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2.牢屋の素敵なDIYと彼の困惑

 














「さぁっ! ルーカスさんっ! 今日は絶好のDIY日和ですねっ?」

「いや、絶好のDIY日和も何も、この白い牢屋には。窓なんてどこにも付いていないじゃないか・・・・・・・」







 元気良く無表情で、銀髪の美少女ことガートルードが、えいえいおーっと片手を振り上げる。



 その手には厳ついハンマーが握り締められていた。



 ぼんやりとした、虚ろな瞳で佇む詐欺師を見て。


 カーキ色の軍服を着たガートルードはとある結論を出す。




 ふむ、どうやら彼は低血圧らしい。




 只今の時刻は午前四時四十二分なので。



 二十九歳の彼からするとまだ寝台の上で、ぐっすりと眠っていたいのかもしれない。




 一昨日、いや、ルーカスに会う前日は楽しみ過ぎて。



 私は夜の十時から、昼の十二時ほどまでぐっすりと眠ってしまい。



 昨日の出会いが面白過ぎて、今日は早くに目が覚めてしまったのだ。




 それなので素早く寝台から起き上がって。



 昨日、ショッピングモールに寄って貰ってきた魔術カタログと。



 優しい義母が追加してくれた、美味しいご飯入りのピクニックバスケットを持って。



 まだ老人が徘徊していない早朝の王立公園を、るんるんと散歩しつつ、ここまではるばるとやって来たのだ。





 それなのに彼は心底眠たそうにぼんやりと、虚ろな茶色い瞳で佇んでいる。



 そして重たそうに首を傾げて、何かとんでもないことを言い出した。






「・・・・・・そうか、分かったぞ? あの男は、この俺に、子守りをさせるつもりなんだな? 自分が仕事で忙しくって、我が子の面倒を見れないからって、こうして俺に押し付けやがって」







 何て変てこなことを言い出したのだろう、この人は?



 流石の私も困惑してしまう。



 どうやらこの詐欺師は、かなりの変わり者らしい。




 私はもう、次で二十歳になるのだし。


 子守りなんていらない年齢なのに。



 それとも彼は、この真っ白な牢屋を改造することに不満でも覚えているのだろうか?





 そう言えば昨日も、ルーカスは「ここの洗面所、ちょっと豪華すぎやしないか?」と苦言を呈していたので。




 彼はもう少し素朴で可愛らしい、ふんわり綿のレースカーテンでも掛かった洗面所が良かったのかもしれない。





 また今度パパにでも頼んで(自分の魔力はなるべく温存しておきたいから)、洗面所を可愛い感じにして貰おうっと考えて。







「とりあえずは、ルーカスさん? 今からこの魔術カタログを広げて、この真っ白い牢屋を、」

「その前にちょっと待ってくれよ、お嬢さん?」






 ルーカスが、寝不足の乾いた手のひらでそっと。



 ハンマーを振り回していた手を握って、優しく自分の手元まで下ろすと。



 まじまじとそれを眺め回す。




 ガートルードもそれにつられて見下ろして、ルーカスと一緒に手元を見つめる。



 そしてふっと視線を上げて、彼を見上げてみると。



 詐欺師の色男は嘆かわしいとでも言うかのように、頭を振って溜め息を吐く。





「危ないだろう? こんな風にハンマーを振り回していたら・・・・・・お前の、顔にでも当たったらどうするんだ? 折角、こんなにも綺麗な顔をしているというのに」





 彼は寝ぼけているのか、それとも年端もいかぬガートルードをその色気で篭絡するつもりなのか。




 乾いた手のひらでそっと、こちらの肌に触れてくる。



 真剣な茶色い瞳に見つめられて、奇妙にたじろいでしまい。



 じりりっと、警戒して下がってみた。




 それを見ても詐欺師の男は。



 あまりにも眠たいのか、くああっと大きく欠伸をして。



 ぽりぽりと、自分の首筋を呑気に掻いている。



 それを見て何だか無性に腹が立って。



 白い床を黒いブーツの踵でだしだしと叩いて、幼い子供のように地団太を踏んでみる。






「っおいおい、一体全体、お前は何がしたいんだよ!? あれか!? 俺に注意されたのが、そんなに嫌だったのか!?」






 兎のように威嚇し始めたガートルードを見て、ルーカスは慌ててカーキ色の両腕を押さえた。





 両腕を押さえてからふーっと、深い溜め息を吐いて、疲れたように俯いて。



 それを見てまた、無性に苛立って。



 ふすふすと鼻を鳴らしてみる。






「はいはい、落ち着いて? 一体全体、俺の何が気に食わなかったのかな、このお嬢さんは?」





 ぽんぽんと、ルーカスが大変草臥れた様子でこちらの頭を叩いてくる。



 それをされると、ほんの少しだけ心が落ち着いて。



 ガートルードはぶふーんっと、サイか何かのように満足げな溜め息を吐いた。





 そんなガートルードを見つめて、ルーカスがふっと微笑ましいものを見る目つきで。



 こちらの頭をそっと優しく、撫でてくれる。






「不思議だな。まるで、お前みたいな生き物が、野生動物がいそうだよ? 荒涼とした、サバンナ辺りにね?」

「・・・・・・私はあくまでも、れっきとした人間なんですよ? ルーカスさん?」





 その言葉を聞いてルーカスが、茶色い瞳を伏せる。


 そしてハンマーを持った両手を柔らかく握り締めてきた。






「ああ、分かっているさ、それは勿論。今のはただ、ガートルード。君が可愛いってだけの話だよ?」

「さては、ルーカスさん? 私の相手をしたくなくて、牢屋のDIYもしたくなくて、そう褒めてこの場をやり過ごそうとはしていませんか?」





 看破されて気まずいのか、ルーカスはどうも上手く行かないなとでも言いたげに。



 ほんの少しだけ、その美しい眉を顰める。



 静かに眉を顰めてから、ルーカスはぱっとこちらの両手を放した。


 別にもう少しぐらい、握っていても良かったのだが。






「いいや? お嬢さん、君はどうも人間の生態にはそう詳しくないようだからこの際、はっきりと言わせて貰うけどね?」






 ぽりぽりと自分の首筋を掻いて、詐欺師の色男がふーっとまた、深い溜め息を吐く。






「何でしょうか、ルーカスさん? 私だってその、人間なんですから、そちらの生態にはかなり詳しいかと・・・・・・」

「そんな無表情の真顔で言われても、あんまり。信用は出来ないなぁ・・・・・・それじゃあ、はっきり言わせて貰うけどね? 俺は昨夜、この硬くて冷たいコンクリートの床で、洗面所にあったバスタオルを毛布代わりにして眠っていたんだよ? だから、」

「まぁっ! それは大変だわ! ルーカスさんは、こんなにも胃が弱くて繊細で病弱な人だと言うのに・・・・・・」

「えっ? ちょっと待って? 何だろう、その設定は・・・・・・?」







 戸惑っているルーカスをよそに、それどころではない気持ちで打ち震えてしまう。





「私ときたら、一体何てことを!! こんなに硬くて白い床で寝てしまったら、年老いたルーカスさんの体があちこち、ばっきばきになってしまうじゃないの!!」

「あのう、もしもし? お嬢さん? と言うか俺はまだ、ぴっちぴちの二十九歳なんだが・・・・・・・?」






 素早く気を取り直して、目の前のルーカスをきっと睨みつけてやる。






「ぴっちぴちだなんて言っている時点でもう手遅れですよ、ルーカスさん? すみませんでした、確かに貴方の言う通り、私には人間に関する知識がすっかり抜け落ちていたようです・・・・・・・・」

「誰が手遅れなんだよ、こら? まぁ、反省してくれるのなら、それはそれでいいんだけどなぁ~」






 ルーカスは二の腕を組み、酷く不満げな表情で告げると。



 こちらの額をぴんっと、指で弾く。





「あだっ!? なんっ、何ですか、一体?」

「俺のことを手遅れだなんて言うからだよ、まったく。そんで? これからお前が言う、その、お姫様部屋とやらのDIYを始めてみるんだろ? お前が昨日言っていた、魔術カタログは?」





 その言葉を聞いてガートルードはすっと、自分のポケットに手を差し込んで。



 ぐちゃぐちゃに折り畳まれた魔術カタログを、ずるりんと無表情の真顔で取り出す。



 それを見てルーカスが驚いて、ぶっと吹き出して。



 慌てた様子でこちらの手から、魔術カタログを奪い取るとけたたましく怒り始める。






「一体何なんだよ、これはっ!? 駄目だろう!? 魔術カタログをこんな風に乱暴に扱っちゃあ!と言うかこれって一体、どんな風に折り曲げて、お前のポケットに入っていたんだよ・・・・・・?」

「もう、何もかもが面倒臭くなっちゃって・・・・・・」

「おっ、お前はなぁ・・・・・・!!」






 ルーカスはぷるぷると怒りに震えると、心底慌てた様子で。



 ぐしゃぐしゃに折り畳まれている魔術カタログの─────カタログと言えども、薄い雑誌のようなものだ──────皺を丁寧に伸ばしつつ、かなり苛立った様子でこちらを窘めてくる。







「いいか? 今度からはちゃんと、鞄か何かに入れて持って来るんだぞ?いいな?」

「はい、お母さん。今度からはきちんとそうしますね・・・・・・・」

「お前にはもうとっくに、ママがいるだろ!? 勘弁してくれよ!? 俺はただでさえこの状況で手一杯なのに、」

「ママはいましたけど、パパが持っていた貴金属も結婚記念日に貰った宝石類も売り払って、貴方が言っていた絶対に売れる! という健康器具、美容器具を買い漁って、見ず知らずの人間に売りつけていましたけど・・・・・・・?」







 そんな言葉を受けてルーカスがよろりと、自分の胸元を押さえてしまい。



 そのまま、青白い顔で硬直してしまった。




 どうやら繊細で気の弱い彼に、私はダメージを与えてしまったらしい。




 ここは哀れな詐欺師を何とか慰めてやらねばと。



 慌てて持っていたハンマーごと、彼の乾いた両手をぎゅっと握ってやる。






「ごめんなさい、ルーカスさん! 私は別に、貴方を恨んでいる訳じゃあ、ありませんからね? ただ貴方が何かと姑息な稼ぎ方をして、数多くの女性を騙してきたという事実を淡々と述べているだけで、」

「もう分かったから!! もう分かったからさぁ、俺が悪かったからさぁ!? 頼むからもう、それ以上は何も言わないでくれよ、あといい加減にハンマーを手放して欲しいよ、俺は・・・・・・・・」

「あっ、忘れてた。てへぺろっ」






 ガートルードがお茶目に、自分の銀髪頭をこつんと叩いてみると。



 それを見たルーカスが酷く嫌そうな表情を浮かべる。






「いや、そんな真顔の無表情で言われても、全然可愛くも何ともないから・・・・・・」

「餓死コース・・・・・・・」

「っぐ、わっ、分かったよ、俺が悪かったよ・・・・・・ほらっ、もういいからさ? とっととDIYでも何でもして俺と一緒に飯でも食おうぜ? 何か疲れたし、さっきから腹が減って減って仕方が無い・・・・・・」

「可哀想に・・・・・・」

「誰のせいだと思っているんだ? 誰のせいだと」






















 そんな訳でルーカスとガートルードは。



 ぐしゃぐしゃになった魔術カタログを、白い床に座って広げてみて。



 どんな商品を購入して、どんなフローリングを生み出すのかと、頭を突き合わせて相談し始める。







「なぁ? ところでさぁ? お前のパパにその、フローリングを最初から敷いて貰えば良かったんじゃあ・・・・・・?」

「ああ、それは私がパパの提案を却下したんです。貴方と、ルーカスさんと楽しく牢屋の素敵なDIYをしたかったもので・・・・・・」

「くっそ!! お前のパパもパパで、どうして俺と娘にそんなことをさせるかなぁ!?」

「私のパパって、私に負い目があるからか、何でも私の言うことを聞いてくれるんですよね・・・・・・」

「結局はそこに行き着くのかよ・・・・・・はーあ。まったくもう」








 ルーカスとガートルードは額を突き合わせて、熱心に話し合っていた。





「ほら、このフローリングはどうだ? 色が濃くて、あんまり汚れも目立ちそうに無い」

「それは合板だから嫌ですよ、ルーカスさん? 私はこの床に、可愛いメープルウッドの無垢床を敷きたいんです」

「それならそうと早く言えよ、まったく・・・・・・あー、そんで? これって何枚ぐらい、注文したらいいんだろうなぁ?」

「とりあえず、三十枚ぐらい・・・・・・? 私、あんまり詳しくないんですよね、こういうのって」

「それは俺もだよ、お嬢さん? ひとまずは君の言う通り、三十枚ほど出して、敷いてみるとするかぁ~」










 これは普通の紙のカタログとは違って、魔術仕掛けのカタログなので。




 ルーカスは木材が売っているページをきちんと開いて床に広げると。



 カタログを押さえて貰っている間にと、ガートルードは無表情で自分の魔力をぼうっと、手に纏わせて木材を掴んだ。





 ぼうぼうと、まるで踊り狂う銀色の炎を見つめて。



 ルーカスがはっと、驚いたようにそれを眺めてからほんの少しだけ、嫌そうな顔をする。






「お前・・・・・・見かけによらず、その、炎タイプなんだな・・・・・・・?」

「よく言われますよ、それは? 私ってこう見えて、情熱的で執念深いタイプなんですよ~」







 この世には魔力占いと言うものがあって、一説によると。



 炎系統の魔力の持ち主は情熱的で執念深く、社交的だがその反面、狡猾で人を騙すのが上手いという。





 海の底で揺らめくような光、もしくは月光のような魔力の持ち主は繊細で愛情深い。




 しゅるりと糸や植物の蔦を這わせるような人間は、執着が深くて淋しがり屋。



 煙を吐き出して指に纏わせるような人は、詩人のように夢見がちで格好付け。




 鉱石や宝石を指に煌かせているような人は、頑固で融通が利かない。




 水の魔力を放出している人は臆病で気障な性格、といった風に。



 魔力占いというものは、それぞれの人間の特徴を書き記している。






 他にも色々とあるが、切りが無いのでそこで打ち切って。



 ずるりんっと一気に何枚か、メープルウッドの木材を引き出して両腕に抱えてみる。







「ようやく会えたねっ、私の愛しい木材ちゃんっ!」

「はいはい、もういいからそういうのは・・・・・・さっさと次、出していくぞ?」







 ガートルードはカーキ色の軍帽の前で、さっと敬礼をした。





「イエス・サー! これでここの牢屋もようやく、快適な空間となりますね!」

「まぁ、この殺伐とした空間は、主にお前のせいだったけどなぁ・・・・・・と言うか、これって一体、支払いはどうなってんの?」

「ああ、それはつい昨日、パパの魔力認証を済ませているので・・・・・・ここで注文したものは全て、パパの銀行の口座からお金が引き落とされます。要するに、頼み放題ということです!」

「ちょっと待ってくれよ、お嬢さん!? ああああっ、道理でこんなくっそ高い魔術カタログを持ってきたかと思えば・・・・・!! あの男もあの男で、自分の娘に甘過ぎるだろう!?」







 ルーカスはすっかり、向かいで茶色い頭を抱えてしまい。



 ガートルードはそれを見て無表情の真顔で、あははははっと、不気味な笑い声を上げて体を揺らし始める。






「私のパパって、私に負い目があるからか、何でもいう事を聞いてくれるんですよね~」

「っくそが!! 結局は全部、そこなのかよ!?」

「結局は全部そこですね~、あははははっ、さーてっと! これからどんどん、家具もファブリックも頼んじゃおうっかな~!」

「わーっ!? ちょっと待て、ガートルード!? それは注文していないように見えてがっつり、お前のパパの口座から引き落とされちゃうやつだから・・・・・・!!」





 彼が焦って縋ってきて、思わず眉を顰めてしまう。





「何だ? 詐欺師のくせに随分と、気が弱いんですね?」

「お前はお前でもう少し、パパの財布の中身を気にかけてあげような!? なっ!?」

「いや、パパって死ぬほど金を持っているから、好きなだけ使ってもいいよって・・・・・・」

「くそが!! あいつ、子供の教育に死ぬほど悪いことを言いやがって!」

「意外とルーカスさんって、真面目な人なんですかね・・・・・・・?」







 ようやく彼が落ち着いた所で。



 ばんばん何かを見境無く注文したかったガートルードは、くちびるを尖らせつつ。



 顔色悪く、胃の辺りを押さえている詐欺師を見てからようやく、ふすんと鼻を鳴らして。



 その壮大な夢を終わらせることにして、床に木材を張ることにした。





 二人はガートルードが持ってきたDIYの本を広げてみて。



 これは図書館の本なので、流石に鞄に入れて持ってきたのだが。



 ルーカスには「魔術カタログも何故そうしない!?」と怒られてしまった。




 その本を眺めつつ、ああでもないこうでもないと。



 メジャーで木材のサイズを測ったりして、実際には何枚敷き詰める必要があるのかなと、相談していたのだが。




 非常に面倒になったのでえいやっと、魔術で一気に敷き詰めてしまった。






「おいおいおいおいっ!? お前っ、俺が今まで散々悩んで計測した時間を返せよっ!? なぁっ!?」

「短気は絶望の母ですよ、ルーカスさん? そんなに怒っていて、疲れはしないんですか?」

「おっ、おおっ、お前という奴は本当に・・・・・・・・!!」






 ルーカスがぷるぷると怒りに両手を震わせて、その茶色い頭を下げていた。



 やがては怒っているのにも飽きたのか、彼は頭を上げて。



 気を取り直したようにこほんと、一つ咳払いをする。






「っいや、まっ、まぁ? お前みたいなコミュ症の子供にいちいち腹を立てても、なんにもならないからなぁ~」

「ようやくそれが理解出来たみたいで私は一安心ですよ、ルーカスさん? ほらっ、次はさっさと早くお姫様家具を選んで設置しますよ?それも、センス良くです!」

「なぁ、俺、帰ってもいいか? 元の牢屋に、非常に帰りたい気分なんだが・・・・・・?」

「何を言っているんですか、ルーカスさん? 貴方のお家は今もこれからも、ずっとこの素敵な牢屋なんですよ?」

「あっさりと俺を、終身刑扱いにしないで欲しいよ、まったく・・・・・・はーあ! 次はお前の言う、お姫様家具とやらの設置かぁ・・・・・・・」







 非常に草臥れた様子でさらりと、自分の前髪を搔き上げている。


 それを見て、若干興奮してしまったので。


 べたっと、ルーカスの体に張り付いてみると。



 ルーカスが非常に困惑して、こちらを見下ろしてくる。






「おっ、おい? 一体、どうしたんだ? もしかして、腹でも減ったのか・・・・・・・?」

「いや、草臥れた様子のルーカスさんにちょっと興奮したんで、堪能してみようかと、そう思い立ちまして・・・・・・」

「うわーっ!? 絶対にやめろよ、もうっ!? 今すぐ俺から離れろよっ!? なんかもう、奇妙な野生動物に求愛されている感があって、物凄く嫌だぁっ!!」

「奇妙な野生動物とは失敬な、人との触れ合いに飢えているだけではないですか・・・・・・・・」





 ぐぐぐぐ、とこちらの両肩を掴んで。何とか引き剥がそうとしてくる詐欺師に。



 酷く満ち足りた気持ちとなってぶふんと、満足げな溜め息を吐いた。



 これできっと彼ももう少し、私の言うことを聞いてくれるに違いない。



 何とか必死に、こちらの両腕を振りほどこうとしていたルーカスを。



 ガートルードは真顔でぱっと、解放してやる。




 ぜーっ、ぜーっと、物凄く疲れた様子のルーカスは。



 息を荒く吐いてそのままきゅっと、片腕を握り締めて呆然と突っ立っていた。




 その紙のように白い顔色は、まさか自分がこんな目に遭うなんてと、はっきりとそう書いてあった。





 それを見てガートルードはぽつりと呟く。







「可哀想に、ルーカスさん。早朝から叩き起こされて、こんな目に遭っちゃって・・・・・・・」

「誰のせいだと思っているんだ!? 誰の!?一体誰のせいだと思って、」

「まー、まー、もういいからとりあえず、家具を出しちゃいませんか? 私はもう、すっかりお腹が減ってしまって~」

「なぁ? これって俺が本当に悪いの、なぁ? おい、聞いているか、人の話を?」

「聞いていませーんっ、私はお腹が減ったんで、早く家具を注文して設置したいんですぅ~」






 わざとらしく両耳を塞いで、ぷーんと背を向けたガートルードに。



 何かと疲れ果てた詐欺師がふるふると、怒りに両手を震わせていた。






「っくそが! お前と言う女はそんな所ばっかり、年相応の態度を取りやがって・・・・・・!!」

「えっ?私は今までもこれからもずっと、その、年相応の態度でしたけど・・・・・・?」

「いいや、なんか違う」

「なんか違うって、一体何が?」






 その微妙な顔のルーカスに問いかけてみると。


 言いにくそうな様子で、ごにょごにょと話し始める。






「いや、まぁ、そこは何となくの・・・・・・言わば、その、感覚的な話なんだが?」

「ルーカスさんって、詐欺師の割には、何かと歯切れが悪いですよね・・・・・・・」

「さっきからひたすら俺を煽ってくるの、一体何なの? お前? もー、家具の設置とか、お前一人でやればいいじゃんか・・・・・・」

「ふむ。餓死コース、または、私のママコースがお選び頂けますが・・・・・・・?」

「やっ、やめてくれよ!? ことあるごとに、そのっ、俺を脅すのはさぁ!? というかママコースとかいう言葉の闇が深すぎて、怖すぎて、全然突っ込んで聞けないな・・・・・・!!」

「いいいですよ、是非に突っ込んでいただいても! 何なら私の方から、詳しくご説明しましょうか?」

「いいえ、遠慮しておきます・・・・・・もういいから早く、お姫様家具でも何でも頼んで、設置しようぜ・・・・・・」









 そんな訳でガートルードはお姫様家具を注文することにした。



 私からしてみると彼は非常に繊細で、何かと口下手なようなので。




 今まで外の世界でどうやって生きてきたんだろうと、疑うばかりだが。



 そんな繊細な彼でも、家具選びくらいは大人しく出来るらしい。





 ガートルードとルーカスは、無事にメープルウッドの木材を敷き詰めた、素敵なカフェ風の牢屋にて座り込みカタログを眺めていた。





 ガートルードはもう、この滑らかな薄茶色の無垢床を堪能すべく。



 またしてもぽいぽいっと、編み上げブーツを脱いで靴下も脱いで。



 ぺいっと放置していたのが、それを見たルーカスが。



「はしたない!」と言って怒り出し、きっちりとお説教されてしまった。



 ルーカスのせいで家具選びが非常に難航している。



 ガートルードはむぅっと、不満そうにくちびるを尖らせて詐欺師のお膝の上に乗っていた。









 きっちりお説教をしてやった筈の、銀髪美少女がどうして。



 お説教が終わった直後に、自分を床に座らせて、膝の上によっこいせと。



 さも当然のような無表情で乗ってきたのだろうと、ルーカスはいたく困惑していた。



 ふわりとシトラスのようなライチのような、そんな瑞々しい果物と石鹸の匂いが漂ってくる。




 持っていた魔術カタログを握り締めると──────今現在の自分は、幼い子供を膝に乗せているような体勢だ──────顎の下にいるガートルードの体温と、意外にも瑞々しくて甘い香りにひたすら戸惑っていた。




 これは何だか泥だらけの子犬から。



 シトラスフローラルの香りが漂ってきているといった、そんな類の困惑である。




 決して恋愛的な意味でも何でもないし、流石の俺としても。


 こんな風変わりな美少女を、性的対象として見れるほど器用ではない。






(それにこいつ、あんまり胸もないし、年齢としてもかなり下だからなぁ・・・・・・・)






 少々下世話なことをいくつか考えつつも。



 突如現れた、膝の上の陽だまりのような体温に。



 胸の端が奇妙に緩むような、鈍く引き攣っているような、そんな不思議な感覚に戸惑っていた。






(何だろう? これではまるで、俺が・・・・・・・・・)






 そこまでを考えた時に、膝上のガートルードがふすふすと鼻を鳴らして。



 いきなり持っていた魔術カタログのページを、人差し指でどすどすっと、つつき始めた。



 先程まで感じていた奇妙な感覚が吹っ飛び。



 ルーカスは面白いような、愛おしいような、そんな不思議な感覚で笑うと。



 慌てて彼女を止めに入る。





「はいはい? お前はまた、急に一体どうしたんだ? 何か欲しい家具でも見つかったのか? あとそれからお前は一体どうしてまたこんな、俺の膝の上にいきなり乗ってきたんだよ?」

「質問は一つにまとめて頂きたいものですが、そうですね? そこに、その、ルーカスさんのお膝があったからでしょうか・・・・・・?」

「自分でもよく分からないのかよ、お前は? はーあ、もう、まったく、しょうがないなぁ~」






 不思議そうに首を傾げた彼女を見て、可愛いと思っている自分がいる。





 何かと警戒して身構えていたものの、そういった態度は彼女を傷付けるだけだし、やめておこうかと思う。






(いや、俺はまた、一体どうしてこんなことを考えているんだろうか・・・・・・?)






 自分と言う人間はそんな性格ではなかった筈だ。



 それなのにどうしてか母性愛とでもいうような感情が、自分の中で湧き起こっている。






「そんなことよりも、ルーカスさん! 見て下さいよ、これこれっ」

「あー、はいはい? 何だ? ・・・・・・ってお前、その、こんなお姫様ベッドに俺を寝かせるつもりなのかよ・・・・・・・?」







 ガートルードが指を差した家具を見て、ルーカスは大変嫌そうな顔をしていた。





 それはまるで夢見がちのお姫様が眠るような、天蓋付きの寝台で(しかも四本柱だ)、ご丁寧に背もたれ用のベットクッションまで付いている。





 しかもそれは真っ白なキルティング生地で出来ており、素敵な背もたれが付いた寝台には四本柱が付いていて、一番上にはたっぷりの白いフリルの布が被せられていた。



 その下には淡いピンクのレースカーテンがかかっていて、どうも寝台に出入りする際、邪魔になるようなら、この柱にカーテンを寄せて止めてすっきりとさせて。




 キルティングのヘッドクッションが付いた可愛い寝台に、やすやすと寝転べるようになっているらしい。







「見ているだけで、なんか、頭が痛くなってきそうな寝台だなぁ・・・・・・・」

「それじゃあ、これにしーよぉっと」

「お前、俺の話をちゃんと聞いていたのか? なぁ? それとも、もしかして・・・・・・」






 そこで一旦黙り込むと、膝の上に乗ったガートルードが不思議そうに。



 こちらを振り返って、可愛く見上げてきた。




 そのまん丸な青い瞳は、澄んだ海の宝石のような色合いで。



 その青く澄んだ瞳を見つめていると、まぁもう、これでいいかと思ってしまう。






(いや、良くは無いだろ、俺・・・・・・・・・・)







「一体どうしたんですか、急に? その、黙り込んだりして?」





 俺は何となく投げやりな気持ちとなって。



 彼女の膝の上にカタログを置いてみると、そのまま華奢な腹に手を回して。



 ぐっと、なるべく優しくガートルードを抱き締めてみる。





 突然、後ろから抱き締められたガートルードが。



 酷く困惑した様子でこてんと、その首を傾げていた。



 そんな様子も気にかけてやることが出来なくなって俺は。



 そのまま淋しくなって誰かに甘えるみたいに、彼女の肩に顔を埋めていた。



 ごつりと、肩の骨を感じる。



 さらさらの滑らかな銀髪が、俺の耳に当たっていた。





「ルーカスさん?」






 彼女の不思議そうな甘い声に、年相応の幼い響きがあるような気がして。


 何となく鼻を鳴らして、肩に顔を埋めながら低く笑っていた。





「いや・・・・・・これもこれで、お前の、その、新手の復讐なのかなぁ? と。そう思ってだな、俺は」






 そこで彼女は少し、考え込むような素振りを見せる。






「うーん? それはちょっと違いますね~・・・・・・私がこうしてルーカスさんと一緒にいたいのは、基本的な人権を取り上げられ、私に命を握られた貴方が、私の言う事を何でも聞いてくれるような気がしてですね・・・・・・・」

「随分とまた、物騒な考えの持ち主なんだな、君は?」






 その言葉に彼女がくっと、低く喉を鳴らして笑う。


 それはまた獰猛で妖艶な笑い方で。



 彼女には色んな一面があるのだな、と直感的にそう思った。







「私はずっとずっと、一人で淋しい気がするんです。ほら? 見ての通り私はこんな性格ですし、友達なんて、誰一人としていないんですよ? ルーカスさん?」

「・・・・・・それならそれで、お前に激甘なパパやママに甘えればいいじゃないか」

「どうしたらいいのか、よく分からないんですよ、ルーカスさん。私は本当に、自分が淋しいのかすらも、それすらも曖昧で、あんまり手応えがない・・・・・・」

「手応えがない、ねぇ~・・・・・・・・」








 彼女はおそらく、とんでもなく不器用な人間なんだろう。



 誰かに何らかの悪口を言われても、無表情で平然としているが。



 その実、風変わりな心はしっかり傷付いているんだろう。



 そして、自分の何が悪かったのだろうと。



 不思議そうに首を傾げて、静かに落ち込んでは試行錯誤をしてみて。



 それもまた、空回りをしてしまって。



 どんどん、彼女から人が離れてゆくのだ。





 きっと彼女は、自分でも傷付いているのか傷付いていないのか。




 それすらも曖昧で、よく分からずにこうして。



 俺を朝早くから叩き起こして(その時点で、床に寝ていたことに気が付いて欲しかった)、母親を騙した詐欺師なんだからその罪を償ってくれとでも言うかのように。



 俺に散々甘えてくるのだ。





 そこまでを考えてからようやく、彼女の人となりをぼんやりとだが掴めたような気がする。



 ルーカスはガートルードの肩から顔を上げて、決意に満ちた声で呟く。







「よし。お前がその、俺をどうしてもこの可愛いにも程がある、うんざりするようなお姫様ベットに寝かせたいのならその、せめてカーテンの色は真っ白にしてくれないか・・・・・・? 淡いピンクだけは勘弁して欲しいな、淡いピンクのカーテンだけは!!」

「え~? 我が儘ですねぇ、ルーカスさんはっ! 折角、この淡いピンク色が可愛いのになぁ~!」

「頼む、勘弁してくれよ、いや、本当にマジで勘弁して下さい・・・・・・!!」





 それを聞いてまた、彼女が愉快そうに笑って。


 俺に背中を預けて、魔術カタログを手に取って熱心に眺め始める。






「私、実はこういうインテリアが好きなんですけど、自分の部屋にしたら洗濯とか埃とかが鬱陶しそうだし、何かと手間がかかりそうだし、だからルーカスさんの牢屋を、こんな風にしたいんですよね~!」

「お前は、悪魔か何かか? あっ、そうだ。洗濯といえば、俺の、その、下着とか服とかは一体どうすればいいんだ・・・・・・?」





 おそるおそる聞いてみると、彼女があっさりと口を開いて。




「私のママか、パパが洗ってくれますよ? ルーカスさんの新しいパンツについては、私が可愛い象さんのブリーフパンツでも買ってきてあげますね!」

「普通にいらないから、それ・・・・・・頼むからどっかそこらへんで。安くまとめ売りでもされている、しょっぼい無難な紺色のトランクスでも買ってきてくれよ、本当に頼むからさぁ~・・・・・・あとお前の洗濯魔術で、その、俺の下着は何とかならないのか?」





 それを聞いてガートルードがはっと閃いたかのように、ぱすんとカタログを手で叩いた。








「その手があったか!! ルーカスさん、私、一等級国家魔術師でしたよ!?」

「うん、そうだな。それもかなり頭が残念な方のな?」

「私のママコース決定・・・・・・ルーカスさん、絶対に許すまじ」

「ごっ、ごめんってば、本当にもうっ! お前はまたすぐにそうやって、俺のことを脅す!!」

「ルーカスさんが、減らず口を叩くからですよ?」

「誰が減らず口だ、誰が。はーあ、それじゃあ、家具選びを再開するか・・・・・・・」

「噴水を置きましょう、噴水を!!」

「いや、それは屋外用のやつだから・・・・・・あと夏はボウフラが沸きそうで、個人的に嫌だ」

「そういう問題なんだ・・・・・・・?」


















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