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16. 彼女の嫉妬心と生レバーのせのバニラアイス

気持ちが悪い描写が出てくるのでご注意下さい。

 























「あの結婚詐欺師がお前なんかを好きになる訳がないだろ? ガーティ。お前はあの男にすっかり騙されているんだ。お前だって常々、言っていたじゃないか? 自分の、母親みたいにはならないって。だから───────・・・・・・・・」








 その言葉にかっとなって思わず拳を振り上げてしまったのは。


 ウィリアムの言葉がただ、正しかったから。


 図星だったから、それは知りたくない事実だったから。








「むーっ! むっ、むっ、むっ、むぅっ! やっぱりウィリアム兄さんはあと四、五百回殴っておけば良かったかもしれないな~!」

「ガートルードちゃん・・・・・・やめろ、絶対に」







 困ったような声で頭を撫でてくれる。


 もちもちの白い星型クッションを抱えて、鼻をくすんと鳴らしてルーカスさんのお膝に横たわっている。



 そう俗に言う、膝枕をして貰っているのだ、私は。






(服は。いつもの軍服だけど。パパにも、反対されちゃったし・・・・・・・・)







 パパは自分ばっかりルーカスさんと仲良くなろうとしているのだ。


 だから私に可愛い服を着るなと言う。


「ルーカスに好かれるために化粧をするな」と言う。






(じっ、自分ばっかり・・・・・・!! 私がっ、ルーカスさんと遊んでいるのがっ、気に食わないからと言って!!)







 パパは嫉妬しているのだ、私に。


 毎日私がルーカスさんと楽しく遊んでいるから。





(第一。エアコンだって、キッチンだって、お風呂場の排水溝ネットだって・・・・・・・・!!)





 それを考えるとむしゃくしゃして泣き出してしまいそうになる。


 ぶわっとまた、涙が出てきて。




「パパもウィリアム兄さんも邪魔ですっ、邪魔邪魔ぁっ!!」

「っあー! はいはいっ、落ち着けっての!! ガートルード。ったく」





 そこで「今日はいつになく機嫌が悪いな?」と呟いてこちらの頭を撫でてくれる。


 そうだ、ルーカスさんは。





「そうそう。ルーカスさんはそうやって私の頭だけを撫でていればいいのっ! それなのにっ、それなのにぃっ! ウィリアム兄さんの頭を撫でたりなんかしてーっ! むあああああーっ!!」

「ごめんって!! 悪かったって、ガートルードちゃん!?」





 じたばたして、白いクッションで殴って膝の上で暴れまくる。


 それでもルーカスさんはどこか嬉しそうに笑っている。


 そんな優しい茶色の瞳を見ていると。






(やっぱり。胸が狭くなるような気がする。だからこれはきっと)





 恋心なのだ。




(だからルーカスさんも、そう思ってくれたら良いのに、な・・・・・・・・)





 それなのに彼はちっとも気にしない。


 昨日のウィリアムの言葉がまた。




『あの結婚詐欺師が、お前なんかを好きになる訳ないだろ? ガーティ。お前はあの男にすっかり騙されているんだ』





 再生されて苛立ってむしゃくしゃしてしまう。


 分かっているのだ、そんなこと。




「ルーカスさんが女好きのっ、百戦錬磨ってことぐらい・・・・・・!!」

「えっ? 一体何の話なの? あと俺は別に、女好きでも何でもないからな!?」

「でも、騙してた・・・・・・」






 起き上がって、白い星型クッションを抱えて拗ねたように見上げてみれば。


 ごくりと生唾を飲んでその胸元を握っていた。


 ルーカスさんは白黒ボーダーの囚人服を着ていても格好良いと思う。


 でも。





「ふりっふりの、薔薇柄の赤いやつを着せたい。ルーカスさんならきっと、着こなせると思うのっ!」

「や、やめて・・・・・・? あと俺は別に、女好きでも何でもないからな?」






 本当だろうか。


 彼は結婚詐欺師だからそれも嘘かもしれない。





(嫌だな、そんなこと。考えるだけで・・・・・・・・)





 涙が出そうになってしまう。


 ルーカスさんの周囲に女性がいたと、そう考えるだけで。





「きっと。この間のキスだって、わざとなんでしょう? 私を、弄ぶためなの?」

「が、ガートルードちゃん・・・・・・・」






 彼が困ったように呟く、困ったように呟いて私の銀髪頭を優しく撫でていた。




 ソファーの上で向き合ってルーカスさんの茶色い瞳を見てみると、傷付いたように歪んでいた。




 ルーカスさんも泣き出しそうな表情だった、甘く整った顔立ちが歪んで、こちらへと腕を伸ばして頬に手を添える。






「ガートルード・・・・・・ごめん。もう、二度と。あんなことはしないよ」

「したって、いいのよ? でもルーカスさんの気持ちが篭ってないなら」






 意味が無いのだ、何も。





(欲しいのはそんなものじゃないの)




 ぼすんと銀髪頭を胸に預けると、低く笑って両腕を回して優しく抱き締めてくれる。



 そうだ、この手を自分のものにするためにも。




「兄さんは殺す。兄さんは打倒、可愛いの座は死守するっ・・・・・・!!」

「だから。今朝から何度も何度も、言っているだろう? お前が誰よりも世界で一番可愛いって・・・・・・・」






 ルーカスさんが私の背中を優しく擦って、こちらの肩へとその顔を埋めてくる。


 抱きつかれてすがってくるようなその姿勢に。




「さてはルーカスさんも。甘えん坊な気持ちなんですねっ? ねっ?」

「っはは、ああ・・・・・・・そうかも、しれないな。ガートルードちゃん」






 彼は素直じゃないのに。今日はやけに色んなことを認める。





「ルーカスさん・・・・・・やっぱり。貴方は、」

「ん? どうした?」




 ルーカスから離れてその顔を真剣に見上げると。




「ウィリアム兄さんのことがきっと、物凄く気に入ってしまったのね・・・・・・・!?」

「何でそうなったの? 違うから。大丈夫だから」

「なっ、ぐっ、るっ! なっぐっるっ! 殴るっ、帰って殴るっ、殴るっ! えいっえいっおー!」

「物騒な歌を口ずさむのはやめなさい、ガートルード・・・・・・・」







 どうも彼女の機嫌が悪い。


 機嫌が良さそうな無表情で(そうとしか表現できない)、白い星型クッションを抱えてふんふんと口ずさみながら体をゆらゆらと動かしている。


 見ていると若干、情緒不安定になりそうな動きだった。





(あー。こいつは、多分・・・・・・・・)






 本気で義兄に嫉妬しているのだろう。





(でもそれは俺だってそう)





 そこまでを考えて自分の信じられない気持ちに愕然とする。





(俺が? 嫉妬だと? あの、小便臭いガキに? 十九歳の、あのガキに?)






 どこからどう見てもどこにでもいそうな少年。


 若くてまだまだ未熟で自分が大人だと思い込んでいる少年。


 二十九歳の俺をおじさん呼ばわりしてくる生意気な少年。





(あの。美少年が、ガートルードと。一緒に、一つ屋根の下に住んでいるんだよな~・・・・・・はは)






 いや、だからそれがどうした?




(俺には。何の関係も無い話だろう? 落ち着け。落ち着けよ、自分)





 そうだ、何の関係も無い。


 俺はただ、この子の母親を騙した詐欺師だ。


 そのことを考えると後悔していた。


 傷付けたとか、家庭崩壊の手助けをしてしまったんだとかそんなものではなく。


 そんな下らないものではなくただひたすらに。



(嫌われる、かもしれない。いや。今更な話だろうに・・・・・・こんなの)





 でも過去を軽蔑されている。


 さっきだって酷く非難がましい表情で。



「でも、騙してた・・・・・」と呟かれてしまった。


 でも、そんな彼女も可愛かった。





(いかん。うっかり。思考が逸れてしまった・・・・・・・・)





 もやもやとそう考え事をしていると。


 いつの間にかガートルードが銀色と黒のハンマーを取り出して、暗い眼差しでそれを握り締めていた。


 ぶっとあまりのことに驚いて吹き出してしまう。




「ちょっと待とう!? ねぇっ!? 一体何なの、お前!? 本当にマジで!!」

「ぶぅーっ!! ルーカスさんが兄さんのことを考えて、物思いに耽っていたのでっ! 抹殺っ!!」

「可愛く言っても、絶対に駄目だからな!? あと俺は、お前のことを考えていただけだからっ!!」

「えっ?」

「あっ。・・・・・・ああ~」







 つい言ってしまった。





(俺の、馬鹿野郎・・・・・・!! 何で言っちゃうかなぁ、もー!!)





 ソファーへと両手を突いて後悔する。


 彼女はそのハンマーを手放したのか、さらりと俺の頭を撫でてくる。





「ルーカスさん? ねぇっ? 私の一体何を考えていたんですか?」

「お前がもうちょっとちゃんとしっかり、常識的な女の子になるように・・・・・・」

「このハンマーで頭を殴られたいんですか? ねぇっ?」

「・・・・・・お前が可愛いなーと思って」

「ですよねっ」






 ぶふんと、彼女が満足そうに息を吐く。


 思わず笑ってしまって顔を上げてそのハンマーに手を添える。




 黒と銀色のハンマーを取り上げて、テーブルへと置いて彼女に抱きついていた。




 自分の頭を預けると、ガートルードが嬉しそうに笑って肩へと両手を添えてくる。




「ルーカスさん。今日は随分と甘えん坊さんな気分なんですねっ? 嬉しい~」

「嬉しいのか? 一体、それはどうして?」

「だって、ルーカスさんも嬉しいでしょう? 私が甘えるとっ」

「そうだな。・・・・・・ああ、そうだな」

「だからそれと一緒です。私もルーカスさんと同じでとっても嬉しいの!」






 そう言って笑ってくれるから、俺も。


 存分に甘えれるような気がして腕を伸ばして、彼女を抱き締めていた。




(もう少しだけ。・・・・・・もう少しだけ、このままで。いいだろう? 本当・・・・・・・)






 誰かに尋ねるみたいに、そう呟いて。




 もう少しだけこの風変わりな彼女の傍に、もう少しだけこの悪夢のようなふりふりの牢屋で二人だけの時間を過ごしたいんだ。




 彼女の肩から顔を上げて顎を乗せて、強く抱き寄せて聞いてみる。




「そういや。ガートルードちゃん? あのウィリアムとやらはもう来ないよな?」

「次。来るって言ったら頭の毛を全部抜くって言っておいた」

「そしたら。あいつは何だって?」

「嫌そうにしてた! あと。ルーカスさんとあんまりべたべたするなって言ってた」

「聞くに値しないな、それは」

「むんっ! ルーカスさんも同じで良かった!」

「おわっ!? っとと」





 そのままびょいんと、飛び跳ねたので。


 後ろへと倒れそうになって笑って彼女を抱き締める。




 がっと彼女が膝の上に乗ってきて、まるで恋人のように向かい合わせになって。




 青く澄んだ瞳を見上げている、彼女が俺の両肩に手を置いて問いかけてきた。




「ねぇっ? ルーカスさんっ? 私が世界で一番、可愛いですかっ? 兄さんよりもっ?」

「ああ、そうだよ。ガートルード。お前が世界で一番可愛いさ、兄さんよりも」

「良かったーっ! ガートルードの大勝利ーっ!!」

「何でライバル視しているのか、よく分かんねぇけどなー?」





 彼女が抱きついてきて、抱き締め返して笑う。


 こんな光景を見たらあいつは何て言うだろうか?




(ああ。確かに、俺は。大人気ないよ、ウィリアム君。お前なんかに彼女は。絶対に渡すものか・・・・・・・)






 彼女が俺を必要としている間は。


 いつか飽きて「いらない」と、そう言われるまでは。





「ごめん。・・・・・・ガートルード。もう少しだけ、このままでいてもいいか?」

「勿論ですよっ、ルーカスさんっ! 私もっ、もっと甘えたい気分ですっ!」

「ははは・・・・・・・それなら、それで。良かった。ガートルード」







 どうか気付かれませんように、この真意を。


 どうかこのまま気が付きませんように。俺が。


 母性だと思っているこの感情が実は。


 何も考えないようにして彼女を抱き締めていた。


 俺は所詮詐欺師なのだから。





























「なぁ? 母さん。あれ、放っておいていいの?」






 苛立たしげにテーブルを指で叩く。


 悪い癖だとは理解しているが、自身の爪を噛んでしまう。




(今日は。折角の休みだったのに。ガートルードの奴め・・・・・・・・)





 大学も仕事も休みだと言うのに。


「あいつの所へ行くのか?」と言って引き止めたところ一発殴られた。




 拳で思いっきり殴った後で、しれっと「言いつけないでよね? ごめんなさいするからね!!」と言ってそのままちゃっかりと玄関の扉を開けて、怪我も治さずにあいつの所へ行ってしまった。




 頬に白い湿布を張って考え込む。




 ここは自宅のリビングルームで、一枚板のダイニングテーブルに座りつつ頬杖を突いている。




 変な青緑色のカエルTシャツを着ているが、これはガートルードからの誕生日プレゼントである。




 それすらも着こなした、柔らかな栗色の髪と青い瞳のウィリアムは眉間に皺を寄せて考え事をしていた。







(どうやったら、あいつとガーティを引き離せる? 彼女に目を付けていたのは。俺が先だったのに・・・・・・・)








 初めて会った時、こんなに美しい少女がいるのかと驚いた時の記憶は鮮明だ。


 あれからこの胸を占めるのは彼女のことばかりで。




(無表情だが、優しい。優しいところもあるし笑えば可愛い。言動も面白い)





 クラスでも常に彼女は注目の的だった。


 それなのに彼女は自分の容姿を一切気にかけなかった。




 煌く銀髪を揺らして、何の手入れもしていないのにその肌もくちびるも常に潤っていて、何も気にかけなかった。




 彼女の頭の中にあるのは自分の母親のことと、池の中のカエルのことだけで。


 ずっとずっと、振り向いては貰えなかった。




 いくら周囲が「お似合いのカップルだね」「ウィリアム君とガートルードちゃんならぴったりだよね」と言っていても彼女は何も気にかけやしなかった。




 それでも一番近しい幼馴染としてこうしてやってきたというのに。


 彼女が落ち込んだ時も頑張って励ましてきた。





(だから、母さんが。おじさんと再婚するって言った時は、嬉しかったのにな~・・・・・・・)





 離婚裁判も終わって、ガートルードも夢だった一等級国家魔術師になっ、俺達三人で暮らすようになって。




 さぁあとは一つ屋根の下なんだし、じっくりと関係を深めていくばかりだとそう思っていたのに。




 あの一言で全てが崩壊した。






『そうだ、ガートルード。・・・・・・お前の母さんを騙した男は。俺が牢屋にぶちこんでおいたよ』

『その話』






 夕食の席で隣に座った彼女がスプーンを置いた。


 パンプキンスープを飲みながらも嫌な予感がして、横目で彼女のことを眺めていた。





『もっと、詳しく聞かせてくれる? パパ』

『ガートルード? 別に。それは構わないが・・・・・・・・』






 煌く銀髪が揺れてそれに触れたいと思っていた。


 でも、彼女は。



 あれよあれよと言う間に、元結婚詐欺師のルーカス・マクラウドに会いに行って牢屋を改造して、料理を作って、あいつと美味しく楽しく飯を食うようになった。





 俺が一番傍にいたのに。



 あいつは屑で最低最悪の結婚詐欺師なのに。


 それなのに。


 いてもたってもいられない気持ちで声を張り上げる。




「っ母さん! なぁっ? 聞いてるか!? あいつ、このまま放っておいていいのか? なぁっ!?」

「放っておかなかった結果。殴られたんでしょ? ウィリー?」

「・・・・・・・そうだけど、でも」





 このままでいい、筈が無い。





(気が付いたら、男女の関係になっていて。何もかもが全部、手遅れになったとしたら・・・・・・?)






 あいつの母さんだってあの男に騙されたのに。




 こちらの焦りは無視して、母さんは向かいのキッチンで皿を拭いて引き出しへとしまっている。




 かちゃかちゃんと、規則正しい音が響き渡って手伝おうかどうしようか悩む。


 結局苛立ちが酷いのでやめた、注意力散漫で皿を割りかねない。





(今。こうしている間にもあのおっさんとガーティは・・・・・・・)





 だんと、テーブルに拳を打ち付ける。


 そこでようやく母が驚いたような顔をして、こちらを覗き込んでくる。




「っなぁ! 今すぐあの男は元の牢屋に戻すべきだろう? 母さんは心配じゃないの? あの男がもし。ガートルードに手を出したら・・・・・・・・」

「あら、大丈夫よ。そうなったら、殺すだけだから」





 思いもよらぬ言葉に瞠目する。


 いつもは穏やかな母がこんな風にしてあっさりと過激な言葉を口にするとは。


 意外だった、しかしそのことについては俺も賛成である。


 母が丁寧に白いふきんで皿を拭いながらも、続ける。




「あのね? ウィリー? あの子はね、今。恋をしているのよ。だから止めたって無駄よ?」

「っだったら! 余計に止めなきゃ駄目だろ!? もし妊娠とか、そんなことになりでもしたら!!」

「だから。その時はその時でまぁ、何とかなるわよ」

「ならないだろ、絶対に・・・・・・!! 母さん。何考えてんだよ、本当に・・・・・!!」






 頭がおかしい、理解が出来ない。




(そんな事態になる前に俺は。止めたいのに・・・・・・!!)




 キッチンに立った母が意に介さない様子でふんふんと鼻歌交じりに皿を拭いている。


 常に母は穏やかだ、自分のペースを決して崩さない。




(天然な所もある。マイペースな人とも言うけどなぁ~)




 でも考え無しではない、思慮深く物事を常に俯瞰(ふかん)している。



 その真意を探ろうとして口を開く。




「なぁ? 母さんは。一体どうするつもりなの? この、今の状況をさ?」

「ルールーちゃんの、好きなようにさせるわ。だって反対したところでますます燃え上がるだけだもの」






 そしてフライパンを洗いながら「知らないの? 恋って、障害がある方が燃えるのよ?」と呟いて、鼻歌交じりにふんふんとフライパンを洗い流してゆく。




 ざぁざぁと、水の音が響いてきて。


 その平和な音に少しだけほっとしながらも、釈然としない気持ちで問いかける。





「そんじゃあ。どうすんの? もし本当に。妊娠でもしたら? 放置しておいた、その結果!!」

「だからね。何度も言っているでしょう? なるようにしかならないって。それに」




 きゅっと、蛇口を閉める音が響いてくる。


 母さんは「よっこらせ」と呟いて、そのフライパンを持ち上げて白いふきんで拭いていた。




「あの人が。アレクサンダーが、許す筈が無いでしょう? その男、消し炭になって終わりだわ」

「消し炭になって、終わり・・・・・・」





 母の暗い眼差しにぞっとした。


 これはこれで怒ると怖い人でもある。


 黒いフライパンを片手に話を続ける、それはあくまでも穏やかに。




「ルールーちゃんの意思も尊重するべきだわ、あの子。あの牢屋に行って明るくなったもの。いい傾向だわ。それにアレクもあの人のことをか弱い詐欺師だって言ってるし」

「母さん! あの二人の言うことなんて信用出来ないだろう? 分かってるくせに!!」

「でも。人を見る目はあるわ。アレクも、ルールーちゃんも」






 その言葉にむっつりと黙り込む。



 ある日突然赴任してきた爽やかな男性教師を見つめて、ガートルードがぼそりと「あのひと嫌い。犯罪臭がする」と言っていたことを思い出した。




 それから半年後にその男は盗撮で捕まった、男子生徒の更衣室にカメラを仕掛けていたのだ。




 ガートルードは確かに正しい。


 彼女が「嫌だ」と言った奴は大抵ろくでもない奴だった、でも。





「それが。合ってるとは限らないだろう? どうすんの? 弄ばれでもしたら!!」

「大丈夫よ、ウィリー。本当に短気なんだから、あんたは」





 軽く笑って、母がその手を拭いてこちらを眺めている。


 不貞腐れたように見上げるとにっこりと微笑んでいた。





「それにね。私。そのルーカスさんとやらが気の毒でならないの」

「・・・・・・なんで」

「あら。だってそうでしょう? あんなに可愛いルールーちゃんと一緒にいるのに、手だって出せないもの。そしてこれは私の予想なんだけどね?」





 そこで困ったように笑って首を傾げる。





「どちらかと言えば。弄んでいるのは。ルールーちゃんの方だと思うの・・・・・・・・」

「は? 母さんは一体。何を言って・・・・・・・」

「ただの予想だけどね、ただの予想」

「はぁ。ただの、予想・・・・・・」

「うん、ただの予想なの、でも」



 ふふっと愉快そうに笑ってどこか遠くの方を見つめる。




「今頃は一体。何をして遊んでいるのかしらね? あの二人は」

「さぁ~・・・・・・知りたくも無い、どうでもいい」

「あらあら。振られたもんだから、すっかり拗ねちゃって!」

「振られてないっ! まだっ!!」

「ふふふっ、どうかしらね~」

「もうやだ。やめて欲しい、本当にマジで・・・・・・・・!!」








































「待って待って、ガートルードちゃん!? 俺っ、それは絶対に無理っ! 無理だからっ!!」

「いけるいけるっ、大丈夫ですよっ、ルーカスさんっ!」

「絶対に無理っ! 食えないって!! そんなのっ!」

「むぅー・・・・・・ルーカスさんのけちんぼ」

「いや。意味が分からないから、それ・・・・・・・・」






 ガートルードは渋々俺の上から退いて、そのアイスを食べようとする。




 血の滴る生レバーと焼いたベーコンとパイナップルを載せてしまった、そのバニラアイスを。




 あーんと口を開けて、慌てて彼女の手首を握り締める。




「待て待て待て待て、やめようっ!? 生はっ、やめようっ!? ねっ!?」

「大丈夫ですよ。これ。新鮮ですから。今朝私が狩ってきました」

「しかも、迷宮産だった!! やめようっ!? ガートルードちゃん、やめようっ!?」

「え~? やだ~、ルーカスさんに食べて欲しかったのに~!」

「分かった! 俺が全部食べるからお前は絶対に食うな!!」







 と言った後で激しく後悔してしまう。




(あーっ!! 言っちゃったよ、俺!! あのゲテモノアイスを食べるって、そう言っちゃったよ!! 俺っ!!)





 即座に取り消そうと顔を上げたところ、早くも彼女が青い瞳をらんらんと輝かせてこちらへとスプーンを差し出していた。




 ぬらぬらと光る赤い内臓とパイナップルとバニラアイスを眺めている。




 ごくりと唾を飲み込んで、ソファーの上で後退る。




 とても可愛らしい笑顔で先程「ねぇ? 一緒にソファーに座って美味しいバニラアイスでも食べませんか?」と言われて俺も笑顔で頷いたというのに。






(ああ。一体。どうして、こんなことになっているんだろう・・・・・・・・?)





 気が遠くなる思いでこの事態を避けようと必死に頭を回転させる。




(彼女は俺を。胃の弱い人間だと、そう思ってるから・・・・・・・・)




 そこを突けば何とかなるかもしれない。辛い、どうしよう?





 とりあえずはいきなり突っ込まれないようにと、両手を上げて自分の口元をしっかり守った。




 しかし彼女はそれでもそのスプーンを引っ込めない。




 むしろこちらを押し倒すような勢いでふんふんと鼻息荒く迫ってくる。




 背筋がぞっとして、気が遠くなった。







「が、ガートルードちゃんっ? 俺、胃が弱いから。それは無理かな・・・・・・・」

「だからお薬代わりのこれですっ! きっとルーカスさんのよわよわの胃も良くなりますよっ? ねっ?」

(まさかの親切心だった、辛い・・・・・・!!)






 彼女は本気でそう思っているのだ。



 本当に本気で俺の胃に良いとそう思って、器に盛られた赤いレバーとバニラアイスを勧めてくるのだ。





(よしっ! ここは気絶する振りでもしよう、そうしようっ! よしっ!!)






 俺は即座に覚悟を決めた、己のプライドも何もかもをかなぐり捨ててどこぞの貴婦人のように気を失う振りでもしようと思った。






 しかしこれが、全ての間違いだったのだ。





 ある程度角度も計算してなるべく弱く見えるように額へと手を当てて、わざとらしくないようわざとらしくないよう、ソファーへと後ろ向きで倒れる。




「ああっと、悪い。ガートルード。ちょっと俺は本気で気分が悪くなって、」

「えっ? 大変だわ、ルーカスさんってば! まったくもうっ!」





 そこで後ろへと倒れてしまった俺に彼女が迫ってきて、こちらの腹にびょんと飛び乗って弾んで、口の中へとスプーンを突っ込んできた。




 喉の奥に突き刺さるかと思った。




「っぐぅ!? ぐっ、ちょっ、まって・・・・・・!!」

「もーっ! ルーカスさんが早く食べないからーっ!! 駄目でしょ、好き嫌いしたらっ!」

「ぐっ、ぐぅっ、おっ、おええええっ!!」

「あー、駄目だった? やっぱり。お薬不味かった?」






 俺の腹の上に跨ってスプーンをぐりぐりと突っ込んでくる。



 何の容赦も無い、辛い。



 そのぐにゃっとした血の滴る生レバーと冷たくて甘いバニラアイスと、塩気のあるベーコンと酸っぱいパイナップルが本当に吐きそうなぐらい、でろりと混ざっていて───────・・・・・・・・。





「ぐっ!! 吐くっ、吐きそう、無理っ・・・・・!!」

「駄目ね。ルーカスさんは。本当に胃が弱くって・・・・・・・」





 両手で口元を押さえて、何とか飲み込んで吐きそうになっていると、俺の腹の上に乗ったガートルードが慈愛に満ちた微笑みで次の一口を差し出してくる。





 そう、今のゲテモノバニラアイスは減ったばかりでまだまだ残っているのだ。




 腹筋を使ってがばっと体を起こして、彼女の両手首を掴む。




 どうしてだか彼女はその顔を赤くさせて、こちらを戸惑ったように見つめてくる。





「あっ、あのなっ!? ガートルードちゃんっ!? それはお薬でも何でもないし俺はそんなのはごめんで、」

「食べて。くれないんですか? ルーカスさん・・・・・・」






 しょんぼりと彼女が落ち込む、落ち込んでこちらを見上げてくる。




 心なしかその銀髪もアイスを持った手も元気が無い、つまりは俺が悪い。



 全て我慢しない俺が悪いのだろう、ごくりと唾を飲み込んで覚悟を決める。





(彼女を悲しませるよりかは・・・・・・!!)





 胸がズキズキと痛む、彼女が悲しんでいるだけでこんなにも悲しい。


 だから、だからだから。




「俺が。そっ、そのっ。がっ、我慢して食べます・・・・・!! 食べるから泣くなよ!?」

「ほんとうっ!? ルーカスさんっ!?」





 ぱぁっと明るい笑顔になった。可愛い。




(ああ、その手に持っているのが。血の滴るレバーのせのバニラアイスじゃなかったら、物凄く可愛かっただろうになぁ~!! あと平和な気持ちになれた。平和な気持ちに)






 虚ろな目で見下ろす。



 隣にはこちらの手元を覗き込んでしがみついている、とびっきり可愛い笑顔のガードルードがいる。




 青く澄んだ瞳で見上げられ、思わずきゅんとしてしまう。




 やっていることはゲテモノバニラアイスの強要だが。


 そして彼女は俺のことを好き嫌いの多い詐欺師だと思ってる。




 全てはこの俺がバニラアイスを食べないから悪いのだ、彼女にとって俺は聞き分けの無い詐欺師である。




 手に持ったスプーンがぶるぶると震えていた。





(いいや、違う。これは、俺が震えているんだ・・・・・・・!! どうしよう? もう二度と食べたくないのに!!)







 俺が小刻みに震えていると、こちらの腕にしがみついた彼女がにこやかに話しかけてくる。


 悪意なんてどこにも見当たらない、無邪気で可愛い笑顔で。





「ねぇ? ルーカスさんっ? それっ、早く食べてみて欲しいなー?」

「かっ、可愛い・・・・・!! 分かったよ、ガートルード。食べてみるね」

「うんっ! ありがとう、ルーカスさんっ!」






 この時ほど自分が馬鹿だと思ったことは無い。




(俺の、馬鹿野郎っ・・・・・・!! ああっ、でも。彼女を悲しませるよりかは・・・・・・!!)





 ぶるぶると震えながらも口元へとスプーンを運ぶ。


 バニラアイスを食べるのに、こんなにも勇気を必要としたのは実に初めてのことだった。




(腹を壊しませんように、腹を壊しませんように・・・・・・!!)




 何百回も神に祈りながらも、ぱくりと口に含む。




 なるべく味も食感も感じないように光の速度でごくりと飲み込んだ、その気持ちが悪い喉越しに胃がふわっとしている。




 今飲み込んだこれが、血の滴る生レバーとベーコンとバニラアイスとそう考えただけで。





「ごめん。ガートルード。本気で俺は、気が遠くなってきた・・・・・・」

「わあぁっ!? るっ、ルーカスさんっ!? 大変っ!! パパを呼ばなくっちゃ!!」






 頼むからそれだけはやめて欲しい。


 そう頼もうと思ったところで猛烈な眠気に襲われ、俺は意識を失ってしまった。


























「まったく。駄目だろう? ガートルード。これは睡眠薬にもなってしまう材料なんだから」

「はぁ~い。ごめんなさい、パパ・・・・・・・」






 枕元で彼女の不貞腐れたような声が聞こえてくる。


 低くうめきながらも寝返りを打てば、誰かが俺の手を握ってくれる。


 そしてさらりと額にかかった髪を払いのけられる。




「ごめんなさい。ルーカスさん・・・・・・あの組み合わせはね、お薬じゃなかったの。ごめんね? ルーカスさんだって、お薬だと思って、そう、信じて飲んでくれたのに・・・・・・・」






 大丈夫だよ、最初から知ってたから。


 ゲテモノアイスだとしか思っていなかったから。




 そう返してやりたいのに口も手も足も動かせない。



 弱々しく握り返すと、彼女が嬉しそうに笑う気配が漂ってきた。




「さっ! それじゃあ、パパ? もういいからパパは帰ってくれる? 邪魔!!」

「パパ。お仕事。抜け出してきたんだけどな・・・・・・?」

「うん。ありがとう。もういいから。邪魔だから早く戻って?」

「わっ、分かったよ、ガートルード・・・・・・・ばいばい。また、後でな?」

「んっ! いいから、早くっ!」

「・・・・・・分かった。それじゃあまた後で」

「んっ! ばいばーいっ!」






 彼女が強引に手を振って、しょんぼりと落ち込んでいる父親を追い払ってしまうと。



 がしゃんと、牢屋の扉が開いて閉じてまた二人きりとなる。





「ルーカスさん・・・・・・早く。目が覚めるといいんだけどなぁ」






 彼女がぎゅっと、俺の片手を握り締める。




 その柔らかくて熱い体温に思わず口元が緩んだ、愛おしくてこんなにも可愛い。



 俺を牢屋へと縛り付けている看守な彼女が、こんなにも可愛くて愛おしい。






「ガート、ルード、ちゃん・・・・・・・・?」

「っルーカスさん! 良かった、目が覚めてっ!!」

「ぐうっ!? ・・・・・・ははっ。あーあ、まったくもう」






 俺の腹へとびょんっと勢い良く飛び込んできた彼女を抱き締めてやって、その銀髪頭をわしゃわしゃと撫でてやる。




 これは俺が俺のためにしていること、こうしていつかは離れていく彼女を大事にするのも何もかも、俺がしたくてやっていることなんだ、全部。





 寝台に横たわったまま穏やかに微笑んで、腹の上の彼女を見下ろしていると、青く澄んだ瞳を潤ませて涙を溜めて。




 ぼろぼろと泣き出してしまった、ぎゅっと両目をつむって悲しげに泣いている。




 その涙を指先で掬い取ってやりながらも苦笑する。



 彼女が泣いている理由が何となく分かったから。







「ごっ、ごめんなさい、ルーカスさん・・・・・・!! 私。こんなに酷いことばかりをしてっ」

「そうだな。ちょっとは反省して欲しいな?」

「むぉっ!? うっ、ううっ、ごっ、ごめんなさい~・・・・・・・!!」






 ぐずぐずと泣きじゃくる彼女が事の経緯を話してくれた。




 いわくあれは睡眠薬になるような魔生物のレバーだったと、多量に摂取すれば命に関わること、彼女の父親が魔術で胃洗浄してくれたこと。




 そして「娘の手作りだから」と言ってレバーだけを捨てて、無表情のアレクサンダーがアイスを食べたそうだが「美味しいとはあまり言えない」と呟いたことで、ようやくあのバニラアイスが不味いと気が付いたらしい。




 そのことについても謝ってきた、俺の腹にすがって泣いている。





(出来ることならもう少し早く。気が付いて欲しかったもんだけどなぁ~・・・・・・・・)





 俺の腹にすがっている彼女の頭を撫でながら、思わず遠い目になってしまう。




 やっぱり彼女はとても変わっている。




(それでも、あれを食べようとしたのは)





 泣いて欲しくなかったから、なのだが。



 そのことを伝えると彼女が顔を上げて、泣いて震えて青い瞳で悲しそうに見つめてくる。






「じゃっ、じゃあ。泣かないから、明日も。そのっ、私と遊んでくれる?」

「勿論だよ、ガートルード。こんなことでお前を嫌いになったりなんかしないさ」




 ぼんやりと答えて、自分がフラミンゴ柄のピンク色パジャマを着ていることに気が付いてなるべく考えないようにする。




(誰が。俺を着替えさせたんだろうか・・・・・・? いやいや。考えない、考えない。考えないようにするっ)




 考えても無駄だから。


 世の中知らなくて良いこともごまんとあるから。




「ガートルード。俺は別に、怒ってなんかいないよ? お前が気にしているのはそこなんだろう?」

「うん・・・・・・うん。ルーカスさん。本当に怒ってない? 私のこと嫌いになっちゃわない?」

「ならないよ、ガートルード。絶対に」







 笑ってそう答える。


 彼女になら何をされても許せるような気がする。




 このまま騙されて金品を巻き上げられても何をされても、彼女のすることなら何だって許せるような気がする。




 だから腕を伸ばして、その涙を掬い取ってやってわしゃわしゃと乱暴に頭を撫でてやる。




「大丈夫だよ、ガートルード。何をされても俺は絶対に、お前のことを嫌いになったりしないから」

「むっ、むっ、むぅ~、むっ、むっ」





 嬉しいのか悲しいのか、そんな鳴き声を上げて。


 彼女が両目をつむって涙をぼろぼろと零して、俺の服を両手で握り締める。


 その頭を撫でてやりながら思う。




(うん。これはやっぱり。母性だな・・・・・・・!! 昨日の少年には本当に何かと悪いことをしてしまった)






 きっとこれからも俺は彼女の傍にい続けるんだろう。




 彼女の家族が許してくれている今だけ、いつか引き裂かれてしまうその時まで。




 だからそう思って彼女の頭を撫で続けていた、夢うつつに彼女がもう少しだけここにいてくれますようにと願う。




 飽きられませんようにと必死でそう、願っていた。





















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