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8.魔術のコスプレ大会と彼の煩悩と懊悩

 



















 俺は今、かつてない程の岐路に立たされている。







「さぁ、どっちにしますか? ルーカスさん?」






 彼女が青く澄んだ宝石のような瞳で俺に問いかけてくる。




 その何度目かの問いかけに、ルーカスは二の腕を組んで座りつつ溜め息を吐いた。



 そして片手を上げて彼女を制する。








「ちょっと待ってくれよ、お嬢さん? まだ、三十秒と経っていないじゃないか・・・・・・・!!」

「でもっ! いくら何でも悩みすぎですよ、ルーカスさんっ?」






 いつものようにまた、カーキ色の軍服を身につけた彼女が身を乗り出す。




 非常に今更な話なんだが屋内で帽子を被る必要は無いと気が付いたらしく、彼女が「勿体無いからルーカスさんが被っていて!」と言って俺に被せてきた。




 そんな訳で軍帽を被りつつ、深く頭を悩ませているのだが。




 向かいに座った彼女がぷうぷうと、白い頬を膨らませて拳を握り締める。





「まだですかっ? ルーカスさんっ?」

「だからちょっと待てって、お前!! もう少し待てないのか、なぁっ?」

「えーっ? でもでもだってぇ~」

「いいからもう少し待ちなさい、ガートルード!! 俺はちょっと今、自分の価値観と相談中だから・・・・・・・・!!」

「はぁ。自分の、価値観と・・・・・・?」








 何とかこちらを急かしてくる彼女を宥めると、非常に悩んでその結果。






「っいや、何をどう考えても無理だぁ!! 俺はっ、俺はっ・・・・・・!! 流石にこんなミニスカートの猫耳メイド服は着れん!! せめて、せめてっ、ロングスカートが限界だっ・・・・・・!!」

「ロングスカートなら、着れちゃうんだ・・・・・・?」






 ルーカスはがくりと、まるで敗北を宣言するかのように両手を突いていた。




 そんな詐欺師の色男を見つめて、変人の銀髪美少女が呆れたように首を傾げている。




 きらきらとまた、ルーカスの頭上で豪華なシャンデリアが光り輝いていた。




 俺がいくらどんなに泣いて縋って頼み込んでも、天蓋付きの寝台には淡いピンク色のカーテンがかけられたままである。




 ついでに言えばレースのテーブルクロスもドレッシーなパジャマもそのまんまで、いっそもう囚人服で眠ろうかと考え中だ。






「うっ、ううっ、お前は、悪魔か何かなのか・・・・・・?」

「またそんな、私に対して失礼なことを・・・・・・・」






 俺が非難めいた視線を送っても彼女はどこ吹く風といった様子で、目の前のカタログを見下ろしている。





「私に、猫耳メイド服を着て欲しいのならば。ルーカスさんにも同等の衣装を要求します!!」

「っいや、だからさぁ!? お前はさぁ!? 本当にそこっ、どうにもなんないの!? ねぇ!?」

「なりません!! ルーカスさんもっ! すね毛だらけの素足を晒すと良いと思います!」

「一体、誰得なんだよ!? それっ!? どーせっ、ここにはお前と俺の二人しかいないだろう!?」







 先程からこうしてぎゃいぎゃいと言い争いを繰り広げているものの、一向に結論が出ない。



 迷った末に俺は、彼女にとある提案をした。




「それじゃあ、じゃんけんしよう、じゃんけん。俺がお前に負けたら、お前が俺の好きな衣装を着るということで、」

「普通、それって逆じゃありませんか? ルーカスさん?」

「いや、だって俺。じゃんけんにめっぽう弱いし・・・・・・・」

「ただのヘタレでしたか、ルーカスさん?」

「俺をがんがんに煽ってくんの、本気でやめてくんない? なぁ?」








 といった訳で俺は卑怯でずる賢い申し出を承諾させたのだ。





(いやっ、もう! 何が何でも猫耳メイド服は着て欲しい、絶対に絶対に似合うだろうから・・・・・・・!!)





 ガードルードと真剣に向かい合って、その青く澄んだ瞳を睨みつけてやる。



 彼女も彼女で俺に猫耳メイド服を着せるつもりなのだ、絶対に勝ってはならない戦いがここにある。



 じゃんけんが弱くてほっとした、良かった。






「さぁっ! いきますよっ? ルーカスさんっ! 何が何でもっ、絶対にこの私が勝ってみせますっ!!」

「いやいや、お嬢さん? そうなったらお前がこの猫耳メイド服を着る羽目になるんだぞ?」

「あっ、そう言えばそうだった・・・・・・・」

(やっぱり馬鹿だな、こいつ・・・・・・・・)






 俺はほくそ笑みつつ、何を出そうかどうしようか真剣に深く悩んでいた。




 ちなみに俺が勝ったらガートルードの言うことを何でも一つ聞くという条件付きなので、何が何でも負けたい、どうしよう。考えただけで背筋がぞっとする。






(まぁ、こいつ。どーせ、絶対にじゃんけんには強いだろうからなぁ・・・・・・いるんだよなぁ、こういう野生児が)







 俺が学生だった、若くて未熟な頃にもこんな同級生がいた。




 やたらとひょろくて、普段は何を考えているかよく分からないほどぼーっとしているくせに。




 そのくせ競技や食いもんを賭けた勝負となると、間延びした顔で現れてその全てを掻っ攫ってゆくのだ。









 それなのに、どうしてだか今現在。





 俺は虚ろな瞳で拳を見下ろしつつ、向かいに立った彼女は今にもべそべそと泣き出してしまいそうな表情だった。







「おい、お前・・・・・・・・」

「うぅっ、うぅ、そっ、それ以上は何も言わないでくださいよ!? そんなことしたら、うぅっ、泣き喚いちゃいますからねっ!?」

「それだけは絶対にやめろ!! お前に泣かれると俺は、どうにも弱いんだからさ~・・・・・・はーあ」








 現在のルーカスとガートルードは二十四回ほどじゃんけんをして戦ってみて、その全てがなんとルーカスの圧倒的な勝利だった。





 ガートルードはあまりにも屈辱的な結果にべそべそと泣き始めている。







「るっ、ルーカスさんが、私に催眠術をかけたぁ~・・・・・・・・」

「何でだよ!? そんなもん、かけてねぇし!? かけれたらとっくの昔に、このくっそふざけた牢屋から俺はさっさと逃げ出している頃だろうがよ!?」

「あっ、それもそっか・・・・・・・・」

「おい、お前な・・・・・・? はーあ、まったくもう」






 それでも酷く悲しげにべそべそと泣いて、赤い目元を擦っている彼女を見つめていると。





(何だか。俺が悪いみたいじゃないか、これって・・・・・・・)





 いたたまれなくなって頬をぽりぽりと掻いて、目の前のガードルードを見つめてみる。





(ここはもう、俺が譲った方がいいんだろうなぁ~。ああ、でも)







 見てみたかった、ガートルードの可愛い猫耳メイドさん姿が!




 自分の頭を抱えたい気持ちを何とかぐっと堪えると、べそべそと泣いている彼女の銀髪頭を撫でてやる。





「あー、ほらほら? もう泣くなって、ガートルード!! 何だっけか? 俺が、お前の言うことを何でも聞けば良いんだっけ?」






 そんな言葉にふと顔を上げて、青く澄んだ瞳に涙を湛えて問いかけてくる。





「ほっ、ほんとうにですか? ルーカスさん? わっ、わたしの言うこと、何でも聞いてくれますか・・・・・・?」







 そんなあまりにも可愛すぎる表情で、下からきゅっと切なく見つめられてしまい。



 俺は一旦思考が停止して壊れた機械のように頷いてしまった。





「聞く。聞くよ、何だって聞く。何だって聞いてやるよ、ガートルード。絶対に服従してやるからとりあえず、何でもこの俺に言ってみろよ?」






 そんな頭のおかしい発言にぱぁっと、彼女が花のような笑顔を浮かべる。






「っそれじゃあ、私・・・・・・・!!」

































「いやいやいや。おかしいだろ、これ? ちょっと待ってくれよ、ガートルード・・・・・・・」

「だって、ルーカスさん。私の言うこと、何でも聞いてくれるって、そう言っていたでしょう?」

「いやっ、それはそうだけどさーぁ? ガートルードちゃん・・・・・・」








 俺はソファーに座りつつ、寝転がっているガートルードの銀髪頭をよしよしと撫でていた。




 彼女は俺の膝に頭を置いて、満足げな表情で息を吐き出している。



 俗に言う膝枕をしているのだが本当にこんなものでいいのだろうか?






(もっと何か、ドリアン的な何かを食わされると思ったら。まさか、こいつは・・・・・・・)






 あんなにも真剣な顔つきで俺との勝負に挑んだのは。





「お前の願いがまさか、ただの膝枕とはねぇ~・・・・・・・」

「だって、こうでもしないとルーカスさんは、私のことを膝枕してくれないでしょう?だから~」





 そんな風に甘えた声を出してこちらを見上げてくる、膝の上の彼女を見下ろしていた。




 白い肌に長い睫が映えてとても可愛らしい。




 ほんのりと赤く染まった薔薇色の頬に、ぷっくりと膨らんだくちびるはまるで摘み立てのさくらんぼのようである。






(ああ。キス、したいな・・・・・・・・って、んん?)






 今自分は何か、とんでもないことを考えはしなかっただろうか?






(いっ、いやいや、はっはっはっは、そんな、まさか。この俺が、まさか・・・・・・・・)






 確かに彼女はとんでもなく美しい。しかし断じて俺のタイプではない。



 付け加えれば俺は、この風変わりな銀髪美少女に散々振り回されているのだ。





 俺は木苺とココアの焼きドーナッツを握り締めながらも、自分の動揺を静める為だけにガートルードの銀髪頭をわしゃわしゃと撫でてみる。





「むわぅっ!? るっ、ルーカスさんっ!? わしゃわしゃってなってる!  私の髪型が崩れちゃう!!」

「お前なー? 今は別に、髪の毛をくくってはいないだろ?」

「あっ、それもそうだった! うっかり、忘れちゃってた・・・・・・・」

「忘れちゃってたのかー、そうかそうか、お前は本当にかわっ」






 そこで俺は失言を隠す為に慌てて、甘酸っぱい焼きドーナッツを口の中へと詰め込んで黙った。



 こちらの不審な行動を見た彼女が飛び上がって、ぱぁっと嬉しそうな表情で詰め寄ってくる。





「っねぇ!? ルーカスさんっ! 今っ、私のことを可愛いって!! そう言いかけたでしょう!? ねっ!? ねっ!?」






 慌てて詰め寄ってくる彼女を手で制して、ソファーの上で後退っていた。




 しっとりと甘い素朴なココア生地と木苺のつぶつぶ食感が堪らない味わいで、豊かなラム酒の風味を残しては喉の奥へと流れてゆく。





「っあー! うるっせぇなぁ、もうっ!! 言ってねぇよ、そんなことは絶対に!!」

「うっそだー!! いまっ、絶対に言いかけたでしょう!? ねっ、ねっ? ルーカスさんってば!?」

「言いかけてねーよ、くそが!! 絶対に、絶対にだ!!」






 ガートルードがぷぅっと膨れて、不満そうな青い瞳でこちらを見上げてくる。



 何故か思春期の少年のように赤くなってしまった自分の顔を隠していたのに、不満そうな彼女がにじり寄ってきてこちらの腕を下げて、何とか覗き込もうとしてくる。





「ほらぁ、ルーカスさん!? 私の言うことに、絶対に服従してくれるんでしょう!? ならっ、今すぐに命令しますっ! その腕を下げなさーいっ、早く下げなさいってば!!」

「下げて、一体全体、どうするんだよ!? なんにもなりゃあしないだろう!?」

「なりますぅー!! って、うわあっ!? 体勢が、体勢がっ、崩れて──────・・・・・・・!!」

「お前っ、バランス感覚最低かよっ!? って、うわぁっ!?」







 こちらへと崩れ落ちてきたガートルードを抱きかかえて、何とか引き上げる。





「っあのなーあ? お前っ、こんな悪ふざけも大概にしろよ!? こんなんでソファーから落っこちて、その細い首でも折ったらどうするん、だ・・・・・・・・?」





 ぐいっと両肩を掴んで言い聞かせていると、ガードルードが途方に暮れたような表情を浮かべている。



 そして何故だか耳まで赤く、その様子を見てふと心配になってしまう。






「おい、お前? 顔が赤いぞ? ひょっとして」

「はっ、はい? なんっ、何でしょうか?」

「風邪でも引いているのか? もしかして」

「・・・・・・はい? いいえ?」






 すぅっと苛立ったように目を細めていたが、ここは何が何でもこいつの熱を測ってやらなくては。



 こいつが逃げ出さないように両肩を掴んだまま、こつんと額を合わせて測ってみる。





「うーん。やっぱりお前、相当熱が高いぞ? これはもう、今すぐにでも家に帰って寝た方が、」

「だっ、大丈夫です!! べっ、別に、風邪でも何でもありませんから・・・・・・!!」





 酷く焦った表情のガートルードがずさっと後退って、俺から距離を取る。



 やはり熱があるのに帰りたくないだの何だのと言うつもりなのだ、こいつは。





「あのな? お前。まさか熱があるのに帰りたくないだなんて。そんなことを言い出すつもりじゃないだろうな?」

「いっ、言わないもん!! そんな、そんな、子供っぽいこと・・・・・・その、ルーカスさんの前で」






 そんな弱々しい言葉に対して、深い溜め息が出てしまった。





「あのなぁ? お前。そんな嘘まで吐いて自分の体調不良を隠したいのか?」

「ちっ、違うもんっ!! これは本当に、ただの・・・・・・・!!」

「ただの?  一体どうしたんだ?」





 そんな問いかけにガートルードは何故だか赤い顔で黙りこくってしまう。





(ああ、やっぱり)






 彼女は風邪の引き始めなのだ。






(そうとなればこれは早く、きちんと、彼女を寝台で寝かしつけねば・・・・・・!!)





 両腕を伸ばして真っ赤な顔の彼女を捕まえて、こんこんと言い聞かせてやる。





「ほら。俺が運んでやるからさ? とりあえず寝台に寝とけよ、お前」

「いっ、いやっ、あのっ、そのっ、わっ、わあぁっ!? へっ、あっ、あのうっ?」





 ここは多少強引でも寝かしつけてやらなくてはと考えて、ひょいっと彼女を抱き上げて立ち上がり、部屋の奥の寝台へと向かう。





「るっ、ルーカスさんっ!? あのっ、そのっ、これはちょっ、ちょっと!?」

「どーせお前のことだ。すぐにでもまた、ここから逃げ出そうとするだろう? だからだ」






 小柄な彼女を抱えて、俺にしては珍しく一点の曇りも無い心で歩いていた。





(ああ、まったく。こいつはどこまでも、世話が焼けるんだからな・・・・・・・)






 それでもこれが、酷く楽しいことのように思える。



 顔を伏せて自嘲しつつ、戸惑っている彼女を優しく抱え直す。






「あーあ。俺もまた、すっかりと。お前に甘くなったもんだなぁ~・・・・・・・」

「るっ、ルーカスさん? あの、下ろして貰えませんか?」

「駄目だ。お前はここで、大人しく眠っておけよ? いいな?」





 そんな言葉と共に寝台へと下ろしてやれば、彼女が慌てて逃げ出そうとするので、がっと襟首を後ろから掴んで捕獲する。





「おいおい? お前なー? 俺が添い寝でもしてやらないと駄目なのか?」

「そいっ、そいねっ? いらっ、いらないれふ、ルーカスさん・・・・・・!!」





 真っ赤な顔で首をぶんぶんと振り始め、その様子を見てますます不安が募ってゆく。




「いいからもうっ、ほら? お前はまた、どーせどっかで飯を貰って食って、それに当たって、腹でも壊したんだろう? 吐き下しの風邪は辛いぞー?」

「そっ、そんなこと、してないもん、私・・・・・・!!」








 まだ言うのか、こいつは?




 とうとう完全に頭にきて、真っ赤な顔のガートルードの両肩を掴んだ。





「いいか? ガートルード? 俺は、お前のことが本当に心配なんだよ。分かるか?」

「わっ、分かるけど分かんない・・・・・・なんっ、なんで」

「ん? どうした? 冷たいゼリーでも食べたいのか?」






 その言葉に彼女がふるふると、真っ赤な顔で首を振る。






「たっ、食べ物は欲しくないの・・・・・・そうじゃなくって」






 可哀想に、食欲までないのか。





(いっつもいっつも、俺と熾烈な争いを繰り広げては泣いて、お菓子を奪い取っていく彼女らしくないな・・・・・・・!!)






 今すぐにでも家に帰って貰ってそのまま、ぐっすりと眠って欲しいところだが。



 何やらこちらを必死に見上げてくる、ガートルードの言い分を聞かねばならない。






(まさか明日。季節外れのプールがしたいとか、そんなことを言い出すつもりじゃないだろうな・・・・・・?)







 そんなことを言い出したら絶対に何が何でも止めてやらねば。




 過保護な母のように決意を固くしていると、寝台の上に座った彼女が真っ赤な顔を伏せて、おずおずとこちらを見上げてくる。




 その青く澄んだ瞳は潤んでいて、もしや熱が上がってきたのではと思って不安に駆られてしまう。






「風邪以外にその、心当たりは無いんですか・・・・・・?」

「心当たり・・・・・・?」







 風邪以外の心当たりは無いかと、そう聞かれて。






(熱中症? いやっ、違うよなぁ~。それとも、あれか? もしかして猫耳メイド服が着たくなくって、その手の仮病か? いいや、それは違うか・・・・・・いいや、ちょっと待てよ? ひょっとするともしかして)






 そうだ、その可能性もあったな。





「腹が減ったのか、お前? もしかして、この俺にミルクセーキでも作らせようと思って、風邪の振りでもして──────・・・・・・・・」

「もう、いいです」






 彼女がやたらと固い声を出して遮り、すんっと無表情になる。






「おっ、おい? ガートルード?」

「ルーカスさんなんか、知りません」






 ガートルードはひらりと優雅に寝台から飛び降りると、こちらに背を向けてすたすたと歩いて立ち去ろうとしていた。




 慌ててカーキ色の腕を掴んで引っ張って、何故だか不機嫌そうな様子の彼女を引き止める。







「お嬢さん? おいっ、ちょっと」

「ルーカスさんなんか、知りません。ここで餓死していれば良いと思いまっす!!」

「はっ、はぁっ!? 一体全体、どうしてそうなったんだよっ!? おいっ、ガートルードちゃんっ!?」

「知りませんっ、ルーカスさんなんて、知りませんっ!!」

「おいおいおいおい、俺が本当に悪かったからさ!? なっ? なっ!? 流石に餓死コースは勘弁してくれよ!?」

















 何故だか急に怒り出して、臍を曲げてしまった彼女は。




 その鼻をふんすふんすと鳴らしつつ、セクシーな感じの衣装を着てみせるのだと言い張り始めたので、俺は慌ててそれを引き止めているところだった。






「あのなっ? お前はなっ? このカタログをよく見てみろよ? これはカップルとかがその、お楽しみで着るようなやつだから・・・・・・・」

「それじゃあ、私もっ! これを何が何でも着てみせまっす!!」

「いやいや、待て待て、ちょっと待てよ!? 俺がお前の、そのっ、親父さんに殺されちゃうやつだから、それって・・・・・・!!」







 魔術の通販カタログを広げて、ガートルードがやたらと鼻息荒く怒っている。




 豊満な胸元をあらわにした、短い丈のナース服を着た女性モデルをどすどすっと指で突き刺し、先程から俺を強く睨みつけてくるのだ。




 訳が分からん、一体どうしたらいいんだ?






「わたしっ、これを絶対に着ますっ!! ルーカスさんっ!? ルーカスさんも、これを着てみますかっ!?」

「いや、これは俺が着たら、ただの笑いものになっちゃうやつだから、これ・・・・・・・」






 彼女は風邪の引き始めなのかもしれないのに、こんな寒そうな格好はしちゃ駄目だ。






「足も腕も出しすぎだ、これは。女の子は足を冷やしちゃいかん、足を冷やしちゃ」

「うわっ、何だかおっさん臭い・・・・・・いや、じじむさい」

「誰がじじむさいんだ、一体誰が!! 俺はまだ、ぴっちぴちの二十九歳だっての! まったく・・・・・はーあ、それに」






 とんとんと、魔術カタログのページを指で叩く。






「お前な? このモデルさんをよく見てみろよ? これは胸があるからこそ映えるもんなんだよ、そんな、カッティングボードみたいなぺったんこの胸のお前が─────・・・・・・わぶっ!?」

「そいやっ!! ガートルード流の、天罰っ! せいやっ!」

「天罰っていうか、ただのチョップだろう!? 悪かった、俺が悪かったってば!!」






 何とガートルードは今にも泣き出しそうな表情で、その青い瞳に涙を浮かべている。




 そんな様子の彼女を見てぎょっとしてしまい、流石に言い過ぎたかもしれないと思って冷や汗を掻いていた。





「ふっ、ふぅっ、ふううっ、ふぅ、るっ、ルーカスさんなんて、もう知りません~・・・・・・・!!」

「わーっ!? ごめんってば、ガートルード!? 大丈夫、大丈夫!! 胸が無くっても、映える服は他にもいっぱいあるから!! なっ? なっ?」

「ルーカスさんの馬鹿ぁ、私のママにしてやるんだ、もー・・・・・・うわあああん」

「やっ、やめてくれよっ!? そんな怖いことを言うのはさぁ!?」






 先程のようにまたべそべそと泣き始めてしまったガートルードを抱き寄せて、ぎゅっと抱き締めてやる。



 俺の腕の中ですんすんと鼻を鳴らして、彼女は保護した子猫のようにぐりぐりと銀髪頭を押し付けてきた。





 そんな様子の彼女を見てまた、不可解な感情が一つ。




 零れ落ちては胸の底へと沈み込んでゆくような気がして、胸の奥がきゅっと狭まっていた。




 彼女の願うことなら何でも叶えてやりたいような気分となって、両目を閉じて抱き締めてみる。






(ああ、誰だっけ? なんか、言っていたよな? 誰か、誰か昔に。馬鹿な男友達が・・・・・・・)






 付き合いたての彼女の言うことなら、何でも聞けちゃうような気がするんだと。




 安い酒に酔って赤い顔でべろんべろんにくだを巻いているのを、その場にいた全員で笑ってそいつの背中をばしばし叩いてやったっけ?






(でも、今ならちょっと。なんか)






 そいつの気持ちが分かってしまうような気がして、嬉しいのか虚しいのか、そんな複雑な気分と感情が渦巻いている。




 ぐすぐすと泣いている彼女の体は熱く、その温度に途方に暮れてしまって。





(ああ、可愛いなぁ。もう・・・・・・・)






 駄目だ、この感情は。




 どう足掻いても何を取り繕っても彼女が愛おしいと、そう思ってしまう。






(覆しようが無い。もういっそこのまま、諦めて、素直に自分の欲求に従ってみるか・・・・・・?)





 そう思って俺は勇気を出して、まだ泣いている彼女に提案をしてみた。





「あのな? ガートルード? もし、お前が良ければの話なんだが────────・・・・・・・」


























「かっ、可愛い!! やっぱりとんでもなく、可愛いぞ!? うわぁー、凄く可愛いなぁ~・・・・・・・!!」

「いきなり可愛いの大洪水ですよね、ルーカスさんってば」






 そうだ、この瞬間を待ち望んでいたのだ。




 俺の目の前には猫耳メイド服姿のガードルードが佇んでいて、あまりの可愛さに魔術カメラを握り締めてしまう。





「かっ、可愛い!! やっぱりとんでもなく可愛くって、良く似合っているな!? ミニスカメイドの猫耳姿がっ!!」

「ルーカスさんがいいのなら、私は。別にいいんですけどね・・・・・・」






 ちょっと不機嫌そうな表情で白とピンクの猫耳カチューシャを装着したガートルードが、白いフリルエプロンを掴んで煌く銀髪を揺らしていた。




 そのスカート丈は短く、真っ白な太ももがあらわとなっていてとんでもなく可愛かった。涙ぐんでしまいそうだ。






「素晴らしい・・・・・!! いいや、なんかもう、すごく可愛い・・・・・・!! やばい、最高が過ぎて、凄く辛い・・・・・・!!」

「もしもし、ルーカスさん? 人格、変わっちゃっていませんか?」

「変わっていないとも、大丈夫だ。えーっと、それじゃあ」






 ルーカスは彼女の父親の口座から自動的に金が引き落とされて、その結果、購入した魔術の一眼レフカメラを構えつつ。




 若干呆れた表情を浮かべている、目の前のガートルードに指示を与える。





「それじゃあ、そこの、熊ちゃんの絵の前に立ってくれないか?」

「何でわざわざ、ソファーまでのけたんですかね? その、ルーカスさんは・・・・・・・」

「写真撮影に邪魔だからだよ、お嬢さん? いいから早くそこに立つ!」

「はぁーい・・・・・・」









 可愛い。


 物凄く可愛い、圧倒的な可愛さである。


 ガートルードの可愛さが凝縮され過ぎている。







(わ~、このちょっと無表情なのも、これまた凄く堪らないな、本当に!! あー、可愛い。まるでわが子の競技大会にでも、見に来ているような気分だぜ、まったく)







 感動してふるふると打ち震えながらも、一眼レフカメラを構えていた。




 可愛らしく小首を傾げてみせたガートルードも、ちょっと不機嫌そうにつんと顎を逸らしたガートルードも、内緒だよという仕草をしたガードルードもどれもこれも可愛い。




 何枚も何枚も、気でも狂ったかのように彼女の可愛い姿を撮っていた。





「かっ、可愛い!! 可愛いよ、ガートルードちゃんっ!! あー、可愛い。何でこんなに可愛いんだろうなぁ、お前って・・・・・・あー、可愛い」

「ルーカスさん。あのっ、頭、大丈夫ですか・・・・・・?」

「さりげなくしれっと、失礼なことをこの俺に言ってくるなよ!? さっ、次はこの衣装だ! 準備はいいな?」






 その次にルーカスが着せたものとは、ゴシックテイストの黒いワンピースドレスだった。





「かっ、可愛い~!!やっぱり、やっぱり、良く似合うと思ったんだ、これーっ!!」

「ルーカスさんは、こういったものがお好きなんですか?」







 ガートルードはきょとんと不思議そうな表情で、黒いひらひらのフリル袖を持ち上げてみせる。



 煌く銀髪頭には黒いレースとリボンのヘッドドレスを被せ、白いレースと真っ黒なフリルのワンピースドレスが本当に良く似合っていた。





「はー、可愛い。天使かな? ひょっとして」

「ルーカスさん、あの。本当に頭、大丈夫ですか・・・・・? ひょっとして、ルーカスさんに熱でもあるのでは・・・・・・?」

「何でだよ? 別に熱なんてないから俺は。さっ、次はそこに立ってー」

「はぁーい・・・・・・いつまで続くんだろう、これ」







 黒いフリルの日傘を差してつんと澄ました表情の彼女や、小道具のテディベアを抱き締めて困ったような表情を浮かべている彼女を撮りまくっていた。




 ひたすらに「可愛い! 天使!!」と褒めちぎっていると、ガートルードはカナリヤを飲み込んだ猫のような表情でふふんと胸を張って、可愛いポーズを取ってくれたのである。






「ルーカスさんっ、可愛いですかっ? わたしっ」

「ああ、可愛いよ、ガートルード!! とっても可愛いよ、ガートルード!! それじゃあ、次はこの衣装を着てみて・・・・・・・」






 我を忘れたルーカスは一等級国家魔術師である彼女の魔術を駆使して、カタログに載っていた服を幻影魔術で身につけて貰って、心ゆくまで撮影を楽しんでいた。





「うわ~!! 可愛い、セーラー服もばっちり良く似合うんだな、お前・・・・・・・!!」

「ルーカスさんの服の趣味が分かりやす過ぎて、何だか笑えます。うける~」

「こんな時だけ、お前は年相応の態度を取りやがって・・・・・・!! まぁ、いい。それじゃあ次は、これな?」





 その後もルーカスは続々と、警察官姿のガートルードやふんわりと可愛い妖精さんドレスを着たガートルード、ちょっとハードボイルドな感じで黒いサングラスをかけてみせた本革ジャケット姿のガートルードの姿などを撮って、自分の目頭を熱く押さえていた。






「はー、可愛い。可愛いが過ぎるなあ、本当にまったくもー」

「ルーカスさん? あのう」

「どうした? ガートルード? 次はちょっと、こいつを着てみて・・・・・・・」

「いえ、あの」

「何だ? 一体、どうしたんだ?」






 ガートルードはいつもの無表情で、その首をふるふると横に振っていた。




 そんな彼女は今現在、ブルーのお嬢様風ワンピースと同色のカチューシャを可愛らしく装着している。




「もうそろそろ、晩ご飯の時間です。私、早く帰らないとパパとママに怒られちゃうから・・・・・・」

「っあああああああ!!俺はっ、俺はっ、またっ、何でそんなっ、一体こんなことをしてしまって・・・・・!!」






 そこでがくっと、俺は膝から崩れ落ちた。



 信じられない気持ちで一杯の俺を、ガードルードが不思議そうな表情で見下ろしていた。



 その両腕にはテディベアが抱えられている。





「俺はっ、俺はっ、また一体、なんっ、なんてことをしてしまったんだ・・・・・・!?」

「いや、途中から止めても、まったく聞きませんでしたよね? おーい? ルーカスさんってば」





 思わず頭を抱えて、あまりの屈辱に蹲ってしまう。





「っぐ!! やめろっ、やめてくれよっ!? 俺はっ、俺はっ、本当に頭がどうかしていたんだぁっ!!」

「でしょうね~。ノリノリでしたもん、ルーカスさんってば」

「ううっ、やめろっ、やめてくれよっ!? 俺はっ、俺はっ!! こんなはずじゃあなかったんだ、本当にっ、本当に俺は・・・・・くっ・・・・・!!」





 やたらと満足げな気配を漂わせたガードルードが座り込んで、こちらの頭を優しく撫でてくれる。





「さっ、ルーカスさん? 大丈夫ですよ? ルーカスさんが私のことを可愛いって、そう思ってくれているのはきちんと、こちらにちゃんと、完璧に伝わってきましたから・・・・・・」

「っああ!! そうだよ、そうだよっ!? お前は可愛いよ、ガートルードちゃんっ!?」

「何で逆ギレしているんですか、ルーカスさんは? 私への、逆恨みか何かですか?」

「ううっ、もう辛いし、すっごく悲しい・・・・・・!!」





 こちらが己の失態に身悶えていると、ガードルードが死に直結するようなことを言い出した。





「それじゃあ、ルーカスさん? 今撮った写真を現像して、今すぐでも家に帰ってパパに見せに、」

「うわーっ!? ちょっと待って、ちょっと待ってくれよ、ガートルード!? ちょっ、ちょいちょいっ、ちょっと待ってくれよ!? 本当に頼むからさぁ!?」

「うわぁ、凄い腹筋力~、すごぉーいっ」






 がばっと床から起き上がって、呑気にぱちぱちと手を叩いている彼女の両肩をがしっと掴む。






「いいかっ!? 絶対に絶対に、そんなことは言っちゃ駄目だぞっ!? そんなことは!?」

「ええー? 言いたい。一体、どうしてなんですか? だってこんなにも、綺麗によく撮れているのに・・・・・・・」

「うわーっ!! やめろ、絶対にやめろ!! 頼むからやめてくれよ、本当にさぁ!?」





 いつの間にか持っていた写真の数々を奪い取って、そのコレクションを見てさっと青ざめてしまう。



 やばい、どこからどう見ても俺が犯罪者だ。




 こんな猫耳メイド服やセーラー服を着せて写真を撮っていたとばれたら、俺が彼女の父親に殺されてしまう。絶対に。






「こっ、これはほらっ? 俺の、俺のそのっ! 趣味の塊みたいなもんだからさっ?」

「大変良いご趣味をしていますね、ルーカスさんってば。いいから早く、その写真をこちらへと渡して、」

「っ駄目だ!! 絶対に駄目だ、これは!! その、あのっ、本当に勘弁して下さいよ・・・・・・!!」





 俺が必死に写真を隠していると、そんな様子のこちらを見てガードルードが不満そうに唸っている。






「俺が犯罪者になって、お前の親父さんに殺されちゃうやつだから、これって・・・・・・・!!」

「いや、もう、ルーカスさんはとっくの昔に、犯罪者ですよね?」

「あっ、それもそうだった・・・・・・・」

「今、気が付いたんだ・・・・・・?」






 俺はガートルードの両手をがっしりと掴んで、何もかもをかなぐり捨てて真剣に頼み込んだ。



 このままでは俺が死んでしまう、まずい。





「頼む!! ガートルードちゃんっ!! このことは誰にも言わないで、俺とお前だけの、そのっ、秘密にしておいてくれないか!? なぁっ!? 頼むっ!!」

「悪いおじさんが、若い女の子に必死に頼み込むやつとそっくりだ~、それって~」

「っぐ!! いっ、いいやっ!! だがっ、しかしだな!?」





 そこでがくがくと激しく、愉快そうな彼女の肩を揺さぶって説得を試みる。





「頼むっ!! ガートルードちゃんっ!! 今日ここで俺にさせられたことは全部全部、お前のパパにもママにも言わないで貰えるかっ!?」

「うっわ~、とうとう駄目なやつ~。未成年の若い女の子を、おじさんが騙しちゃうやつ~」

「頼むーっ!! 頼むから言わないでくれよ、本当に頼むーっ!!」

「必死すぎて笑えますね、本当・・・・・・それじゃあ」






 ガートルードはそこでにっと、意地が悪そうな猫の微笑みを浮かべた。



 そんな彼女を見下ろして俺はふと「この手にカメラがあったらなぁ」と思い、不覚にも胸がきゅんとしてしまった。






「今度、私に美味しいホットケーキを焼いてもらえませんか? それで、全部黙っててあげますよ、ルーカスさん?」





















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