美月ちゃんっ!
隣の県のテーマパークは6月の3週目から土日だけ解放され、7月からは毎日解放される。
私達は、今週の土曜日から泳ぎに行くわけだけれども、それまでの間、私は朝が来るたびに少し憂鬱になる。
ある意味、男の子に見せるために買った水着だというのに着ることが怖くて、憂鬱になる。
友達と遊びに行く約束をして、約束を取り付けるまでは楽しいのに、いざその日が近くなると憂鬱になって、「この約束無くならないかな?」って思う経験は誰にも一度はあると思うのだけれども、今の私はそれに近い。
何故なら、水着でデートをするという事は、男女関係が急接近することを示していて、更に言うならば、私は、そろそろ誰にするべきか決めなくてはいけないから・・・・。
お姉様は、まだ早いって言うかもしれないけれど、この水着デートで距離が縮まることを考えると必然的に付き合う相手は決まってくると思う。
・・・・・そして、私は一人を選び、他の二人を選ばないという決断をしなければいけない。
でも、正直私は3人とも好き。
ずっと親友だった隆盛は、気が合う友達だったわけだから、男女関係になることに問題はない。
私の憧れの先輩である不知火先輩も、女性となることで、違う意味でも好きになっていった。そして、絵を描いていく道を選んだ私にとって、不知火先輩ほど私に近い存在はいないだろう。
お兄ちゃんは、血のつながらない兄とは言え、ずっと幼いころから私を守ってくれた良いお兄ちゃんで、女の子になってからは、その感情が彼氏に向ける信頼感になっている・・・・・。
3人が3人とも、違う魅力で私を好きにさせてくれている。
一応、客観的に見て (お姉様に見せてもらった好感度数値を見て)も私は自覚している通り、3人の中では今でもお兄ちゃんが一番好き。でも、ここ最近のことで他の二人の好感度も上がってきている。
だからこそ、次回の水着デートは、3人にとっても私にとっても勝負の時っ!!
・・・のはずなのに・・・。私、ここに来て男心が復活しつつあって、3人を決めるどころか、そこまで燃え上がれるかどうか自信がない・・・・・・・。
3人の気持ちをいつまでも持たせたままって言うのは、正直、気が引ける・・・。私はしっかりしなくてはいけない。誠実に3人を好きにならないといけない。・・・のに。この体たらく。
ああ~~~っ!! もうっ、何だってこんな苦労をしないといけないのよっ!!?
と、心の中で私が愚痴っている間にも時間はいつも通りに過ぎて行き、私は、普段通りの時間には登校していた。
「おはようっ! 明ちゃんっ!!」と、初が今日も元気に迎えてくれる。
うんうん、初。君は本当に可愛いね。
眼福眼福と、心の中で喜びながら「おはようっ!初」と、私も挨拶を返す。
そして、初と対面したとき。ふと、私は初が可愛いピンクのヘアピンを付けていることに気が付いた。
「や~んっ! 何それ、可愛いい~。」
私は、初がつけているヘアピンが気に入ったので、それが完璧に似合っている初を褒めると、初は、嬉しそうに「えへへっ」と、笑った。
「気が付いてくれてありがとうっ! 最近ね、髪の毛を伸ばしだしたから、ヘアピンをしてみようかなって。」
そう言って毛足の伸びた前髪を右手の指先で撫でながら初は、照れくさそうに笑う。
この学校は、スカート丈には異常にうるさいけど、反面、こういった小物類には、何も言ってこない。
だから、ネコのアクセサリーが付いた初のヘアピンも基本的には問題にされない。・・・・と、思う。これは女子向けの校則だから男子になったらどうなるのかわからないけれども、まぁ、初って女装キャラが身バレしてるし、今の時代、男女差別。マイノリティーへの差別もうるさい時代だから、何も言われない可能性の方が高いと思う。
初も「最初、先生がどういう反応するかちょっとわからなかったから、心配だったけど・・・」という。
それでも、学校へ登校したとき、生徒指導の先生が一瞬、ギョッとしたらしいのだけれども、そのあと、すぐに笑顔で挨拶してくれたから、大丈夫だと思うって嬉しそうに言っていた。
ああ・・・。よかったね。初・・。私は心からそう思う。
暫くすると、隆盛が教室に入ってきて、「おお。初、可愛いじゃん。」と、嬉しそうにしていた。それを聞いて初ご機嫌。私、不機嫌。
ちょっと、あのさぁ・・・・・。と、言いかけたところで、私は視界の隅に誰かが私を見ていることに気が付いた。
振り向くと、教室の入り口のドアから、顔を半分だけ覗かせた美少女が立っていた。それは、昨日出会った「沢口 美月」さんだった。
私は、「あっ!」と声を上げてから、隆盛と初に「ちょっと、ごめん。」と、挨拶してから場所を外れ、沢口さんの所へ向かう。
「おはようっ! 沢口さん。」
私が挨拶すると沢口さんは、オドオドしながら、小さく頷きながら、小さく手を振ると、そのまま回れ右して自分の教室へ向かう・・・。
・・・え? なんだったの? 今の・・・。
私が沢口さんの意味不明な行動に「はてな?」と首をかしげていると、お姉様が心の中から私を諭す。
「そう言うてやるな。あれでも精一杯勇気を出して、お前に朝の挨拶をしに来てくれたんじゃ。」
・・・え? 今の・・・あいさつに来たの?
「うむ。それも相当勇気を振り絞ってな。
どうもあの子はオタク趣味のせいで中学時代、虐められていたみたいでの・・・・。」
そうなんだ・・・。
流石お姉様は、神様だ。彼女の心を読んだり素性を知ることなど朝飯前ってことね。
まぁ、朝ご飯は済ませた後だけれども・・・。
「昨日、同族のお腐れJKの友達が出来たのが嬉しくて、勇気を振り絞ってお前に声をかけに来たのじゃ。
声は出せなんだがの・・・・。
オタク趣味がバレるのが嫌で学校では隠している子などにとって、学校であの子と仲良くするのは抵抗がある。だから、学校ではつれなくされる。そういう経験をしてきたようじゃな。
だから、お前に挨拶に来るのだってあの子にとっては大変な賭けなのじゃ・・・。」
そこまで聞くと、私は、いてもたってもいられなくなって、沢口さんを追いかけて、彼女の手を取った。
「ねぇ? 今日から私と一緒にご飯食べない? いつも3人でご飯食べてるんだけれども、沢口さんも加わってくれると嬉しいかなって・・・・。」
私の言葉に沢口さんは、目に涙を一杯蓄えながら、小さく頷いてくれた・・・。
その様子を見ていた沢口さんのクラスメイト達は、怪訝な目で私を見ていたけれども、私はそんなことは気にしない。なんたって沢口さんは貴重なお腐れ仲間だものっ!
そして、昼食になると沢口さんは、約束通り私の教室に来てくれた。
「あ、沢口さんっ!! こっちきて! 一緒に座って食べようよ」
と、私が手招きすると、沢口さんは怯える子猫のように身をかがめながら、小走りにやって来る。
ま、そのうち慣れるでしょ・・・・。
私は前もって二人には説明しておいたけれども、改めて隆盛と初の二人に沢口さんを紹介する。
「この人がさっき話した沢口 美月さん。
で、沢口さん。こっちの二人が「川瀬 隆盛」と「八也 初」よ。」
と、私が紹介すると、初が嬉しそうに「よろしくねっ! 美月ちゃんっ!」と、笑顔を見せる。
うーん。いきなり下の名前で呼ぶのか、この少年は・・・・。いや、でも。女の子同士でもいきなり下の名前で呼ぶのって抵抗あると思うのだけれども・・・・・。ちょっと図々しいというか、馴れ馴れしすぎない? 沢口さん、ビックリしてないかな?
しかし、私の危惧など何の意味もない。だって、沢口さんも普通に「よろしく・・・初ちゃん」と、返してきたからだ・・・・・。おおおお、この天然。順応力なのか、空気が読めないのかわからないけど・・・・。
それだったら、私もっ!!
「じゃあ、私も明って、呼んでよ。美月ちゃんっ!」
と、便乗すると美月ちゃんは、今度は照れたのか、小さな声でゴニョゴニョと「うん・・・あ・・かり・・・ちゃん」と、言うのだった。
その様子を見ていた隆盛は、よほどお腹が減っているのか、「おい、早くご飯くれよ」と、亭主関白っぷりを初に示す。初は「もうっ! そんなにお腹すいてるのっ!?」と、呆れたように言いながら、嬉しそうにお弁当を取り分ける。
その様子を見ながら、美月ちゃんは、本当に小さな声で「BLだ・・・。」と呟くのだった。
いいえ、美月ちゃん。残念だけれどもこれは、ただのBLじゃないのよ・・・。
だって、信じられない話だけど、私、この美少年と隆盛を取り合っているのですからっ!!