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お互いの気持ちを描く

とりとめのない水泳の話を終えた私と不知火先輩は、美術部本来の目的である作品制作を進める。

私は、自宅で描いた数枚のクロッキーを見ながら、キャンパスに向かう先輩と見比べる。

改めて不知火先輩の姿を見ると、胸の中で描いた憧れの世界をベースに描いたクロッキーとは違う生の迫力があった。

クロッキーの中の不知火先輩と違って当然、私を見つめてはいない。ただ、絵画に集中している。その迫力は私が思い描いたクロッキーの中の先輩には当然ない部分だ。

私が思い描いた先輩の瞳は、どこまでも優しく温かい。私を包み込んで守ってくれるような温かさがあった。

この温かみは私の願望。

現実の不知火先輩は、私のオッパイをチラ見するような普通に思春期の男子だ。不知火先輩にも私の体に対する性欲もあれば、ものにしたい独占欲もあるとおもう。私が描いたクロッキーの中の不知火先輩には、私の願望だけが詰め込まれていて、不知火先輩の生の姿ではない。

言い換えて見れば、クロッキーの不知火先輩には、不知火先輩がいない。その欲望も。その執念も。何もかもが排除された私が恋した理想の不知火先輩像だという事だ・・・・。

私が描いた不知火先輩。私にとってこれほど美しい不知火先輩はいない。

でも、それは不知火先輩の全てではない。

そう悟ったとき、私の心に一つの願望が・・・・・いや、一つの欲望が生まれた・・・。



私は不知火先輩の全てを描きたい。

綺麗なところも。

エッチな部分も。

嫉妬深い部分も。

生真面目すぎる部分も。

意外と勇敢な部分も・・・・。


綺麗な部分も汚い部分も。全部全部私が描いて、不知火先輩の全てを私がものにしたい・・・・・。


そう思うと、居ても立っても居られない。これが絵描きの性だろうか?

私は、画板とクロッキー帳を持って、不知火先輩の横に行き

「不知火先輩を描かせてください・・・・。」

と、お願いするのだった。

不知火先輩は突然の申し出にも拘わらずに「もちろん、良いよ。」と言って了承してくれた。

「いつも僕が君を描いていたから。あかり、今度は君が僕を描いてくれる番というわけだねっ!!」

そう言って優しく微笑む知らぬ先輩の瞳は、私が描いたクロッキーの不知火先輩そのものだった。

・・・・・でもね。


「服は脱がなくていいですっ!!!」


不知火先輩は、シャツはおろか、ズボンまで脱ぎ出そうとするから、私は思わず大きな声を上げて引き留めてしまう。

全く、何を考えているんですかっ!! こんな時まで、色仕掛けをするつもりですかっ!!

おまけに「そうかい? 僕、脱ぐと意外に凄いんだよ?」なんて、残念そうに言う。

それぐらい、想像できますよっ!! だって。さっきから心の中でお姉様が血の涙を流しながら

あかりっ!! なんで止めるっ!? 最高のおかずが来たのじゃぞっ!? 

 ほれ、スマホっ!! 今すぐスマホで撮影するのじゃっ!!」

って、すごい剣幕で怒っているもん・・・・。全く、何を考えているのやら・・・・。

でも・・・・。スマホで写真など撮らなくても、私の脳裏には既に不知火先輩の肢体が鏡写しに記録されていますともっ!!

すっごいの。脂肪が一切ない細身の足だけど、やっぱり、男の子ね。根本的に私たち女の子とは筋肉の尽き方が違う・・・・。特に大腿四頭筋から内転筋にかけてのラインが美しい。そして、その太ももの筋肉が股間に伸びて・・・・・。

 ああっ!!? ダメよ、あかりっ!!  いま、そんな妄想にエネルギーを使っちゃ駄目っ!!

 家に帰ってからゆっくりと楽しめばいいのよっ!


鋼の精神力で私は悪魔のささやきともいえる不知火先輩の色仕掛けの誘惑を断ち切り、モデルに集中する。

目を閉じて、深呼吸をしてから不知火先輩を見据えると、既に不知火先輩はキャンパスに集中し切っていた。

怖い・・・・・。

恐ろしいくらいの集中力を不知火先輩は持っている。きっと、私が一生手にすることが出来ないであろうその精神力は、私の憧れ。不知火先輩は、私が追い求めてやまない能力を生まれながらに手にしているのだろう・・・・・。

何時しか私は、追いかけても追いかけても決して届かない不知火先輩の姿に集中しきっていた。

そうして・・・・・


「一度、休憩しようか・・・・。」

と、不知火先輩が声をかけてくれるまで、私は無心で不知火先輩を描いていた・・・・。

時計を見ると、もう1時間も過ぎていた・・・。

不知火先輩は、お茶とおやつのチョコチップクッキーをカバンから取り出すと、私にも半分の5枚くれた。

「糖分がいるからね・・・・。」

「ありがとうございますっ!!」

流石、不知火先輩。気が利くなぁ・・・・・。甘いものを用意してくれるなんてっ!

私、このスタンダードなチョコチップクッキー大好きっ!!

「やーん!! なんで、こんなに単純なお菓子なのに、こんなに美味しいのっ?」

ついつい、声を上げながら、おやつをほおばる私を見つめる先輩の瞳はまるで保護者みたい。

ああ・・・。そういえば、この瞳・・・。小さいころの私を見守るお兄ちゃんの視線だ・・・。

私って、たぶん・・・・。こういう守ってくれてくれる人に弱いんだろうなぁ・・・・・。

だって、今。滅茶苦茶不知火先輩に甘えたいもの・・・・。

不知火先輩の視線から私が目を背けた時、不知火先輩は「どんなの描けた?」と、質問してきた。

私が気恥ずかしそうにおずおずとクロッキー帳を不知火先輩に差し出すと、不知火先輩は、それを見て無言だった。無言のまま、ジッと私の絵を見つめていた・・・。こうなると、絵描きとしては非常に微妙な気持ちになる。私たち表現者は、常に評価を求める。好評価は当然ながら、成長過程の自分には苦言も必要になってくる。それを元に前に進めるのだから・・・・。でも、不知火先輩は、良いも悪いも言ってくれない・・・・。その評価を待つ身としては、かなり微妙な気持ち。しかも、そのまま結局、先輩は何も言ってはくれなかった。

そして、10分間の小休憩が終わる。

流石に私は心の中で「ええ~っ?」と、不満を漏らしてしまう。

「見せて」って言ったら、なにか感想を言ってくれないと・・・・・。

そんな私の不満をよそに不知火先輩は、「今度はお互いを描きあおう」と、いきなり持ち掛けてきた。不知火先輩の意図はわからないけど、私に断る理由はない。勿論喜んで了承した。

私たちは向かい合って、お互いを描く。

お互いを描くとき、目と目が合う瞬間が必ず起きる・・・・。その時でも、不知火先輩は優しい瞳で私を見ていた・・・・・。


やがて、美術部の活動終了時間を告げるチャイムが校内にこだまする。私たちのクロッキーはそこで終り。お互いの絵を見せ合って寸評する・・・・・。

先輩が描いた私は、とても熱い思いがこもった瞳と恥ずかしそうな口元をしていた・・・。

我がことながら、その可愛らしさにキュンとくる。

やだ、どうしよう・・・・。私、超可愛い。完全にレべチだわ・・・。

そして、思い知らされる。

私って、こんな熱い瞳を不知火先輩に向けていたのかって・・・。その絵には私の先輩への絵描きとしての憧れと、恋心の両方が強く含まれていた・・・。

この絵は写真では決して表現できない絵。だって、この絵には私の気持ちを表現する描写が加えているから・・・・・。気持ちは写真では表現しきれない。

 何故なら写真は目に映るもの全てしか映し出せないものだから。そして、絵は、その気持ちを描写する表現を付け加えられる。だから、この絵は、写真以上に綺麗なんだ。

でも、この絵が美しいのは、私の気持ちだけが描写されているからだけが理由じゃない。

不知火先輩が私をどう思っているのかも、その絵の表現には含まれている。

この絵に描かれた、とてもとても可愛らしい私は、不知火先輩が私への愛をこめて表現されているから美しい・・・。

二人がお互いのを思う気持ちが、この絵には詰まっている・・・。

その事に感動した私はその絵を抱きしめながら、

「・・・・・・・不知火先輩。この絵、私にください・・・・。」

と、お願いするのでした。不知火先輩は、嬉しそうに「もちろん。君を思って描いた絵だ。君にもらってほしいと思うよ。」と答えてくれた・・・・・。

そして、同じように不知火先輩は、私の絵を欲しがった。


改めて私が描いた不知火先輩は・・・・・やっぱり、優しい瞳で私を見ていた。

長いまつ毛の下に潜む潤む瞳に、不知火先輩の熱い思いが表現されている・・・・・・

あれほど不知火先輩の全てを描こうとしたのに、私は、いざ不知火先輩と向き合って描いてしまうと、私に向けて愛を注ぐかのような美しい不知火先輩しか描けなかった・・・・。

そして、その事が自分でも意外過ぎるほどうれしかったの・・・・・。

私は、どうして、こんなにも嬉しいのだろうか? そう思いながら、その絵を見ていると、先輩は絵を指差しながら、その理由を説明してくれた。


あかり。絵の中の僕の瞳には、君が映っている。君への思いが・・・・・。

 これは写真には写らない部分だ。

 君の思いが。君の恋心が・・・・・僕の瞳に君を写し込んだのだよ・・・・。」


不知火先輩は、続けて

「この競争は、僕が勝つ。

 だって、君はこんなにも僕の事が大好きなんだからっ!」

と、自信満々で言う。

「最初に描いていた絵は、僕の集中力が表現されていたけど、僕への思いが表現されていなかった。

 それは写真だ。

 良く描けているけれど、それは写真なんだ。

 君の絵じゃない。

 君の気持ちを載せて描いた絵じゃないんだ・・・・・。

 だから、僕は知りたかったよ。君の気持ちを・・・・・・。そして、改めて君に伝えたかったんだ僕の思いを・・・・。」


「どうしてお互いを描こうと言ったのかって・・・・・つまりはこういう理由だよ・・・・。」


先輩は少し恥ずかしそうに自分の気持ちを語ってくれた。

私たちは、お互いの気持ちを絵で語り合えるの・・・・・。絵には自分の深層心理が描き出されている。

偽りのない気持ちが、そこには映し出されているのでした・・・・。

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