第12章
彼女は誰かにレディアのことについて相談したかった。しかしそれまで取り巻き連中に纏わりつかれていたので、彼女には相談できる同性の友人がいなかった。
それでも勇気を奮い起こして同級生のご令嬢達に声をかけた。
「私はアソート公爵令息様とは別に何の関係もありません。ただ優秀な公子様から教えを受けていただけなんです。もちろんレディア様との仲を邪魔をしようなどとは考えてはいませんでした。
ただ配慮が足りなかったことは申し訳なく思っております……
どうかどなたかこのことをレディア様にお伝え頂けないでしょうか」
直接レディアに話しかけるのは躊躇われたのだ。しかしエメラインはご令嬢達からこう言われた。
「確かに貴女は公子様に積極的にアプローチされていましたが、別にレディア様に嫌がらせをしていたわけでも邪険にしていたわけでも無いことは存じておりますわ。
そもそも貴女がどなたに恋愛感情を持とうが、それは貴女の自由ですから構いませんわ。
でもレディア様を悪女と思い込み、悪感情をお持ちになって接触されていたことはわかっていました。
貴女が憎々しげにあの方を見ていたのは、傍目からでもよくわかりましたもの。それは許せませんわ。
あの方はとても慈悲深く優しくて、虐めを受けている人や困っている人を見逃さず、いつも陰で人助けをなさっているような方なんですよ」
「それに無神経で酷いことを言われても文句一つ言わず、あの公子様のコミュニケーション不足を補っていたのはレディア様ですわ。
公子様は以前はお一人ではとてもじゃないですが、まともな対人関係など成立しなかったそうですから。
それなのに……こう言っては何ですが、恩知らずですわ。
まあ、貴女だけではなく公子様も大概ですわね」
「貴女方が両思いなら、これ以上レディア様が公子様のお側にいると、またどこかの愚か者達に悪女などと悪評をされてしまうでしょう。
ですから、レディア様が公子様から離れられたのは正解だと思います。今後は是非とも彼女の代わりに貴女があの方をお支え下さいませね」
「待って下さい。私と公子様はそんな関係ではありません。そう。師匠と弟子のようなもので、私ごときがお支えできるはずがありません」
何か目に見えない恐ろしい負のエネルギーに押し潰されそうになり、エメラインは居た堪れなくなって、必死にこう言い募った。
しかし彼女達は冷めた目で彼女を見た。そして口元に薄笑いを浮かべた。
「師匠と弟子? 公子様からお誕生日のプレゼントを頂いていながらご謙遜を」
「しかも公子様ご自身が態々お庭で手折った薔薇の花をですよ」
「そうそう。貴女の髪の色のピンクの薔薇に貴女の瞳の色の水色のリボンで束ねて」
「特別の仲でなくてはそんな物贈ったりしませんよね、あの公子様が」
「でも、知人の誕生日に花を贈るなんて普通のことですよね?」
エメラインは必死にこう言ったが、ご令嬢達は頭を横に振った。
「ラッシュフォード様は今まで一度も人に贈り物などしたことはなかったんですよ。ご家族だけではなく友人や、普段からお世話になっていたレディア様にも。
そう。初めて貴女にプレゼントをお渡したんですよ。しかもそれを執事や侍従に頼まずにご自分で用意までして」
「それで特別の仲ではないなんて、誰も信じないし、絶対にありえませんわ」
「エッ?」
・・・・・・・
『自分に下さったあの薔薇の花束が、あの方の初の贈り物だったの?
今までレディア様には何も贈られなかったということ? 何故?
普通恋人ではなくてもお世話になっている人の誕生日には贈り物くらいするわよね?
あっ……だからあの時レディア様はあんなことを呟かれていたのか』
エメラインは先日の例の自分の誕生日、レディアがこう呟いていたことを思い出した。
『そうか。そうよね。もう別に私でなくても良くなったのね』
あの言葉はラッシュフォードのお世話係を私に譲るという意味だったのか、とエメラインはようやく理解した。
しかしそれを嬉しいと思うのと同時に、正直彼女は困惑した。確かにラッシュフォードは天才で知識量も無尽蔵で尊敬すべき人物だし、好意を持っている。
好きだからこそラッシュフォードを自由にしてあげたいと思ったのだが、彼と恋人関係になりたいとか、そんなことを考えていたわけではなかったのだ。
何故ならラッシュフォードは公爵家の嫡男で跡取りであるのだから、もし結婚することになっても、婿入りしてもらうわけにはいかないからである。
そう。彼女は二人姉妹の長女であり、幼い頃から跡取り娘としての教育を受けてきたのである。それを今頃になって妹に押し付けるとなると、色々問題が起こるだろう。
だがこんなことになったら、今更お付き合いはしたくないなどとは言えない。そんなつもりはなかったと主張したら、今度は彼女の方が公子様を誑かした悪女だと揶揄されるだろう。
もしかしたら国際問題にまで発展してしまうかも知れない。
早く父親に相談しなくては、とエメラインは思ったのだった。
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