3.彼の毒殺計画と両者の激しい勘違い
「さぁっ! それじゃあ、ルーカスさん? どれから何を食べたいですか?」
「俺はさ、とりあえずガートルード? 君が持ってきたこの豪勢な昼食の数々に、何やら悪い予感しかしないんだが・・・・・・・?」
「あら~、ルーカスさんってば、本当に疑り深い人ですね~」
「誰のせいだと思っているんだ、一体誰のせいだと」
「お空の、小鳥さんのせいとか・・・・・・?」
「何だ? そのメルヘンチックな回答は・・・・・しれっと見知らぬ小鳥に、自分の責任を押し付けやがって」
俺はかつてない程の緊張に苛まれていた。
それは目の前に過剰なご馳走が並んでいるからなのと。
これを用意したのが、俺を恨んでいる筈のガートルードだからだ。
本人いわく「ちっとも気にしてない! 大丈夫!」とのことだったが。
無表情でそう言われても全く信用が出来ない。怖い。
(ああ、元の牢屋に帰りたい・・・・・・・・・・)
今朝も四時半に叩き起こされた、辛い。
まさかあんなにもみすぼらしい牢屋が恋しくなるとは。
私語も娯楽も何も許されない、早寝早起きの規則正しい刑務所生活が懐かしくて仕方が無かった。
少なくとも今ここで、目の前のガートルードにいつ殺されてしまうのか。
それとも本当の目的はもっと他にあるのかと、憔悴しきって考えつつ。
散々に振り回されてしまうよりも、はるかにまともで健康的な生活である。
囚人服を着たルーカスは、虚ろな茶色い瞳で二の腕を組み、豪華な昼食の数々を黙って眺めていた。
テーブルの上には数々のご馳走が並べられ、頭上には豪華なシャンデリアが輝いている。
白い壁紙に無垢床の牢屋には、真っ赤な薔薇柄絨毯がふわふわと敷き詰められ、何とも可愛らしい雰囲気だ。
そしてクラシカルなソファーと低いテーブルも配置されて、一番奥には淡いピンク色カーテンの寝台が佇んでいる。
赤い薔薇の取っ手が付いたキャビネットも並んでいるが、その中には何と、彼女が買ってきた下着が入っているらしく。
(シルクの。お洒落な下着だとか何とか言っていたが。怖い、どうしよう。確かめる勇気が湧いてこねぇな、本当に・・・・・・・)
ああ、帰りたい。
そしてこの豪華な昼食には。
(毒が入ってるのかとか。絶対に聞けない、どうしよう? どうすればいいんだ、俺は?)
この不思議生物を相手に俺は果たして、生きて帰れるのか──────・・・・・・・・。
(おかしい・・・・・!! ルーカスさんは一体どうして、さっきから何も言ってこないのかしら?)
繊細で病弱な彼を元気付けようと。
大変張り切って早朝から腕によりをかけて、この、豪勢な昼食の数々を作り出したと言うのに。
それなのに目の前のルーカスさんは、いかに私が普段どんなに頑張っても出来ない早起きをして。
特別な食材をわざわざ金等級ダンジョンから採取してきて、いつもの老人から高級キノコを貰って。
その途中に出会った行商人からも数十年に一度しか採れないという、幻のスパイスの数々を大量購入してみて。
じっくりと時間をかけて最高級の素材を吟味して、作ってみたのだと。
そう言ってみたのにも関わらず、彼の顔色は見る見る内に真っ青になっていった。
そういった仕掛けの玩具みたいで、大変面白かったが。
(おかしいわ! それとも、あれかしら? スパイスは、彼のお気に召さなかったのかしら・・・・・・?)
多分彼は気弱で繊細で、病弱で胃が弱くって。
ヒステリックで情緒不安定な上に好き嫌いが激しい、繊細な詐欺師の色男なのだ。
これからはもっともっと、彼に気を配ってやらねばならない。
(うん。一つ賢くなった! 頑張ろう、これからも!)
そうしたらルーカスさんだって、いつかは保護犬を卒業してくれるだろう。
彼はきっと、人見知りで大人しい気性なのだ。
ここはきちんと私が導いてやらねばならない。
「さぁっ! それじゃあ、ルーカスさん!? 私があーんしてあげますよっ!?」
「いっ、いいやっ、いらない、そもそもの話、ここから距離も足りないし・・・・・・・!!」
彼に断られてしまい不満に思う。
「それじゃあ私が。ルーカスさんの背後にそっと回って、その後ろからがっと、このスプーンをお口に突っ込んで、」
「いっ、いいや!! それもいらないっ、だっ、大丈夫だ、ほっ、本当に俺は、自分一人でも何とか食べることが出来るから・・・・・・!!」
流石は二十九歳、立派な恥ずかしがり屋さんである。
きっと彼はあんまりにも豪勢な昼食に感動して、開いた口が塞がらなかったのだろう。
(うん、そうだわ。きっと、そうに違いないわ・・・・・・・・)
可哀想に。
彼はきっと今までこんなにも気が弱くて繊細で、体が病弱だと言うのにも関わらず。
あんな粗末な牢屋に閉じ込められ、来る日も来る日も蛆がたかったチーズと、カビの生えたパンを食べていたのだ。
あまりの気の毒さにちょびっと、涙が出てきてしまった。
そんな粗末なご飯を食べた後で、この豪勢な昼食を見てしまうと。
感動して震えてしまって「本当に囚人の俺が、こんなものを食べてもいいの?」と、あまりの贅沢さに酔いしれて怯えてしまうのかもしれない。
(ああ、何て可哀想なの? でも大丈夫よ、ルーカスさん! 食べてもいいのよ!?)
ガートルードは微笑んで、自分の目元を拭っていた。
その向かいで詐欺師のルーカスは。
いきなり涙を拭って優しい微笑みを浮かべた彼女を見て、恐怖に震えていた。
(なっ、何でだ!? 何故!? 何故俺を、そんな微笑ましいものを見る目で見てくるんだ!? こいつは!? どうしよう、やっぱりここは、どんなに腹が減っていても、これを食うべきではないのでは・・・・・・!?)
先程うっとりとした無表情───────こう表現するのはおかしいのかもしれないが、そうとしか言えない表情だった───────で彼女はとうとうと語り始めたのだ。
朝から最高級の食材をかき集めて、この目でしっかりと吟味して腕によりをかけて作ってみたのだと。
(っいやいやいや、これは単純に俺が、疑り深いのか!? いやっ、でもなぁ、今ここの空間はほぼ、治外法権に近い状態だし、手ぇ出したら殺すぞって、こいつの親父さんからも言われているしなぁ・・・・・・!!)
つまりは俺一人、死んだところで何も問題は無いということだ。
あの男ならやりかねない。
真夜中の牢獄にやって来て、育児相談を始めたかと思えば。
人の体にがっつりと負担を与えるような、そんな魔術でここへ転移させたような人間だ。
しかも可愛い娘のお願いだからと、そう言って。
(どうしよう、超怖い!! でもそうだよな~、あの男の娘なんだもんな~! どうしよう、今までのは全部演技で本当は、油断しきった俺を今でも嘲笑っていて、母親の仇! っていう展開になったら!)
十分有り得る。
それで彼女の奇妙な言動にも納得がいく。
そう。
彼女はきっと、今でも心の中ではほくそ笑んでいて。
母親の仇である俺が、彼女お手製の毒料理を口にするのを今か今かと、舌舐めずりをして待っているのだ─────────・・・・・・・・!!
(そうでなければおかしい!! 何故、何故、今俺が、まさしくスプーンを持ち上げて、食べようとしている時に涙ぐんで、微笑み、さぁお食べとでも言いたげな、優しい表情で見つめてくるのか・・・・・・・!!)
初めてだった、彼女の表情筋が動くのを見るのは。
緊張に手を震わせてごくりと、唾を飲み込む。
(やっぱり、これには毒が入っているんだな!? サイコパス的な思考で、俺が地獄への一歩を踏み出そうとしているこの瞬間を、まさしくたった今! 微笑んで涙ぐんで、優しく見守っているという訳だな!?)
そうでなければおかしい。
テーブルの上にたっぷりと乗せられたこの、豪華な昼食の数々は。
(やはり彼女は俺のことを恨んでいて、今日というこの日に、俺のことを毒殺しようとしているのか・・・・・・・!?)
やたらと俺の誕生日を聞きたがって、誕生日が今日ではないと知ると落ち込んでいたのも。
(そっ、それはつまりやはり、俺の誕生日に俺を毒殺したかったからか!? そうなのか!? くそっ、相変わらず、俺を微笑ましいものを見る目で見つめてきやがって! まったく意味が分からない!!)
一体、何を考えている?
一体彼女はたった今、何を考えているんだ!?
(本当にこの俺を、毒殺する気なのか!? 昨日のお姫様家具を設置させたことといい・・・・・・・はっ!? そうか! 俺としたことが何たることだ、こんなにも重要なヒントを見落としていただなんて)
そう、彼女の毒殺計画はここへ来てから、もうとっくの昔にスタートしていたのだ───────・・・・・・!!
(そっ、そう考えてみると、この薔薇柄の赤い絨毯も、ひょっとするともしかして!?)
薔薇の下には秘密が眠っていると、昔からよく言われているではないか。
秘密の結束、宗教的な意味合い、政治的な駆け引き。
そしてかの国の一部地域には、大量の赤薔薇を死者への弔いとして乗せて、遺体ごと丸ごと焼いてしまう葬儀方法もあるではないか───────・・・・・・・。
(つっ、つまりはこの俺が、毒入りの料理を食べて死んだ後で。薔薇柄の絨毯やら家具やらと共に、俺の遺体を燃やして。葬儀と復讐と、証拠隠滅を一気に済ませようとしているのか!?)
なんて恐ろしい。
彼女は始めから、そのつもりだったのだ!
そこまでをめまぐるしく考えてから。
ふと、自分の思考が暴走しているのではと。
そんな不安に駆られてしまった。
(ひとまずは先走ってもいけない。今まで、詐欺師として活躍してきたこの経験を駆使して、何が何でも、彼女の口から本当の目的を聞き出さなくては・・・・・・・・・!!)
こほんと一つだけ咳払いをすると。
恐怖のあまり引き攣りそうになってしまったが、にっこりと甘い微笑みを浮かべてみる。
「あっ、あー? ガートルードちゃん? 君はどうして、その、わざわざ俺の為だけに、最高級の素材を吟味して、わざわざ苦手な早起きまでして、この豪華な昼食を作ってくれたのかな・・・・・・?」
先ほどそれは説明した筈だが、彼はよく聞いていなかったのだろうか?
(ふむ。彼は先ほどからやたらと無言だし、顔色も悪いし)
これはもしかして体調でも悪いのではと、心配になってしまう。
彼は初日から何かと顔色が悪いようだし。
情緒不安定なのだしこれはもう、今すぐにでも寝かしつけた方が良いのではと思ったが。
まずは質問に答えてみるとしよう。
そう思ってガートルードは、静かに口を開いた。
「私。とっても淋しいんですよ、ルーカスさん。まぁ、貴方もご存知の通り、貴方が起こした事件のせいで、パパが何かと忙しくなって、その、お恥ずかしいことに、学校にも行けなくなってしまった訳ですが・・・・・・・・」
ガートルードの父は、とても真面目で愛情深い人だった。
それなので数年前に離婚騒動が起こった時に、これではいけないと即座に判断して。
その当時、隣に住んでいた未亡人一家。
とどのつまり今の優しい義母と幼馴染の義兄に、ガートルードをよろしく頼んだとそう言って、私のお世話を頼んでくれたのだ。
そんな訳で私は、父親の幼馴染であるという優しいジゼルとその息子と、美味しく一緒にご飯を食べては。
何かと落ち込んで一人では学校に行けないと泣いてぐずる、私の手を面倒見の良い幼馴染が引いてくれて、一緒に登校して楽しく遊んで学んで、沢山甘やかして貰っていたのだ。
つくづく、彼と同じ学校で良かったと思う。
(うーん。今考えると、我ながらあれは、恥ずかしい行動だったなぁ・・・・・・手を繋いでくれないと、学校に行けないだなんて、彼には随分と甘えてしまったものね)
そんな訳でガートルードは彼が起こした事件のせいで、一人で学校にも行けなかったし。
愛する父親との時間も十分に取れなかったのだ。
そこまでを考えてから、ふと。
自分は彼を父親代わりにしようとしているのだろうかと、珍しく、自分の心の片鱗が掴めたような気がして。
私がこの世で最も不可解なのは、自分の心の動きである。
そのことを父に相談してみると、父もそうだと言っていたので。
なーんだと考えて、あまり気にしないようにしている。
ガートルードはあまり、深く考えるのが得意な方ではなかった。
そして必要だと思うタイプでもなかった。
それなので何も考えずに話を続ける。
「ですから是非とも、このお手製料理の数々を、ルーカスさんに食べて頂きたいんです!!」
「いやっ、あのっ、本当に土下座でも何でもするので、それだけはどうか勘弁して下さい・・・・・・!!」
「ええっ!? 一体どうして!? そんなに、この私が作った手料理が食べたくないとでも言うんですか!?」
まさか、この。
私が作った料理の数々を食べたくないと言うだなんて!
(いや、確かに最初はちょっと、ぴりっとするかもしれないけど、物凄く美味しいのに・・・・・・!!)
ガートルードは呆然と、自分が作った料理を見下ろしてふるふると震えていた。
そんな様子のガートルードを見てルーカスが、自分はどの段階で土下座すべきなのかと、真剣に頭を悩ませている。
このお料理のメインは、魔生物のドラゴンもどきの赤ワイン煮のパイ包み焼きで。
クラシカルな耐熱容器からふんわりと盛り上がった、きつね色のパイ生地が何とも美味しそうである。
次に、私が用意したものは。
骨付きのフライドチキンで、こちらが滅多に採れないという幻のスパイスを使用したものである。
すりおろしたガーリックと、様々なスパイスを加えて肉を漬け込み。
漬け込んだ肉に塩を振って、卵液にくぐらせて、香ばしいとうもろこし粉をまぶしてじゅわっと、揚げ油で美味しく揚げたものである。
そこへたっぷりと、横に添えたものが。
バジルと黒胡椒のスコーンの上に、黄色いチェダーチーズを溶かしたもの。
トマトのライスコロッケに、どっか適当にそこら辺で狩ってきた魔生物の肉と黒いんげん豆と米とココナッツミルクを炊き上げたもので。
こちらはただの黒い何かと、米を炒めたものにしか見えないのであんまり美味しそうではない。
次に栄養バランスのことも考えて、サラダには。
皮付きの鶏肉とアボカドと玉葱、ロメインレタスとポーチドエッグを入れて、滑らかなシーザードレッシングをかけて、濃厚に仕上げてみた。
それに蟹が一匹丸ごと乗った魚介類のパエリアに。
美しい赤みのローストビーフ、グレイビーソースがたっぷりとかかったマッシュポテト。
パイ生地に包まれたミートローフに、熱々のラザニアにチーズグラタン。
豚スペアリブのバルサミコ煮込みにじゅわっと脂が滴る、熱々の茶色い骨付きソーセージと。
横には黄色いポテトと赤いケチャップまで添えて。
それから、飴色のオニオンタルトタタンスコーンに牛肉のトマト煮込み、ほうれん草とサーモンのキッシュ。
それから、祝祭の時のような丸鶏のオーブン焼きを中央に配置して。
小さなポークパイが沢山と、色とりどりの野菜が美しい、ベーコンのガレットに分厚いドラゴンもどきのステーキ。
他にも、彼がどんなパンを好むかよく分からなかったので。
全粒粉の黒いパンと胡桃とオレンジの丸パン、クロワッサンに素朴なバジルパンにプレッツェル。
どっしり重たいソーダブレットに、バターたっぷりのデニッシュ、バケットにカンパーニュに胡麻のシミット。
それらを山盛り乗せて、丸鶏の横に配置している。
それにバターと苺ジャムと林檎ジャムに、クロテッドクリームとブルーベリージャム。
ドリンクには赤ワインのように見せかけた葡萄ジュースと、フルーツたっぷりのサングリア。
最後のデザートには真っ赤な苺とカスタードクリームの、艶々のフルーツタルトと。
苺のホールケーキと、卵色の美味しそうなホットケーキを用意してみて。
本当に本当に、最期の晩餐のような。
豪勢な手料理を歓迎の意を込めて用意してみたというのに!
それなのに彼は、死にそうな顔色で黙り込んでいる。
(あれかしら? 彼はひょっとするともしかして、素朴な家庭料理の方が好きだったのかしら・・・・・・?)
ガートルードは煌く銀髪を揺らして、不思議そうに首を傾げていた。
(そうね。これはちょっと、いや、かなり脂っこい食事の数々なのだし・・・・・・・無理も無いわ。次からはもう少し、私も気を付けないと)
頭上にはきらきらと、豪華なシャンデリアが光り輝いて。
静かな二人を眩く照らしていた。
「さっ! ルーカスさん? 私はこの時を今か今かと、そう心待ちにしていたんですよ!? ですからきちんと、全部美味しく食べてみて、」
「っいや、もう、本っ当にすみませんでした!! 何でもするので、どうか命だけは勘弁して下さい!」
「ええっ!? 一体どうして!? 私の願いと望みは、この私がじっくりと、最高級の素材を厳選吟味して、前日の晩からじっくりと仕込んでおいた、この特別な手料理の数々を、貴方がその口に含むだけで達成されて───────・・・・・・」
「いやっ、ちょっ、何ならもうっ、今すぐにでも土下座しますから・・・・・・!!」
がたたっと、焦ったように立ち上がったルーカスを。
ガートルードが慌てて止めに入る。
「えーっ!? ちょっと待って、一体どうしてそうなるの!? ルーカスさんがこれを食べてくれないと、私がこれまでに全部全部、作業と準備に費やしてきた時間が、全部本当に無駄になってしまうと言うのに!?」
「っいやいやいや!! 流石に毒殺は勘弁して下さいよ!? 俺もまだ流石に、死にたくないんですって!!」
「へっ!? いやいやっ、一体、何の話なんですか!? ちょっと待って、土下座ストップ! 土下座ストップボタンって、一体どこにあるのかしら!?」
「あのな? お前はもう少し、言葉を選んで話そうな・・・・・・・?」
満腹になった後、そう叱ってみれば。
向かいに座った彼女がしょんぼりと落ち込んでいる。
「ごっ、ごめんなさい、ルーカスさん・・・・・・・まさかルーカスさんが、そんな風に抱腹絶倒ものの勘違いをアホみたいにしているだなんて、私は夢にも思いませんでしたよ?」
「ねぇ、本当にお前、俺のことを恨んでないの? その割には、俺のことを滅茶苦茶煽ってくるじゃん?」
そこできりりと彼女が前を向く。
「これはただ単純に、ルーカスさんのアホな勘違いを馬鹿にしているだけです!」
「よし。もういい、分かった。そんなお前はデコピンの刑だ」
「あいたっ!?」
強烈なデコピンをしてやると、涙ぐんでひりひりする額を押さえていた。
今現在、俺とガートルードは。
真っ赤な絨毯に座って向かい合っていた。
何を思ったのか彼女が、呆れたように首を振る。
「駄目ね、これだから胃が弱くて繊細な人は・・・・・・・」
「よし、分かった。お前、さっきのデコピン一回じゃあ、物足りなかったんだな・・・・・・?」
「そのデコピンはとっても痛いから嫌ですぅー! とぅえいっ!」
「おわっ!? ちょっ!? お前は何をいきなり、飛び込んできて・・・・・・!?」
勢い良く飛び込んできた彼女を何とか受け止めて、ほっと、安堵の溜め息を吐いた。
カーキ色の軍帽がばさりと、赤い絨毯の上に落ちて。
叱り飛ばしてやろうと思って、見下ろすと。
そこには青く澄んだ瞳をきらきらと輝かせて、嬉しそうに微笑んでいるガートルードがいた。
「ねぇっ、ルーカスさん? 私のごはん、そのっ、美味しかったですか!?」
「えっ? あっ、ああ、旨かった、旨かった・・・・・・」
俺がそう答えると、花がほころぶみたいに。
ふんわりと、嬉しそうに微笑んだ。
それまで彼女は無表情だったのに。
それを見て思わず腕を伸ばして、彼女の頭を撫でてしまった。
するりと、銀髪が滑り落ちてゆく。
「ふふふっ、私! ルーカスさんに頭を撫でて貰うの、大好きっ!」
「お前はなぁ~・・・・・・まったく」
どうしてそんな表情を見て、この胸は狭苦しくなってしまうのか。
自分と言う人間は本当に、このような人間だったのかと。
自分でも疑心暗鬼となって俺は、彼女の頭をそっと優しく撫で続けた。
彼女が喜んでくれるように。
こちらを笑って、見上げてくれるように。
そう無意識の内に願って、彼女の頭を優しく撫でていると予想通り。
膝の上のガートルードが、俺の腹にしがみついたままで。
むふんと動物か何かのように、満足げな溜め息を吐く。
それを見て思わず笑ってしまって。
その、白い鼻先を摘まんでやりたいような気がして。
(ああ、可愛いな・・・・・・どうしてそう思うのかは、いまいちよく分からないけど)
この風変わりな彼女といると、強制的に心が解けてゆくような気がする。
何故か鼻がつんとして、熱い涙が滲みそうになって困惑していた。
(これではまるで、俺も彼女と同じく、人との触れ合いに飢えていたみたいじゃないか・・・・・・・)
それは傷の舐め合いでも、何でもなく。
ただひたすら、強制的にくちびるの端が緩んで何も気負うことがなく。
相手を可愛いと思うような、可愛いと思って一緒に食事を摂って、満腹になってゆったりと寛ぐかのような。
(まさか俺は、こいつと一緒にいて、かつてないほどの安らぎを感じているのか・・・・・・・!?)
自分でも何だか、信じられない気持ちで一杯だった。
(何だっけ? これはシンドローム的な・・・・・・!! そう! 被害者が犯人に心を寄せてしまうような、あれだ・・・・・・・!!)
この場合の犯罪者はまさしく俺なのだが。
あまりの事態に困惑して、ひたすらにわしゃわしゃと彼女の頭を乱暴に撫でていた。
「ちょっと、ルーカスさん? 痛いです!もっと丁寧に優しく撫でてくださいよ?」
「あっ? あっ、ああ、悪いな、ついうっかり、その・・・・・・こうか?」
「そうそう、その調子です! ふふふっ」
俺が手の角度を変えて、なるべく丁寧に撫でてやると。
ガートルードがごろごろとご機嫌で喉を鳴らしている、子猫のような表情となって。
うっとりと満足げに、澄んだ青い瞳を細めている。
(か、かわ・・・・・・・いやいやいやいや、今までのことを全て思い出せよ、俺!? 一体彼女に今までどれだけ振り回されてきたのかをしっかり思い出、)
「そうだ、ルーカスさん?」
そこへ、彼女の甘く澄んだ声が響き渡る。
はっとして思考の渦から抜け出して。
「あっ、ああ? 一体どうしたんだ? その、急に改まって?」
ガートルードが腹に抱きついたまま、不思議そうに首を傾げてじっと見上げてくる。
(か、かわ・・・・・・いやいやいやいや、気のせいだっての!!)
彼女は気付く様子が無いまま、あっさりと続ける。
「別に改まってはいませんが・・・・・・・その、明日はしゃぼん玉を持ってくるので、それで私と一緒に遊びましょうね!」
「一体どうして!? 俺とここで遊ぶ必要って、本当にあるのかなぁ!?」
その言葉を聞いて、彼女がぷくぅっと白い頬を膨らませる。
ほんのりと下がった眉毛が何とも可愛らしい。
「ありますよう、ルーカスさんってば! 貴方はその、私から貴重な幼少期を奪ったも同然なので、お詫びとしてこれからは一緒に沢山、私と遊んで、ご飯を食べて眠りましょうね?」
「ごめん。最初から最後まで、ぜんっぜん意味が分からないから、一から全部説明して欲しいです・・・・・・」
「ルーカスさんって、あれですよねー。本当に、マニュアル通りにしか動けない人間ですよねー!」
「お前の動きが不規則過ぎるんだっての!! あーあ、もう、早く元の牢屋に帰りたい・・・・・・・!!」
自分の額を押さえて、低く呻くと。
膝の上の彼女がにっこりと可愛らしく微笑んだ。
「残念でしたね、ルーカスさん! それもこれも、貴方の日頃の行いが悪かったせいですよ?」
「あーっ! 今、それだけは言われたくなかったやつー! あー、天罰は遅くとも必ずやって来る、か~・・・・・・」
「ファーイトっ! ルーカスさんっ!」
「一体、誰のせいだと思ってんの!? あー、でも、回りまわって、俺のせいか~・・・・・・」
でも、一体どうしてだろう?
あまり腹立たしく思わないのは。
くちびるの端を持ち上げて、ガートルードの銀髪頭をそっと撫でていた。
俺と彼女の楽しい牢屋生活はまだ、始まったばかりである。




