プロローグ
「それならそれで、一体どうしてルーカスさんは今の奥さんと結婚したんですか?」
そう戦争の英雄“火炎の悪魔”に問いかけられて、ルーカスが曖昧に笑った。鮮やかな赤髪に淡い琥珀色の瞳を持つ、この男は一等級国家魔術師なのだ。妻にかけられた呪いを魔術で解いてやろうかと、親切にもそう申し出てくれた。ここは魔術が国によって制限された世界。この世の誰もが魔力を持っている。そんな魔力を使って魔術を自由に扱いたければ、途方も無い教育費用をかけて、勉強して、国が発行している国家資格を取らなくてはならない。
そうでもしないと魔術は扱えない。様々な魔術事故やトラブルを防ぐ為に、国家資格を持たない者は魔術を扱ってはいけない決まりになっているのだ。
「さぁてねぇ……それは俺だけの秘密だよ、エディ君?」
「えーっ? 俺としては、この不毛な片思いを打ち切る為にも参考にしたくってですね……」
それでも、魔術の恩恵はすべからく誰にでも平等に与えられるものだとして、今から四十年前に「魔術解放運動」が勃発。それからはと言うものの、今やどこの国も福祉の一環として、各都市に「魔術トラブル総合対応センター」を設置。都民の日常でのお困り事を魔術で解決する「日常魔術相談課」、人外者との契約トラブル、住宅街に出没した魔生物に対応する「人外者被害相談課又は魔生物対応課」。
公共施設の魔術装置や、家庭で利用されている魔術道具を格安で修理、もしくは良心的な価格で販売している「魔術装置修理課」――――……。そして最後にはこの俺が所属している、魔術犯罪に対応している「魔術犯罪防止課」。この四つの部署で構成された、魔術トラブル対応総合センターの自動販売機の前にて、ルーカスはエディと一緒に珈琲を飲んでいた。
ぐしゃりと手の中の紙コップを握り締め、ぽいっとゴミ箱へ投入する。
「生憎とだが、エディ君? 俺はね、今の奥さんに凄く好かれているんだよ?」
「えーっ、いいなぁ! 凄く羨ましい~、俺もレイラちゃんといつかはそういう風になりたいな~」
およそ九年前の隣国との戦争で、我がエオストール王国を勝利へと導いたエディが心底羨ましそうな声を上げる。この戦争の英雄と日常魔術相談課の部長と、その部長の婚約者であるレイラ・キャンベル男爵令嬢の三角関係は、今や誰もが知るところだ。その地味な業務内容から“魔術雑用課”と馬鹿にされてしまいがちな日常魔術相談課の職員、エディ・ハルフォードとは、先日した仕事がきっかけでこうして仲良くなったのだ。
思った以上に懐かれていたが、まぁ、悪い気はしない。この青年は何かと人当たりが良く、冷酷非道の“火炎の悪魔”と呼ばれていた筈だが、まるで別人のように穏やかで、子犬のような青年である。それでも彼はどうやら、意中の女性とは上手く行っていないようだ。何せ恋敵はあの“女殺し”と呼ばれている希代の色男なのだから。
こちらとしてもせいぜい頑張れよ? と言うことしか出来ない。何故なら日常魔術相談課の部長、アーノルド・キャンベルは年頃の娘が傍に寄っただけで、想像妊娠してしまいそうな色男だからだ。
「さーってっと! 俺もそろそろ、仕事に戻るとするかねぇ~」
「ルーカスさん、珈琲、ご馳走さまでした! 俺のイメージ保持のためにも、彼女の前ではブラック珈琲が飲めなくってですね……」
「それは一体、どういう意味なんだい? エディ君?」
「彼女は俺が、甘いものしか飲めないとそう思っているんですよ。だから、そんなレイラちゃんの期待を裏切らないためにも俺は、これからも食堂でカフェオレを頼み続けるんです!」
エディが手にしていた珈琲を飲み干して、随分と可愛らしいことを言う。苦笑して、その背中をぽんと叩いてやった。
「そう心配しなくとも。レイラ嬢は君が何を飲んでいようがきっと一瞥だにしないさ。それならそれで、君の好きなものを飲んだ方がいい」
「うーん、それはよく分かっているんですけどね……」
エディも先程のルーカスと同じく、紙コップを握りつぶして、ゴミ箱へと丁寧に入れている。品の良い仕草だったがそれは、彼が隣国の元王族だからだろう。かの国はもうとっくに、エオストール王国の属国となっているが。
「でもまぁ、彼女の期待は裏切りたくないので? これからも食堂ではカフェオレを頼もうかと思います!」
可愛らしく笑ったエディを見て、何となく妻の姿と重なり、その赤髪をわしゃわしゃと撫でてやる。日常魔術相談課に所属している証の軍服風で、紺碧色の制服がよく似合っていた。かくいう俺も「魔術犯罪防止課」の制服を着ており、これは美しい深紅色である。
「そうか。いつかきっと君の一途さに胸打たれて、レイラ嬢も心を開いてくれることだろうよ!」
「そうだといいんですけどね~、わっ、ルーカスさん! 俺の頭が! 俺の頭がもげそうなんですけど!?」
「っはははは、悪いな、エディ君! それじゃあまたね?」
「はい! 本当にありがとうございました! またいつか、奥さんとの馴れ初めを聞かせてくださいねー!」
ひらひらと手を振って、ルーカスが不敵に笑う。
「駄目だよ、エディ君! あれは俺と彼女だけの秘密なんだよ?」
「えーっ? つまんなーいっ」
「いいから早く仕事に戻りなさい! 君のバディであるレイラ嬢が、首を長くして待っていることだろうよ?」
「あっ! そうだった、そうだった! 俺も早いところ、レイラちゃんの所に戻らなくては!!」
かなり万能な魔術を扱える、国家魔術師の手から一般人を守るために。魔術師同士がお互いを見張り合う、魔術師バディ制度がセンターに導入されているのだ。ルーカスのバディはむさ苦しい男なので、ほんの少しだけ羨ましく思う。
(とは言ってもまぁ、浮気する気なんて、微塵も無いんだけどなぁ……)
それでも、俺の可愛い奥さんは心配で堪らないそうだ。この辺りは俺の過去の素行が原因なので、どうして疑っているのかと、そう不満に思うことは無い。人間、そう簡単には変わらないものだ。変わらないが、目に入れても痛くない程の娘三人を持つ身としては、変わったと断言出来る。とは言っても彼女に不誠実なことなんて、とある深い事情によって一生出来ないのだが。出来ないのだが、彼女は俺が何らかの抜け道を探して、自分から離れていくと、そう思い込んでいる。
(やれやれだなぁ……俺が君にかけられた、この首輪を外す訳が無いのに?)
彼女は俺に全てのものを与えてくれた。騒がしい連中と気ままに仕事して、彼女と可愛い娘が待つ一軒家に帰れば、この世で一番愛おしい宝物たちが腕の中に飛び込んでくれる。
「っおかえりなさーい! パパ、パパ、お土産はー?」
「あっ、ずるい、アリス!! アリサも、アリサもーっ!」
「分かった、分かった、順番なー?」
騒がしい娘たちを交互に抱き締めて、その幸福をたっぷりと噛み締める。まさか自分がこんなにも家庭的な男になるだなんて、思いもよらなかった。愛おしい妻とそっくりな娘二人の額に優しくキスをして、買ってきた白い箱を掲げる。
「っケーキ! ねぇ、パパ! ケーキでしょう、それって!!」
「ケーキ、ケーキ! それともシュークリームなの? それともアイスクリームなの!?」
自分と同じ茶髪に、茶色い瞳をきらきらと輝かせた娘たちが笑う。この可愛い双子の娘はお揃いの青いワンピースを着ていた。俺が無言で手渡してやると、まるでハイエナのようにがっと、ケーキの箱を奪い取ってゆく。今日は俺達の結婚記念日なのでと、そう思って買ってきたケーキなのだ。勿論あれはダミーで、可愛い子供たちが寝静まった後に食べるケーキは、保冷魔術をかけて寝室に隠してある。
「おかえりなさい、ルーカスさん! また可愛いこの子達にケーキを買ってきたの?」
彼女はいまだに、俺のことをさん付けで呼んでいる。美しい銀髪と青い瞳の彼女を見て、酷く満ち足りた気持ちになり、そっと抱き締めてキスをした。彼女がくすぐったそうに笑う。笑ってお返しに、と俺の頬にもキスをしてくれる。
「パパ、パパ、わたしもーっ!」
「はいはい、俺のお姫様たちにもちゃんとしてあげようねー」
「エミリー、あなた、もうちゃんと洗濯物を上に持って行ったの?」
「それはあとでする! ケーキ食べてご飯食べた後にする!」
「絶対しないやつだ! ねぇ、ママ! ママもそう思わない?」
「分かったからちょっと待ちなさいよ、ほらっ」
ばたばたと賑やかに夕食の支度をして、今日あった出来事を喋りまくる娘たちに笑って頷いて、二人で作った夕食を噛み締める。そうだ。俺がずっと欲しかったのはこんな、ごくごく普通の幸せで。まともな職業に就いて、まともに仕事をこなして。浮気も寄り道もせずに帰って(可愛い娘達にケーキを買って行くのは、決して寄り道ではない)、笑い合える健康的な家族がいて、明日もまたこんな風に続いてゆくのだと。何の疑いもなくパジャマに着替えて、可愛いお姫様たちにおやすみのキスをする。
「パパっ、パパ、アリスも! アリスにもしてよーっ」
「はいはい、せっかちだなぁ、俺達の可愛いお姫様は……」
「ふふふふっ、おやすみなさい~」
「おやすみなさい、パパに、それからママも!」
「ええ、おやすみなさい、エミリー」
「おやすみなさい、また明日ね、パパもママも……」
「ああ、おやすみ。また明日な? 可愛いアリサ」
穏やかな微笑みを交わし合って、俺と彼女は結婚記念日を祝うために子供部屋を後にした。
「それじゃあ、先にシャワーだけ浴びてくるから。先にケーキ食べててもいいわよ?」
「ご冗談を、ガートルード? 君がいなくちゃ、どんなに甘いケーキも塩っ辛いものになるさ」
「ふふふふっ、もう、相変わらずなんだから、ルーカスさんは!」
彼女が嬉しそうに笑う。あれからと言うものの、彼女はよく笑うようになった。よく笑うようになって、出会った当時では考えられないほど、明るく陽気な人になっていた。そんな素晴らしい変化は自分によるものだと、そう考えただけで心が踊る。初めて出会った時も何となく感じていたことだが、俺は彼女と酷く相性が良いのだ。一緒にいるだけで、こんなにも心が落ち着く。
かつては手放そうと、ようやく手に出来そうになっていた愛おしい宝物を、一人で歯を食いしばって諦めようとしていた。自分の気持ちに見てみぬ振りをしていたんだ。でも、きっと、かなり最初の方から彼女のことが好きだったんだ。こよなく大事にしたいと思っていたし、幸いなことに彼女も俺の愛を望んでくれた。それは驚く程に刺激的なプロポーズだったけど、俺は今でもあの時のことを恍惚と思い返している。
あの瞬間に俺の人生は全て塗り替えられた。あの瞬間から俺の人生全ては彼女の物で、それは今現在だってそう。
(ああ、なんて幸せなんだろう? 今日もガートルードが俺の傍にいてくれる……)
もう、あの広い牢屋で彼女の訪れを待たなくてもいい。彼女に見捨てられるかもしれないと、そんな恐怖を漠然と感じなくてもいいから。俺はもう、どこにだって行ける。彼女の会社まで行って、気紛れに迎えに行くことだって、何だって出来る。
(それでもどこにも行かない、行かないよ、俺が行きたい所はいつだって、ガートルード、君の隣だから)
かつて夢見ていたように、彼女と一緒に外出してご飯を食べて、動物園や水族館、魔術ミュージアムにショッピングモール、色んな所を見て回って、愛しい彼女の頭を撫でてやる。今日も彼女が俺に笑いかけてくれる。泥を這いずり回っていた溝鼠のような俺が、ようやく手に出来た愛おしい宝物。
(ああ、駄目だなぁ、かなり眠い……待っていたいのに、折角の結婚記念日だから)
ルーカスはずるりと、重たい体をソファーに預けていた。この肘掛けソファーも彼女と一緒に選んだもので、美しい緑色をしている。滑らかな花柄の絨毯にダブルサイズの大きな寝台、シェードランプにアンティークの鏡台と椅子が置かれ、何とも居心地が良い。ぼんやりと薄暗い夫婦の寝室にて、パジャマを着て、幸福さに酔い痴れて微睡んでいた。微睡んでいたが次の瞬間、しゃりんと鈴のような音が鳴り響く。
「っくそ! 折角の良い気分で思い出に浸っていたのに、一体どこのどいつが連絡してきたんだよ?」
低く呻いてソファーから立ち上がる。立ち上がって、妻の鏡台に置いてあった、魔術手帳の下へ向かう。あえやかな薔薇色の魔術手帳の上で、連絡が入ったことを知らせる美しいユニコーンと妖精が佇んでいた。このお知らせは個別に設定出来るもので、ルーカスは愛しい妻とよく似た姿の、美しい銀髪の妖精を選んでいる。
中には火を吹くドラゴンや恐竜、小鳥にカピバラに絹羊にと、ありきたりな動物を設定している人間もいるようだが、若干愛が重たいと言われようとも、俺は彼女によく似た妖精を選んでいた。
(だってこうしていたら、離れていてもずっとずっと、ガートルードといれるような気持ちになれるからさ……)
そう惚気を話した時の、同僚の心底嫌そうな顔を思い出した。思い出して不敵に笑う。
(君達も早く、俺のようになれるといいな)
不遜な態度で笑って、お知らせの妖精に礼を告げ、魔術手帳を開いてみる。開いた所でしゅわりと、銀髪の乙女が光り輝いてページの中へ戻っていった。それはさながら、水の中に飛び込んでゆくかのようで。そして魔術手帳のホルダーから、羽根ペンを取り出して茶色い瞳を瞠る。
「お前もお前で、随分と律儀な男だなぁ……」
そこには、意外と綺麗な文字で祝いの言葉が記されていた。
“結婚記念日おめでとう、ルーカスにガートルード。また明日にでも会いに行くよ”
「明日ぁ!? おいっ、お前はいつになったら社会常識を身に付けてくれるんだよ!?」
これではいけないと慌てて、ものぐさな古い友人に返事を書くことにした。鏡台の椅子を引いて座って、魔術手帳に向き直る。すらすらと、羽根ペンで返事を書き始めると、猛烈な眠気に襲われてしまった。
「あー、でも、丁度良かったかもなぁ、連絡が来て……」
まだ俺は彼女に愛していると、そう言っていないのだ。あの時、あの瞬間に決めたことを自分はまだ続けていて。もうあれから十年が経つのだし、今夜にでも彼女に愛を囁いてみようかと思う。そこまでをつらつらと考えていると、また新しい文字がゆらゆらと、紙の上に浮かび上がる。
“それじゃあ、俺がそっちの駅まで行くよ。それで久しぶりに、ガートルードと一緒にお昼ご飯が食べたいな”
随分と彼女はこの男を手懐けたもんだと、不愉快な気持ちで眉を顰める。眉を顰めてから、仕方が無いかと思い直す。この男がいなければ、自分が今こうして、彼女と結婚していることもなかっただろうから。仕方なく諦めて俺も一緒に食べるからな、と古い友人に釘を刺しておく。いくつかの近況報告をした後、また明日と、別れの挨拶を書き込んで一息ついた。一息ついて、ぐったりと椅子にもたれる。
(まだかな、ガートルード……早く、君に会いたいなぁ)
昔に戻った気分となって、重たい瞼を閉じる。彼女と出会うきっかけとなった出来事を、夢うつつに思い出していた。
「非常に残念なことに、俺の娘が君の事を必要としているんだよ」
青みがかったダークブルーの長髪を揺らして、目の前の男がそう告げた。その口調は淡々としていて、何の感情も窺えない。どこからどう見ても四十代半ばなのだが、背筋がぞっとするような美しい顔立ちには皺が刻まれていない。石膏のように白い肌にダークブルーの瞳、さらりと揺れ動いている青みがかった美しい黒髪。御伽話で語られる魔術師のように、その男は黒いローブを身に纏っていた。ここは真夜中の監獄でぴちゃんと、どこかで雨水が滴る。
「はぁ、それはまた一体どうして? そもそもの話、あんたは一体どこの誰なんだい?」
「数多くの女性を騙して甘い蜜を啜ってきた君の、被害者である夫の一人だよ」
そこまでを聞いてああ、なるほど? と思った。俺は結婚詐欺師だったから。結婚詐欺師と言うよりかは既婚未婚問わずに、数多くの女性を騙して牢屋にぶちこまれた、女性専門の詐欺師と自己紹介するべきなのか? だからまぁ、この男の妻も俺の被害者なんだろう。まったくもって、何も思い出せやしないが。
「それで? あんたの娘さんが、俺のことを一発殴りたいんだって?」
粗末な寝台に体を起こして、気だるげに問いかけてみる。真夜中の監獄にここまでやって来たということは、並大抵の人物ではない。いかにも真面目で堅苦しそうなその様子から、警察関連のお偉いさんだとそう思った。エルフのように美しい男はそっと、悲しげに睫毛を伏せる。
「……いいや? 実を言うと、あの子の考えていることはこの俺でもよく分からないんだよ」
「父親なのにか? ああ、失敬。父親だからこそ見えない、分からないものもあるよなぁ~」
片手を上げて、物言いたげな美しい男を制する。どうせなら、絶世の美女に忍んできて欲しかったものだ。絶世の美青年ではなく。目の前の男は青年というには老けすぎていたが、浮世離れした雰囲気がそうさせているのか。それともここが、断崖絶壁に佇む監獄で今が真夜中だからか、青年にしか見えない。この男の娘なら何かと期待が出来そうだなぁと一瞬、下世話な考えが頭を過ぎる。
「そうだ。俺は今まで生憎と仕事が忙しくてね。あの子が父親を最も必要とする、可愛らしい時期を放置して今まで生きてきたんだ、俺は」
随分と独特な口調と声だった。冬の雪原に湧き出る泉の如く、男の声はしんと清涼に静まり返っている。何の感情も窺えない、ダークブルーの美しい瞳が真っ直ぐにこちらを射抜いていた。何となく居心地が悪くなって、自分の鎖骨をぼりぼりと掻き毟る。
「ああ、よく聞く話ですね、それは? 娘さんは今年でいくつになるんだい? ひょっとして反抗期だとか?」
「反抗期かどうかはよく分からない。そもそもの話、あの子は俺に反抗するような子じゃない。……そこまで長い時間、俺はあの子と一緒にいられた訳じゃないんだよ」
わざわざこんな真夜中に牢獄にまでやって来て、育児相談でも始める気か? それを口に出すのは躊躇われた。俺のことが憎くないのか、と聞こうとしてやっぱりやめた。この冬の王のように美しい男からは、何の憎しみも感じ取れなかったから。男は戸惑うこちらを気にせずに、すらすらと流暢に語り始める。
「俺にはあの子の考えがよく分からない。よく分からないが、あの子に沢山の悲しい思いをさせてしまったのはただの事実だ。俺はそんな悲しい現実を真っ向から受け取ろうかと、そう思っているんだ」
「はぁ。それはまた、随分と結構なことで?」
煙草があればふかして噛み締めていた所だ。非常にどうでもいい、下らない。人の貴重な睡眠を奪っておいて一体、この美しい男は何が言いたいんだ?
「だから俺はただ、娘のお願いを聞き届けることにしよう。ちなみに」
男が白魚のような美しい手をこちらにかざした瞬間、ぴかっと眩い光が炸裂する。しまった油断していた、と思うのと同時に、意識がぐらりと傾いて崩れ落ちてゆく。
「俺の娘に手を出したら、それ相応の報いは覚悟しておけよ? 俺がお前の首は不要なのではないかと、お前にそう語りかけることが無いように。身を慎んで行動するように。分かったな?」
不思議な呪文のような言葉が聞こえたかと思うと、俺の意識はそこでぷっつりと途絶えてしまった。そこまで心配するのならば娘の言葉など、愛によって嗜めればいいものを。いいや、そもそもの話、娘のお願いとやらは一体どういった内容のものなんだ――――……?




