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5.突然の真夜中の訪れと哀れなウィスキーボンボン

 















「ねぇ、ルールーちゃん? あの人とはその、一体どうなの?」










 優しい問いかけに、皿を洗う手を止めて深く考え込んでいた。



 ぎゅうっと、柔らかなスポンジから。



 茶色く汚れた泡と生温かい水が不愉快に溢れ出す。






 ここは自宅の広々としたキッチンである。



 黒い大理石のキッチンにてガートルードは黙々と、夕食の皿を洗っていて。




 隣に佇む優しげな義母のジゼルは、洗い終わった皿を受け取って、手にした白い布巾できゅっきゅっと、丁寧に拭っている最中だった。






 そんな義母は柔らかな雰囲気の優しげな美女である。





 秋のピーナッツペーストのような、艶々とした栗色の髪の毛に穏やかな栗色の瞳。




 美しい栗色の長髪は作業しやすいようにと纏め上げられ、さっぱりとした雰囲気だ。




 ジゼルは白いニットにデニムを履きこなしていて、その上からは何と、ガートルードとお揃いの黄色いパイナップル柄のエプロンを身に付けていた。




 一方のガートルードは煌く銀髪を、すっきりとしたポニーテールにしていて。



 黒いニットと短パンといった、早春にしては少しだけ寒そうな服装だった。





 そして勿論、義母のジゼルと同じくパイナップル柄のエプロンを身に付けている。





 ふと、顔を上げると。




 父親であるアレクサンダーは黒いペンダントライトの向こうで、先程焼いてやった苺チョコの焼きドーナッツを、ダイニングテーブルに座ってもそもそと食べていた。





 これはしっとりとした素朴なチョコ生地に、甘酸っぱい苺グレーズをしゃりしゃりとかけたドーナッツで中々の自信作である。






 そして少々思考が脱線しながらも、義母の問いかけについて考えていた。


 あの人とは間違いなく、憎きルーカス・マクラウドのことだろうか?



 いや憎きとは、何となく軽い調子で付けてみたが。




 私からしてみると彼は守るべきか弱い男性で、繊細で病弱で神経質で好き嫌いが多くって、情緒不安定、そして。








「優しい人だったわ、ジゼルさん。・・・・・・お母さん?」






 その言葉を口にしてからあまり、馴染んでゆかないことに気が付いた。





 私にとって「お母さん」とは、自分を捨てて出て行った女を指し示す言葉であり、あまり良い思い出は無い。




 きっと今ではどこかで適当に暮らしている彼女も、自分に「お母さん」と呼ばれることを嫌うだろう。



 そして私は、別にどちらでも良かったのだが。



 あの女に「お母さん」といった、そんな固有名詞がそぐわないことを理解していたのでそう呼ぶ気は無かった。







(駄目ね、また、思考が脱線してしまって・・・・・・これではあの人から、ルーカスさんから、お前の動きは不規則過ぎると、そう、神経質に言われてしまう筈だわ! うん、反省)








 義母のジゼルも不愉快に感じてしまっただろうか?



 突然怖くなってしまったので、おそるおそる、隣に立った義母を振り返ってみると。



 そこには栗色の瞳を涙でいっぱいにして、ふるふると震え出しているジゼルがいた。




 そして、次の瞬間。




 がばぁっと、勢い良く抱きつかれていた。






「っルールーちゃんっ!! 今っ、やっとやっと私のことをお母さんって、そう呼んでくれたのね!?」

「むぅむぅ、むわっ!? ジゼルひゃん、むぐう、息がれきまへんぬ・・・・・・!!」







 ぎゅうっと、体の骨があちこち折れてしまうのではと思うぐらいに。



 強く強く、抱き締められていて。



 嬉しくなって思わず表情筋が緩んでしまう。





(ああ、そっか。何だ、こんなに簡単なことだったのかぁ)





 まさかさっきの一言で、こんなにも喜んで貰えるだなんて。



 義母の胸元に顔を埋めて、ちょっぴりだけ涙ぐんでいた。








(ルーカスさんの言う通りだった、私。私は別に、要らない子でも何でも無かったよ、ルーカスさん・・・・・・)






 彼の言う通りだった、良かった。


 今度赤いカチューシャでもあげよう、そうしよう。



 義母の背中に手を回して、ぎこちなく抱き締め返すと。




 それが何だかようやく手に入れた平穏さと、穏やかさに思えた。






「っアレクサンダー! アレク! この子がね、ルールーちゃんがね、ようやくねっ? 私のことをお母さんって、そう呼んでくれたのよ!? 今日はなんて良い日なのかしら!! 今が夜でなければ、今すぐにでもオーブンで、沢山の美味しいケーキを焼いてしまうのに!」






 感極まった義母のジゼルがそう声を上げて、キッチンの向こうの夫に話しかける。




 そんな、父親でもあり夫のアレクサンダーは。



 もそもそとガートルードが焼いてあげた、苺チョコドーナッツを貪り食っていた。



 その自分と同じく白い頬は、まるで栗鼠か何かのように、ぱんぱんに膨らんでいる。




 それでも冬の夜の闇を連想させる、青みがかった黒髪は美しく、濃い紫色のリボンで一つ結びにされて、白い鎖骨へと垂らされている。




 白いシャツにデニムを履いて、すっかり寛いだ様子の父親が無表情で。



 何とか努力をして、口の中の生地を苦しそうに飲み込むと。



 青い顔色で多分、おそらくは喜んでくれていた。








「っそれは良かったな、ジゼル・・・・・・俺は別に、今から焼いても良いと、そう思うがなぁ」

「あら、それは駄目よ、アレク? だって折角だから、バターたっぷりの美味しいケーキにしたいし・・・・・・今ちょうど、冷蔵庫のバターを切らしているのよ。ねっ?」







 そうやってにこにこと、明るく笑うジゼルを見つめて一瞬だけ。



 父親の深いダークブルーの瞳が、眩しそうに細められた。




 それを見て私はいつもいつも、分かり辛い父親がきちんとジゼルを愛しているのだなぁと。



 そう知って、安心感が湧き出てくるのだ。






「それもそうだな。それが良いな、ジゼル。・・・・・・あー、ガートルード? お前は一体いつになったら、その、お前の義母であるジゼルを毎日、お母さんと、そう呼ぶつもりなんだ?」

「パパって、いっつも本当に回りくどくて、何を言っているのか、全然よく分からないわよね! やめればいいのに、それ」

「回りくどくて、よく分からない・・・・・・・」






 そんなほのぼの?と、誰かが見ていたら首を傾げてしまうような。


 そんなちょっぴり切ない親子の会話を聞いて、ジゼルが慌てて割り込んでくる。






「ほっ、ほらっ? ルールーちゃん? 私もアレクと同じく、そう思うんだけどなぁ~? もう一度、私のことをそのっ、お母さんって、そう呼んでくれるかしら・・・・・・・?」






 そのほんの少しだけ怯えた義母の、不安そうな表情を見つめて。


 何となくこの優しい義母も、自分と同じような怯えを抱えていたのではないかと。




 そう珍しく正解に思い至って、白い顎に手を添えて深く考え込んでいた。





 そんな私の様子を、ジゼルが不安そうに見守っていた。



 その白い指には、美しい金色の結婚指輪と婚約指輪が光っている。




 再出発をしてゆく日常生活で、どちらも重ね付けして楽しめるよう、ごくごくシンプルな指輪にしたらしい。



 私はそんなことを照れ臭そうに話してくれる、優しいジゼルが大好きだった。






 だからこそ、今まで「お母さん」と。


 そう呼べなかったのだ、自分は。



 そう呼んでしまったら、何かがおそろしく変わってしまいそうで。



 その先に、自分を拒絶する何かがありはしないか、と。


 それが怖くて不安で、堪らなかったのだ。


 そして、おそらくなのだが。






(私は、今でもそれが、途轍もなく怖いのだと、そう思う)








 そう思った、次の瞬間。


 彼の呆れたような優しさが滲む、深くて低い声が聞こえてきたのだ。






『ガートルード・・・・・・大丈夫だよ、本当に。お前のパパもママも、お前の言う、義理のお兄さんとやらもきっと、みんなみんな、お前のことを大事に思っていてくれてるよ・・・・・・・』







 そんな昨日の言葉がふと、脳裏に蘇ってきて。





(本当に? 本当に大丈夫なのかなぁ? ルーカスさん)






 でも、彼の言うことなら間違いが無いのだ。


 彼はとても繊細でお利口な詐欺師で、あの言葉すらも嘘で、私は騙されているのかもしれないけど。





(でも。そんな嘘なら、とっても大歓迎だわ、ルーカスさん)






 俯いていた顔を上げて、ゆったりと穏やかに微笑んでみる。



 彼女は無意識だったがそれは、とても穏やかな微笑みで、それを見たジゼルは驚いた。





(だって、こんなにも私に勇気をくれるのから。たとえ、あれが彼の嘘であったとしても)







 私に元気をくれる嘘なのだから、喜んで騙されてみようではないか。



 自分が彼に騙されているのだと、そう思えば何故だか一気に心が軽くなった。





(だから、大丈夫。私は、きちんと言える)






 この人を「ママ」と、そう呼べる筈なのだ。







「・・・・・・・ジゼルさんのことは、お母さんって、もう二度と言わないわ」

「ええっ!? 一体どうして!? やっぱり、今のはちょっと、いや、かなり鬱陶しかったのかしら!? ごめんね、ルールーちゃん! あれからまだ四年も経っていないし、こういうのはもっと時間がいるってことはよく分かっていたつもりなんだけどって、あっ、あら・・・・・・?」








 慌てふためく義母の胸元へと、ぼすんと顔を埋めていた。




 何だか色々と面倒になってしまったので。




 とりあえず親愛のハグだけはしておこうかと。



 ガートルードは青く澄んだ瞳を、きらきらと輝かせて驚く義母を見上げていた。






「だからね、ママって、そう呼んでもいーい? ジゼルさん?」






 そんな可愛らしいガートルードの、にこにこな笑顔を目撃して。



 ジゼルがぶわわっと、泣き出してしまう。





「っ勿論よ、ルールーちゃんっ!! 何て可愛いのっ!? 本当に愛しいアレクサンダーにそっくり!!」

「むわむわ、もごもご、ジゼルひゃん、ママっへ、そうよびひゃいんらへろ、無理ひょうれっふ」

「ちょっと待ってくれないか、ジゼル・・・・・・その割にはその、先程から俺は君に、放置されっぱなしなんだが・・・・・・・・?」






 銀色のフォークを片手に、苺チョコ焼きドーナッツを食べつつ。



 父親のアレクサンダーが、とても悲しそうな表情で見守っていた。







(うーん、何て簡単なことだったのかしら? 流石はルーカスさん。何でも私の言うことを聞いてくれる、繊細で病弱で気が弱くって、敏感肌の、とっても優しい囚人さんね・・・・・・・・)








 ガートルードは甘えたな、しかし満足げな様子で鼻を鳴らしていた。



 こうして、ガートルードは優しい「ママ」を手に入れたのだ。






(私を。拒絶するだけの人のことは、もう。考えるのをやめよう・・・・・・・考えたって、何も変わりはしないんだもの)







 そんなことよりも、私を大事にしてくれる人のことを考えてゆこう。



 あんな冷たいばかりの人のことをわざわざ考えて、自分の心を傷付けなくとも、きちんと生きて行けるのだから。






(きっと、きっと、ルーカスさんなら、そう言ってくれるよね? あとでこのことも、報告しに行こうっと)





















「なるほど。それでお前は、こんな真夜中にわざわざ、俺の腹に飛び乗ってきたのか・・・・・・」








 つい先程、まるで悪戯好きな子猫が。



 本棚の上から飼い主の鳩尾を狙ってどすぅっと、勢い良く飛び降りてくるかのように、興奮気味のガートルードが。



 天蓋付きの寝台ですやすやと眠っていた、俺の腹に飛び乗ってきて。



 この真夜中に叩き起こしてきたのだ。






(いや、俺の人権は・・・・・・・? まぁ、そもそもの話、最初から無いに等しいのか?)






 猛烈に重たい目蓋をなんとか開けて、ルーカスはぼさぼさの茶色い髪の毛で。



 欠伸をすると涙が滲んだ瞳で、目の前の嬉しそうなガートルードを見つめていた。



 暗くてあまりよく見えないが、淡いピンク色のカーテンの中で、彼女の銀髪とやたらと嬉しそうな青い瞳が煌いていて、そこだけはっきりと見える。





 今、現在。





 彼女は少し離れた寝台の上で、ぽむぽむぽむと、嬉しそうに弾んでいる。



 風呂にでも入ってきたのかふわりと、そんな瑞々しい石鹸の香りと水の匂いが漂ってくる。



 ぼんやりとしか見えないが、その服装はおそらく黒いニットと短パン姿だ。






(こちらの目に、毒だなぁ。まぁ、暗闇だし、別にいっか・・・・・・・)







 こちらがうんざりとした様子で、首筋を掻いて何度も欠伸をしていても。



 興奮気味で嬉しそうな彼女にとっては、非常に些細な問題であるらしい。




 ガートルードはまた弾むと、喜びに満ちた声で語り始める。






「それでねっ、その後はねっ? ルーカスさん? パパがもう夜も遅いからって言って、とっておきのウィスキーボンボンを一個だけ、そうっ! 一個だけ出してくれてねっ? 嬉しいから、私は三つとも食べちゃった!」

「ちょっと待て、お嬢さん? その一個ってのは一体、何の数字だったんだ・・・・・・・?」






 疑問に思って聞き返してみると、彼女が偉そうに頷いて銀髪が揺れる。






「勿論! パパが本来、私に与えたかった個数の話よ? ママがね、ジゼルさんにね、思いっきり甘えて、ママ~って呼んでみてね? 美味しいチョコをおねだりしてみたら、何と、追加で二つもくれたのっ!」

「おー、おー、早速甘えて職権乱用しているじゃないか・・・・・・・良かった、良かった! はーあ」







 非常に何もかもがどうでも良くなって、のそのそと、暖かな寝床に潜り込んだ。



 ガードルードはそれが不満だったのか、まるで倦怠期の夫のように、背中を向けたルーカスを見て。



 ぷいぷいとくちびるを尖らせつつ、その背中を揺さぶり始めた。






「ねぇっ!? ちょっと、ルーカスさん!? 一体どうして貴方はこの感動話に、きちんと涙を流して喜んで踊り狂って、飛び跳ねてくれないんですか!? ねぇってば、ルーカスさん!?」

「俺が突然、そんなことをし出したら、何らかの病気を疑った方が良いぞ、お嬢さん? 俺は非常に眠たい気分なんだ、興奮して目が冴えている、ガートルードちゃんとは違ってな?」






 そう嫌味ったらしく発すると、その途端。


 ぴたりと、彼女の動きが止まる。


 ようやく諦める気になったか、と。


 うんざりした気持ちで目を閉じていられたのも、この時までだった。






「本当に。どうしてそうも私に、無関心なんですか・・・・・・・?」






 こちらの胸を締め付けてくるかのような、そんな。


 途方に暮れた淋しい声を聞いてしまって、俺はあっさりと降参してしまった。






(っああ! もうっ! 俺も俺で、たいがい、こいつには甘いんだからなぁ・・・・・・!!)







 父親もその優しい義母と、幼馴染の義兄とやらも。


 彼女をよってたかって甘やかす理由が何となく、この自分にも分かるような気がした。



 それなので俺は、非常に惜しい気持ちで起き上がると。



 フリルが付いた白いパジャマ姿のままで、彼女に向き直って。



 彼女の銀髪頭を乱暴に撫でてみる。







「あーっ、もうっ! 別にお前に無関心って訳じゃねぇんだよ、分かるか!? 大抵の人間は真夜中にぐっすりすやすやと眠っていたところを、腹に飛び乗って叩き起こされると、不機嫌になるもんなの!! 俺の言ってる意味が分かるか!? なぁ!?」

「うぐっ、わっ、分かりません、それれも私は、ルーカスさんによろっ、喜んで欲しいんれふ・・・・・!!」

「おいおいおいおい、お前っ、たかだかこんなことで泣きそうになるなよ、まったく・・・・・・ほい」






 ふすんと鼻を悲しげに鳴らして、ぐしゅぐしゅと泣き始めたガートルードを見て。



 俺はついうっかり、慰めのハグをしてやろうと両腕を広げてしまって。






(っいやいやいやいや、ちょっと待ってくれよ、俺!? 何で俺は、たかだかこんなことで泣き出したガキを慰めようと、そう思って)





 そうこうしている間にもぼすんと、ガートルードが嬉しそうに、腕の中へ飛び込んでくる。





 その温かくて柔らかな、熱の塊を抱き締めると。



 胸の奥がぐっと奇妙に淋しく、締め付けられた。






(ああ、嫌だな。また、この感覚だ・・・・・・まるで、何もかも、息が出来なくなってしまうかのような)








 胸の底で何かが途方に暮れている。


 ふわふわと切なく甘く、まるで。






(どうしたらいいのか、よく分からなくなってくる、な・・・・・・・・)






 多分これは愛おしいという感情だ。







(まさか、そんな、この俺が? この少女に対して? 気持ちが悪い、訳が分からん、詩人気取りかよ、俺は・・・・・・・)








 馬鹿馬鹿しい、非常にくだらない。


 そんな綺麗事ばかり並べ立てて、アホ臭い幻想に泣いて縋って。






(こんなの、馬鹿馬鹿しいだけだろうに、まったく、この俺も)






 それなのにどうして、俺は。


 こんな真夜中に自分が泣かせてしまった、十九歳の女の子を愛おしく思って。



 ただただ慰める為だけに、抱えているのか。




 両腕に愛おしい体温がゆるゆると熱く、染み込んでゆく。







「っふ、ルーカスさんが、ルーカスさんが私のことを、馬鹿にしたぁ~・・・・・・・」

「してないって、別に!! ああ、もうっ、ほらっ? 俺が悪かったからさ!? ガートルード? 頼むから泣き止んでくれよ? こんなことで泣くんじゃねぇよ、まったく」







 彼女の熱く湿った銀髪頭を抱えて、慰めていると。


 俺の腕の中でガートルードが、ふすんふすんとその鼻を鳴らす。






(か、かわ・・・・・・いやいやいやいや、落ち着こう、俺? ただの気の迷いだし、これは真夜中テンション、これは真夜中マジック、アホなことをしでかしてしまうやつだから、本当に・・・・・・!!)






 いっそもう、このまま篭絡してしまおうか?


 そんな不穏な考えが、ふとこの頭を過ぎっていって。


 そんな温度に酷く安心して、そうだ。





(そうだ、そもそもの話、俺はこういった人間だったなぁ)






 前と変わり映えしない自分の姿に、膿んだ安心感が生まれていた。






(そうだ。もう、これでいいだろ、本当に。俺はさっさと牢屋から出て、シャバでも何でも。出たくてしょうがないんだからさぁ・・・・・・)






 そう考えてするりと、彼女のニットの下から。



 もぞもぞと手を入れて、滑らかな素肌に触れる。



 ガートルードがびくりと、その体を震わせていた。







「ルーカスさん、あの、私・・・・・・・」

「一体、どうしたのかな? 俺の可愛いガートルードちゃんは?」







 とびっきりの甘い声で低く、彼女の耳元でそう囁いてやると。


 彼女がふすんと満足げに鼻を鳴らして。



 その次の瞬間、こちらの胸元を押し返して、ゆっくりと離れていった。






「実は先程、パパとママに貰った、ウィスキーボンボン十個を、ルーカスさんにも持ってきてあげたんですよ? はいっ、ほらっ、どうぞ召しあがれっ!」

「んぐうっ!? まっへ、お前は一体どこからそんなものを取り出してっ、んぐうっ!? ちょっと待て、俺の口にぐいぐい突っ込んでくるなよ!? ちょっ、まっ、お前っ、ぐぅっ!?」







 彼女はどこからか取り出してきた、かなり大きめのウィスキーボンボンを次から次へと、その包装紙を手際良く剝くと。



 何の容赦も無く、俺の口へ突っ込んでくる。







(ぐっ、やっぱりこいつはほんっとうに訳が分からん!! 何なんだ!?一体!? 本当に、やりにくいったら、ありゃしないな・・・・・・・!!)







 ルーカスは喉に詰まらせて、窒息する勢いで次々と、ウィイスキーボンボンを放り込まれて。




 涙を滲ませつつ、ウィスキーボンボンを何とか噛み砕こうと。



 顎が外れる勢いであぐあぐと、ウィスキーボンボンに歯を立てていた。






(っ糞が!! ああっ、もうっ! 早く元の牢屋に帰りたい、誰か、誰でもいいから、俺を救出してくれねぇかな~!って、無理か、刑務官も何もかも、記憶を書き換えられているんだもんな~!!)






 そこまでを考えてから、ふと今更なことに思い至った。






(いや、ちょっと待てよ? 記憶の書き換えって確か、一等級国家魔術師でも、立派な魔術犯罪なんじゃあ・・・・・・・?)







 彼女がいつもの如く、こちらのことは何も気にしていない様子で嬉しそうに話し出す。







「どうですかっ? 私のパパが出してくれた、とっておきのウィスキーボンボンは? 嬉しいし、美味しいでしょう? ねっ、ねっ? ルーカスさん?」

「っぐ、悪い、悪いが俺は、そのどちらでも無いな・・・・・・ぐっ、おええっ」









 自分の口元を押さえて吐き出しそうになって、背中を曲げている彼を見つめて。


 不思議に思う、どうしてだろうと。






(あら? おかしいわ? ルーカスさんったら、甘いものは苦手だったのかしら?)







 ついつい私は、彼に可愛いとそう甘く囁かれて。





 わーいと、嬉しくなってしまって。



 包装紙も破いて、あーんしてあげたというのに。


 何故だか彼は、とっても苦しそうだ。どうしてだ?






「もしかしてルーカスさんは、その、ウィスキーボンボンが苦手だったんですか・・・・・・?」






 彼の背中に手を添えて、優しく擦ってやる。




 ウィスキーボンボンを食べただけで、死にそうになるだなんて。



 彼はやっぱり、病弱で繊細でか弱くて胃が弱いのだ。可哀想に。






「ぐっ、おっ、おまえっ、お前と言うやつはっ、本当にいったい・・・・・・・!!」

「ああ、やっぱり、苦手だったんですね? それなのに、ごめんなさい。次から次へと、その口の中に、大きめのウィスキーボンボンを十個も、ぎゅうぎゅうに詰め込んでしまって」

「ちっ、ちがっ、違う、ぐっ、そうっ、そうじゃないっ、おええっ・・・・・・」







 息も絶え絶えのルーカスを見て、胸が酷く痛んでしまった。





(なんて可哀想なことをしてしまったのかしら、もうっ、私ってば! ああ、次からはきちんと、気をつけてあげないとだわ!)







 彼の震える背中を見つめて、一種の庇護欲が生まれてしまった。







(うーん。これぞまさしく、母性本能よね・・・・・・・!!)







 自分の胸が切なく、締め付けられて。


 私は両目を閉じて、そっとルーカスの背中に覆いかぶさる。





「大丈夫ですよ、ルーカスさん? この私がずっとずっと、これから先も貴方のことを、この牢屋で大事に大事に、飼ってあげますからね・・・・・・・?」

「ぐっ、ぐうぅ、悪夢でしかないぞ、それは、お嬢さん・・・・・・・?」

「大丈夫ですよ、きっときっと、多分? 私は貴方にもう、こんなことは二度としないので!」




 弱々しく震えて、彼が心底悲しげな声を出す。




「頼むからそこは。言い切ってくれよ、ガートルードちゃん・・・・・!!」

「いや~、ほら~、世の中、絶対ってものは存在しないので~。うふふっ」







 そこまでを私が教えてあげたところで、今やこちらの膝に縋ってめそめそと悲しく、泣きじゃくっている詐欺師が。




 ぐすん、と鼻を鳴らして苦しそうに呻いていた。






「もう、嫌だ、俺・・・・・・元の牢屋に帰りたいよう、頼むからガートルード? 俺をその、元の牢屋に帰してくれないか・・・・・・?」






 涙ぐんでゆっくりと、顔を上げたルーカスを見て。



 ガートルードがこの上なくにっこりと可愛らしい、きらきらの極上の微笑みを浮かべていた。





「駄目ですよ、ルーカスさん? これ以上、罪もない人々の記憶を書き換えてしまったら、日常生活に支障が出てしまうので・・・・・・それにね?」





 ふぅっと溜め息を吐いてから、頬に手を添えて諭してみる。






「人の記憶を書き換えるのって、本当は重大な魔術犯罪なんですよ? だからルーカスさんはもう、元の牢屋には帰れないって、」

「っ頼むから、そこを何とかしてくれないか!? なぁっ、なぁっ!?本当に頼むからさぁっ!?」




 がくがくと両肩を揺さぶられて、私は何だか眠たくなってしまった。


 今日のところはもう、この神経質なルーカスさんを寝かしつけて。



 帰って眠ろうと決める。








「ルーカスさん? さぁ、ほら、大丈夫ですから、どうぞ落ち着いて下さいな? 私が貴方を寝かしつけてあげて、」

「落ち着ける訳が無いだろう!? 頼むからさぁ!? 本当に何とかならないの、俺って!?」

「ならない~。ならないからどうぞ、諦めて、ここのお姫様な部屋な牢屋で、これからも楽しく暮らして下さいな?」

「もう嫌だ、もう嫌だ、俺・・・・・・!! ああっ、時間を巻き戻して、人生やり直したい、あの頃の自分を殴り飛ばしてやりたいなぁ~、まったくもう・・・・・・・!!」

































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