ズルい女
翌朝、登校すると私は、空手流派の代表の息子でもあり、自身も天才と讃えられている隆盛が指導する武道館前で部活が終わるのを待っていた。
勿論、理由があってのことだけれども、朝練をしている運動部の子たちが見かけない美少女の姿に困惑して、通り過ぎるたびに私のことをチラ見してくる。
まぁ、仕方ないわね・・・・。だって、私、美少女だしっ!
私は若干の優越感を味わいながら、隆盛を待っていたので、待ち時間は短く感じられた。
そして、隆盛は、部活が終わると目ざとく私を見つけてダッシュでやってきた。
「明っ!! どうしたんだ?
何かあったのかっ!?」
突然の訪問に驚いた隆盛は珍しく取り乱していた。どうやら、私が何か問題を抱えていて、その相談をしに来たと勘違いしたらしい。
私は、誤解させてしまったことを謝罪しつつ、本題を説明する。
「あ、ごめんね。びっくりさせちゃった?
違うの。昨日、デートの話を初に中断させられちゃったから、その続きを話そうかと思って。」
私の回答は隆盛にとっては予想もしていないことだったらしく、少し苛立っていた。
「バカっ!!
急に来るから何事だと思っただろうがっ!
・・・・心配させるなよっ!」
バカっ! って、本気で言った・・・・。
隆盛が私に向かってこんなキツい物言いをするなんて、よっぽど心配してくれたのね。
「ごめんね。・・心配してくれてありがとう・・・・。」
私が素直に頭を下げると、隆盛は私の肩にポンと手を置くと、「もういいよ。じゃぁ、いこうか?」と言って肩を引く。
「・・・部活の皆が見てるからな・・・・。」
隆盛は気まずそうに言った。
なんでだろう? と、思っていたら、心の中でお姉様が「あほうっ!」と、叱った。
「明よ。お前はわからぬのか?
武道の部活で指導員を務めている隆盛が部活終りに女の子を待たせてイチャイチャしておったら示しがつかぬじゃろうがっ!」
あ・・・。部員の前で女の子とイチャイチャしている姿は見せちゃ駄目なのかな?
でも、それをわかっていたのなら、最初から言ってくれればよかったのに。
「何後も経験じゃ。
場合によっては、お前の夫にもなりかねん隆盛のことをお前は身をもって知っておくべきじゃ。
いや、例え、お前が最終的に隆盛を選ばなくてもじゃ。お前のことをこれだけ思ってくれておる男の事を知っておくのは悪い事じゃないぞ・・・。」
なるほど・・・・。確かにそれはそうかもしれない。付き合っているのは、あくまで私と隆盛。私達のことは、お互いに心から分かりあっておく必要があるものね。
でも、そうと分かれば、私は自分の浅慮を恥じて謝らないといけない。
「ごめんね。もう二度とこんなことしない。部室にはいかない。」
「もういいよ。・・・で、何の用だっけ?」
「ああ・・・・。昨日、デートの話を初に中断させられちゃったから、その続きを話そうかって、話。」
「はぁ? お前、そんなことでこんな朝早くに部室の前で待ってたのか?
昼休みでいいだろ・・・・。って、ああ、そうか。初が・・・・。」
「そうそう。だから、こうやって待ち構えていたの・・・。」
私がそういって、隆盛の反応を見るために顔を見つめると、隆盛は照れたように微笑んでから、「・・・一回、パスって言ったから、もうダメかと思ったぜ。」と、いった。
それから隆盛は歩きながら、デート先を思案するように何やら考え込んでいたけど、やがて話し出した。
「まぁ、そうだなぁ。
結構、デートスポットは行ってるし、ここら辺で近場にしないか?」
「うんっ!! いいね、どこ行こうか?」
「ボーリング、ビリヤードあたりか?」
隆盛は、当たり前のようにビリヤードを出してくるけど、ビリヤードなんか、私やったことないし、隆盛とボーリングに行ったら、隆盛が玉を転がす勢いが凄すぎてピンに当たったときの衝突音が凄さまじいものになる。そうなると、周りの注目を浴びることになるから、それは避けたいなぁ・・・。
「なんだ。明、ビリヤードやったことないのか? 俺が教えてやるよ。」
う~ん。どうしようかなぁ・・・。でも、せっかく隆盛が考えてくれたから・・・。
「そうね、じゃぁ、ビリヤードに行きましょうか!」
と、話がまとまったところで、初に出くわす。
「あ~~っ!! 二人で登校してるっ!!
ズルいっ!! ズルいぞ、明ちゃんっ!!」
初は、慌てて走ってやってきて、隆盛の腕に抱きついた。
「ズルいぞっ!!」
怒り方が可愛いなんて、アナタ。ずるいのはどっちかしら? と、思わなくもないけれど、
「おはよう、初。これはズルくないの。
だって、昨日、アナタが私と隆盛のデートの話を遮ったから、今日、こうやって二人きりの時間に話をすることにしたの。」
いわれて、初は昨日の会話を思い出して「あっ!」と、声を上げてから、「でも、これは反則っ!!」と言って抗議する。何が反則なのかわからないけれども・・・・・。
「大体、初もデートの話は二人でしてるんでしょ? おあいこ様じゃない?。」
「う~~っ・・・。でも、朝の登校時間を狙うのは、駄目っ! そんなの恋人同士の行動じゃない。」
「初。私、アナタの判断基準がよくわからない・・・。」
そう言って対峙する私たちの間を取り持つように「まぁまぁ・・・。」と、隆盛が声をかける。
「これからは、お互いに昼休み話をしよう。」
隆盛の一言は鶴の一声のように、私達は納得せざるを得ない。
「「わかったわよ。」」
二人同時に承諾した。
・・・・・・・。それにしても、私はいつの間に、隆盛とのデートをこんなに心待ちにするようになったのかな?
元々は、隆盛から求められて始まったデートだけど、何度もメロメロにされちゃったのが効いてるのかなぁ。私は、隆盛の逞しい体と誇り高さ、そして優しさが好き。その上、イケメンと来ているからいう事はなし。
隆盛の方はと言えば、夢の中で見た女の子になった私に一目ぼれしたのが、そもそもの発端なんだけど、それからずっと好きでいてくれているんだから、一途よねぇ・・・・・。
・・・いや、一途じゃないか。初にも惹かれているもんねぇ・・・。なんか、ムカつく。
この浮気者っ!!
私は、自分のことを棚に上げて、心の中で隆盛を責める。その嫉妬こそが私の中で隆盛という存在が大きくなっている証拠なのだけれども、その事に気が付くのはずっと後のことだった。
お昼休みになると、初と美月ちゃんがやって来る。美月ちゃんは、いつも通り私の隣に座ると、出し抜けに
「次の日曜日、デートしない?」と、持ち掛けてきた。
え・・・
・・・・・・
・・・・えええええええええええええ~~~~っ!
な、なななな、何を出だすのよっ! 美月ちゃんっ!
その場にいた一同がビックリしていると、美月ちゃんは、「冗談よっ!」と、嬉しそうに笑った。
「ただ・・。今度、BLのイベントがあって、声優さんも来るの。
購入特典で色々と言ってほしいセリフを言ってもらえるの。明ちゃんも来ないっ!?」
美月ちゃんは、「来ない?」なんて、まるで私に選択肢があるように尋ねるけれど、こんなに可愛い女の子から期待のこもった瞳で見つめられて、断れる奴は男じゃない。
じゃ、なかった。断れるわけがないっ!!
ああ、あぶない。あぶない。
全く、美月ちゃんの可愛さは、危険だわ。容易に私の中の男心を掘り起こしてくるんだから‥‥。
最近は、随分と男の子たちのことを思っているから、大分、薄れてきていたというのに、美月ちゃんと触れ合っていると、訳が分からなくなっちゃうわ。
でも、いいわね。BLイベント。
「うんっ!! 私も行くっ!」
と、私が賛同すると、初も「え~、いいなぁ。わたしもいきた~い。」と 乗ってきた。
話が固まり、3人で次の日曜日にアニメショップに集合する話をまとめている姿を見ながら、隆盛が
「BLって、アレだろ? 男同士の恋愛の・・・・・。
そんなもん見て、何が面白いんだよ・・・。」
と、感想を述べる。いや、お前が言うなよ・・・・・・と、誰しもが思いながらも、口にしなかった。
一学期ももう2週間足らずで終わってしまうというのに、デートイベントを二つも決めてしまった私は、まごうこと無き魔性の女だろう・・・。