道の駅でデート
「ええか? 明。これから妾は、しばしお前と離れる。
思えば妾達は共鳴しすぎておった。そのせいで武様への愛も強くなってしまって、それが原因で、エロボイスに簡単にやられてしまうのじゃ。
先ほど少し離れ離れになって気が付いたのじゃ。妾の中で武様への思いが若干薄れてきたことを・・・。
このまま現実世界に換算すると半日ほどの間、妾達が冷却期間を置けば、元通りになるはずじゃ。」
そう言って、お姉様は、私の心の中から出て行った。
ずっと私を心の中から支えてくれたお姉様が戻ってくるまでの時間は本当に苦痛で、私は半身をもぎ取られたかのような思いだった。
しかし、その辛い時間は、お姉様の言う通り私にお兄ちゃんの声に対抗する力を与えてくれた。
「現実世界なら半日ほど離れておったが、どうじゃ?」
孤独な心象世界の中にお姉様の声が突然聞こえたかと思うと、お姉様は忽然と私の目の前に姿を現した。
「ああっ!! お姉様っ!!」
私は悲痛な声を上げながらお姉様に思わず抱きついて、その胸に顔をうずめて泣いた・・・・。
そんな私をお姉様は優しく抱きしめながら「よしよし。寂しい思いをさせたのぅ・・・」と慰めてくれるのでした。
「怖かった!! 怖かったよぅ・・・・もう何処へも行かないでっ!! お姉様ぁ~・・・・・・。」
情けない声を上げながら、お姉様に縋り付いていつまでも泣いていたけれども、やがて、お姉様は私に「そろそろここを出て武と向き合おう・・・。」というのでした。
「武様」ではなく、「武」と様づけせずにお兄ちゃんの名を呼ぶ姿から察するにお姉様の方は確実にお兄ちゃんの魅了から脱却できているようだった。そのことをお姉様も自覚されているようで、その顔は自信に満ちていた。
これならお兄ちゃんのエロボイスに対抗するフィルターが十分に作用する気がする。
私は、お姉様を信じている。
だから、迷わずお姉様のいう事に従って現実背化に戻ることに賛成した。
そして、現実世界に戻ると、私は再びお兄ちゃんの前に立っていた。
「明、早速、水着を披露してくれないか?」
既に何度も聞いたそのフレーズをお兄ちゃんが再び言った・・・・・。
・・・・・・
・・・・・・・・・平気だ。
私は、お兄ちゃんのエロボイスを聞いても恥骨を直撃されるような刺激を感じてはいなかった。
だから、お兄ちゃんにはっきりと、「他の二人にも見せてないからダメっ!!」と、断ることが出来た。
っ!! お姉様っ!! 私やりましたっ!
そう言って喜ぶ私をお姉様は、意味深長な表情を浮かべて見つめながら言った。
「・・・もしかすると、これからがお前にとって本当の戦いが始まるのやもしれぬな・・・・。」
その時の私には、お姉様のいう言葉の意味が解らなかった。
でも、その言葉の意味を私は日曜日、お兄ちゃんと過ごすことで実感することになる。
日曜日・・・・・。朝早くからお兄ちゃんはママの車を借りてドライブデートに行こうと言い出した。
私は「二人っきりになったら、エッチな展開に持って行かないのなら、行ってもいいよ!」と冗談を言いながらお兄ちゃんのデートのお誘いを受ける。
その日は快晴で、窓を開けて走る海岸線はとても気持ちよかったし、海沿いにある道の駅には、海産物が豊富で私たちは、大はしゃぎでママへのお土産にする海産物を選ぶ。
「ねぇっ!! このサザエ大きくない? ママ、サザエ好きだから喜ぶと思うの!」
「こっちのワタリガニも大きいぞっ! 買って帰ろうか?」
などと語り合いながら、海産物を物色する。今夜の晩御飯は、紛れもなく今日買って帰る食材になるだろう。お兄ちゃんは嬉しそうにママに電話して今日買った食材を伝えておく。こうしておけば、ママが晩御飯の用意をしなくても済むからだ。折角、新鮮な海産物を買って帰るのに、家に着いたらハンバーグが出来ていた・・・・とかになると、晩御飯を作ったままの苦労も報われないし、私たちも微妙な気分になっちゃうもんね。その後、道の駅の中のうどん屋さんでお寿司と小鉢のうどんセットで昼食を済ませると、再び車に乗り込み、家路につく。
返りの道中、お兄ちゃんは湾岸道路の中にある駐車スペースに車を止める。
「ここから見える景色が絶景だと、最近、有名なデートスポットになっているらしい・・・。」
お兄ちゃんは、車のフロントガラスの向こうに見える海を指差しながら調べてきた知識を語る・・・。
・・・・ああ。今日のために色々と情報を集める下準備してくれたんだね。
私はお兄ちゃんの気遣いが嬉しかった。
お兄ちゃんは、私が喜ぶだろうと思って、このデートを用意してくれたんだ。そう思うと、私は胸が熱くなる。
そうして、お兄ちゃんを熱い瞳で見つめる。その好意は自分が相手を受け入れる準備があると伝えるような行為・・・・・。
そして、当然ながらお兄ちゃんも私の態度から、その事を察したのか、運転席から腕を伸ばして私の肩を抱き寄せると、私に口づけしようと顔を近づけてきた。
なのに・・・・・
「あ、駄目よ。エッチな展開は禁止って伝えてあるでしょう?」
・・・え?
私は、自分でもビックリするぐらい冷静にお兄ちゃんからの口づけを拒否した。
普段の私なら、もうギリギリのところまで追い詰められて、そしてようよう拒否できるような感じだったのに、今日の私は、自分でもビックリするぐらいあっさりと拒絶が出来てしまった。
驚いたのは私だけじゃない。いつも、これでペースが取れていたはずのお兄ちゃんもまさかのあっさり拒否されてしまって、面食らって「え?」と、返事してしまうほどだった。
それぐらい、今日の私の反応は意外だった。
それだけじゃない・・・・・。
お兄ちゃんには流石にわからないだろうけど、私は、お兄ちゃんにキスを迫られたというのに、ある程度までしかドキドキしていなかったの・・・。普通だったら、今頃私は心臓が止まってしまうんじゃないかというほど激しく胸が高鳴っているはずなのに・・・・。
私が熱い瞳でお兄ちゃんを見つめて、お兄ちゃんを誘ったはずなのに、私は、どこか冷めたような感覚でお兄ちゃんのキスを拒否してしまった・・・・・。
私がこの異常事態に気が付いたとき、お姉様が心の中で「やはり危惧していたことが始まったか・・・。」と呟いた。
危惧していたことって・・・?
そんな私の戸惑いに対して、お姉様は訳を話してくれた。
「ええか? 明よ。
お前が武の誘惑をあっさり断ることが出来た理由は一つだけ。」
「それは、お前の心がもう、男へ戻りつつあるからじゃ・・・。」
どういうこと?
突然、想像もしていなかったことを言われた私は、呆然としてしまって、お姉様の話をすぐには理解できなかった。
しかし、それでもお姉様は丁寧に説明してくれた。
その話をまとめると、今、私がこんなことになっている理由は一つ。私とお姉様がお兄ちゃんのエロボイス対策に始めた半日間の離れ離れ生活のせいで、3人の男性を愛するという私の恋心は今やずたずたに引き裂かれ、そのせいで私の女性化が終了しようとしているかもしれないと、言うのだった。
私はいずれ、誰か一人を選ばないといけない。
でも、一人だけを選ばないといけないなんて、いや。
だって、私、本当に3人のことを好きになってしまったから。・・・今更、その恋心を捨てるなんて、そんな酷い話は考えたくない。
そう思うと私は、ついさっきまでお兄ちゃんのエロボイス対策に恋心を押さえようとしていたのに、今度はその恋心を描きたいと願っているのでした・・・