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言ってあげるべき言葉

「どうして、そんな危ないものに手を出したの?」

放課後、私達ははじめを囲んで話を聞く。

ネットで女性ホルモンを入手して、オッパイを作るという危険な行為に出てしまったはじめ・・・。

どうせ、今晩、はじめのご両親が学校に呼ばれることになっているのに、私達ははじめにその事を尋ねずにはおれなかった・・・。

私達の教室にはじめと私と隆盛りゅうせいが残って、話し合うことにした。

少し遅れて不知火先輩と美月みづきちゃんも来てくれてた。

ありがたいことに皆、はじめの友達だから、親身になって心配してくれている。

はじめもそれに感謝しながらも事態の大きさに狼狽えているようにも見えた。

上の通りの私の質問に、はじめは、しばらく押し黙っていたが、やがて目を潤ませながら、


「・・・・だって・・・オッパイある方が隆盛が喜ぶと思ったから・・・。」


自分が女の子になりたいという願望よりも隆盛が喜ぶと思ったから、女性ホルモンに手を出したのだという。

自分の為ではなくて、隆盛のために・・・・・。

その言葉は、誰よりも隆盛に深く刺さる言葉だったろう・・・。隆盛は、ふうっとため息をついてから、天井を見上げて黙ってしまった。

隆盛が今、何を考えているのか私達にはわからないけど、きっと、隆盛はどうすればいいのかわからないと思う。だって、これはとても重い話だから・・・・。

不知火先輩もどういえばいいのかわからない状況だったし、美月ちゃんははじめの乙女心に胸打たれたのか、涙をこらえて黙っていた。

私も何と言ってあげればいいのかわからなかったけど、一言だけ言ってあげないといけないと思った。


「キレイな胸だったわよ・・・・。」


そう言ってほほ笑んであげると、はじめは、肩を震わせて涙をポロポロ溢しながら、「本当?・・・・私、綺麗だった?」と言った。

私ははじめの体を抱きしめてあげながら、頭を撫でてあげる。

きっと、不安だったろう。誰にも相談できず、不安と期待に震えながら、毎日過ごしていただろう。

その中でも一番言って欲しかった言葉って「キレイだよ。」だと思う。

私にもわかる。

初めて女の子の服を着た姿を男の子の前に見せるとき、私も同じように思っていたもの。はじめもきっと、・・・・本当は心配されたり、同情されたりするよりも「キレイだよ」って言われたかったと思う。

それも隆盛に・・・。

でも、隆盛は男だし、女心はわからないし、突然のことにどうしていいのかわからずに混乱している事だろうから、そんなセリフは期待できない。だから、私が言ってあげるの。ごめんね。本当は、あの時、まず最初に、言ってあげないといけなかったのに・・・・・。

私達はどうしても理性的に考えてしまった。

しかし、今、肩を震わせて涙しながら「ありがとう・・・あかりちゃん。・・・・言ってくれてありがとう・・・」と言うはじめの姿を見るに、私の考えは正しかったと確信している。

女性ホルモンを手にして体が変化していく過程を実感しながら、きっとはじめは、不安でいっぱいだったと思う。期待以上に不安だったと思う。

それでも途中で止められなかったのは、それが愛だからだと思う・・・・。

隆盛への愛がそうさせるのだろう。

私は思い知る。隆盛へのその思いの深さが私とは比べ物にならないほど深い事を・・・・。


最終的にはじめの思いを受け止めるか受け止められないのか。決めるのは隆盛だ。

一同が、何とも言えない気まずい雰囲気になった。

しばしの沈黙の時間が流れていた時、教室の扉が開き、保健室の先生が入ってきた。

「・・・・あら? アナタたち・・・?」

と、先生は教室に私たちがいることを不思議に思ったような声を上げたけど、私と目が合った瞬間に何かを悟ったのか、「・・・・・ああ。」と、納得する声を上げる。


「そうよね、榊さん。あなたなら、八也やつなり君の相談に乗ってあげられるわね・・・・。ありがとう・・・。」

先生は、私に向かって感謝の気持ちを述べる。そして、はじめの前に立つと、はじめを気遣う様にとても優しい声で話しかける。

「まず、先生と病院に行きましょう。安心して。ご両親は、あとで来ますからね?」

はじめは、その言葉を聞いてビクッと、体を震わせたあと、小さく頷いて、先生の手を握る。

その小さな手が震えていた。先生もはじめが不安に感じていることをかわいそうに思ったのか、その手を握り返し、「大丈夫・・・・。大丈夫だから・・・。」と励ましてあげていた。


「あとは、先生がやるから、貴方たちはもう帰りなさい。

 ここから先は、学校とご両親と八也君の問題だから‥‥。」

そのセリフは、子供の私たちの介入を許さない言葉だったし、その言葉に対して私たちが無力なことぐらいは、私達もよくわかっていた。

だから、全員が、一人一人。帰る前に「大丈夫だから。」と、根拠のない言葉をかけてあげてから教室を出て行った。

廊下に出てから、全員が無言で歩いた。

誰も何を言えばいいのかわからなかったからだ・・・・・。

途中でふと、私は隆盛の足が止まって置き去りにされていることに気が付いた。

振り返って隆盛をみると、隆盛は、先生に連れられて私達とは反対方向へ歩いていくはじめの弱弱しい後ろ姿を見つめていた・・・・。


「・・・・俺のせいかな・・・?

 俺が悪いのかな・・・・?」

隆盛は、珍しく弱弱しい声でつぶやいた・・・・。

違うよ、隆盛。そうじゃないの・・・・。

私は深呼吸一つしてから、傷ついている隆盛に優しく言う。


「自分のせいだなんて言ったら、はじめが可哀そうだよ。

 隆盛は、はじめをどう思ったかを、次に会った時に言ってあげればいいと思うの。

 罪悪感なんて感じないで・・・・・。それじゃ、はじめが可哀想・・・・・。

 ”綺麗だよ”、”可愛いよ”そういう言葉をはじめは望んでいる。もし、隆盛がそう思っていなかったとしても、嘘でもいいから言ってあげてほしいの・・・・。

 だって、はじめは、隆盛が喜んでくれると思って、女性ホルモンに手を出したんだから‥‥。

 自分のせいだなんて思わないで。あの子は隆盛に喜んで欲しかっただけなんだから。」


私の言葉に隆盛は肩を落としながら・・・・遠くになったはじめの背中に向かって「キレイだよ・・・・。」と呟くのでした。


その後、皆、何も語らぬままに自然と別れ離れになって帰った。別れの挨拶も出来ないほど、私達ははじめのことが心配でならなかった・・・。

自宅に帰ってから、私は、脱力感でベッドに倒れ込むと、「ねぇ、お姉様。はじめは大丈夫なの?」と、問いかける。


「まぁ、体に悪影響が出ないようにはしてやる。病院の検査でも悪い結果は出ないだろう。医者は驚くだろうけどな。・・・あとは両親との話し合いと、はじめがどうしたいかによるな。

 あいつが、元の体に戻りたいと決断したのなら、妾が叶えてやるし、

 あいつがそのままでいたいと望めば、そのままにしてやろうぞ・・・・。」

お姉様は、とても優しい配慮をしてくれた。

でも。

やっぱりはじめを女の子にしてあげることは出来ないんだろうか?

あの子はそれを望んでいると思うし・・・・・。

「ダメじゃ。この日本にどれくらいそれを望む者共がおると思う? 妾が明を女にしたのはそもそも罰じゃ。呪いじゃ。

 これは、特別な事じゃ。誰にでも許すことは出来ぬのぅ・・・・。」

・・・・・そこを何とかなりません?

「神々には神々のおきてがある。

 破れば、妾にもそれ相応の罰が下る。

 出来ぬのじゃよ・・・明。」

・・・・。

・・・・・・。そうですか・・・・ごめんなさい、お姉様。無理なお願いをして。

「良い、許す。

 お前のその友達思いな姿を眷属のあるじとして、妾は嬉しく思うぞ。

 明。お前は優しい子じゃな・・・・・。」

お姉様は、とても優しい声でそう言ってくれるのでした・・・・。



翌日・・・・。あれから、はじめはどうなったのだろうか?

そう不安に思いながら、登校した私を・・・・・・セーラー服姿のはじめが迎えてくれた。

「おはようっ!! あかりちゃんっ!!」

満面の笑顔だった。

そうか、きっと何もかもうまくいったんだ・・・・・。私ははじめの満面の笑顔からそう悟ると、嬉しくなってはじめを抱きしめてあげるのだった。

「痛いよ・・・明ちゃん・・・。」


私は、抱擁する腕を話すとはじめから事の顛末を聞いた。

端的に話すと、お姉様の手回しもあって、病院の検査では身体的にダメージはなく。女性ホルモンをやめれば、胸も元に戻るだろうと診断された。

その後、はじめは両親と学校と、よく話し合ってから・・・・・LGBTの生徒として認可され、女生徒と、ほぼ同じ扱いを受けることが出来るようになったらしい。

はじめがその決断をしたその時、両親ははじめの覚悟の重さを知って、これを反対したら自殺するかもしれないと言って、受け入れようと言ってくれたらしい。

本当にいい両親だなぁ・・・・・・。

そのおかげで今日から、はじめはセーラー服で登校することになったらしい。

私と同じ真っ白な夏服用セーラー服を・・・・・。

そして、遅れてやってきた隆盛は、その姿を見たら何と言うか・・・。

私もはじめもドキドキしながら、教室の外で隆盛が来るのを待っていた。


やがて、廊下の遠く向こうから隆盛が歩いてくる姿が見えた・・・・。

はじめが言うには、隆盛だけには昨日の夜に連絡を入れたらしい。返信はなかったらしいけど、隆盛は事情を知っている。はじめがどうしてセーラー服を着ているのか、その事情をすでに知っている。

だから、はじめのセーラー服を見ても驚きはしない。

ただ、どういう反応をするのか、それだけが心配だった・・・・。

やがて、はじめと私の前に向かい合った隆盛は、黙ってはじめを上から下まで見ていた。

ドキドキドキドキ・・・・・・・・と、私とはじめは、同じ気持ちで胸を高鳴らせた。


「セーラー服。似合ってるぞ。はじめ・・・・。」

隆盛は、満面の笑顔でそう言うと、泣き崩れるはじめの体を両腕で抱きしめて支えてあげるのでした。

その時、私は・・・・はじめと隆盛のことなのに、心の中で

「ああ。私・・・・。こんなにやさしい人を好きになって、良かった・・・。」と思うのでした・・。



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