第11章
エメラインはレディアに疎まれないように、自然な形でラッシュフォードに近付いていった。留学生として教えを乞うという形をとって。
実際その行為は芝居ではなかった。彼女は知識欲が強く色々なことが知りたかったのに、周りにまとわりつく連中からではそれらを得ることができなかったからだ。
それに比べてラッシュフォードは、どんな疑問に対してもすぐに返答してくれた。エメラインはそれが嬉しくて楽しくてたまらなかったのだ。
それでも賢いエメラインは、レディアを刺激しないように、彼女にも必ず質問を振っていた。
するとレディアも嫌な顔一つせずに丁寧に答えくれたのだが、その態度も彼女がラッシュフォードの恋人だと態と見せつけているように思えて、エメラインは腹立たしく思った。ただ魔法で彼を従わせているだけのくせにと。
しかし、そんな悠然というか淡々としていたレディアの様子が徐々に変わっていった。それはラッシュフォードとエメラインが思い合っているという噂が流れ始めた頃だった。
クールな彼女でもやはり嫉妬するのね、とエメラインは溜飲を下げた。しかしそれと同時に彼女に何かされるのではないかと心配にもなった。
ところがレディアはエメラインに何かをするどころか、彼女だけではなく、ラッシュフォードからも少しずつ自ら距離を取り始めたのだ。
まるで自分の方がお邪魔のようだから身を引きますね、とばかりに。エメラインに何一つ苦言を呈することもなく。
『レディア様が無理矢理にラッシュフォード様に絡み付いて、他の女性を虐めて追い払っているだなんて、やっぱり嘘だったんだわ。
彼女はとても悪女なんかには見えないし』
エメラインはようやくそのことに気付いたのだった。
そしてその後彼女は、レディアの瞳から色が消えたその瞬間を目の当たりにした。それはエメラインの誕生日のことだった。
ランチタイムに学生食堂で取り巻きの男子生徒達から誕生祝いをしてもらっていた時に、ラッシュフォードがエメラインの元にやってきたのだ。
彼女の髪の色と同じピンク色の薔薇を抱えて。しかもその薔薇を束ねていたリボンの色は彼女の瞳の色と同じ水色だった。
「お誕生日おめでとう。
我が公爵家に咲いていた薔薇があまりにも君のイメージにぴったりだったから持ってきた。受け取ってもらえないだろうか」
ラッシュフォードは微笑を浮かべながらその花束をエメラインに差し出した。エメラインは思いがけない贈り物に驚嘆しつつも反射的にその花束を受け取った。
するとラッシュフォードは何故かエメラインではなく、いつものように彼に付き添っていたレディアに向かって満面の笑みを浮かべた。まるでやってやったぞとばかりに自慢げに。
さすがにそれを見たエメラインは少し引いた。いくら嫌がらせをするためとはいえ、自分を思ってくれているだろう女性の前で別の女性へ贈り物し、しかもドヤ顔をするなんて。
あの日以来レディアの明るく澄んだ茶色の瞳からは精彩さが失われた。彼女の顔にはいつものように作られた笑みが貼り付けられていた。しかし、そこには冷え冷えとしたオーラを漂わせるようになっていた。
エメラインはレディアに何か呪いでもかけられるのではないかと怯えた。
しかしその後も、エメラインがレディアに何かをされるということはもちろんなかった。
やはり彼女は取り巻きの男子生徒達が言っていたような悪女などではなかったのだ。そのことをエメラインは、その後嫌というほど思い知らされたのだった。
レディアはこのヒートリア王国の依頼を受けて、わずか十歳で両親と離れてやって来たのだという。
今では若き天才学者だと世界中から注目され、自国の誇りだと尊敬されているラッシュフォードだが、幼少期はどうしようもない問題児で、このまままでは神殿の奥深くの独房に閉じ込めるしかない、とまで言われていたらしい。
そこで彼を矯正するために、国王陛下が魔法使いを寄こして欲しいとミカモン魔術公国に依頼したのだという。
こうして派遣されてきたのがレディアだったのだが、彼女は魔法で無理矢理に矯正するような非人道的な指導はしなかったという。
本来ならどこかに幽閉されてしまうか、魔法で封印されてもおかしくなかったラッシュフォードに辛抱強く接して心を通わせ、今のように有能な青年にしたのだという。
つまり今のラッシュフォードがあるのは偏にレディアの献身があったからこそだったのだ。
無能だとわかっていたのに、何故あの取り巻き連中の話を鵜呑みにして、レディア様を悪女だと思い込んでしまったのか。
エメラインは酷く後悔したが、本人に直接謝罪することはできなかった。
何故なら確かにレディアはラッシュフォードには相応しくないと勝手に思い込んで、二人を引き離そうと積極的に彼に近付いたのは事実だからだ。
しかし、エメラインが直接レディアに何かをしたわけではなかった。そう、心の中でレディアを悪女だと罵っていただけだったからだ。
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