18.奇妙な男との出会いと認めざるを得ない感情
変人二人の会話なので矛盾点や間違いもあります。何かとご注意ください。
「わぁ。可愛くて綺麗な女の子だ。それに、ルーカスの匂いがする」
その声に振り返ってみると大柄な男が立っていて、男は不思議なオレンジ色の瞳でにっこりと甘く微笑む。
くせのある黒髪は伸びて鎖骨まで流れ落ち、ざっくばらんに後ろの方で纏めてあるせいか所々飛び跳ねている。
逞しい筋肉質の男は黒いタンクトップとデニムを着ていて、ゆったりとした青いデニムには金色のチェーンが光って垂れ下がり、逞しい胸元にも髑髏と蛇と金貨のネックレスが光っている。
その薄い耳たぶにも金色のイヤーカフや星型の赤いピアスなどがずらりと並んでいて、いかにも不良少年といった感じだ。年は二十八か二十七に見えたが。
しかし一番気になったのは。
筋肉で盛り上がった首から左頬にかけて、青黒いドラゴンと薔薇と骸骨のタトゥーがびっしりと施されている所だ。
両腕にもタトゥーがびっしりと施されているし、どこからどう見てもマフィアにしか見えない。
男はふんわりと甘く微笑むと、たっと駆け寄ってきた。
無邪気に駆け寄られて流石も私も困惑してしまう。
その物騒な出で立ちとは裏腹に、男は甘く幼い声で話し始める。
「ねぇ? 君は? どうしてルーカスの匂いがぷんぷんするんだろう? どこの誰かな?」
「ごめんなさい、私。ルーカスさんから知らない人と話すなって、そう言われてるの」
「そうなの? 困ったね? 俺と君は、初対面なのに?」
「そうね。不便よね」
男は困ったように淡く微笑んで。
その不思議なオレンジ色の瞳を─────それは夕焼けのような、カボチャのような色合いだった──────細めて腕を伸ばすとこちらの首筋を掴んで、ざらりと撫でて、獰猛な声を出す。
「でも。ルーカスとは知り合いなんだろう? 君は、彼の妹? それとも、遊び相手の一人?」
「そのどれもが合ってないわ、ええっと?」
「俺? 俺の名前はユージーンだよ。皆には呑んだくれのユージーンだとか、甘えたな女漁りだとか、何とか。ヒモだって呼ばれることもあるけど、そんな感じかな?」
そこで一つ思案する。
男の手はいまだにこちらの首筋をさらさらと擦っていたが、不思議と嫌な感じはしない。
むしろ森の狼に「これは何だろう?」と尋ねられて嗅ぎ回られているような、そんな感じがする。
男は甘い微笑みを浮かべたまま、機嫌良く鼻歌を歌ってこちらの髪を梳かしてゆく。
午後の公園にて、女神像の噴水近くにてガートルードと男は黙り込んで佇んでいた。
幸いにも人通りはない。
私が見上げてみると男は不思議そうに首を傾げ、大人しくこちらの言葉を待っていた。
「ルーカスさんの、知り合いなんですよね? お友達ですか、恋人ですか? ライバルですか?」
「お友達だよ~、ええっと、ガートルードちゃん?」
「どうして。私の名前が分かったんですか?」
「だって、そこに。書いてある。刺繍でガートルードって」
「ああ。これはルーカスさんが付けてくれたもので・・・・・・」
白いキャンバス地のトートバッグを持ち上げて眉を顰める。
今日はこのトートバッグに手作りのジンジャークッキーを詰め込んで、ルーカスさんに会いに行こうと思ったのだが。
このことは事前に伝えてある、パパには反対されてしまったが。
そしてふんわりとした長袖の白いボウタイブラウスと、青い花柄のフレアスカートを履いて、銀髪は下ろして、首元にマーガレットのネックレスをつけて可愛くオシャレしてみたのに。
この刺繍のせいで変な男に絡まれてしまった、とても不満だ。
(やっぱり忘れ物防止の刺繍なんていらなかったのに。も~、ルーカスさんってば!)
こちらがむっつりと黙り込んでいると、ユージーンが困ったように笑う。
「あれ? もしかして違ったのかな? 君のお母さんかお祖母さんの名前なの?」
「いいえ、私はガートルードです。あっ」
「言っちゃったね、名前。ははっ」
ユージーンが甘く笑って、金色とシルバーの指輪を嵌めた手で頬を撫でてくる。
その手つきはやっぱりこちらの輪郭を確かめるみたいな、一切の下心を感じさせない不思議なものだった。
「私。貴方とだったら旅行に行けるかもしれないわ。何となくだけど」
「分かるよ、それは。気が抜ける相手と行きたいよね、旅行は」
「そうね。でも。知らない人とは話すなって、そう言われてるから。さようなら!」
「ああっ、待って? ガートルードちゃん?」
慌ててこちらの手を掴んで困ったように笑う。そして随分と大柄な体を屈めて甘く囁いてくる。
「でも、俺は。ルーカス君のお友達なんだよ? 知りたくないの? 彼のこと。それに」
「それに?」
「俺は。ルーカス君のお友達なんだよ? だったら君とも、友達だと、そう、思うんだ」
「・・・・・・・それもそうね! そうだわ!!」
「そうだろう? だから。聞かせて欲しいな、彼のこと」
そこでするりとこちらの首筋を撫でてくる。
今度は従兄弟のような温度感でやっぱり、不快なものを感じない。
この男がやけにあっさりと女のヒモになって暮らしているのが、手に取るように分かる気がして。
少し考えてからルーカスに「ごめんなさい」と心の中で謝った。
ここでちょっと親交を深めて、恋愛相談に乗ってもらうのだ。
(ぽんぽこ。空いちゃうかもしれないけど。ごめんね、ルーカスさん・・・・・・・!!)
「それでね。ルーカス君は俺のことを友達認定してないけど。淋しいから勝手に自称してるんだ」
「そうなのね。私と一緒ね?」
「君はなんて自称してるの? お友達って?」
「私? 私はね、いつかルーカスさんと結婚したいの。だから婚約者を自称しつつ、いつかは結婚してルーカスさんを尻に敷くの。ずっと一生、可愛いって言ってもらうの」
二人は公園のベンチに座って、不思議な会話を繰り広げていた。
その手にはトートバッグから出したジンジャークッキーが握り締められている。
今日はルーカスさんにあげるのをやめて、このユージーンにあげて餌付け作戦を展開しようと思ったのだ。
「いいねぇ、それは。でもルーカス君は。女癖が悪いからやめておいたほうが良いよ? 俺が言えた義理じゃないけど。ははっ」
「貴方も女好きなの? でも、そんな感じがするわね」
「俺が女好きじゃなくって。女の子が俺のことを好きなんだよ。みんな優しくしてくれる。タダでご飯をくれる」
ガートルードにはルーカスというご飯をくれる男性がいるので、それを聞いても特に羨ましいとは思わなかった。
ユージーンがぼりぼりとジンジャークッキーを貪り食って、目の前の噴水をぼんやり眺めていた。
「でもね。ルーカスは違うんだ。女好きでお金が目当てだから。性質が悪い。捕まっちゃったけど」
「そうね。悪いことをしてるから。でもルーカスさんは何も悪くないわ、か弱いから」
「か弱いと許されるの? いいなぁ、俺も許された~い」
「違うの。ルーカスさんはええっと。鼠がチーズを盗むようなものなのよ。それが彼の生き方なんだわ。だから私が捕まえて閉じ込めて。ぽんぽこを一生満たしてあげるの」
「へ~、そうなんだね~」
「そうなの~、大変なの~」
隣のユージーンが「大変だねぇ~」と呟いて愉快そうに笑う。
何となくだが初めて会った気がしない、もしかすると前世では従兄弟か叔父さんだったのかもしれない。
頭上には穏やかな青空が広がっていた。
「でもね。子供なの、私は。きっとルーカスさんは私を見ても興奮しないと思う」
「大丈夫だよ。それだけ綺麗なら。ルーカスもきっと可愛いって言うと思う」
「それは言ってるのよ? 言ってるけどそれだけなの。子ども扱いだから、それは」
そこで変な顔をして「ふぅん?」と呟いた。
手に持っていたビスケットを口へと放り込んで、がりがりと食べ始める。
「でも。俺が知る限り彼は。そんなことを言う人間じゃなかったよ。君に改造でもされちゃったのかな?」
「かもしれないわね。毒されたって言ってた」
「あはは。俺の時と一緒だ。ルーカス君はね、お祖母ちゃんがまともだったんだよ」
「まぁ。お祖母様が?」
「そうなの。お祖母様がね?」
ユージーンは甘く微笑んで長い黒髪をさらりと揺らして、こちらを覗き込む。
不思議なオレンジ色の瞳に見惚れていた。
卵の黄身のような、カボチャの色のような。
「ルーカスが。学生の時に死んじゃったけど。それまではまともに暮らしてたんだよ、あいつも」
「だから。礼儀作法とかにうるさいのかしら?」
「そうかもしれないね、俺も随分と怒られてしまったよ。ははっ」
そこで体を起こしてこちらを覗き込むのをやめて、またジンジャークッキーを食べ始める。
私があげたジンジャークッキーの袋を自分の膝の上に置いて、食べながら話しているのだ。
「でも、いいなぁ。ルーカスさんと長年のお友達なんでしょう? いいな~」
「いいだろ~、へへっ。でもルーカス君は一度も認めたことがないけどね?」
「そっかぁ。淋しいわね~」
「淋しいんだよ~」
話していると妙に落ち着く。
不思議な安心感があって、そのまま沢山彼とお喋りをしてしまった。
ふと気が付くと夕方だった。
「あらっ!? どうしてかしら!? 夕方だわ!!」
「ついさっき。ええっと。君と出会った時間が。午後の三時半だったから。そんなもんじゃない?」
隣のユージーンがやたらと高そうな、ぎらぎらとした腕時計を確かめて呟く。
もしや盗品だろうかと思ったが、黙っていた。
ルーカスさんが思うほど私は馬鹿じゃないから。
それなので、素知らぬ振りをして続ける。
「ああ。それもそうね・・・・・・つい、うっかり。取り乱しちゃったわ」
「俺が送って行くよ、あいつの所まで。刑務所だっけ? 君も囚人なのかな?」
「違うわ。パパがね、警察関連のお偉いさんだからね。ルーカスさんを浚って閉じ込めて私にくれたの」
そこで立ち上がったユージーンがひゅうっと口笛を吹いて「凄いや。職権乱用だね?」と、愉快そうに呟く。
彼はその腕を伸ばして恋人のように身を屈めて、こちらの銀髪を両手で搔き上げる。
さらりと乾いた指が滑ってゆく。
耳の上に小さくキスをされても、やっぱり不快な思いはしなかった。
年の離れた従兄弟のような温度感と距離に照れることもなく、ガートルードはいつもの無表情で別れを告げる。
「それじゃあ。私。ルーカスさんの下へ帰るわね? ばいばい」
「うん。あいつによろしく、お嬢さん。ガートルードちゃん。ばいばーい」
ユージーンは甘く微笑んで、指輪を嵌めた手をひらひらと振ると背を向けて、振り返りもせずに夕暮れ時の公園を歩いていく。
「大変だわっ! きっと! ルーカスさんはっ、ぽんぽこも空いてっ、淋しく泣いちゃってるっ!!」
「ほほう。それでお前は見知らぬ男と。あのユージーンと。話していたと・・・・・・・?」
「ごめんなさい、ルーカスさん。でも彼はお友達なの。二人でルーカスさんのことが大好きなの」
「お前らはな~・・・・・・はーあ」
彼女がユージーンと遭遇するとは微塵も思わなかった。
俺が溜め息を吐いて額を押さえていると、彼女がしょんぼりと落ち込んで白いトートバッグを抱えて見上げてくる。
その悲しげな青い瞳に言葉が詰まってしまう。
「あのな? ・・・・・・知らない奴と話すなって。そう言わなかったか? 俺は」
「ごめんなさい、ルーカスさん・・・・・・・私。ルーカスさんのことが知りたくって」
だからあんな男と話していたのか、こんな時間まで?
責めるような言葉が出かかって、何とか言葉を飲み干して告げる。
「心配したんだ。ガートルード。・・・・・・心配してたんだ」
「ごっ、ごめんね? ルーカスさんっ? ぽんぽこ空いちゃった?」
「・・・・・・・いいから。そういうのはもう」
自分でもどうして苛立っているのか、とか。
よく分からずにむすっと不貞腐れたままソファーへと向かう。
後ろから慌てて彼女が追いかけてきたが無視して、ごろりと背を向けて、青いタオルケットに包まる。
すると焦ったようにぼすぼすと背中を叩いてきた、それすら構う気力が湧かなくて居眠りをしてみる。
「ルーカスさーんっ? ごめんなさいっ、私。もうユージーンと話したりしないから。ねっ?」
「変人同士でお似合いだよ、お前ら。どーせのほほんと、訳の分からん会話を繰り広げていたんだろう?」
ユージーンの本名はエイドリアン・ヘイワードといって、ミサイルや潜水艦の開発を手がけている、いわゆる軍需企業に勤めている幹部の隠し子らしく。
エイドリアンという本名が気に入っておらず自分で探して見つけ出してきたユージーンという名前を使って、ふらふらと女遊びをして、酒を飲んで酔い潰れている変人だ。
「マフィア上がりの正妻に命を狙われてる」だの「腹違いの兄が優しく、いくらでもお小遣いをくれる」だの嘘か本当かよく分からない話をして、平然とハイブランドを身に付けているような男で。
数年前に酔っ払って、冬の公園で眠りこけていたユージーンをつい叩き起こしてしまったのが運のツキ。
そこからは付き纏われて、いたく懐かれてしまって。
家の鍵を盗まれ、勝手に合鍵を作って俺の家に上がりこんで「お腹が減ったよ、ルーカス君。何か作ってくれる?」と言って、渋々作ってやった飯を平らげて、そのままソファーで眠り始めるような男である。
「あれ? ・・・・・・そう考えると。あいつもあいつでガートルードとそう、変わらない気がする」
「ええええーっ!? やっぱりライバルだった!! 今すぐにでも殺しに行きたいっ!!」
「やめなさい。そういう物騒な発言は・・・・・・・・」
ぼふんと背中に突っ伏してきたガートルードを抱き締めてやりたい衝動に駆られたが、ぐっと耐える。
(このところ、何かと距離が近かったしなぁ~・・・・・そろそろ潮時か)
この辺りで本格的に立ち去る話をしてもいいかもしれない。
目を閉じて、そう考える。
(どうせ。どうせ今日みたいに。彼女は俺がいなくったって、気の合う奴でも何でも作って。輪を広げていくことだろうさ)
拗ねている、のかもしれない。
(散々。心配をかけやがって。それなのにユージーンと。エイドリアンと、俺にくれる予定だったクッキーを食べて日が傾くまで。二人で食っちゃベって。あーあ、本当に)
目を閉じたままで考える。
背後の彼女は突っ伏したまま、静かに打ち震えていた。
胸が痛むような気がした、が。
「いいよ、もう。謝罪も何もいらねぇよ。とっとと早く、俺を解放してくれるか? なぁ?」
「やだ。・・・・・・嫌だ、そんなの」
涙声で彼女が呟く。
震える手でぎゅっと、青と白のタオルケットを握り締めていた。
胸の底で複雑な感情が渦巻く。
「ルーカスさん、お願い。見捨てないで? ・・・・・・私。ちゃんと、言うことを聞くから」
「どっかの」
これは言うべきではない、傷付けてしまうから。
それでも苛立ちとよく分からない焦りと、拗ねたような気持ちが入り混ざって口にしてしまう。
「くだらねぇ女みたいなことを言いやがって。うんざりだ。どいつもこいつも」
「・・・・・・・ルーカスさん」
亡霊みたいな声で彼女が呟く。
胸が痛んだが止まらなかった、もしかすると俺が一番苦しいのかもしれない。
涙の気配が喉の奥のほうで熱くうごめいていて。
「お前だって。薄々気が付いているだろうが。ここに来たって何の意味も無いって。いつかは終わりも来るし、本気で俺がお前を可愛がっちゃいないって」
「ルーカスさん。あのね? 私ね?」
「もう。何もかもうんざりだ。お前の心配をするのだって。まぁ、これも」
止まらない言葉が、彼女を傷付けるだけの言葉が止まらない。
もう後悔している筈なのに止まってはくれない、このひりつくような悪意と焦燥感が。
「ペットに対する心配なんだろうが。それにもちょっと飽きてきたんだよ、俺は。最近のお前ときたらやたらと色気づいて、よく分からない服ばっかり着てくるし」
「ルーカスさん。・・・・・・・ルーカスさん」
胸が酷く痛んだ、自分の幼さに頬が熱くなる。
(情けない。・・・・・・・何を、勝手にこんな。拗ねてんだ、俺は)
胸が苦しい、息が吸い込めない。
(ごめん、ガートルード。でも、今更。どう謝ったらいいんだ?)
全部冗談だよ嘘だよ、なんて言える訳がない。
(俺はとんだ馬鹿野郎だ。馬鹿だ。本当に、ふざけてやがる・・・・・・・)
自分に悪態を吐いてもどうにもならない、どうにも出来ない。
胸が苦しくてそのまま横たわっていたら、背後の彼女がそっと離れて思わず振り返ってみると。
澄んだ青い瞳を潤ませていた。
「ルーカスさんなんて大っ嫌い!! 捨ててやるっ、もうっ! こんなのいらないっ!!」
「っ待てよ、ガートルード!?」
予想以上に傷付いていた、そして最も認めたくない現実に向き合う羽目となる。
(ああ。そうだ、俺は・・・・・・・・!!)
彼女のことが好きなんだ。
こうやって拗ねるのも何もかも。
(ああ。嫌だな、認めたくない、認めたくなかったのに・・・・・・・!!)
血を吐くような思いで認めてしまう。そうだ、好きなんだ。
彼女のことが。
(自覚した途端、振られてしまったけど。それはまぁ、俺の。自業自得だな)
立ち去ろうとする彼女の細い手首を掴んで、自分もほんの僅かに泣いていた。
彼女が泣きながら身を捩って暴れ出す。
「っ離してよ!? 私のことなんか、嫌いなんでしょう!? ルーカスさんはっ!?」
「違うんだ、俺は!! 好きだからこそ、あんなことを言った訳で・・・・・・・!!」
「えっ?・・・・・・えっ!?」
「あっ」
しまった。
(ついうっかり言ってしまった、どうしよう、死ねる。つらい)
両手で顔を覆ってふるふると震えてしまう。つらい。
どうせ彼女には恋愛感情なんて存在しないのに。
「もう無理だ、終わった。お前のような不思議生物に、恋愛感情なんて存在しないのにな・・・・・・!!」
「ええええーっ!? ひっどぉーい!! どうしてーっ!? あるもんっ、あるもんーっ!!」
目の前に立った彼女が愕然とした表情で、こちらの体を揺さぶってくる。
顔から両手を離して声を荒げてしまった。
「うっせー!! どーせ無いだろ!? 絶対に!!」
「あるもんーっ!! ルーカスさんのばかーっ! ハゲちゃえーっ!!」
「うるせえよ、ハゲねぇよ、ばーかばーか!!」
「むおおおおおっ! 私流の天罰っ、発動っ!!」
「ぐふぅっ!?」
腹に思いっきり白い拳を叩き込まれ。
その場でがくりと崩れ落ちて蹲ってしまう。
「これっ・・・・・・!! 天罰と言うか、ただの腹パンじゃねーか!! 俺に一体、何をしやがる!!」
「ルーカスさんがっ! 私のことを馬鹿にするからでしょ!? とあっ!!」
「あいたっ!? お前っ、追加攻撃をするなよ!?」
そのまま頭を殴られ、抗議をしようと顔を上げてみると。
彼女が泣いていた、泣きながらその拳を振り上げる。
「っ待て待て!? ちょっと待とう!? 何でもするからちょっと待って!?」
「このっ、詐欺師めっ! そんな言葉で私はっ、私は・・・・・・!!」
そこで彼女が大きく口を開けて「うわああああん」と泣き出してしまって、慌てて今度こそ優しく抱き締めてやる。
「ごめんって! ガートルード! 本当に・・・・・・!!」
「きっ、聞き飽きました! そんなっ、そんにゃ、言葉はっ、うあっ、うああああああんっ」
「ごっ、ごめんってば。全部嘘だよ、本当に。全部全部、演技だった」
「ほんっ、本当に? ルーカスさん?」
「本当だとも、ガートルードちゃん」
彼女を抱き締めてその銀髪頭に顎を乗せて、ぎゅっと強く抱き締めてやる。
もう仕方が無いので認めてしまおう。
「俺は。あー、認めたくないし。返事を求めている訳でも、恋人同士になりたい訳では無いが」
「うん。・・・・・・うん」
意外にも彼女は大人しく耳を傾けている。
好きを自覚した所でどうしようもないのに。
(俺の首が。跳ね飛ばされるだけなのにな・・・・・・・)
好きだと自覚した後で抱き締めていると、幸せだった。どうしようもなく。
愛おしく抱きしめて両目を閉じて考え込む。まさか自分にこんな純粋な恋愛感情が残っているとは。
「好きなんだよ、お前のことが。・・・・・・・別に。何も、返事とか期待してないけど」
「私は。期待するもん。ルーカスさんに」
「・・・・・・・何だって? お前。まさか」
「俺のことが好きなのか?」と、聞こうとしてやめた。
とんだ自惚れ発言のように思えたから。
彼女がそっと離れて、嬉しそうな表情で見上げてくる。
それはさながら蛹から羽化したての蝶のようで、瑞々しい女性らしさを感じて戸惑って見惚れていた。
「ええ、そうなんです。私はルーカスさんのことが好き。好きなの。ねっ?」
「ねっ? って何? そんなこと。言われましても。俺としては・・・・・・・」
「困るの? でも、今更な話じゃない?」
そこでぎゅっと抱きつかれてしまい、不覚にも胸がきゅんとしつつ抱き締め返す。
ああ、これが。
「惚れた弱みってやつだな、もう。きっと俺は思っていた以上に、お前のことが好きなんだろうなぁ~」
「ふふっ、知ってた。そんなの」
「嘘吐け、もう」
強く強く抱き締めて。
まるで俺が盗人で貴族のお姫様にでも一目惚れして、浚ってしまったみたいな、そんな気持ちになってしまって笑って抱き締めていた。
彼女も嬉しそうな気配を漂わせつつ、むふんむふんと満足げに頷いて大人しくしている。
穏やかな時間だった、お互いに好きだと分かって何も怖いことなんて起きないような。
穏やかで満たされた気持ちとなって、そのまま数十分ほど静かに抱き合っていた。




