第1章
✳ 地震や水害の話が出てきますので、苦手な方はお避けください。
六万字ちょっとの話で既に完結させています。見直しが終わり次第投稿します。
「俺と踊ってくれませんか?」
卒業パーティーの席で、公子ラッシュフォードは一人の同級生だったご令嬢に片手を差し出した。
それを見た周りの者達はギョッとした。
何故ならそのご令嬢は学園中の嫌われ者のレディアだったからだ。しかもそもそも彼女が嫌われ者になったのは、ラッシュフォードが原因だったのだ。
何故今頃になって彼はファーストダンスの相手として彼女を選んだのか……
「嫌がらせ?」
普段大人しくて控えめな彼女が、キッと彼を睨みつけてそう口にした。彼女もどうやら周りの人間と同じことを思ったようだった。
するとラッシュフォードは慌ててこう言い募った。
「何故俺がそんなことをしなくちゃいけないんだ。卒業式のファーストダンスは君と踊りたいと、以前から俺はそう言っていただろう?」
『えっ? そうなのか? レディア嬢を嫌っていたわけじゃなかったのか?』
「ええ、確かに以前はそんなことをよく言ってたわよね。
『どうせお前なんかと踊ってくれる奴はいないだろうから、慈悲深い俺が仕方ないから相手をしてやる。
卒業パーティーで誰とも踊れなかったら惨めだろうからな。幼馴染みとしてのせめてもの温情だ』と。
けれど、そんな温情は要らないわ。自分を侮蔑する相手と踊るくらいなら、誰とも踊らない方がずっとましよ」
レディアのこの言葉を聞いて、さすがに周りのご令嬢達も引いた。
アソート公爵家の嫡男ラッシュフォードは学園で一番優秀だったが、強いクセのある面倒な生徒として評判だった。
彼は誰に対しても気遣いなどしなかったが、特に幼馴染であるレディアに対しては辛辣だった。
頭が悪いとか、気が利かないとか、ダサいとか、愛想がないとか、可愛げがなくて生意気だとか、学園に入学以来言いたい放題だった。
しかも彼に同調した馬鹿な男子生徒達からも、レディアはずっとからかわれたり虐められたり嫌がらせを受けてきた。
流石に年月とともに彼女の真面目で優しい人となりが知られるようになると、女子生徒達の多くがレディアの味方になってくれた。そしてラッシュフォードの言うことを鵜呑みにする女生徒は、今ではいなくなってはいたのだが、それにしても酷い言葉だ。
「ラッシュフォード、卒業パーティーで、レディア嬢に嫌がらせをするのはやめたまえ。
君は学園を卒業したら隣国の大学へ進学するのだろう?
あそこはレディーファーストを重んじる国だ。今までのような態度をとっていたら顰蹙を買うぞ。
君一人の評価が、我がヒートリア王国の評価となりうるのだから、注意してくれないと困るよ」
ラッシュフォードの従兄弟であり、このヒートリア王国の王太子であるダムリン殿下が、眉を吊り上げてこう言った。
「いくら優秀だとはいえ、こんな傲慢で礼儀知らずな男を他国に出して大丈夫なのか?
今まで来賓の方々の前でしでかした、彼の数々の顰蹙ものの行いを尻拭いするために、王家と宰相がどれ程苦労したと思っているのだ」
王太子だけではなく国王や宰相、外相などは、他国との付き合いの時にラッシュフォードのフォローをするのが大変だったのだ。
本当は彼を他国からの客人とは会わせたくはなかったのだが、彼は在学中から多種分野で見事な論文を発表して、既に学者として世界的に名を馳せていた。そのため、訪問客からの面会要望が多くて断れなかったのだ。
とはいえ彼らがフォローするようになったのはこの半年ほどくらい前からだ。
それ以前はどうしていたのかというと、レディアが陰でこっそりと尻拭いというか未然に防いでいたので、他国との揉め事は避けられていたのだ。
しかし、彼女が手を引いたことで、ラッシュフォードの傍若無人ぶりが露見したせいで、アソート公爵家や王族がそれをカバーする羽目になったのだ。
殿下が小さな声でこうブツブツ文句を言っている声が聞こえてきたので、レディアはご愁傷さまですと心の中で手を合わせていた。と同時にざまあみろと下品な言葉を吐いていた。
もちろんそれは王太子に対してではなくて、彼以外の王族や宰相達高官達に対してだったのだが。
そしてその後で王太子の心の声が聞こえてきてしまったので、こんな時だというのにレディアは思わず笑ってしまった。
『まあ、フリシアと結婚できることになったのはラッシュフォードのおかげだということはわかってるんだけどさ』
ふた月ほど前からダムリン王太子は、彼の婚約者でレディアの親友兼盟友でもあるフリシアと少しギクシャクしていた。
あんなに仲睦まじかったのに一体どうしたんだろうと案じていたのだが、元の鞘に収まったようで何より…そうレディアは思ったのだった。
読んで下さってありがとうございました!