脱皮ダイエット
脱皮。
生き物の外側の皮が固まって剥がれ落ちること。
剥がれ落ちた皮は抜け殻といい、持ち主そっくりの外見になる。
抜け殻には様々な利用方法があり、産卵や身を隠すのに使われることもある。
「みなさん、体重が増えて困ってませんか?
ダイエットに励んでいますか?
ジョギング?カロリー制限?そんなものはもう古い!
次の時代は、脱皮ダイエットです!
新発売のこの脱皮ダイエット軟膏を、
夜、寝る前に顔や腕などに塗ってください。
そうすれば、朝目が覚めた頃には、脱皮したように外皮が剥がれ落ちます。
脱皮で老廃物も体重も落ちて、美容にもいい。
脱皮ダイエット!今すぐお電話ください。」
お茶の間で点けっぱなしのテレビから、やかましく騒ぎ立てる声が聞こえる。
エプロンで手を拭きながら、台所から顔を覗かせた若い女。
ダイエットや美容という言葉に敏感な女子学生だった。
「なになに、脱皮ダイエット?
これ、楽でよさそう。
この軟膏を塗っておけば、寝てる間に痩せられるってことでしょ?
これでわたしもきれいになって、憧れの先輩に振り向いてもらおうっと。」
その女子学生は早速、脱皮ダイエットの通信販売に電話をかけるのだった。
その女子学生は、都会の小さなアパートに一人暮らし。
学校に勉強にアルバイトにと、忙しい生活を送っている。
その女子学生には意中の人がいる。
同じ学校の上級生の男子学生で、学校では一部の女子学生たちの間で人気者。
ファンたちからは通称、王子と呼ばれている。
その女子学生も入学以来、王子と呼ばれるその男子学生に夢中で、
なんとか振り向いてもらおうと日々画策していた。
王子と呼ばれる男子学生の視界にさりげなく入ったり、
同じ授業を受ける時は特別におめかししてきたり。
普段からダイエットや美容にも努めてきた。
その成果か、たまには言葉を交わす程度の仲にはなれたのだが、
元より社交的な相手なので、このままではこれ以上の進展は見込めそうもない。
そこで近々想いを伝えようと決意していたところだった。
その女子学生は電話を切って、手のひらを固く握りしめた。
「よし。
これで数日後には注文した軟膏が届くはず。
脱皮ダイエットできれいになって、王子先輩に告白するんだ。」
その女子学生は決意して、台所へ戻っていった。
それから数日後。
その女子学生のもとに、注文していた脱皮ダイエット軟膏が届けられた。
宅配で届けられた大きな箱を前に、その女子学生は頬に手を当ててぼやいた。
「これが脱皮ダイエット軟膏?
思ったより大きな物だったのね。
てっきりわたしは、ハンドクリームくらいのサイズだと思ってたのに、
これじゃまるでバケツだわ。
でも、全身に塗るものだから、これくらいの量は必要かな。」
その女子学生の言う通り、脱皮ダイエット軟膏は、
バケツのような大きな容器の中に詰められていた。
見た目は透明でぬるぬるした、ただの軟膏にしかみえない。
同封されていた説明書を確認する。
「えーっと、なになに。
脱皮ダイエット軟膏。
夜、就寝前に患部に塗ってください。
寝ている間に軟膏が固まって外皮や老廃物を剥ぎ取ってくれます。
・・・なるほど、塗るだけでいいのね。
よし。
早速、今夜はこの軟膏を塗って脱皮ダイエットして、
明日の学校で、王子先輩に告白しようっと。」
そうしてその女子学生は、まずは風呂に入って体を清潔にした後、
下着もつけずに鏡の前に立った。
バケツのような脱皮ダイエット軟膏の蓋を開けて、
軟膏をすくい取って両手の手のひらに伸ばしていく。
微かな刺激があるが、体に害を感じるほどではなかった。
「えっと、脱皮ダイエット軟膏は患部に塗ればいいのよね。
つまり、きれいになりたい部分に塗ればいいわけか。
男の人に見られるところっていったら、まずは顔よね。」
その女子学生は脱皮ダイエット軟膏を頬に塗り、
それから額、顎、鼻と顔全体に塗りたくった。
鏡に映る顔が軟膏でぬるぬると光って見えるほどに厚く塗り込んだ。
「顔はこんなものかしらね。
あと、きれいに見せたい部分ってどこかな。
男の人に見られる部分には、特に塗っておいたほうがいいよね。
そうしたら、顔の次は腕や足かな。」
そうしてその女子学生は、腕や足に脱皮ダイエット軟膏を塗っていった。
「明日着ていく服にもよるけど、背中も見られたりするのかなぁ。
一応、背中にも軟膏を塗っておこうかな。」
鏡を見ながら、背中にも軟膏を塗っていく。
「もっ、もしかしたら、告白がうまくいくかもしれないし、
そうしたら、胸とか見られることになるのかな?」
その女子学生は自分の想像にドギマギしながら、
胸全体に脱皮ダイエット軟膏を塗っていった。
「まっ、まさかとは思うけど、ここも見られたりしないよね?
でも、男の人に告白するってそういうことだし、一応ね?
準備するだけなんだから!」
誰に言い訳しているのか、その女子学生は顔を真っ赤にして、
服を着ていたら見えないような下半身にも軟膏を塗り込んでいった。
そうしてその女子学生は全身くまなく、
すべての部分に脱皮ダイエット軟膏を塗りたくった。
あらゆる部分に軟膏を塗られ、あやしくぬめり輝く姿が鏡に映っている。
「・・・ちょっとやりすぎちゃったかな。
でも、明日は告白してから何が起こるかわからないし、
準備しすぎるくらいでちょうどいいよね。
よし、じゃあ今夜は脱皮ダイエットのために、もう寝てしまおうっと。
せっかく塗った軟膏が落ちたらもったいないし、今日はこのままね。」
ぬるぬるてらてらの裸のままで、布団もかけずに敷布団の上に横になる。
脱皮ダイエット軟膏を塗った部分が薄く発熱しているようで、寒さは感じない。
そうしてその女子学生は、明日の告白に備えて早めに就寝したのだった。
その日の深夜。
その女子学生は布団の上で寝苦しそうにしていた。
脱皮ダイエット軟膏を塗った全身が熱い。
布団もかけずに裸で寝ているはずなのに、体が焼けるように熱い。
熱いだけではなく、全身がむず痒い。
熱さと痒さで全身を掻き毟りたくなっているのに、体がいうことをきかない。
全身を襲う不快感と身動きできない苦しさに、
その女子学生は夜通しうなされていた。
翌朝。
アパートのベランダでスズメたちが戯れる声が聞こえてきて、
その女子学生は、はっと目を覚ました。
汗だくの額を手で拭って、思い出したかのように両手を見た。
両手には何の異常もなく、自由に動かすことができている。
それから裸の全身を眺めるが、どこにも異常は感じられない。
夜中、あれだけ身動きが取れなかったはずだったのに、
今は嘘のように体が自由になっていた。
「・・・体が動く。
夜中は体が熱くて痒くて動かなかったはずなのに。
寝ぼけてたのかな。」
改めて腕や足を確認するが、やはり異常はない。
それどころか、寝る前に比べて肌の色艶がよくなったような気がした。
これが脱皮ダイエットの効果なのか、
その女子学生は敷布団の上で体を起こして、それから悲鳴を上げた。
「きゃっ!なにこれ!?」
それもそのはず、その女子学生が寝ていた布団の横には、
人間の体が転がっていた。
薄く白味がかった若い女の裸体が、すぐ隣に横たわっていたのだった。
驚いて腰を抜かしたその女子学生は、這々の体で部屋の端っこへと逃げていった。
マッサージ用の棒を手にとって、横たわる若い女の体を恐る恐るつついてみる。
横たわっていた体は思ったよりも軽く、簡単に転がって顔がこちらを向いた。
「ひっ!死体!
・・・って、あれ?なんか変ね。
死体にしては軽いというか、どこかで見たことがあるような。」
もう一度、横たわる体を確認して、その女子学生は納得とばかりに手を打った。
「そうか。これ、わたしの顔だわ。
顔だけじゃなくて、体も私とそっくり。
もしかしてこれ、わたしが脱皮した抜け殻?」
その女子学生は落ち着きを取り戻して、
脱皮ダイエット軟膏の説明書をもう一度よく確認してみた。
脱皮ダイエット軟膏。
夜、就寝前に患部に塗ってください。
寝ている間に軟膏が固まって外皮や老廃物を剥ぎ取ってくれます。
塗り込めば塗り込むほど、効果が見込めます。
(注意)
過剰に塗り込むと、塗った部分が発熱して痒みを感じることがあります。
塗り込みすぎると、塗った部分が固まって動きにくくなることがあります。
一度に全身に塗ることは避けてください。
全身に塗る必要がある場合は、数回に分けて御使用ください。
説明書の注意書きを確認して、その女子学生は頭を掻いた。
「なあんだ。
この脱皮ダイエット軟膏って、全身に塗ったらいけなかったのね。
わたし、そそっかしいから、使う前に注意書きをよく読んでなかった。
塗りすぎちゃったから、熱くて痒くて大変だったよ。
それにしても、脱皮ダイエットとはよくいったものね。
この抜け殻、肌がちょっと白っぽい以外は、人間の体に見えるもの。
知らずに目の前に置いてあったら、驚くのも無理ない。」
部屋に転がっていたのは、その女子学生の抜け殻だった。
脱皮ダイエット軟膏で外皮が固まって剥がれて、
まるでセミの抜け殻のように外見のコピーができあがったのだった。
正体がわかったのはよいが、問題はそれから。
抜け殻を処分にしようにも、カチカチに固くて手やハサミを使っても壊せない。
そのままゴミ捨て場に捨てようものなら、
死体遺棄事件だとかいわれて大騒ぎになることだろう。
あるいは、それ以上に重大な問題がある。
その女子学生は、脱皮ダイエット軟膏を文字通り全身くまなく塗りたくった。
ということは、出来上がった抜け殻もまた、
全身くまなく複製してしまっていることになる。
顔や腕だけでも困るのに、
胸や下半身のあられもない部分も抜け殻に複製されていた。
「この抜け殻、わたしの全身をきれいにコピーしちゃってるじゃない。
こんなの人に見せられないよ。どうしよう。」
壊すことができない自分の精巧な抜け殻を前に、その女子学生は途方に暮れた。
そのままにしておいて、もしも人の目に触れてしまったら、
自分の裸体を見られるのと同じことになってしまう。
大きさも問題で、人間一人を置いておくのは意外に広い場所が必要になる。
アパートの狭い部屋では、それだけで足の踏み場にも困ることになりかねない。
仕方がなく、その女子学生は、
自分の抜け殻に下着から何から服を着せて、
壁に寄りかけるようにして立たせておくことにしたのだった。
「これでいいかな。
これなら、もしカーテンの隙間やなんかから誰かに見られても、
わたしが立ってるだけのようにみえるはず。」
それから、その女子学生は時計を確認して素っ頓狂な声をあげた。
「いっけない、ずいぶん時間を取られちゃった。
早く学校にいかなきゃ。」
そうしてその女子学生は、自分の抜け殻を留守番にして、
学校に登校するために出発したのだった。
「わたし、あなたのことがずっと好きでした!」
午後の学校の空き教室。
授業が終わって人気がなくなった教室の中で、
その女子学生は真っ赤な顔で、か細い声を張り上げた。
相手は、その女子学生の意中の相手である、通称王子と呼ばれる男子学生。
その女子学生は果敢にも自ら恋の告白をしていたのだった。
なけなしの勇気を振り絞った行動だと理解してくれたのか、
王子と呼ばれる男子学生はやさしく微笑んで応えてくれた。
「・・・ありがとう。
君が勇気を出して僕に告白してくれて嬉しいよ。
実は僕も、君のことが気になっていたんだ。」
「ほ、本当ですか!?」
「もちろん。
でも、君も知っての通り、僕に気をかけてくれる女子学生は多い。
だから、彼女たちを傷つけたくなくて、自分からは動けなかったんだ。」
思慮深い言葉に、その女子学生の目からホロリと涙の雫が落ちる。
すると、王子と呼ばれる男子学生は、
その女子学生をやさしく抱きしめて耳元で囁いた。
「今日これから少し時間をもらえないかな。
二人っきりになれる場所にいこう。
今夜は一緒に夕飯を食べて、すてきな夜景を見たいんだ。」
慣れない愛の言葉を囁きかけられて、その女子学生はかぁーっと顔が赤くなった。
抱きしめられた体をさっと離して、慌てて言い訳してしまう。
「あっ、あの!
わたし、今日はこれからバイトがあるんです!
だから今日のところはごめんなさい!
これっ!わたしの連絡先です。
よかったらまた誘ってください!」
気恥ずかしさに耐えかねて、
その女子学生は教室を飛び出していってしまった。
夕暮れ間近の薄暗い教室には、
王子と呼ばれる男子学生がポツンと残されていた。
そんなことがあって、夕暮れ時。
その女子学生は今、アルバイト先である本屋にいる。
レジでお客の買い物の会計を処理しながら、
頭の中では後悔が渦巻いていた。
「あたしの馬鹿馬鹿!
せっかく王子先輩に告白していい返事をもらったのに、
なんで恥ずかしがって途中で逃げちゃったのよ。
バイトなんて店長に言えばいくらでも休めるのに。
あーあ、王子先輩に愛想尽かされたらどうしよう。」
不機嫌な内心が顔に現れて、思わず表情が引きつる。
怪訝な顔をするお客に笑顔でごまかして、
その女子学生はなんとかアルバイトをやり過ごすのだった。
そうしてアルバイトが終わって、遅い夕飯時。
その女子学生は今日は何をする気にもなれず、
自炊のための食材ではなく出来合いの惣菜を買って帰路についていた。
もうすぐ自分の部屋があるアパートというところで、
何やら前方で騒ぎが起こっているのに気が付いた。
「・・・何だろう。
パトカーがいて、立入禁止になってる。
あれ、うちのアパートの辺りよね。」
さらに近付くと、パトカーがいるのは、
たしかにその女子学生のアパートの前だった。
赤色灯を点けたパトカーがアパートの前に停車していて、
黄色いテープが張られ、制服の警察官たちが何人もいた。
その女子学生がアパートに近付くと、警察官が制止してきた。
「今、ここは立入禁止ですよ。
住民の一人暮らしの女子学生が暴漢に襲われたらしいんです。
犯人はもう逮捕されたけど、君も気をつけて。」
「あのう、わたしここの住民なんですけど・・・」
「どの部屋?」
その女子学生が自分の部屋を指差すと、警察官がギョッとした。」
「その部屋は事件現場ですよ。あなた、無事なんですか?
今までどこに?」
「は、はい。
わたし、一人暮らしなんですけど、さっきまでバイト先にいました。
本当にわたしの部屋で事件が?」
「そういうことでしたら、
とにかく、こちらに入ってください。」
その女子学生は警察官に招かれて、黄色いテープの内部に入った。
そうして自分の部屋に足を踏み入れて、その女子学生は足をすくませた。
アパートの自分の部屋が荒らされていて、人が倒れている。
若い女が、衣服を乱され、腹に包丁を深々と刺されて横たわっていた。
婦女暴行、殺人事件。
そんな言葉がとっさに頭に浮かんだが、
その女子学生はすぐにそれを否定してみせた。
「それ、わたしの抜け殻です・・・」
警察の説明によれば、事件のあらましはこう。
今日の夕方から夜にかけて、その女子学生の部屋に男が侵入した。
犯人の男は、どうやら夕方頃からずっと、
その女子学生の部屋の前で帰宅するのを待ち伏せしていたらしい。
しばらくして、窓のカーテンの隙間から女子学生の在宅を確認。
呼び鈴を鳴らしたが反応がないので、鍵をこじ開けて部屋に侵入した。
在宅していた女子学生に襲いかかり暴行、
気が立ったはずみで、台所にあった包丁で腹を刺してしまった。
しかしその時に、倒れかかってきた女子学生に体を取られて自分も転倒。
頭を強打して失神してしまったらしい。
そこで、大きな物音を聞いた近隣の住民の通報により、
駆けつけた警官によって逮捕されたという。
説明を終えた警察官が、首を傾げつつ質問した。
「それで、あなたはこの部屋の住民で間違いないんですね?
事件当時、あなたはアルバイトで留守にしていて、
部屋で襲われたのはあなた本人ではなくて抜け殻だったと。」
「はい、そうです・・・。
私、脱皮ダイエットの軟膏を全身に塗ってしまって、
全身の抜け殻ができてしまったんです。
処分に困って、人に見られたくなくて、
服を着せて部屋に立たせておいたんです。
それを、犯人は私と間違えたんだと思います・・・」
「そうですか。
事件に遭われたのには違いないですが、ご無事でなによりでした。」
その女子学生はぼーっとしていて、
警察官の気遣う声も耳に届いていないようだ。
その女子学生がショックを受けているのも無理もない。
警察官が取り調べのために見せた写真、
部屋に侵入し抜け殻に乱暴した犯人は、王子と呼ばれるあの男子学生だった。
今日、その女子学生が学校で告白した時に教えた連絡先。
そこにあった住所を頼りに、部屋に襲いに来たらしい。
その事実に、その女子学生は打ちのめされていたのだった。
そうして、その女子学生の恋は終わった。
傍らでは、身代わりになってくれた抜け殻が、
乱れた衣服に包丁を腹に刺されて横たわっていた。
それから時は過ぎて。
その女子学生は、順調に進級して学校を卒業。
事件のショックからも少しずつ立ち直って、
ささやかな別のしあわせにも恵まれた。
そして、大きな不幸に見舞われることとなった。
あれから二十年ほどが過ぎて、
脱皮ダイエットが世間からすっかり忘れ去られた頃。
その女子学生の実家で、両親が話をしていた。
頭が白くなったその女子学生の母親が、
もっと頭が白くなった父親に向かってしんみりと口を開いた。
「今日で、あの子たち夫婦が亡くなってもう十年ですね。
時が過ぎ去るのは早いもので。」
「そうだな。
仲のいい夫婦だったのに、まさか事故に巻き込まれてしまうだなんて。
親よりも先に死ぬなんて、親不孝な娘だ。」
「仕方がありませんよ。事故だったんですから。
私たちのことよりも、可哀そうなのはあの子ですよ。
幼くして両親を亡くして、
親の顔もほとんど覚えてないんじゃないかしら。」
すると、話をしていたその女子学生の両親の間に、
ぴょこんと小さな女の子が顔を出した。
笑顔で飛び跳ねながら元気よく口を開いた。
「そんなことないよ。
わたしには、おじいちゃんとおばあちゃんがいるもの。
それにね、少なくともママの顔はちゃんと分かるよ。
だって、今でも毎日みてるんだもの。」
そう話した小さな女の子が顔を向けた先、
畳張りの部屋に、あの抜け殻が立っていた。
その女子学生が脱皮ダイエットで不意に作ってしまった全身の抜け殻。
処分に困った抜け殻は、その女子学生の実家の倉庫に仕舞われることになった。
しばらくの後、
その女子学生が結婚して娘をもうけた後に、事故に遭って亡くなってから、
娘を失った寂しさを少しでも紛らわそうと、両親の手で持ち出されたのだった。
綺麗に服を着せられ、顔には化粧を施されて、
抜け殻は一目見た限りは、生きている人間に見紛わんばかり。
まるで、その女子学生が今も生きてここにいるかのよう。
年も取らず若い姿のままのその女子学生の抜け殻が、
遺された娘にとってはもっとも見慣れた母親の姿だった。
抜け殻に近付いて見上げていた小さな女の子が、
時計を確認して素っ頓狂な声をあげた。
「いっけない、学校に遅刻しちゃう。
じゃあ、いってきます!」
「いってらっしゃい。」
「車に気をつけるんですよ。」
ランドセルを背負って駆けていく小さな女の子。
その背中を、その女子学生の年老いた両親が見送る。
隣には、物言わぬ抜け殻の姿になったその女子学生がいる。
抜け殻のはずのその顔は、娘の成長した背中を見て、
嬉しそうに微笑んでいるようにみえるのだった。
終わり。
脱皮をテーマにしてこの話を書きました。
あくまでもテーマは脱皮ということで、
最終的に脱皮した抜け殻が主役になるような話にしました。
もしも人間が老廃物を一気に捨てる脱皮ができるとしたら、
ダイエットや美容によさそうな反面、
剥がれ落ちた自分の抜け殻の扱いに困りそうだと思いました。
あるいは、誰かが自分の抜け殻を欲しがることがあるのかも。
その場合、自分の抜け殻が何に使われるのかは、
知らないほうがしあわせかもしれません。
お読み頂きありがとうございました。