17. オムライスの作り方と私の乙女心
「今日はお絵描きをしましょう、お絵描きを。あと私にこっそり内緒でウィリアム兄さんに会ったりしてません? ねぇ?」
「まだそれ根に持ってんの? あいつは俺に愚痴りたくて来ただけだから・・・・・・・・・」
正確に言えば牽制しに来たのだが。
目の前で不満そうにぷーっとむくれているガートルードは、いつもの青く澄んだ瞳をじっとりとさせて睨みつけている。
真っ赤な絨毯の上にて座り直して、反省している素振りで聞いていた。
彼女はいたくご立腹で俺が「ウィリアム兄さんと密会してた! いかがわしいことしてた!!」と信じて疑わず、一昨日からずっとずっとこんな調子である。
頭上ではきらきらと、豪華なシャンデリアが光り輝いていた。
そろそろインテリアを変えて欲しいのだがそれを言い出すと、じっとりとした瞳で「ウィリアム兄さんと私。どっちが好き?」としか言わないので諦めた。
人生、何事も諦めが肝心だ。
そして彼女の頭の中はどうやら凄いことになっているらしく。
「ウィリアム兄さんはねっ? きっとあの一件でルーカスさんに一目惚れしちゃったと思うのっ! だからこっそり大学も休んで人目を忍んで、私から鍵を奪ってルーカスさんに会いに来たと思うのっ!」
そこでふすんと腹立たしげに息を吐く。
どの間違いから正したら良いのか、よく分からずに当たり障りのない笑顔で聞いておく。
彼女は話を聞いて欲しいのだ、俺の反論なぞ聞きたくないらしい。
「それでねっ? ルーカスさんもきっとウィリアム兄さんにぐらりときちゃって! 私なんかの子守りは面倒臭いから丁度良かったって言って、またっ、この間みたいに肩を組んだりしているんでしょう!?」
「いや。もう、そんなことはしてないから・・・・・・あとあいつは多分嫉妬して、」
「ええっ! そうねっ? ルーカスさんっ? ウィリアム兄さんは嫉妬してきっと、私とルーカスさんの仲を引き裂こうとしていてしているんだわ!!」
そこからとうとうと彼女の妄想が語られる。何をどう言えばいいのかよく分からない。
(どこから正したらいいんだろう? この妄想を・・・・・・・・)
被害妄想にも程がある、俺は別にそんなことしていないのに。
目の前で涙ぐみつつ、ガートルードが「ルーカスさんもっ、ウィリアム兄さんもっ! 私を差し置いてこっそりっ! 二人きりで新婚旅行に行く気なんだわっ! 悲しいっ!!」と言い出したので妄想を止めることにした。
気が重い。
まずは腕を伸ばしていつものカーキ色の軍服を着ている、彼女の頭を撫でてやる。
さらりとした銀髪が指に心地良い、思わず笑みが浮かんで優しい微笑みで撫でてやると「むぐぐぅ」と奇妙な声を出して、真っ赤になって俯くので。
それを見る度に何かが騒ぎ出す。
何かどうしようもないものが胸の底で叫んでいて途方に暮れてしまう。
俺がいくら彼女を大事にしたって無駄なのに。
『おっさんのくせに厚かましいんだよ。ガートルードと釣り合ってないってことぐらい、分かってるよな? なぁ?』
先日やって来たウィリアムの言葉が蘇る。
(あの時。何て答えたんだっけ? 当たり障りの無い、返事をしたような気がするが・・・・・・・)
自分でも思っていた以上にショックで。
何がそんなにショックだったんだろうってずっとずっと考えている。
考えても、意味が無いような気がするけど。
「ルーカスさん? ・・・・・・ぽんぽこ。痛いんですか?」
「っは、何だよ、それ? 別に痛くないし」
「でも、何だか痛そうな顔してた。ぽんぽこ。ぽんぽこ!!」
「分かった、分かった。落ち着け。そんで?」
ぽんぽんと頭を撫でてやると彼女がにじにじと近付いてきて、腹ばいになって寝そべってぎゅっと抱き付いてくる。
そして「良くなぁれ~、ぽんぽこ良くなぁれ~」と呪文を唱え出したので笑ってしまう。
(考えても。どうしようもないことだから。やめよう。そうしよう)
彼女の銀髪頭を撫でて笑う。
わざわざそんなことを考えなくてもいい、それよりもこうして彼女と遊んで暮らしていけばいい。
人はそれを、現実逃避だと言うのかもしれないけど。
(でも。今一番大事なのはそれだ)
彼女を悲しませないこと、彼女の父親や義兄に心配をかけないこと。
ここで彼女の保護者のように兄代わりのように、相手をしてやればいい。
いつか彼女に「飽きた」と、そう言われるまで。
そのことを考えると背筋がぞっとしてしまったが、どうにもならないのでやめる。考えるのを。
「ガートルード。今日は何をして遊ぼうか? 俺と」
「んーっとねぇ、お腹空いた!! あとっ、お絵描きっ! お絵描きっ!! 認知能力の衰えっ!」
「何だよ、それ? 記憶力の間違いだろう? 忘れていた訳じゃないんだけど、」
「でも、聞いた。忘れてた。兄さんの方が大事なんでしょう? どーせっ、兄さんのことを考えてたんだ、兄さんのことを・・・・・・・」
暗い眼差しでぷつぷつと呟き出した彼女を見つめて。
(ああ。何かもう。これでいいかなぁ、もう)
と思えたので彼女の銀髪頭をわしゃわしゃと撫でながら笑う。
「お前。嫉妬深いなー? 大丈夫だから。お前の方が大事だからな?」
「それを。ウィリアム兄さんにも言ってそう・・・・・・言ってそう!!」
「言ってないって、まったく。飯食おうぜ、飯。腹減った」
「誤魔化してる。ウィリアム兄さんと私。どっちが好きっ? ねぇ?」
「お前。これで満足か?」
「チャラい・・・・・・!!」
「一体俺にどうしろと言うんだ、お前は」
「兄さんと別れて欲しい。今すぐに!!」
「いや。そもそもの話。付き合ってないから、俺達・・・・・・・」
そんな訳でしつこく臍を曲げている彼女を何とか宥めて、二人で飯を作って食うことにした。
「ルーカスさーんっ、ご飯っ、ご飯っ! まだですかっ? あちちっ」
「近すぎだ、お前は!! もう少し離れてなさい、もう少しっ!」
「やだっ!! くっついてるっ! ルーカスさんにずっとくっついてるっ!」
「やめなさい! あと、調理の邪魔!!」
子育てをしているとこんな感じだろうかと思う。
こちらが玉葱をしんなりとなるまで炒めている間にも、彼女が腕にしがみついてきてフライパンの中を覗きこんで、玉葱がまだまだ白いのに何度も「まだ? まだっ!?」と急かしてくる。
以前の自分だったら「鬱陶しいな」と思っていた所だが、特にそんなことも思わず苦笑して玉葱を炒める。
ぷんと良い香りが漂ってきた。
鮮やかなグリーンのキッチンにて、ガートルードが白いタイル床の上をびょんびょん跳ねつつ、俺の腕にしがみついて嬉しそうな笑顔で見ている。
「オムライス。まだっ? まだですかっ?」
「ちょっと待ってろ、ガートルード。まだ、玉葱を炒めている最中だからな?」
「適当でいいんじゃない? 玉葱なんか白いまんまでっ!」
「駄目だ。茶色くなるまで炒めたほうがうまいから。駄目だ」
囚人服の上から生成りのエプロンを身につけて地道に玉葱を炒めてゆく。
黒胡椒とハーブソルトとバジルを入れて、粗挽きソーセージを入れてじっくり炒める。
「ふぁーっ! いい香りっ! 美味しそうっ!! 叔母さんのレシピ、どう、どう?」
「まだ完成してないから分からない。けど、うまそうだな?」
「うまそうっ! 食べたいっ、早く食べたいっ!!」
「まだだって。だから・・・・・・・」
西方諸国に嫁いだ叔母が手紙で送ってきてくれたレシピらしく。
アレクサンダーの姉というのがあまり想像出来ないが。
大量に送られてきた米と卵を見ていると、血の繫がりをひしひしと感じてしまう。
そのダンボール箱はキッチンの隅でひっそりと佇んでいた。
彼女の叔母が「ルールーちゃんに」と言って送ってきたものだからだ。
「お前のなー。叔母さんも叔母さんで、何でいきなりこんなものを・・・・・・?」
「んーとねぇ。私が。好きそうだからって。それで」
「はー・・・・・・なるほどなぁ」
「チーズ鳥の卵が楽しみですっ! チーズ鳥の卵がっ!」
「そんな高級品もぽんと送ってきたもんなぁ、凄いよなぁ~」
「えへへへ~、叔母さん。優しいから~。うっかり骨折られたこともあるけど」
「それ。もうちょっと詳しく」
ソーセージの脂でじっくりと甘い玉葱を炒めつつ、そう尋ねてみると腕にきゅっとしがみついてくる。
「一緒にね。私が六歳の時にね。歩いてたの。そしたら転んで骨折った。以上!」
「事故みたいなもんか・・・・・? まぁ。荷物とか持ってたらそれで、」
「ううん。手ぶらだったよ? そんで叔母さんが転んだの。すってんころりんって! 巻き込まれたの」
「血を。ひしひしと感じるな、そのエピソード・・・・・・!!」
「そうなの? そんで、どっかの国の大使様と結婚したの。目が離せないからって」
「説明不足にも程があるだろ? それ・・・・・・でも」
大体は予想がつく。
きっと彼女の叔母とやらも銀髪に青い瞳の美しい人で(完全に想像である)、何かとそそっかしい人なのだろう。
(どんな職業に就いているのかよく分からないが。接待とか通訳とか。そんな風に仕事している内に。大使の方が参っちゃったんだろうなぁ~)
それで自分の国に連れ帰ったのだ。
目を離したくないしずっとずっと眺めていたいから、傍にいて欲しいから。
ほんの少しだけそんなことが羨ましくなってきて。
玉葱とソーセージを炒めつつ、物思いに耽っていた。
ひたすらに炒めて、隣の彼女が「うまそうっ、うまそうっ!」と叫び声を上げてそれにちょっとだけ笑ってしまう。
茶色くなった玉葱と焼き上がったソーセージの塊へと、送られてきた白い米を投入して、またざっくりと炒めつつ、有機トマトのケチャップを入れて追加でバジルとハーブソルトを入れると。
とうとう我慢しきれなくなった彼女が「私も混ぜるっ! 混ぜる!!」と言い出したので、渋々任せてみる。
「いいか? フライパンは左右に激しく振っちゃ駄目だぞ? あと余所見はしない!! どんなに食べたくなっても、フライパンの中へ指を突っ込んで食べようとしないこと! 分かったか?」
「ルーカスさん。私ね? 十九歳なの。あとお家でね? 料理もしているの」
両肩に手を置いて説得してみると、困ったような瞳で見上げられてしまった。
目を逸らして言い訳を始める。
「・・・・・・・念の為。まぁ、注意事項を? 話しておこうと思っただけだ。そんじゃあな」
「ルーカスさんは何をするの? 兄さんに会いに行くの?」
「何でそうなんの? 俺は異性愛者だから。あと、チーズ鳥の卵でオムレツを作るんだよ」
「オムレツっ! オムレツっ!!」
「いいから。お前はそれ混ぜてろ。言っとくけど、数分混ぜるだけでいいからな?」
「えーっ? なんでーっ!?」
鮮やかなグリーンのキッチンから離れて歩いて、真横にある冷蔵庫へと向かう。
ガートルードの父親のアレクサンダーが「不便だろうから」と言って、普通サイズの真っ黒な冷蔵庫を買ってきてくれたのだ。
真っ黒な冷蔵庫からチーズ鳥の卵を取り出しつつ返答する。
「もう。完成だから、それ。お前があんまりにもうるさいから譲ってやっただけで」
「えーっ!? 無駄骨っ、無駄骨ぇっ!!」
「だからいいっつったじゃん、もー。お前はなー」
呆れたように笑って、シンク下からボウルを取り出して、フライパンを握っている最中の彼女を移動させて引き出しからフォークを取り出す。
ボウルに卵を割り入れてフォークでかき混ぜて、そこへ牛乳とチーズも入れてみる。
そこで彼女が横から焦ったように叫ぶ。
「チーズっ! チーズっ!! 私はっ、倍量でっ!!」
「でも、これ。卵の黄身自体にもチーズの味。ついてるぞ? 入れたほうが確かに。風味は増すだろうが折角のチーズ鳥の卵が台無しに、」
「泣くっ! 泣いちゃいますよっ、ルーカスさんっ?」
「分かったって・・・・・・そんじゃあ入れてやるか。倍量な? どれくらいだ?」
彼女が軍服姿で木べラを持って炒めつつも話す。
そろそろやめさせた方がいいかもしれない、加減を知らなさそうだ。
「んー。たっぷりぃ! ばさっと。入れておいてください、チーズっ!」
「分かった。お前もお前で本当、お子様だよなー」
「オムライス。一人で全部食べる・・・・・・!! くすん。悲しいなっ」
「やめろ。これ。俺の昼飯でもあるから。そうだ、サラダはどうする?」
「いらないっ、オムライスだけ食べるっ」
「ベビーリーフと玉葱にでもするか。野菜は食え、野菜は」
「えーっ? やだぁっ」
「お前なぁ~・・・・・・・」
そんな風に喋りつつ、鉄のフライパンへとチーズ鳥の卵を流しいれてフライ返しを片手に。
「あっ。しまった。溶かしバターを入れようと思ってたのに。忘れてた・・・・・・・」
「ご飯のほうに入れましょうよ、ご飯のほうに。入れても良いですか?」
「そんじゃあ、火ぃ止めて。冷蔵庫からバター出して、一塊ぐらい? ほんのちょっと、いや、大きめにな!?」
「大丈夫。大量に入れたりなんかしないから。バター!」
「本当かぁ~? 怪しいなぁ、もう」
彼女が弾んだ足取りで冷蔵庫へと向かってバターを取り出す。
引き出しからバターナイフを取って、くちびるを尖らせつつも体を傾けてバターを削り取っている。
(こいつと。結婚したらこんな感じか? いや。やめよう。もう。そんなこと、考えんの・・・・・・・)
固まり始めた黄色い卵を見つめて、慌ててフライ返しを持ち上げて端に寄せてひっくり返す。
綺麗な黄色いオムレツが出来上がった後、彼女がやって来て青く澄んだ瞳をきらきらとさせる。
「わぁーっ! 美味しそうっ、これっ、全部食べてもいい? 三つぐらい!」
「いや。これは二個で作った一人用だから・・・・・・そんなに使ってないから」
「むぅーっ、むっ、むっ、むっ、むぅっ!」
「分かった、分かった。それはまた、今度な?」
どうやら彼女は卵を三つ食べたかったらしい。
最近、彼女の言いたいことが分かるようになってきた。
不満そうにむくれた彼女の銀髪頭を撫でてやって、ふと悪戯心が沸く。
それとも自分が触れたいと思っているのか。
彼女の白い頬を両手で持ち上げると、不思議そうな表情で見上げられる。
その青く澄んだ瞳に我慢が出来なくなって、額へとキスしてやると真っ赤になって押さえる。
「むあああああっ!? 何ですかっ、これっ? 今のーっ!!」
「いや。つい。可愛かったから? 小さい子にする感覚で」
「十九歳ーっ!! じゅうっ、きゅうっ、さぁーいっ!!」
「っはは! 悪かったってもう! そこまで怒らなくったっていいだろ? なぁ?」
ぽこぽこと白い拳で背中を叩かれる。
弾けるように笑い出すとむくれた彼女が不満そうに話し出す。
「私はっ! そんなにっ! 子供じゃないんですよっ? ルーカスさんっ?」
「いいだろ、別に。子供扱いさせてくれよ、もう」
「やだーっ! 絶対に嫌だーっ!! だって!」
「だって? 何だ?」
不思議に思って聞き返すと、何故か赤くなって黙り込む。
その様子を不審に思って見つめていると、蚊の鳴くような声でぼそぼそと。
「な、何でもないです。でもルーカスさんはもう少し。ちゃんと気付いて欲しいです・・・・・・・」
「なっ、何を・・・・・? ああ。卵。最初から三個にして欲しかったのか? それならそうと早く言えばって、痛いな!? いきなり何をするんだよ、お前は!?」
いきなり足のすねをがんっと蹴り飛ばされてしまい。
彼女がぷりぷりと怒って銀髪を揺らしながら、ダイニングテーブルの方へと向かう。
「卵よりっ! 大事なものなのっ! ルーカスさんの馬鹿っ! にぶちんっ!!」
「あ~? お前はまた。訳の分からんことを言い出しやがって・・・・・・・」
ちっともよく分からない。
首を傾げつつも食器棚から皿を取り出して、先程炒めておいた米を盛る。
黄色いオムレツを乗せて、ついでにケチャップをかけてやった所で。
彼女がこちらへとやって来て後ろからぎゅっと抱き付いてくる。
「おい? ガートルードちゃん? どうしたんだよ? お前は。さっきから」
「ルーカスさんの、馬鹿。元結婚詐欺師のくせに。鈍いです・・・・・・・」
「はぁ? お前な~」
ケチャップを持ったまま彼女の両腕に手を添えて、考え込む。
(まさか。ガートルードも? いや。まさか。そんな筈は・・・・・・・・・)
気が付いた所で何になる。
どこかで自分が暗くそう呟いたような気がして。
何とか腕を伸ばして後ろにいる彼女の頭を撫でてやる。
「都合の良い夢を。見すぎだろ、俺・・・・・・・」
「何ですかっ? ルーカスさんっ?」
「いや。何でもない。食おうぜ、飯。盛ってやったから、ほら」
「わぁーいっ! ルーカスさんっ、ありがとうっ!」
黄色いオムライスの皿を両手に持って嬉しそうに笑っている、彼女を見ていると。
(あー。なんか。どうでも良くなってきたな)
毒気を抜かれたような気持ちでその笑顔をしばし眺めて。
自分の分も卵を作って盛って、律儀に「ルーカスさんを待つのっ! 一緒に食べるのっ!」と言って待っている彼女の下へ向かう。
その口元にほんの少しだけ黄色い卵が付いていることとか、少しだけオムライスの端の方が崩れていることとか、それらを見ないようにして座る。
「美味しいーっ! ルーカスさん。天才ーっ! おいしーいっ!」
「そうか? なら良かった。米だけ残ってるぞ。米だけ」
「食べるっ、お代わりするっ!!」
「そうしろ。そんで。もう少しゆっくり食えよ、ゆっくり」
「むぁっ、むぁっ、もっ、もっ、もっ、むぁーっ!」
「何言ってるか、ちっともよく分からん。が、俺への不満だな?」
二人で笑い合って、とろとろの黄色い卵を切り崩して赤いケチャップと混ぜて。
口に含むと塩気のあるチーズが溶けて、燻製チーズのような濃厚な香りも漂う。
これは新鮮なチーズ鳥の卵の証である。
「おいひーっ! ひとくちください、ひとくちっ」
「お前、自分の分あるだろ・・・・・・? まぁ、いいけど。ほい」
「むぁっ! ラッキー!!」
「おい・・・・・・・まぁ、いいや。可愛いから」
とろりとした黄色い卵をスプーンに乗せて、軽く立ち上がって口の中へと突っ込んでやると。
嬉しそうな顔でぱくりと食べて、ふんわりとした嬉しそうな微笑みを浮かべる。
それを見て喉が詰まりそうになって、思わずごくりと飲み干してしまう。
「むぁっ、むぁっ、むぁっ、美味しいれふ! もっとください!!」
「俺から。昼飯を奪う気か? なぁ? ったく。仕方ねぇな~、ほい」
「わぁーいっ! むぁっ!」
こうしてあーんをして食べさせているのを見たら、あいつは何て言うんだろうなと考えて愉快な気持ちになる。
「今。ウィリアム兄さんのことを。考えていたんでしょう・・・・・・?」
「いや、別に。・・・・・・考えてないし」
「嘘だ、考えてた。私というものがありながらも。貴方はずっとずっとそうやって、ウィリアム兄さんのことを考えたりして、」
「ごめんて・・・・・・・勘弁して!?」
不穏な会話を挟みつつ汗を掻いて、ふわふわの黄色いオムレツを食べて舌鼓を打つ。
なお彼女が嫌がったので結局、俺だけサラダを食う羽目になった。
「あーっ! うまかった! そんじゃあ。皿でも洗うか~」
「私に任せてっ! ルーカスさんっ!! この間みたいに五枚もっ、割ったりしないからっ!!」
「ごめん。信用出来ない。あとあれは俺の判断ミスだから。俺のミスだから」
「えーっ!? どうして!? 割りたい! あっ、違った!! 洗いたいっ!!」
「頼むからやめてくれよ!? 皿が勿体無さすぎる!!」
どうしても洗うと言い出した彼女を宥めて説得して、その涙を拭い取ってやって。
何とかソファーへと寝かしつけると(どうも眠くて苛立っていたらしい)、紺色の毛布をかけてやって、皿を洗って拭いて戻して。
魔術仕掛けの色鉛筆と白い画用紙を持って、眠っている彼女を見下ろして微笑む。
「うーん・・・・・・・俺もすっかり。お前に毒されちゃったなぁ~」
「むぁ~・・・・・・お絵かき。するぅ・・・・・・むぁ~」
むにゃむにゃと白い頬を動かして眠っていた。
その白い頬をふにふにと突いてやって、思う存分堪能してからテーブルの上に画用紙を広げる。
(さぁ。何を描こうか? こいつの。喜びそうなものは・・・・・・・・)
さらさらと規則正しい音が聞こえてくる。
眠たい目を擦って、先程のチーズとバターの香りがまだ口の中に残っていて。
それを嬉しく思いつつ、白黒ボーダーの背中を眺めていると。
無性に甘えたくなって、のそのそと起き上がって毛布を床へと落とす。
そこでルーカスさんが振り返って、茶色い瞳を細めて嬉しそうな微笑みを浮かべる。
「何だ? 目が覚めたのか? ガートルードちゃん?」
「うん・・・・・・ルーカスさん。何を描いているの? 私に黙って」
「いや、お前。がっつり寝てたじゃん・・・・・・・?」
「寝てないもん、私。むぅ~」
ルーカスさんに「じゃあ、そのよだれは何だ?」と言われつつも、口元を拭って隣へと座って覗き込んでみると。
そこには綺麗な青いイルカと海と白い雲と、夏らしい美味しそうなパフェの絵が描いてあって、思わず目を瞠る。
これは魔術仕掛けの色鉛筆だから後で飛び出す筈だ、画用紙に魔力を流し込むと絵の中のものが動き出して飛び出てくるのだ。
「すごい・・・・・・!! 綺麗っ! ねぇっ、これっ、貰ってもいい!?」
「別に構わないが・・・・・・・大したことないぞ、それ?」
「ううん、あるの。私にとってはね」
「そうか。・・・・・・なら、好きに持っていけよ。俺は別に、ちっとも構わないからさ?」
隣で不貞腐れたように頬杖を突いてそっぽを向く。
そんな彼に笑って青い海と綺麗なイルカを指でなぞりながら、じんわりとした熱い魔力を流し込んでみる。
すると、絵の中でジャンプしていたイルカがじわじわと動き出して。
「キューイ!」と鳴き声を上げて、ざっぷんと水しぶきを上げて飛び出してくる。
「わぁーっ!! 飛んだぁ、飛んだぁっ! すごい、すごーいっ!!」
「そりゃ飛びもするだろ。そういう風に意図して書いたんだから・・・・・・・・」
青い水が飛び散って、ぬいぐるみサイズのイルカが嬉しそうにはしゃいで飛んで、シャンデリアの傍まで飛んでいってそれを突いて、すいすいと泳ぎ始める。
「わぁっ! すごいっ! このっ、パフェも食べたーいっ! 美味しそうっ!!」
「食っても。色鉛筆の味しかしないからやめとけ。とは言えどもまぁ、お前は。小さい頃に自分で描いたやつを食ってそうだけどな?」
「すごいっ! どうして分かったんですか? 実はエスパーですかっ?」
「何でだよ? ただの予想だよ。ただの予想」
テーブルの上に現れた黄色いバニラアイスと星型のクッキーと、美味しそうなコーンフレークにチョコレートブラウニー、生クリームにカスタードクリームの巨大なパフェを見つめて話す。
本物そっくりだが色は色鉛筆の色で、どこかちぐはぐなものを感じてしまう。
そっと触れてみると、本物のバニラアイスにしか見えないのに紙の感触が伝わってくる。
「うーん・・・・・・とっても。不思議だわ・・・・・・」
「そうだよな、俺も何度見てもそう思う。高いだけあるぜ、本当に」
ルーカスさんも笑って手を伸ばして、一緒に触れる。
こちらを見て笑ってそのまま二人で、穏やかな微笑みを交わしていた。
「そんじゃあ、次は。何を描いて欲しい? ガートルードちゃん?」
「んーっとねぇ! 私も絵を描くーっ!! そんで、ルーカスさんはお姫様を描いて欲しいっ! お姫様をっ」
「それは。ドレスをって意味か? それとも若い女を描けということか?」
「ドレスを描いて欲しいーっ! ふりっふりのー!」
「ハードルが高い・・・・・・!!」
二人で並んで座って、真剣に描き始める。
私は赤と緑色の色鉛筆を取って、寂れたログハウスとおじさんでも描こうと画策する。
しかしそれでは動いてもあんまり楽しくないことに気が付いて、渋々と火山でスキーをしている人間を描くことにする。
熱心に描いているとルーカスさんが話しかけてきた。
彼は真剣に画用紙をきっちりと押さえて、淡い薔薇色の色鉛筆を握っている。
「なぁ? ガートルード? ふりふりってのはどの部分だ? 胸元か?裾か?」
「んーっとねぇ! 着ている人がレースで窒息死するくらーいっ!」
「そうか。よし、分かった。聞かなかったことにして適当に描いていくな?」
「も~、それならそれで、最初から聞かないで欲しい~! も~!」
「すまん。もう少しまともな答えが返ってくると思って期待していた、許せ」
「なんか。馬鹿にされてるような気がするっ・・・・・・!!」
二人で喋ってほんのりと眠たい頭で楽しく描いてゆく。
(ああ。ずっと。こんな時間が。続けばいいのになぁ~)
でも、ルーカスさんは。大人の男性だ。
私のことは子供としか思っていなくってすぐにどっかへ行こうとする。
あと兄さんと浮気しようとする。絶対に許せない。
(やだな~。ずっと、傍に。いて欲しいよ、ルーカスさん)
頼みたいけど言えない、口に出してしまいたい。
でも、はぐらかされるのは嫌だから。
黙ってルーカスさんの肩に頭を預けて、両目を閉じて堪能していた。
自分と同じ石鹸とシャンプーの香りが漂う。
恋をしたと理解してから、風邪が治って会いに行ったその日の内に、不思議そうな表情のルーカスさんに使っているシャンプーと石鹸を手渡して。
「使ってね、私と同じのっ」とお願いしてみたのだ、彼は何も考えずに見下ろして「ああ、分かった」だなんて言っていて。
その無関心さにちょっぴり、傷付きもしたが。
(でも、いいの。これで)
ひとまずはこれでいいやと。
考えて口元を緩めて、うっとりと肩にもたれていると。
彼が居心地悪そうにもぞもぞと動いて、こちらを眺めてくる。
「おい? ガートルード? 一体、急にどうしたんだよ?」
「何でもなーい。ただ、こうやってもたれたかっただけー。甘えん坊さんなの~」
「そうか。・・・・・・そうか。なら、いいけど」
やんわりと拒絶されているような気がして悲しくなったが、気付かない振りをする。
幼い子供じゃないときっと、愛して貰えないのだ。
(きっと。私の恋心を知ったら。可愛いも。言ってくれなくなる・・・・・・・・)
それは嫌だから。我慢する。
悲しいけど。
「あんまり。迫り過ぎないようにしよう。そうしよう!!」
「ちょっと待て。一体、何の話だ?」
「んー? ルーカスさんの、胃に関わる問題? かなっ?」
「突然、不吉なことを言うのやめてくんない? あー、怖い怖い」
そう言いながらも私のために美しいドレスを描いてくれる。
ふと覗き込んでみると、淡い薔薇色のドレスに白いレースが重なって、ふんわりと膨らんだスカートには赤いリボンと連なった真珠の飾りと、裾にはお上品なフリルが付いていて中々に美しい。上手い。
目を閉じたお姫様の銀髪はふんわりと下ろされていて、頭には金色のティアラが光り輝いている。
でもその髪色は銀色だった。
面白味が無くて不満に思った。
「ねぇ? ルーカスさん? 金髪とか黒髪とかっ。もっと、そういうのにして貰えませんか?」
「何でだ? いいじゃないか、銀髪で。綺麗だろ? 銀髪」
「私のと同じでつまんなーいっ! 髪だって、同じくらい長いし・・・・・・・」
「いいだろ、別に。これで」
頑なに言い張る、彼はこうして時折頑固なおじさんになってしまう。
「むぁーっ! つまんなーいっ。でもっ、それ。貰ってもいい?」
「あー・・・・・・・別に。いいけど」
「嫌なの? ルーカスさん。自分で描いた絵を自分の部屋に飾るの? ねぇ?」
「飾らないって!! ああ、ほら。これ、出してみるか? 完成したぞ?」
「出してみるーっ! わぁーいっ!」
「はー、やれやれ・・・・・・・」
魔力を流し込んでみるとふんわりと薔薇色のドレスが輝き始めて。
ぽんっとテーブルの上へと出現する。
それはまるでお姫様のドールが現れたみたいだった。
ふんわりと下ろされた銀髪に淡い薔薇色のドレスと、金色のティアラを被ってにっこりと微笑み、テーブルの上で楽しげに踊り始める。
「わぁーっ! 可愛い~、ありがとう! ルーカスさんっ!」
「どういたしまして。そんで? お前の描いた絵は? ・・・・・・・って、うわっ!? 何だこれっ!?」
「火山でスキーをしている人なの。命がけのスポーツなのっ!」
「絵の人間に何をさせてやがる・・・・・・!!」
「何って、スポーツを? 大丈夫、生きてないから! これっ!」
「うん・・・・・うん。なんか、釈然としないな?」
「えーっ? 何でぇーっ? えーっ?」
それでもルーカスさんは私の描いた絵を堪能したかったのか、魔力を流し込んで。
ぽんっと、マグマが溢れ出る火山と正気を失った表情の男を生み出した。
テーブルの上に現れた歪な赤い火山がごうごうと、漆黒のマグマを垂れ流してそれまで踊っていたお姫様がそそくさと離れてゆく。一体どうしてだ。
そして赤いジャンパーを着た男が二本のスキーストックを持って、歪な笑い声を「ひゃひゃひゃひゃ!」と上げながらも黒いマグマに乗って、天井へと旅立ってゆく。
その様子を見上げながら、ぽつりとルーカスさんが呟いた。
「ごめん。・・・・・・その紙。燃やしてもいいか?」
「いやっ、あのう? これ。丸めて捨てるだけで、あれも消える・・・・・・・」
「燃やそう。燃やして捨てよう。何か、悪夢を見てしまいそうだ」
「はわぁ~・・・・・・ほわ」
ぐしゃぐしゃに丸めたものを渋々魔術の炎で燃やしてあげると、いたく喜ばれてしまった。とても悲しい。
「ありがとう、ガートルードちゃんっ! これで今日は、すっきりと眠れそうだよっ!」
「むわぁ~、むわっ、むわっ。ごめんなさい、ルーカスさん・・・・・・・」
「何でお前が謝るんだよ? あれは色鉛筆が悪いんだから。色鉛筆が。お前は別に、何も悪くないからな?」
高く抱き上げられたまま涙ぐんで謝ると、ルーカスさんが蕩けるような笑顔を浮かべて励ましてくれた。
とても悲しくなってしまったので、彼のお膝に座って後ろから抱き締めて貰いつつ、また明日のことを話す。
「明日は。何をして遊びましょうか? ルーカスさん?」
「そうだなぁ~。何でもいいよ、ガートルード。何でもいいよ。きっと、何でも楽しいだろうから」
「うん・・・・・・うん。それじゃあまた、明日。考えよっと。ルーカスさん?」
「何だ? どうした?」
好きだとは言えなくて、その代わりに両腕を握り締めていた。
いつもの温度にほっとする、もう少しだけこのままでいたいなと。
そう思って願って両目を閉じていた。
「ううん。何でもないの。おやすみ、ルーカスさん。また明日」
「ちょっと待って、ガートルードちゃん!? このまんま。眠られると俺の首が。物理的に飛んじゃうからやめて欲しいな!? って、おいっ!? ガートルード!? ガートルードちゃんっ!?」




