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7.定番のドールハウス遊びと彼の落ち込み方

 

















「うーん。まぁ、あれですよね? お人形さん遊びをした翌日は、ドールハウス遊びが定番ですよね?」

「ごめん、俺、お前が何を言っているのか、ちっともよく分からないな・・・・・・」

「私だってよく分かりませんよ、ルーカスさん? だって昨日はあんなにもはしゃいでいたのに、」

「頼むからもうやめてくれよ!? 俺はっ、俺はっ、もうすっかりお前に毒されてしまったんだぁっ!!」








 そこでわぁっと、ルーカスが自分の顔を両手で覆ってしまい。




 その茶髪頭には無理矢理付けてみた、真っ赤なリボンと兎さんの耳が揺れている。




 そんな可愛い真っ赤なリボンと、兎耳のカチューシャをつけた彼を見つめて。



 ガートルードはいつもの軍服姿の無表情で、愉快に考えを巡らせていた。







「やっぱりルーカスさんって、何だかんだと言って、私の言いなりですよねぇ~」

「っおい、聞こえているからな、そこっ!?」

「あら、私。今って声に出して、考え事をしていましたか?」

「ああ、思いっきり出していたとも!! というか、声に出している時点で考え事じゃないからな!?」







 彼が最もなことを喚いてみせると、そこでぐーっと、私のお腹が可愛らしく鳴ってくれた。




 目の前に座ったルーカスが何かを言いかけて、その口をきゅっと青白い顔で閉じていた。





 彼はよく最近こうして、何かを言いかけては「気の迷い、気の迷い」と頭を抱えて呟いて、正気を保つ為の呪文か何かを、熱心に唱え始めるのだ。








(やっぱりルーカスさんって、ちょっと。いや、かなり情緒不安定な男の人よねぇ~)







 私は己の空腹を満たすべく、まずはドールハウス遊びの前にこのクレープを食べようと思い立ち。




 ピクニックバスケットの中から、白い紙に包まれたサニーレタスとチキンのクレープを取り出してみた。





 そんなクレープを見つめて、向かいに座っている彼が物欲しそうな声を上げる。






「おい。それってもしかして、お前一人で全部食べる気なのか? なぁ?」

「欲しいのなら欲しいと、素直にそう言わないと。はい、ルーカスさん」







 私が優しく、彼に持っていたクレープを手渡すと。




 ルーカスが渋い顔つきで、そのクレープを受け取って、ぼそぼそと気まずそうに謝ってくる。







「そうだな。今のは、俺が悪かったよ・・・・・・」

「うわっ、凄いっ! ちゃんとごめんなさいが出来る人だった!! えらいっ!」

「なぁ、お前。何でこの間から俺のことを散々に煽ってくんの? なぁ? 本当に俺のことを恨んでいないんだよな、なっ!?」






 私が真顔でぱちぱちと、手を叩いて褒めてやると。



 そんな様子の私を見たルーカスさんが、神経質に何度も何度も確認してくる。





 仕方が無い、何せ彼は。




 神経質で病弱で胃が弱くって、繊細で虫も何も殺せぬ深窓のお姫様で、敏感肌でか弱くって。




 お人形さん遊びが今までずっとずっと出来なかった、哀れな生まれ育ちの、繊細でか弱い詐欺師の色男なのだ。







「だから、そう。私がきちんと大人になって、彼を導いてあげないといけないの・・・・・・・・」

「おい、何か変な宗教にハマってないか?」

「ハマっておりません。夜な夜な十字架とナイフを握り締めて眠っているルーカスさんと、一緒にしないで下さいよ?」

「しれっとそんな嘘を吐くな、嘘を!! 俺はお前に無理矢理着せられたあの悪夢のような、ふりっふりのドレッシーなシルクのブラウスの裾を握り締めて泣いて眠ってるわ、このドアホが!!」






 つい先程、あげたクレープを片手にきゃんきゃんと吠え始める。



 どうやら私は神経質な彼の神経を、更に逆撫でしてしまったようだ。







(うーん、面倒臭い。彼も彼で、何かとそう、取り扱いに困ってしまう男性ね・・・・・・)








 私の周囲にいる男性は、無表情で面白味も何も無いつまらない父親と。



 同じ年齢の優しい義兄しかいない訳だが、ルーカスはその中で最も一番、神経質でか弱い男性と言える。







 いや、そもそもの話。







「まだあの悪趣味なシルクのフリルシャツを着て、律儀に眠っているんだ・・・・・・?」

「よし。お前は絶対にデコピンの刑に処す。そらよっと」

「あだっ!? いっ、痛いんですけどっ、ルーカスさん!?」








 ルーカスは深い溜め息を吐いて、もそもそと、サニーレタスの端っこを齧り始める。


 そうしていると、実年齢より随分と幼く見える。









「お前がふざけたことを抜かすからだろうが、この我が儘お嬢様め・・・・・・・・」

「そう言えば、ルーカスさんって。猫を被るのをやめたんですかね? ほら」








 彼女がいつもの無表情でこてんと、その首を傾げている。




 そんな動きに合わせてさらりと、見事な銀細工のような銀髪が流れ落ちて煌きを放っていた。




 青く澄んだ瞳が純粋無垢に、こちらを見つめてきている。






「最初の頃は。この私を何かとたぶからそうとしていたでしょう? ルーカスさんってば」









 その唐突な言葉にごくりと、それまで食べていたサニーレタスを飲み込む。



 そして紙に包まれたクレープを握り締めると、唾を飲み込んで彼女を見つめて。





(バレていた? 一体、どうしてだ? 彼女は、そんなことに気が付く人間だったのか?)







 彼女が獰猛に笑ってみせたりと、こちらを窺い知れない青い瞳で見つめてくる度に、見かけ通りのぼんやりとした少女ではないと、そう見抜いてはいたが。





 俺は彼女の兄か父親代わりに相手をしろと、そう求められて。



 彼女はここへやって来ているだけだと、そう思っていたんだが。






 俺は動揺して何の言葉も紡げなかった。




 そんな様子の俺を見つめて、彼女がにっこりと綺麗な微笑みを浮かべる。




 そこには、何の温度も感情も宿ってはいなかった。








「私だって、世間知らずの我が儘な小娘ではないんですよ、ルーカスさん? 貴方はきっと、そんなことを常に、ぐるぐると企んでいるような男性でしょうからね・・・・・・・」










 最後の声は酷く淋しそうだった。




 まるでこの俺が、彼女をたぶらかす為だけにここにいて、楽しくお人形さん遊びをしてやっていると。






 そんなことを言いたげな、淋しげな声で彼女が俯いている。




 そんな様子の少女を見てまた、不可解な感情が一つ。



 湧き上がっては、俺の喉から飛び出してくるのだった。









「それは違うよ、ガートルード。確かにその、最初の方はそのつもりだったと、認めざるを得ないが・・・・・・あーっ、もうっ!」







 訳の分からん焦燥感に駆られて、しょんぼりと落ち込む彼女の銀髪頭をわしゃわしゃと撫でて。






「ごめん!! 確かに今のは俺が悪かったよ、ガートルード! でもこの訳の分からんお姫様部屋に閉じ込められて、何を考えているかよく分からんような無表情の女の子に、」

「まっ、またっ、ルーカスさんが私の事を、訳の分からん無表情だって言った~・・・・・・・」

「言ってないんだが!? ああっ、もうっ、ごめんってば! お前に無表情っつうのは、禁句だったか・・・・・!!」







 呆気なくべそべそと泣き始めたガードルードを抱き寄せて、この腕にぎゅっと抱き締めていた。



 彼女の銀髪頭に顎を乗せてみると、真っ赤なリボンが揺れ動いて心が虚ろになってしまう。



 どうして俺はたった今、こんな兎さんカチューシャを付けているんだろうか?







「ごめんってば、ガートルード。お前を、その、傷付けるつもりは無かったんだよ・・・・・・・」

「っう、ルーカスさんの嘘吐き、本当は私の事を邪魔くさい存在だって、絶対絶対、そう思っているくせに・・・・・・・!!」







 ぎゅうっと、彼女が俺の胸元を両手で握り締めて。



 ぐすぐすとまた、泣き始める。




 その背中を優しく擦りながらも、幼い彼女に呆れていた。







(この年にしては本当にこいつは、精神年齢が幼いというか何と言うか・・・・・・・でも)









 彼女は今までずっとずっと、色んな孤独と淋しさをその胸に抱えてきたのではないかと。




 それを考えると、また。




 不可解な感情が沸き起こってきては、この胸を締め付けてゆく。





 得体の知れない苦しみとむず痒さにぐっと、柔らかな温もりの彼女を抱き締めていた。








「ごめん、ガートルード。本当はずっとずっと俺、この牢屋から出て行きたかったんだよ」

「そんっ、そんなにか弱いのにここから出て一体、ちゃんと生きて行けるんですか・・・・・・?」

「おい、一体何の話をしているんだよ、お前は? いつからこの俺がか弱くなったんだ、いつから」

「割と、最初の方から・・・・・・?」

「おい。何だよその、凄まじい勘違いは・・・・・・・?」







 彼女を強く抱き締めつつ、ふっと微笑んでしまう。


 俺が出来るのは多分、これぐらいだろうから。






「でも。いいよ、もう。ガートルード。お前の気が済むまで、この牢屋に囚われていてやるさ」

「ほんっ、本当にですか、ルーカスさん?」







 ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らして、その青い瞳を潤ませながら見つめてきて。







(か、かわ・・・・・・!! 落ち着こう落ち着こう、大丈夫大丈夫、こんなの全然大した事がない、大丈夫大丈夫)








 自分の中で激しく沸き起こった感情を何とか宥めて、にっこりと微笑むことが出来た。



 しかしこれも、頭に兎さんカチューシャを付けていれば意味が無い。



 これではまるで「俺は彼女のオモチャです」と、そう宣言しているようじゃないか。



 早く外したいんだがぐっと、それを堪えて微笑みを深めてみる。








「本当だよ、可愛いガートルード? 君の気が済むまでこの牢屋に俺が、」

「あ。今私の事を可愛いって、そう言いましたよ? ルーカスさん?」

「・・・・・・俺が一体いつ、そんなことを言ったんだ?」

「いや、だから、たった今ですって・・・・・・」






 訝しげに言われて、思考が真っ白に停止してしまった。



 先日彼女に「俺が可愛いと言っていたら教えてくれよ!?」と頼んでいたので、有難いと言えば有難いがでも。







(心の中で呟いていなくっても。本人に無意識で言っていたらもう、それはもう、何もかもが手遅れなやつだから、俺って奴は・・・・・・・・!!)






 思わず両手で顔を覆って、真っ赤な絨毯に寝そべってしまう。






(ああっ、どうしよう!? やっぱりこの牢屋から今すぐ出て行きたい、というか、彼女から全力で離れて逃げ出してしまいたい!!)







 またそうやってめそめそと泣き出してしまった、ルーカスを見つめて彼女が一言。







「とりあえず。ルーカスさんが、私の事を可愛いって思っているのはよく分かりましたから。ねっ? 私と一緒にドールハウス遊びをしませんか? とっても楽しい、色んな家具が揃っていますよ?」

































「わあぁっ、今ってこんなのもあるのか!! おっ、凄いぞ、このルームランプ!ちゃんと明かりがつくぞ、ほらほらっ」

(きちんと、満喫してらっしゃる・・・・・・・!!)








 先程まで落ち込んでいたルーカスは、もういいやと吹っ切れることが出来たのか。




 魔術仕掛けの小さなルームランプを、かちかちと、自分の魔力で何度も照らしていた。






 向かいに座ったルーカスはいたく感激した様子で、苺のクレープを頬張っている。






 そして中央にでーんと置いてみた、立派なドールハウスの中を覗き込んでは。



 周囲に散らばった家具を拾い上げて、何やら難しい顔で家具を設置している。





 私もそんな様子を見つめながら、彼と同じく、苺チョコのカスタードクリームクレープをもぐもぐと頬張っていた。






 これは一口食べるとじゅわっと、中から甘酸っぱい苺が飛び出してきて。




 そこへ濃厚なチョコレートとカスタードクリームが絡み合って溢れ出し、何とも堪らない味わいの美味しいクレープなのだ。






 私はクレープを噛み締めつつ、真剣な表情のルーカスさんに近寄ってみる。




 すると彼がふっと優しく微笑んで、私の頭を「よしよし」と言って撫でてくれた。



 その優しくて茶色い瞳に、心臓がもわっとした。いや、ふわっとかもしれない。







「そのクレープ、あんまり食べ過ぎるなよ? 晩ご飯が入らなくなっちゃうぞー? ガートルードちゃん?」







 それはいつものように、こちらをからかってくるような声音と温度だったのに。




 まるで地面からにょきっと、植物の芽が生えてしまったみたいに。




 自分の中で正体不明なむず痒さが沸き起こって、それを不思議に思っていた。








(何だろう? ・・・・・・胸の奥が何だか、もぞもぞしてきたような気がする)








 ルーカスが心の鎧を脱ぎ捨てて、気安く話しかけてくれたからだろうか?







(うーん。あまり、よく分からないわ・・・・・・・・)








 そんな風にして、首を傾げているガートルードに。




 隣に座ったルーカスが「お前も何か設置してみるか?」と、そう上機嫌で問いかけてきて、私の手のひらにソファーを押し付けてくれる。





 それは紺色の地に赤い花々が散った、クラシカルで可愛いソファーだった。





 こんなものが自分は好ましいのだと、そう告げようと口を開いた瞬間。





 ルーカスがクレープをばくばくと食べつつ、本当に何気ない口調と表情で言い放った。






「お前、ガートルード。そういったデザインが好きだろう? 違ったか?」







 開きかけていた口を閉じて、もう一度、返事をする為に口を開く。







「そう、です。そうなんです、でも、何でそれを知っているんですか・・・・・・? 私は、ルーカスさんも好きそうな、渋い家具も買ってきてあげたというのに?」

「お前の渋いって言う基準が、よく分かんねぇな~。これか? このオレンジ色の椅子とか?」







 彼が訝しげに眉を顰めてぷらぷらと、私の前でシックなオレンジ色の椅子を振り始める。



 ガードルードはそれをぼんやりと眺めていたが、やがて、ゆるゆると首を横に振った。






「いいえ、違います。そっちの、兎ちゃん柄のカーテンのバスルームセットです」

「おい。この家具のセットのどこが渋いんだよ、どこが?」

「バスルームな所が・・・・・・? ちなみにそれは経年劣化を表現する為に、あえてその白い兎ちゃん柄のカーテンを薄茶色に汚しているらしく、」

「渋いって、そういった渋さなのかよ!? あっ、本当だ。何かバスマットの裏も、ちょっと黒くなって汚れている・・・・・・」






 彼がひょいっと、その兎ちゃん柄のバスマットを摘まみ上げて。



 その裏を見つめては興味深そうに「ふーん」と呟いている。



 ガートルードはそんな様子の彼を見つめて、また。







(あら? 何だか先程のむず痒さがやっぱり、あんまり消えてはくれないわね・・・・・・・)







 胸の奥でもぞもぞと、青虫か何かのように動き出してしまった感情を、彼女は熱心に観察していた。





 そして、とある結論を導き出す。


 彼女はカーキ色の胸元を押さえて、ぽつりと一言。







「ルーカスさん。私ってもしかしたら、何らかの病気かもしれません・・・・・・・!!」

「っ何だって!? 熱でもあるのか、お前!?」

「わっ、分かりません。何だか、とっても胸の奥がむず痒いんです」

「皮膚病か? どれ」






 楽しく家具を設置していたルーカスが、持っていたクレープを全部食べてしまうと。



 まじまじと、真剣な表情でこちらを見つめてきた。







「ちょっとお前、腕を見せてみろ。それで何か、分かるかもしれない」

「えっ? あっ、あの・・・・・・?」






 ルーカスは何のためらいも無く私の腕を掴んで、カーキ色の袖を捲ってしまうと。



 ざらりと、こちらの肌を撫で上げてきた。



 その感触にびくりと、思わず肩と心臓が飛び上がってしまう。






「っあの、ルーカスさん・・・・・・?」

「うーん。別に特に、何の異常も無いなぁ・・・・・・赤い発疹が出たりもしていないし。ああ、でも」






 ルーカスがこちらの腕を優しく擦り上げながら、茶色い瞳でまじまじと見つめてくる。



 その心配そうな表情にやっぱり、心臓がばくばくと鳴ってしまうような気がして。






「何かお前、ちょっと顔が赤いぞ? 昨日、道端で何か変なもんでも拾い食いしなかったか?」

「しっ、してませんよ、そんなこと・・・・・・過去に四回ぐらいしか」

「四回もしていれば、それで十分過ぎるほどだっての! 反省しなさい」

「あだっ!? るっ、ルーカスさんがまた、病気の私にデコピンをしてきたぁ~・・・・・・・・」







 ひりひりと痛む、自分の額を涙目で押さえていると。



 ルーカスがふっと優しく微笑んで、こちらの銀髪頭をわしゃわしゃと、乱暴に撫でてくれる。







「ばーか。まだ病気だって、そう決まった訳じゃないだろう? それに、何だっけか? 胸がむず痒いんだっけか?」

「えっ? あっ、ああ、そうなんですよ。実は何だかその、ちょっと変な感じで」

「おおかた、あれじゃないのか? 汗でも溜まって、汗疹でも出来たんじゃないのか? それか山奥の草むらにでも入って、胸元をダニや虫に噛まれたとか・・・・・・?」

「何でルーカスさんの中で私って、そんな野生児なんですか・・・・・・・?」







 何やらむしゃくしゃした気持ちとなって、ふんふんと鼻を鳴らしつつ、ぷいっと背を向けてみる。





「ルーカスさんなんて、もう知りませんっ! もう二度と一緒に遊んであげませんっ」

「おいおいおいおいっ、いくら何でもそれは、心が狭すぎるだろう? 一体何が気に食わなかったのかなー? このお嬢さんは?」








 ルーカスが焦ったような口調で、こちらの腕を掴んで振り向かせようとしてくる。



 物凄く機嫌の悪い私は、ぎぎぎぎと、彼から自分の腕を取り返そうとしていた。



 そんな様子の彼女を見つめて、ルーカスは戸惑って首を傾げていた。





(普通の痴話喧嘩だったからこれ、とりあえず相手をこのまま、後ろから抱き締めてみて、何とかそのご機嫌を直して貰うんだけどなぁ~)








 しかし、今拗ねている彼女にそんな手段は通用しないだろう。








(いや、そもそもの話。こいつに恋愛という概念が存在しているのか・・・・・・・?)







 きっと存在していないに違いあるまい。



 それならそれでいいやと思って、後ろから彼女を抱き締めてみる。



 ふわりとシトラスのような、そんな爽やかで甘い香りが漂ってきた。



 いつもの銀髪が流れ落ちて、ぴたりと、不自然にその動きが止まる。





 遊んでくれないのは一向に構わないのだが、俺の食事は全て彼女が提供しているのだ。



 流石にこのままここで、悪夢のようなお姫様部屋で餓死するのは避けたい。



 それなので俺はガートルードを抱き締めたまま、必死に甘い声を出してみる。






「あー、ガートルードちゃん? その、一体君は、この俺のどこが気に食わなかったのかな?」

「そっ、その存在の全てです・・・・・・!!」

「おいおい、いきなり俺のことを全否定かよ!? あーっ、もう、本当にまったく。お前は訳が分からんお嬢さんだなぁ・・・・・・・」







 その呆れたような声には優しさが滲み、いつもとは違って愛情深い響きが宿る。



 そのことを彼はきちんと、よく理解しているのだろうか?



 後ろからルーカスに抱き締められ、心臓が何だかどくどくと奇妙な音を鳴らしている。



 とても混乱してしまう、どうしてだろう。






「あー、お前。シャンプーは何を使ってんの?」

「えっ、ええっと、以前にジゼルさんから、ママから贈って貰った、オーガニックの、凄く香りが良いやつ・・・・・・・」

「へー。道理で何だかやたらと、お前から良い香りがすると思った・・・・・・・」








 私から、良い香りがする。




 その言葉に戸惑っていると、それまでの豊富な女性経験がそうさせてしまうのか、何の躊躇も無くルーカスがふんふんと、こちらの髪の匂いを嗅いでくる。







「わっ、わあぁっ!? ちょっ、ちょっと、ルーカスさんっ? 一体、何をして・・・・・・!!」

「んあ? 駄目だったか? 悪い悪い。つい、良い香りで」

「いっ、いいかおり・・・・・・」






 ルーカスは何も気にせず、ぱっとこちらから離れてしまい。



 またいそいそと嬉しそうに、素敵なドールハウスへと向き直った。





 そしてピクニックバスケットの中から、新しいクレープを取り出すともぐもぐと食べつつ、真剣な表情で家具を設置し始める。







(もっ、物凄く馴染んでらっしゃる・・・・・・!!)







 つい先程までは、毒されてしまっただの何だのと泣き喚いていたくせに。







(ううん。彼ってばやっぱり本当に、お人形さん遊びとドールハウス遊びが大好きな、そんなヒステリックでか弱い男性なんだわ・・・・・・・!!)






 うきうきわくわくのルーカスを見つめていたが、やがて私も遊びたい気分となったので。



 いそいそと彼の隣に座って、一緒にドールハウスの中を覗き込んでみた。





 これは四階建てのドールハウスで、貴族の屋敷を再現したものである。



 家具や人形を設置しやすいように、壁は剥ぎ取られて丸見えとなっており、花柄の壁とフローリングが何とも可愛らしくて素敵なものだった。





 ルーカスは今現在、真剣な顔つきでランプ付きの棚を設置している。


 これはどうやら女の子の部屋らしく、全体的にラブリーな雰囲気だった。






「ねぇ、ルーカスさん? そこにこの洗面台を置いてみたらもっと素敵に、」

「いいか? よく見てみろ、ガートルード。この部屋の隣には俺がきちんと設置しておいた、シャワーとバスルームがあるだろうが、ほら」

「あっ、ああ、本当ですね? よく見ていませんでした・・・・・・・」







 彼が不機嫌そうに指し示した先には、素敵な白いカーテンと猫足バスタブのセットが置いてある。



 しかも花柄のクラシカルな衝立と、木の脱衣籠まできちんと設置されていた。



 そして、更に。






「ほら、洗濯動線も考えてみて、こっちの小部屋はランドリールームにしてみたんだ。この扉を開けてすぐの所に、バルコニーがあるだろう?」

「あっ、ああ、本当だ、とっても使いやすそう・・・・・・・」

「だからここで汚れた洗濯物はすぐに洗って、こっちの物干しへとスムーズに干すことが出来て、そんでこの、お洒落なデッキチェアとテーブルを置いてみたんだ。ここで洗濯物を干してから、疲れた時や何も無い時には、ここに座って休憩が出来る」

「へ、へー、すごーい、よく考えられてますねぇ・・・・・・・」





 彼があぐあぐと、苺チョコカスタードクレープを頬張りながら説明を続ける。






「そんで、こっちが三階の部屋なんだが。ここは夫婦の憩いの趣味部屋にしていて、アンティークっぽいミシン台とかキャンバスセットなんかも置いてあって」

「あっ、それじゃあここにピアノでも追加で置けば、」

「おいおいおい、よく見てみろよ、ガートルード? そんなでっかいグランドピアノなんか置いたら、この小部屋が一杯一杯になるだろうが」





 ぎりりと睨みつけられてしまい、思わず首を竦めて謝った。





「あっ、ごっ、ごめんなさい・・・・・・それじゃあ私は一体何を、」

「それに、グランドピアノならここに置いてある。玄関ホールからすぐの所で、ここに置いたらピアノの音が反響してより綺麗に聞こえるからな」






 彼は淀みなくぺらぺらと、自分で作った説明を語り始める。


 私は目を白黒させながら、頷いて聞くしかなかった。






「客が来たときにも、すぐにこのピアノが弾けるだろう? そんで、ここの家の娘はピアノを習っている設定だから、ほら。ここに学生鞄とかちょっとした何かを置けるように、一時置きの棚も設置してある」

「は、はぁ・・・・・・・それであのっ、ルーカスさん? 私は一体何を設置すれば、」

「そんで、こっちのリビングルームはあえて家具を減らして、広々とダイニングテーブルを設置してみた。やっぱりあれだな? 客が多いとあれだから、ここにはアイランドキッチンを置いて、」

「あっ、それじゃあ、ここにお花とかも置いたりして」






 私が花瓶を持ち上げてみると、厳しい表情のルーカスが手で制してきて、そっと首を振った。



 凛々しい表情だったが、その口元にはカスタードクリームが付いている。






「それはいい。ほら、よく見てみろよ、ガートルード? ここのダイニングテーブルにきちんと花が飾ってあるじゃないか・・・・・・・」

「そっ、それもそうですよね、すみませんでした・・・・・・・」

「いや、別に大丈夫だ。そんでこっちがリビングのすぐ横にある、洗面所で」

「は、はぁ・・・・・・それで?」

「こっちはいざという時の、雨の日の部屋干し専用の小部屋を隣接させてみて、こっちの洗面所の洗濯機は、キッチンから出た汚れ物を洗う専用で、そうすると便利だろ? なっ、なっ?」

「えっ、ええ、そうですね・・・・・・ところで、あの」







 ぎゅうっと拳を握り締めて、勇気を出して尋ねてみる。





「私が、あのう、好きにしてもいい部屋って、そのっ、あるんでしょうか・・・・・・・?」

「あ、あー・・・・・・・そっか、そうだよなぁ」







 そこではっと、ルーカスは自分の年齢と状況を再確認してしまって。



 呆然と、手に持っていたクレープを落としていた。







「おっ、俺はいっ、いま、一体何をして遊んでいたんだ・・・・・・!?」

「私を熱心に押しのけて、ドールハウス遊びをしていましたよ・・・・・・・・?」

「うわあああああっ、嘘だーっ!! こんな筈じゃなかったのに、俺と言う男は!!」





 ルーカスは泣き喚いて、自分の茶髪頭を掻き毟っていた。


 そして絶望的な表情で呟き始める。





「もう駄目だ、俺は。本当に駄目なんだ、俺は・・・・・・!!こんな歳にもなってこんな、こんな二十九歳のおっさんが何をいい年こいてこんなことを!! 自分で自分が、本当に信じられないっ・・・・・・!!」





 彼はうおおおっと、低い呻き声を上げつつ、打ちひしがれ始めた。


 その様子を見て心配になって、彼の背中を優しく擦ってみる。





「大丈夫ですよ、ルーカスさん? 私は何も、貴方の事を笑ったりなんてしませんから」

「がっ、ガートルードちゃん・・・・・・・!!」






 彼が涙に濡れた茶色い瞳で、こちらをじっと見つめてくる。


 そしてルーカスは何と、こちらの膝に縋ってきたのだ。


 いきなり甘えられてしまい、戸惑ったが何だかとても嬉しい。



 戸惑いつつも、彼の震える背中を擦っていた。





「なぁ、ガートルードちゃん・・・・・・? 俺って本当に馬鹿な男だと、そうは思わないか・・・・・・?」





 震えるような低い声で尋ねられて、思わず微笑んでしまう。可愛らしい。






「いいえ、ちっとも。ルーカスさん・・・・・・いいじゃないですか、いくつになってもこうして楽しんでいても」

「そうかなぁ~、本当に? ・・・・・・情けないだろう?こんな姿の男は」






 すすんと、鼻を鳴らしたルーカスが淋しそうに呟く。



 そんな言葉を聞いて笑って、よしよしと、先程の彼が自分にしてくれたように頭を撫でてやった。






「大丈夫ですよ、ルーカスさん。貴方はそのままでいいんですよ。別に何も出来なくったって、格好良く振舞えなくたって、私にとったら、今のルーカスさんの方が断然魅力的ですから」

「そーかなー・・・・・・というか何だよ、その魅力的ってのは?」

「ふふふっ、ルーカスさんみたいに素敵な男性がそうやって真剣に、十九歳の女の子と遊んでくれるような、そんな所がこの世で一番魅力的です」

「この世で一番魅力的、ねぇ・・・・・・・・・」






 ルーカスは照れてしまったのか、それともようやく元気を取り戻せたのか。




 こちらの膝からのそのそと起き上がると、ほんの少しだけ赤い顔で呟く。






「まぁ、それならそれでいいや。ごめん、ありがとう、ガートルード。その、俺のことを慰めてくれて」







 その決まりが悪そうな表情での謝罪に、ガートルードがふふっと、軽やかな笑い声を漏らす。





「どういたしまして、ルーカスさん! 本当にもう、まったく。貴方ときたら、本当に手のかかる繊細な男性で、」

「いや、ちょっと待てガートルード。元はといえばお前がこの牢屋に、俺のことを閉じ込めたから、いけないんじゃあ・・・・・・?」

「・・・・・・・・」

「おい。こんな時にだけにっこりと笑ってないで、何か言えよ、何か」

「さーてっと! ドールハウスで遊ぼっかな~!」

「思いっきり逃げたな、お前? はーあ、まぁいいや。何だかんだ言って楽しいから・・・・・・・」



















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