思います。公子様の名声は我が国にも届いておりますから」
エメラインは嬉しそうに頷いた。国王陛下に直に自分達の仲を認められたと思うと、彼女はドキドキする胸の鼓動が抑え切れなかった。
冷静に考えれば、アソート公爵家が嫡男で天才でもあるラッシュフォードを婿に出して、不良債権であるトリスタンなどを娘婿にするはずがない。
しかしエメラインはこの国の国王のことをよく知らなかったので、国王の言うことなのだからと何の疑いも持たなかった。
謁見という建前の密談が終わり、国王とエメライン、そして護衛や侍従達が謁見の間から出て行った。そして廊下に響く靴音が完全に消え去った後、謁見の間に一人の女性が突然姿を現した。
そしてこう呟いた。
「ヘェ~。喉元過ぎれば熱さを忘れるというけれど、この国の王は創成期の頃となんら変わっていないのね。受けた恩を仇で返すことを何とも思っていない恥知らずのままなのね。
しかもせっかくラッシュフォード様の矯正が終わって国の宝になったというのに、他国へ追い払おうとするなんて、馬鹿じゃないのかしら。
この国から距離を離せば魔王様と繋がりが切れるなんて、そんなことはまだ実証されてもいないのに。
それともその留学自体が実験のためなのかしら?
もしそうなのならば、陛下もなかなか豪胆な方よね。失敗したら目も当てられないというのに。
まあ、もう私達の知ったことではないけれど。ラッシュフォード様が留学したら、皆で即帰国するから。
後でミカモン魔術公国からの援助が欲しいからって人質にでもされたら嫌だしね。
フフッ! こちらだってどうせ見切るつもりだったのだけれど、これでそのタイムリミットが定まったわね。
皆様もお聞きになったわね? すぐさまグリンバルド伯父様にこのことをお伝え下さいませ」
「承知しました、お嬢様」
ミカモン魔術公国からご令嬢達の護衛として派遣されていた数名の魔術師達が、いつの間にか姿を現して頷くと、すぐにまた一人の女性魔術師を除いて姿を消したのだった。
読んで下さってありがとうございました!