4.正体不明の愛おしさと、謎の甘酸っぱい動揺
「さぁっ! ルーカスさんっ? しゃぼん玉を持ってきましたよ、しゃぼん玉をっ」
「分かったから近い近い、近いって! もう少し離れてくれよ!?」
ガートルードがまるで虫眼鏡のように、しゃぼん玉リングを持って。
その透き通った青い瞳でこちらを見上げていた。
これがもう少し離れていたらきっと。
俺も素直に可愛いと、そう思えたことだろう。
何とか両手で彼女を制すると不満そうに、びょいんびょいんと、床の上で激しく飛び跳ねる。
「あーっ、はいはいっ! 分かったから! 一旦落ち着こう!? なっ!? なっ!?」
「ルーカスさんがっ、ふぅっ、ふぅっ、この私の感動をっ、よく分かってくれないのが悪いんです!!」
「分かったから、ごめんってば、俺が本当に悪かったからさぁ~・・・・・・」
俺はちっとも悪くないのだが、彼女を宥める為だけに謝罪を繰り返す。
この辺りは女を騙す為に身につけた技で、そんな俺が習得した技を受けて、ガートルードがぶふーんっと。
深く鼻から息を吐き出して、ようやく何とか落ち着きを取り戻してくれた。
その服装は今日も相変わらず、カーキ色の軍服上下だ。
聞くところによると、彼女に甘い父親が買ってきてくれたものらしいが。
仮装用というよりも、がっつりとした本格的な生地にしか見えないので、さては本物を買い与えたなとそう疑っている。
そして今日は、しゃぼん玉遊びの邪魔になるのでと。
彼女は軍帽を脱いでその銀髪頭を出していた。
俺には何がどう、カーキ色の軍帽がしゃぼん玉遊びの邪魔になるか。
皆目見当もつかなかったが、無表情の彼女の口からとうとうと何かを説明されても。
絶対に理解出来ない自信があるので、聞かないようにしている。
ルーカスは、虚ろな茶色い瞳で二の腕を組んで。
彼女が持ってきたシャボン玉の道具を眺めていた。
それらは真っ赤な薔薇が浮き出た、ふわふわ絨毯の上にて美しく並べられている。
俺の向かいに座ったガートルードはありもしない、カーキ色の胸を偉そうに張って。
いたく満足げな表情である。
とは言っても、その表情は無表情の真顔だったが。
よくよく見てみると、青く澄んだ瞳が嬉しそうに光り輝いていた。
(どうして俺は、この歳にもなって、こんな。風変わりな十九歳の女の子と一緒に、お姫様部屋な牢屋にて、しゃぼん玉遊びをせねばならんのだ・・・・・・・?)
人生とは全く、何が起こるか分からないものだ。
しかしそれでも。
今もとても楽しそうに(しかし無表情である)、瞳をきらきらと輝かせて両手をついて。
どれから何をして遊ぼうかと、そう考えているガートルードに、そのことを言うつもりは無かった。
自分の中で奇妙な母性愛とでも言うべき感情が。
湧き起こっていて、酷く落ち着かない気分になってしまう。
だって、俺は。
彼女の心を守って甘やかしてやりたいと、そう、心から望んでいる。
(一体。どうしてこんなことになったんだろうか? もうこれ以上、自分が毒されてしまう前に。早く、元の牢屋に帰りたいなぁ)
このまま彼女と一緒にいると、何だか自分がとても駄目な人間になってしまいそうで。
(そうだ。年齢的にも妹だな、これは・・・・・・俺はちょっと我が儘で、変人で、風変わりで、女王様な妹の面倒を見なくてはならない、苦労性な兄・・・・・・・よし! それで行こう、それで)
断じてこれは、恋心なんかではない。
これは何だか道に落ちていた木の枝を引き摺っては、あぐあぐと口に咥えて、足がもつれて、転びそうになっている子犬を手助けしてやりたいという気持ちだ。
きっと母性愛だとか、庇護欲に違いない。
きっと。
(そうだ、きっとそうに違いない。いくらこいつが、一応はある程度の美少女だからと言って別にそんな、)
「ルーカスさん? 一体何をそんなに延々と、考え事をしているんですか?」
「あっ? ああ、すまないな・・・・・・それで? ガートルードちゃんは、今日は一体何をして遊ぶつもりなのかな?」
気を取り直して尋ねてみると、彼女が無表情で凛々しく頷いていた。
「まずはこの、パウンドケーキを取り出して食べます!!」
「しゃぼん玉、どこにいった? えっ? というかこれって今の、俺が悪かったの?」
「大丈夫ですよ? ルーカスさんは別に、何も悪くありませんからね? ただ、今現在は、数多くの女性を騙した容疑で逮捕されて、豚箱にぶちこまれていますけどね~」
「しれっと俺に、現実を見せ付けにくんの、本当にやめてくんない? なぁ?」
勿論彼女は、俺の批判などものともしなかった。
ぷいぷいと、ご機嫌にくちびるを尖らせながら。
横にあったピクニックバスケットに手を添えて、ぞんざいな仕草で首元に手を突っ込んで。
カーキ色の胸元からじゃらりと、真鍮の鍵を取り出した。
そしていつものように鍵穴に鍵を差し込んで、かちゃりとその封印を解く。
かちゃん、といった軽やかな音が響き渡って。
ガートルードがふしゅんと、満足げな溜め息を吐き出す。
(か、かわ・・・・・・・いやいやいやいや、気の迷い、気の迷い・・・・・・)
気の迷い、これは気の迷いなんだ。
密かに苦悩する横で、向かいに座ったガートルードはぱかりと。
ピクニックバスケットの蓋を開けて、がっとその手を突っ込む。
「どのパウンドケーキにしますか、ルーカスさん? チョコと苺と、バナナと紅茶と、あー、まぁ、他にも色々とありますが?」
「凄いな、そんなに作ってきたのか・・・・・・? ああ、いや、別に作ってきたとは限らないよな?」
美味しそうなラインナップの数々に興味を引かれて、彼女と一緒にピクニックバスケットを覗き込んでみると、こちらへとにじり寄ってきて。
「いいえ。ルーカスさんの為に作ってきたんです。美味しいといいんですが。ねっ?」
「えっ? あっ、ああ。ありがとう・・・・・・・?」
満足げに微笑む彼女を見て。
不可解な感情が一つ、湧き上がって。
今までに経験したことがないような、胸のつかえを感じていた。
狭苦しくて、どうしようもなくて。
綿あめをふんだんに詰め込んで、こちらの胸元を甘く締め付けてくるかのような。
(厄介な。どうすると言うんだ? こんな少女を、仮に好きになったとして・・・・・・・・)
もうこれ以上、振り回されるのはごめんだった。
幸いなことにこいつも、俺の外見だけは気に入っているようだし。
適当に口説きでも何でもして、さっさと出てしまおうか。
(あの男もあの男で、殺すだなんだと、そう言っていたが・・・・・・まぁ、別にいい。この牢屋に、あの男はどーせ、いない訳だしなぁ)
これ以上、自分が変わってしまう前に。
早いところ、自分のペースを取り戻さなくてはならない。
そう考えていたところで、隣に座ったガートルードが顔を上げて、こちらを見つめてくる。
「どうしますか? 私はこの、紅茶と苺とチョコとバナナパウンドケーキを三本、一気食いしようと、そう思っているのですが・・・・・・・?」
「待て待て、ちょっと待ってくれよ、お嬢さん? 健康と胃に悪いから、せめて一本の半分にしような? 今日の晩御飯が、入らなくなっちゃうぞー?」
「んー、別にいいもん、晩御飯なんか、食べなくっても~」
ぷいぷいと、くちびるを尖らせている彼女に。思わず呆れてしまう。
ここはきちんと、説得せねばならない。
「いやいやいや、良くはないからな!? お前のパパもママも心配しちゃうだろうが、大体お前はな? 何かにつけて極端と言うか、なんと言うか・・・・・・・はっ!?」
「一体、どうしたんですか? ルーカスさん? そんな、驚愕の表情を浮かべて?」
し、しまった。
(俺ということが。何と言う有様なんだ!? これじゃあ本当にまるで、ただの優しいお兄さんじゃねーか!! いやいや、俺が目指しているのは、そういうものではなくってだな・・・・・・!!)
動揺して、頭を抱えてしまったルーカスを見つめて。
変わり者の彼女は全く別のことを考えていた。
(そう言えば、ルーカスさんって。いつまで経っても、白黒ボーダーの、囚人服のままよね~。つまんない)
何だかもう、いっそのこと。
彼にはサンバ衣装やビキニといった、そんなものを着せてみても楽しいに違いない。
(いいや、それとも、ふりふりのお姫様ドレスとか・・・・・・? それとも彼に、今この現実を提示するためだけに、皮肉めいた意味合いとして、警察官、もしくは刑務官の服装をさせても。それはそれで、とっても楽しそうだわ!)
ううむ、我ながら何と素晴らしい発想なのだろう?
(そうとなれば、水が流れているうちに壷を満たすべし! だわ! 明日にでも、何か買ってこようかしら? ああ、でも、まずはそうね?)
すっかり忘れていたけれど一応は、ルーカスさんが身につける繊維なのだし。
ビキニ衣装を購入する前に、どんなものがいいか聞いてみなくては。
「ルーカスさんは、クラシカルなメイドさん衣装と猫耳警察官の服装、どっちがお好みなんですか?」
「えっ!? ちょっと待って!? パウンドケーキの話は一体、どこへいったのかな!?」
向かいに座ったルーカスが驚愕の表情を浮かべて。
ぽかんとその口を開けていた。
それでもやはり、彼は美しい男性なので。
そんな表情もよく似合っていて凄いなと思う。
一方のルーカスは混乱の真っ只中にいた。
(えっ!? クラシカルなメイドさん衣装って。いや、そりゃあ、俺はどちらかと言うと、猫耳警察官姿の方が好みで・・・・・・いやいやいやいや! ちょっと待とう、俺!? ちょっと待とう、俺!? この妄想も一旦、ちょっとストップ!!)
いやでも、彼女は無表情でも常に可愛いしそうとなれば。
(猫耳メイド服姿が一番可愛くて、よく似合っている気がするなぁ・・・・・・いやいやいやいや!! でも、ちょっと待てよ、俺? 何も彼女は、俺の服装の好みを聞いているだけで、自分が買ってくるとも、着るとも何とも、そうは言っていない訳だし・・・・・・・!!)
ついうっかり、目の前の銀髪美少女が。
ぶっきらぼうに猫耳を付けて、白いエプロンのメイド服をふりふりっと、着ている姿を想像してしまって、更に頭を抱えてしまう。
(か、かわ・・・・・・!! いやいやいや、ちょっと待とう? 俺? ちょっと待とう!? きっと別に、彼女にそんなつもりは微塵も無くって、どーせ昨日みたいに言葉足らずで、後で俺が繊細でとんだ勘違い人間にされて終わるって、そんなオチだから本当にこれは、マジで・・・・・・・!!)
そんな訳で俺は、おそらく自分がしているであろう勘違いを正す為に質問してみた。
「あー、そんなことを。俺に聞いて。一体、どうするつもりなのかな? その、ガートルードちゃんは?」
「えっ どうするってそれは、明日にでも買って着ようかと・・・・・・・・」
明日にでも買って、着る。
(明日にでも買って、着るのかそうか、いやいやいやいや!! 何かの勘違いだろう!? ぬか喜びはいかん、ぬか喜びは・・・・・・・!!)
一瞬だけにこやかな笑顔のままで、思考が停止していた。
そしてあまりの事態と自分の妄想に苛まれつつ、あっさりと告白してしまった。
「いや、まぁ、それは、俺は、猫耳メイド服姿の方が好きだけど・・・・・・・・?」
「そうでしたか それは選択肢の内には入っておりませんでしたが、中々に良いご趣味ですね! それじゃあ、それを明日にでも買ってくるので、着てみて下さいね!」
「ちょっと待って? お嬢さん? 俺も着るやつなの、それって?」
そう尋ねてみると、彼女が不思議そうに首を傾げて。
「いえ、どちらかと言うと。ルーカスさんが着るやつなんですが?」
「俺が着るやつかよ!? あー、はいはいはいはい!! お前はそう言えば、そんな奴だったよなぁ!? 俺の期待を返してくれよ、本当に、まったくもう・・・・・・・!!」
やっぱり、やっぱり、俺のただの勘違いだった!
何だか、何もかもがどうでも良くなってしまい。
両手で自分の顔を覆ったまま、ごろりんと寝転がってしまう。つらい。
そんな彼を見てガートルードは驚いていた。
(ま、まさか。彼が、そんな勘違いをしていただなんて・・・・・・!!)
不潔にも程がある。
いやそれよりも何よりも、どうして私が着るものだと。
そう思い込んでしまったのだろうか?
(普通。どこからどう考えても、囚われの身のルーカスさんが着るものよね!? 彼って本当に、とんだ、変わり者の変態なんだわ・・・・・・・!!)
どうしてそんなものを、この私が着なくてはならないのか?
ここはルーカスさんが猫耳を付けて、刑務官の格好をするべきだろう。
ガートルードはそこまでを考えてからふと、顎に手を添えて妄想に入る。
(うーん、そうよね? ルーカスさんは意外と筋肉質で、目に悪い体つきをしているから。猫耳刑務官なんてものも大変良く似合っていて、とっても素晴らしいわ・・・・・・!! ミルクチョコレートのような髪とも、ピンクの猫耳が合いそうだし)
おかしい。
ガートルードが何やら急に黙り込んでいる。
山奥の修道女のような顔つきだが、あれは。
(俺の今までの勘から言うと。あれは絶対に下らない、余計なことを考えているやつだ・・・・・・!)
絶対にそうだ、そうに違いない。
(あんな。世界平和を崇高に考えているかのような、死ぬほど深刻な顔をしているけど。あれは絶対に、そうに違いない・・・・・・・・!!)
急いでその妄想を叩き割らなくてはと思い、焦って話しかけてみる。
「あ、あー、ガートルードちゃん? 俺は別に、ずっとこの白黒ボーダーの囚人服でもいいからさ? それよりもさ、この、俺は可愛い君が持ってきてくれた、美味しそうなパウンドケーキを食べてみたいなー?」
「むむぅ、私はルーカスさんに、猫耳刑務官の姿をして欲しいのに・・・・・・?」
やっぱりそうだった、ろくでもないことを考えていた。
俺の予感は正しかった、間に合った。
「お前が着るのなら、俺も考えてやろうじゃないか!! いいや、でも俺は本当に、敏感肌だし、この囚人服でいいよ、もう・・・・・・」
発想と思考が斜め上の、この美しい彼女には。
並大抵の言葉と常識では通用しないと、そう考えての断り文句だったが。
何と驚くべきことに、ガートルードはそれで納得してしまったらしい。
「そうですか。それは大変ですね、ルーカスさん? それじゃあ、代わりと言っては何ですが、その、私が、そのルーカスさんの言う、クラシカルな猫耳メイド衣装とやらを着てみましょうか・・・・・・?」
「一体全体、どうしてそうなったのかな!?」
ルーカスは驚いて、勢い良く立ち上がると。
びしっと人差し指で、驚くガートルードを指し示した。
「っどーせ、それも本当のことじゃなくって、お前が訳の分からん思考から生み出した、俺に着せる為の言葉なんだろう!? いいか!? 絶対に絶対に俺はそんな、猫耳メイド衣装なんて、」
「いいえ、あの、本当にルーカスさんがそれで喜んでくれるのなら、それを着てみようかと、私はそう、ふと思って、言ってみただけなのですが・・・・・・?」
少しだけ照れ臭そうに言うものだから、勢いが削がれて座り込む。
しんと静まり返った牢屋の中で、先程の言葉を反芻していた。
俺が喜ぶのなら、着てみる。
思春期の少年じゃあ、あるまいしと。
そうは思いつつも何だか変な喜びで一杯となって、背筋にぶわわっと、奇妙な汗を掻いていた。
(いやいやいやいや、待て待て待て待て、何だ、この沈黙は!? どうしてガートルードも、何も言わないんだ!?)
動揺してそちらを見てみると。
ピクニックバスケットに手を添えて、恥ずかしそうに俯いている。
心なしかその顔は赤い。
そんな様子の彼女を見てまた、不可解な感情が一つ。
湧き起こっては自分の胸の底へと、がっつり定着してしまうような気がして。
突然現れた甘酸っぱい雰囲気を何とかしようと考えて焦って、当初の目的を口に出した。
「ほっ、ほら!? それはもうっ、いいからさ!? 俺とお前とでパウンドケーキを食って、しゃぼん玉遊びでもしようぜ!? なっ!? なっ!?」
「・・・・・・分かりました。ルーカスさんがそこまで言うのなら。しょうがないから、私がルーカスさんにパウンドケーキをあげて、しゃぼん玉遊びをして差し上げますよ!」
気を取り直したガートルードが偉そうな無表情でのたまう。
思わず目が虚ろになってしまった。
「何なの? お前のその、上から目線は・・・・・・? と言うかいつの間にか、それって俺が、どうしてもパウンドケーキを食って、しゃぼん玉遊びがしたいって、駄々を捏ねている二十九歳男子みたいになっているじゃないか」
「えっ? まさしく、その通りでしょう?」
「お前って本当、いい性格しているよなぁ~・・・・・・・」
といった訳で、美味しいパウンドケーキを食べながらしゃぼん玉遊びをしてみる。
手に持っていた、紅茶と胡桃のパウンドケーキを齧り取ってみると。
ふんわりと、ダージリンの芳しい香りが漂ってきて。
卵とアーモンド粉の生地がほろりと崩れ落ちて、優しい甘さが広がってゆく。
そんな美味しいパウンドケーキを食べつつ、早速赤い顔をしてぷうぷうと、しゃぼん玉を吹いている彼女を見つめていた。
青い青い、透明で虹色に光り輝く小さなしゃぼん玉が。
無数に飛び交っては、こちらの鼻先でぱちんと弾けて、俺と彼女がいる空間を幻想的なものにしていた。
目の前に座るガートルードは、必死にしゃぼん玉を生み出しているからか。
酸欠気味らしく、顔が真っ赤だ。
やれやれと呆れて腕を伸ばして、彼女の手首を掴む。
楽しくしゃぼん玉を吹いていたのに、自分の手首を掴まれて。
ガートルードが不愉快そうに眉を顰めている。
「一体、どうしたんですか? ルーカスさんは? 私はまだ、この楽しいしゃぼん玉遊びの続きを・・・・・・・」
「俺じゃなくったって、別にいいだろう? 何でお前はわざわざ、この牢屋に来て、俺としゃぼん玉遊びをしようとするんだ? ・・・・・いいや、しゃぼん玉遊びだけじゃない。全部、全部そうだ」
ここへ来てからずっとずっと、抱いていた疑問を彼女にぶつけてしまう。
(どうしてお前は一体、ここへやって来る? どうして君は、ガートルード。ずっとずっと、淋しそうな表情を浮かべているのか・・・・・・・・・)
義母が優しくて、同じ年齢の幼馴染も甘やかしてくれて幸せだと語るくせに。
それなのに彼女はいつもいつも、淋しそうだった。
(俺がどんなに望んでも。手に入らなかったものを。・・・・・・・持っているくせに、お前は)
優しい家族というものがありながら、どうしてここにやって来るんだ?
どうして淋しそうな表情で、俺に甘えてくるのか。
そんな質問を受けてガートルードは戸惑って。
先程まで吹いていた、しゃぼん玉の吹き棒を力なく握っていた。
「だって、ママが。私を産んだお母さんが、私のことはその。無表情で気味が悪いって、そう言って、出て行ったから・・・・・・・」
「何だって? あの女は君に、そんな酷いことを言ったのか!?」
あの女とは言ってみたものの、その顔はちっとも思い出せなかった。
何せ、心当たりがありすぎる。
それなのにどうしてだか、まるで自分のことのように腹が立っていた。
(よく見れば分かる。彼女はずっと無表情な訳じゃない、嬉しい時は昨日のように笑いもするし、驚きもするし、さっきだってあんな風に可愛く、照れていた訳なんだし・・・・・・・)
自分の思考があらぬ方向へと脱線してしまい、慌てて修正軌道をする。
(いっ、いいや! 今はそういうものは、どうだっていいから置いといてっ。そんなことよりも本当に、彼女の母親が、そんなに酷いことを彼女に言って、家を出て行ったのか?)
そんな言葉を聞いて、この彼女はどれだけ絶望したことだろう?
それでもきっと、何も言わなかったに違いない。
それでもきっと、何も言わずに黙って。
ただひたすら呆然と、立ち去ってゆく母親の後ろ姿をぼんやりと見つめていたに違いない。
(ああ、でも。これって俺のせいなんだよな? ああ、嫌だな、考えたくも無い・・・・・・・)
酷く自分勝手な考えだがそう思ってしまった。
自分が何気なくしていた行動で、まさかこんなにも目の前の彼女を傷つけていただなんて。
自分の今までやってきたことが生々しく、鈍い煌きを放って、この首を切り落とそうとしていた。
ごくりと唾を飲み込んで。
今にも泣き出してしまいそうなガートルードの手首を、優しく握り直した。
(だったら、きちんとしなくては。もう、これ以上、この少女を傷付けてしまわないように)
自分はそんな人間ではなかったのに、と。
心の中で呟いて、静かに口を開いた。
「だから、俺のところに来るのか? その、母親から受けた傷を、誰にも言い出せなくって?」
「違うの、ルーカスさん! だって折角こんなにも、素敵で良いお母さんが来てくれたのに、折角あんなにも辛そうだったパパだって、今はすっごく幸せそうなのに・・・・・・!!」
そこでガートルードがほろりと涙を零す。
顔をぎゅっと悲しそうに歪めて、自分のくちびるも歪めている。
「わたしっ、私のせいでまた。新しく出来たママも出て行っちゃったらどうしよう、ルーカスさん 私は連れ子な訳だし、きっと、あの家でも邪魔な存在で・・・・・・・!!」
「っ絶対にそんなことはない、絶対にそんなことはないよ、ガートルード!」
ぼろぼろと、苦しそうに顔を歪めて泣き出した彼女を見て。
俺も堪らない気持ちとなって焦ってしまう。
何が何でもどうしても、この淋しい少女を慰めてやりたくて胸の奥が奇妙に狭まって。
ああ、多分だけど。
これが人を慈しみたいだとか。
そんな下らない、偽善者めいた感情なんだろうかと。
何も考えれなくなって、泣いているガートルードを抱き寄せて目を閉じて。
「ルーカスさん、ルーカスさん。本当にかなぁ? 私が無表情だったせいで、お母さんも出て行っちゃったのに。 不気味なんだって、この年齢の子供にしては、ぜんぜん笑わないわねって、近所のおばさんにも、そう言われてしまって、」
「気にしなくていい、そんな言葉は! 大丈夫だよ、ガートルード。君はおかしな子供でも何でもないし、笑えてない訳でも、何でもないから」
「本当かなぁ、本当にかなぁ? ルーカスさん・・・・・・!!」
胸が温かい。
彼女がえぐえぐと泣きながら、俺の胸にぎゅうっとしがみついて泣いていた。
(ああ、認めよう。そうだ、俺はこんなにも彼女の心を・・・・・・・)
癒したいと、そう心から思っている。
(まだ出会ってから、四日しか経っていないのに? ああ、でも・・・・・・・)
手に負えない、どうすることも出来ない。
正体不明の愛おしさと、この溢れ出る母性愛を。
胸が狭くなって俺は、腕の中のガートルードを抱き締めた。
「大丈夫、大丈夫だよ、ガートルード・・・・・・お前のママが全部悪いんだ、お前のママが」
「でっ、でも、私がいなかったら? 私がいなかったらきっと、お母さんも出て行かなかったのに!?」
その言葉に胸の奥が痛む。
かつての自分とも重なってしまって、苦しくなる。
「嘘だ、それは。それはお前が信じていたいだけの現実だよ。本当に違うんだ、本当にお前は。何も悪くなくて。お前の母さんは、お前がにこにこ笑顔の子供でもきっと、浮気して出て行ったことだろうさ・・・・・・・」
この場合の浮気男とはきっと、俺のことなんだろうが。
それでもただ黙って、彼女のことを抱き締めていたい気分だった。
自分がしていたことに向き合いたくなかった。
それでも意外と鋭いのか、それとも単純に俺が分かりやすいのか。
俺の胸に縋って泣いていたガートルードが、ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らしながらもこう言ってくれた。
「ルーカスさんの、せいじゃないです。ルーカスさんのせいじゃなくって全部全部、私を産んだお母さんが、その、悪いんですから・・・・・・・あんまり、落ち込まないで下さいね?」
「ガートルード、お前と言うやつは本当に、一体どこまでも・・・・・・」
すっと彼女が俺の胸元から離れて、こちらを澄んだ青い瞳で見上げてくる。
その色合いを見ていると、何故か酷く落ち着いた。
これまでの人生や感情が、緩やかにもろもろと剥がれ落ちてゆくようで。
だから俺も、ふと穏やかな笑みを零して。
彼女に笑いかけることが出来たのかもしれない。
「ガートルード・・・・・・・大丈夫だよ、本当に。お前のパパもママも。お前の言う、義理のお兄さんとやらも、きっと。みんなみんな、お前のことを大事に思っているさ」
「本当かなぁ? その、ルーカスさんも?」
「ああ、勿論、俺も・・・・・・って、一体どうしてそうなるんだよ!? 俺は別にそんなこと思ってな、」
「ルーカスさんの嘘吐き。やっぱり、詐欺師じゃない・・・・・・」
すっかり涙が止まって、ぷうっと、白い頬を膨らませたガートルードに。
またしても俺は。
(か、かわ・・・・・・・・いやいやいや、気の迷い、気の迷いなんだ、これは本当に・・・・・・!!)
またしても動揺して、頭を抱えてしまったルーカスを見つめて。
ガートルードがあっさりとその口を開く。
「んー、それじゃあ、ルーカスさんにそんな罪を償って貰うためにも。しゃぼん玉遊びをして貰いましょうかね! あとそれから、後でルーカスさんのお膝に座り込んで、美味しいパウンドケーキが食べてみたいです、私!」
その提案に飛び上がってしまう。
彼女を膝に乗せたりなんかしたら、俺は。俺は。
「いや、もう、本当に勘弁して下さい・・・・・!! と言うか、本当に嫌われたりなんかしないからさ!? お前はパパとママと一緒に、仲良くパウンドケーキでも食ってろよ!? 頼むからさぁ!?」
「嫌ですぅー! 私はこの、わざわざ大金をかけて作ってみた、お姫様部屋な牢屋も消してしまうには、とっても惜しいし! このままルーカスさんと一緒に遊ぶもーん、それでいいもーんっ」
「えっ? そういう、現実的な考えから来るものなの? それって・・・・・・・」




