Call me my name.
スライダーは二人用の浮き輪に乗って滑る。
隆盛は当たり前のように先に後ろに座ると、「ほら・・・。」と、余優たっぷりの顔で私を誘う。
私は、上から見える景色に少し身震いするのだけれど、隆盛は「大丈夫だって。ここは事故なんか起きるほど激しい奴じゃないからさ。」などと楽観的なことを言う。
事故っていつ何時起こるかわからないから怖いんだからね!
む、昔から言うでしょ? 君子が危ないから、近くがどうたらこうたらって!!
だから、危ないことしちゃダメ!! 皆で静かに浮き輪で浮かんでようよ!!・・・と、駄々をこねていたら、隆盛は立ち上がって、私の腰を掴んで持ち上げる。
「きゃぁっ!!」
と、私が悲鳴を上げると、隆盛は、「他の人の迷惑になるから、わがまま言うのはやめなさい。」なんて、パパみたいな口調で私を諭すからドキッとした・・・・。
いやん。カッコいいっ!!
などと、一瞬惚れそうになったのが、運の尽き。潤む瞳で隆盛を見つめる私に抵抗する力などない。
気が付いたときには、前の座席に座らされて、「さ、いくぞっ!!」と、掛け声をかけられていた。
きゃあああああああ~~~~~~~~っ!!
悲鳴だけで1ページ使ったラノベがかつてあったけど、私の心境は正にあれ。
ほんの数秒のことなのに、私は永遠に続く恐怖の時が訪れたのかと思うほど、怖かった・・・・。
滑り落ちた時は、数秒放心したのち、半べそかきながら隆盛に八つ当たりする。
「ズルいっ!! ボディタッチ、反則っ!!」
あんな事されたら、抵抗できなくなっちゃうじゃないっ! と言って抗議する私を隆盛は「ほら、次の人の迷惑だから・・・。」といって、優しく手を引いてくれた。
・・・・カッコいい。
太くて逞しい腕。イカついた肩回りの筋肉。
そして、私の手を引く大きくてあったかい掌。
ああ、カッコいいなぁ・・・・。
悔しいけれど、私は女の子になってから、隆盛の男性としての魅力に抗えない。迫らられば、迫られるほど、その逞しい体に抱きしめられたくなってしまう。
今ならわかる。どうして女の子は、父親みたいな男性を選ぶのか。
それはきっと、子供の頃に見た父親の逞しさと守ってくれる安心感を感じさせてくれる優しさを求めているからなんだと・・・。
5~6年前のパパの背中を思い出しながら、私は隆盛の背中を見ていた・・。
「じゃぁ、次は私の番だねっ!!」
初がそう言って嬉しそうに隆盛の腕に抱きついた・・・・。
あの~。正妻候補の私が君の反対の手と握っているんですよぉ?
ちょっと、遠慮してもらえないかしら? 大体、私が掌なのに、君が腕に抱きつくってどうなのよ?
私は口に出さないまでも、ジト目でそう訴えていると、初は、勝ち誇ったように
「いや~ん。明ちゃん。こわ~い・・・。」などと言って、強く隆盛の腕に抱きつく。
くっそ~。可愛いな・・・この子。
その甘えっぷりは天性の小悪魔と言ってもいい。流石は、その愛らしさで多くのチャンネル登録者を抱える配信者。男の子を手玉に取るなんて造作でもないのか、隆盛は、明らかにドキドキした顔で初を見ている。
お~い! その子、可愛いですけど。男の子なんですよぉ~~!?
と、突っ込みを入れたくなるけれど、見れば見るほど、初は男の子には見えない。
細くて小さくて、柔らかそうな肢体。そして、可愛らしい童顔の美貌。
初は中学1~2年生にしか見えない。それは、隆盛のストライクゾーンなのか、まんざらでもないどころか、明らかに隆盛は喜んでいた。
ふんっ!! このロリコンめっ!!
私は、パッと隆盛の手を放すと、不知火先輩のもとへ行き「さ、滑りましょ!! 先輩っ!!」と先輩を誘う。
その一部始終を見ていた不知火先輩は「なんだか、微妙な流れだな。僕は当て馬かいっ!?」と、楽しそうい微笑んだ。きっと、その美貌で男の子も女の子も虜にしてきた不知火先輩にとって、自分が2番目にされる扱いに慣れていないので、それが逆に新鮮だと笑った。
ち、違うんですっ!! 先輩っ!
わ、私先輩のことを当て馬になんか・・・・と言いかけた私の唇に知らぬ先輩は自分の人差し指をあてがって「し~・・・」と言った。
ああっ!! こ、こういうシチュエーションっ!
少女漫画で見たことがあるっ!!
私は少女漫画のヒロインになったみたいで、喜んだ。
これをまた、絶世の美少年である不知火先輩がやるから、絵になるんだよね。
ただし、イケメンに限るっ!! は、この時のためにあると言っても過言ではない。
そのカッコよさの前に私はもう、初と隆盛がいちゃついている姿なんて気にならない。
ふ~んっだ!! 浮気者の相手なんかしてあげないんだからっ!!
と、ばかりに私は優しくエスコートしてくれる不知火先輩の手に引かれて、浮き輪に乗ると・・・・・
浮き輪に乗ると・・・・・・?
きゃあああああああ~~~~~~~~っ!!
だ、だまされたっ!!
この美貌にっ!! この優しさにっ!!
このクールさにっ!!
私は、あっさりと不知火先輩の術中にはまり、抵抗することなく浮き輪に乗ってしまったことを後悔する。
滑り終えた時、私は不知火先輩を見ながら「・・・・女たらしっ!」と、苦情を言う。不知火先輩はクスクス笑いながら、
「どういうわけか。女の子は皆、僕の言う事に従ってくれるんだよ。」という。
ああ、悔しいっ!!
そうでしょうともっ!! だって、そんな王子様みたいな美貌で誘われたら、女の子はみんな自分がお姫様になったと勘違いして、ポーっとなっちゃうもん~~~っ!!
・・・・そして・・・。最後は、お兄ちゃん・・・。てか、私、3回も滑りたくないんですけどっ!!
と、思っていたら、お兄ちゃんは「3回目は大変だろうから、休むか?」と言ってくれた。
流石、お兄ちゃん。私のことわかってくれている。
お兄ちゃんは、自分が滑る分の回数券を初に渡して「もう一回、川瀬君と滑ってきな。」と、言ってやるのだった。
初は大きな目を爛々と輝かせて「本当っ!? いいのっ!?」と、大喜び。何度も深々と頭を下げると、嬉しそうに子犬みたいに隆盛のもとへ走っていった。
う~ん。可愛い奴・・・。
「ふっ。これでライバルが一人減った・・・・。」
お、お兄ちゃん・・・。優しさじゃなく、まさかハニートラップで罠に賭けようと?
「もちろんさ。
そもそも、明とデートなのに、あんな可愛い子にデレデレしているような奴に明はやれないっ!!」
なんて、父親みたいなことを言うけど、多分、半分はお兄ちゃんとしての本能だろう・・・・。
そう気が付いたのは、私だけでなくお兄ちゃんもだった・・・・。
「ああ、駄目だな。
俺。いつまでたってもお兄ちゃん気質が抜けないな・・・。」
お兄ちゃんも無自覚に「お兄ちゃん」属性を発揮していることに気が付いて軽い自己嫌悪に陥っている。
「ううんっ!! 守られている感が半端なくて、私、すっごい幸せホルモン出ちゃうもんっ!!」
そういって私はお兄ちゃんを慰める・・・・慰める?
ううん、そうじゃない。これは本心。本心で私はお兄ちゃんに守ってもらうことを幸せに感じている・・・。
でも、お兄ちゃんは「それがダメなんだよ・・・・。」といって、ビーチチェアーに座ると、隣に私も座るように言う。
「俺たちは、兄妹だけど。・・・もうそうじゃないんだ。
恋人同士としてステップを踏んで行くには、このままじゃいけないんだ・・・・・・。」
お兄ちゃんは、私を見つめながらそういった。
・・・・どういう意味?
私がそう思った時、お兄ちゃんはある決め事を提案してきた。
「これからは、俺のことをお兄ちゃんと呼ばないでくれ。
明、俺のことは名前で呼んでほしい・・・・・。」
それは、自分のことを兄としてではなくて、一人の男性として見てほしいという告白でもある。
初めて会った時から、お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんだった。
でも、それを今日、今。この時から、一人の男性としてその名を呼ぶことになる・・・・。
(武さん・・・・。)
そう言いかけて、私の唇は止まる。
その言葉を言う事があまりにも甘美であったから・・・・。
私はその名を呼ぶことを待ち望んでいたのだろう。自覚はないものの、ずっとお兄ちゃんを一人の男性として呼ぶ瞬間を夢見ていたのだろう・・・・。
名前を呼ぼうとして、胸が震えた・・・・・。嬉しいのに、切なくなるほど、胸が高鳴った・・・・・。
名前を呼びかけて・・・・力尽きた私は、腰砕けになったかのようにズルズルとビーチチェアーに力なく寝そべる。
お兄ちゃんは、そんな私を追いかけるように自分もビーチチェアーに寝そべって、私を見つめた。
「言ってくれ・・・。明。
俺の名を・・・呼んでくれ。」
その声は、私の胸の奥まで響く。
これは、神の恩寵ではない・・・・。お兄ちゃんの思いが直接私の胸の奥まで響いている・・・・。
そう感じた私は、全てを受け入れる覚悟を決めて、その名を呼んだ・・・・。
「武・・・・・さん。」
「・・・・・明・・・。」
私達はお互いの名前を呼びあった後、何かを成し遂げた後かのように、力が抜けた。
そして、そのまま二人は寝そべったまま、しばらくの間、手を握り合ってお互いの顔を見つめあうのでした・・・・・。