取り繕う笑顔
「やんっ!! 隆盛、私ともご飯交換してっ!!」
初が可愛い声を上げて抗議する。
その愛らしい姿に私たちのテーブルはおろか、他の席の男性客たちも頬を緩ませる・・・。
でも、残念ね。
この娘、男の子なんですよ・・・。ごめんなさいね。
私は心の中で、初の可愛らしさに騙された男性たちを憐れむ・・・・。ところが、初が男の子だと認知しているお兄ちゃんたちまで、ちょっとニマニマしながら、初を見ている。
隆盛も「し、仕方ないなぁ・・・。」とか言いながらも、ちょっと嬉しそうに自分のハンバーグをフォークでとると、初の口に運んであげた。
「ん~~~っ、濃厚で美味しいっ!!」
初は、満面の笑顔を浮かべながら、頬に手を当てて、小首をかしげて美味しさをアピールする・・・・。
くっそー・・・・本気で可愛いわね、この子・・・。
私は男の子たちを狂わせる初に嫉妬しながらも私も他の男性陣と同じく、初の可愛らしさに心が揺らぐ。
私の中で復活しつつある男心を、男の子のくせにくすぐってくる初・・・本当に恐ろしい子・・・。
と、思っていたら、続けて初が頼んだラーメン、餃子セットが届く。小っちゃい体なのに結構がっつり食べるのね。やっぱり男の子だわ。
そして、同時にお兄ちゃんが頼んだカツカレーライスが届いた。まぁ、お兄ちゃんはこれぐらい食べるよね。
声を出すお仕事って意外と体力がいるから、オペラ歌手とか意識して太るって言うぐらいだし・・・・。
「じゃあ、明ちゃんっ! 餃子を分けてあげるねっ!」
そう言って、初は、早速にも届いたラーメン、餃子定食から餃子を2つ分けてくれる。
「ありがとう、私の分は後で分けてあげるわね」と、私が言おうとした矢先、初は、甘みそダレを餃子にかけた・・・・。
えっ・・・。
まって・・・。私、今。お口の中、濃厚デミグラスソースハンバーグの味になっているんだけど・・・。
そこに味噌ダレを足すの・・・?
私は、その時。自分が地獄への入り口に足を踏み入れていることに気が付いた。
既にお口の中は、デミグラスソースのハンバーグ味。
これから届くお料理は、私と美月ちゃんが頼んだ「ほうれん草とベーコンのクリームパスタ」と「卵たっぷりナポリタン」。それから、不知火先輩が頼んだ鯖の味噌煮込み定食・・・・・・。
・・・え。
ちょ、ちょっとまって・・・・。
1.濃厚デミグラスソースハンバーグ
2.味噌ダレ付き餃子
3.カツカレー
4.ほうれん草とベーコンのクリームパスタ
5.卵たっぷりナポリタン
6.鯖の味噌煮込み定食
・・・・・ですって?
それが私の口に順次入って来ると・・・?
そして、それらが混然一体となって私の咥内を刺激するというの・・・?
・・・・・そう悟った時、私はここが地獄の入り口だと悟った。
ええ~っ? そ、そりゃ皆は1食づつ交換するだけだからいいけどさ・・・・。私、この味が濃い6食を一人で食べることになるんだよ?
想像しただけで悲惨なことになるじゃないっ!!
・・・・断ろうかな。と、思いもしたけど、隆盛のご飯だけ食べて他の人のご飯を食べないとか、そういう不公平が出来るわけもなく・・・。
私はどうすればいいのっ!!
などと思いながらも、冷えた餃子なんか食べれたものじゃないから、結局、口に入れることになるんだけど・・・・・。
濃厚デミグラスソースと味噌ダレって・・・・。両方ともミンチ肉ベースだけどさ、味付けって一番重要なところじゃないっ!!
しかも、この餃子っ! ちょっとニンニク効いてるしっ!!
私は、たまらなくなって、口の中の餃子を水で流し込む。
ふうっ・・。これで一件落着。
そこへ私の頼んだ「ほうれん草とベーコンのクリームパスタ」と「卵たっぷりナポリタン」が届く。
な、ナポリタンとクリームパスタって・・・・何も考えてなかったら、そこまで無理じゃないかもしれないけれど・・・・・。今となっては、かなりきついコンボだよね・・・・・。
しかも、そこへお兄ちゃんがカツカレーを小皿に分けてくれた。
・・・分けてくれた?
「クリームソース」と「ケチャップベースのソース」と「カレー」ですってっ!!?
嘘でしょ?
・・・・・これ、今から私・・・・・食べないとだめなの?
私は絶望したっ!!
しかも、その時、不知火先輩の鯖の味噌煮込み定食が届いたっ!!
この上、味噌味ですってっ!!?
どうしよう・・・・どうしよう・・・。
私、今日、・・・・・・死ぬかもしれないっ!!
それほどの絶望が私を襲う・・・。
こうなったら頼りになるのは、手元の水だけね・・・・。
私は、覚悟を決めてお兄ちゃんのカツカレーに手を付ける。
スプーンですくった感触だけで分かる。このカツカレーは結構本格的にいろいろな具材が煮込まれた濃厚スープ。この濃さが私の天敵となることがわかっている。
それでも私はこのスープに口を付けた時、言わなければいけない。
「美味しいっ!」
例え本当に美味しくても、今の私の状況では、とてもこのカレーを美味しいと喜ぶことは出来ない。
それでも私の反応を見て、お兄ちゃんが喜ぶのだから、私は言わないといけない。美味しいと・・・。
私は出来る限りお兄ちゃんにバレないように水を飲んで口を注ぐ。
だって、次に美月ちゃんと一緒に頼んだクリームソースとケチャップソースを口にしなければいけないのだからっ!
美月ちゃんは、ウキウキしながら、私に卵たっぷりのナポリタンを分けてくれながら、「じゃあ、次は私の番ねっ!」と言う。
その嬉しそうな姿を裏切るわけにはいかない。私は、美月ちゃんが「はい。あーん・・・。」といって差し出すナポリタンを「ええい。ままよっ!」と、ばかりに目を瞑って口にする。
その様子が周りの男子にどう映るのか私は想像していなかったけど、通りすがりの男性がポツリと「うっわ。エッロ・・・。」というのを聞いて、ハッとした!!
そう、女子がBLを好きなように男子は百合が好き。
私の行動はそんな男子の色欲を刺激するものだったらしい。何がいけなかったのかと言えば、やっぱり、目をつむっていたことだろう。それが何とも言えない雰囲気を醸し出していたのかな? まぁ、普通に考えれば、目をつむって受け取るとか、恋人同士のする行動だもんね。百合って思われても仕方ないか・・・。
そして、案の定、うちのテーブルに座る男子3人もまんざらでもない表情で私たちを見ている。
いや、君達。一応は私の彼氏候補でしょ? それでいいの?
私、百合になっちゃおうか? ん?
しかし、まぁ・・・・。カレー強しっ!
カレー強しっ!!
コップの水じゃ注ぎきれない後味。カレー+ケチャップが私の咥内でタップダンスを踊ってるっ!
いやあああああああ~~~~~~っ!!
清めねばっ!!
洗い清めねばっ!! この後味を残したまま、次の強敵を迎えることなど、不可能っ!
私は、コップの水で咥内に蓄えた内臓物を洗い流した後、満面の笑顔で「美味しいっ!!」という。しかし、やはり普通は本当に美味しいものを口にした後、すぐに「美味しい」というのが普通。コップの水を飲んだ後に言うセリフではない。
美月ちゃんは、ちょっと微妙な顔をした。
ああっ!! ち、違うの!! 美月ちゃんっ!!
ごめんね、美月ちゃんは悪くないからっ!!
と、私は心の中で謝りつつも、それどころではない、咥内の事情に悶絶していた・・・・。
私は必死に押し隠しているつもりなんだけど、多分、顔色に出ているのがわかる。
だって、流石に対面の男子が異変に気付いて微妙な顔をしてるもんっ!!
そして、次が究極の2択っ!!
「鯖の味噌煮込み定食」と「ほうれん草とベーコンのクリームパスタ」のどちらを先に口にすべきかっ!!?
冷静に考えろ、私。
この選択を誤ると、更なる地獄を見ることになる。
先に鯖味噌み定食を食べて、そのあとにずっとクリームパスタを食べることで味の統一を図るか。
それとも先にクリームパスタを食べてから、味噌煮込み定食を食べることで味噌成分を薄めてからクリームパスタをもう一度流し込んで後味のカオス化を封印するかっ!!
私は、しばし、自問自答するが・・・・やはり先輩を待たせるのいけないという、味とは全く関係ない結論に至った。
「じゃぁ、次は先輩が食べさせてくださいねっ!?」
私はにっこり笑って言うと、覚悟を決めて目をつむる。
「じゃぁ、一番おいしい腹回りの身をどうぞ・・・。」と言いながら不知火先輩は私の口の中にサバの味噌煮を入れてくれた・・・・・・。
ああああああああっ!!!
つ、強いっ!! カレー強いっ!!
青魚の臭み、強いっ!!
いやあああああああ~~~~~~っ!!
なにこれ、地獄かっ!? 地獄なのかっ!?
鯖の味噌味が天敵になると思ったのに、それはむしろ、カレーのまろやかさを引き出してる感じがする、なのにっ!!
なのに、そのカレーに加わるまさかの鯖の臭みっ!!
強しっ!! 青魚、強しっ!!
それでも、それでもっ!! 私は言わなければいけないっ!!
「美味しい」とっ!!
だが、流石にそこで料理上手の初が気が付いて、心配そうな顔で聞いてきた・・・・。
「明ちゃん・・・・。もしかして、お料理の味がお口の中でカオス化して・・・・・苦しんでないっ!?」
図星っ!! 図星っ!!
でも、せっかくの場面を私がダメにすることなんて出来ないっ!
「そ、そそそ、そんなことないわよっ!?」
私が死力を振り絞って出したその一言は流石に無理があったのか、その一言に全員が一斉に総突っ込みしてきた。
「「「「「嘘つけ~~~~っ!!」」」」」