イルカにゴメンナサイ
不知火先輩は、部活の終わりに「今度のデートは水族館にしようか」と、提案してきてくれた。
水族館っ!!
女の子になる前から、可愛い動物が大好きな私にとって、それは最高にステキな提案だった。
ただ、「いつでもスケッチできるようにメモと筆記用具を忘れないようにねっ!!」と、言われた時・・・・・・正直。マジか、この人・・・・って思った。
あのね、私好きですよ。先輩のそういう美術バカなところ。
でも、限度があるでしょう?
やるっ!?ふつうやりますかっ!?
女の子とデートに出かけてスケッチとか?正気ですかっ!!
私、思わず言っちゃった。
「私と芸術・・・・どっちが大切なんですかっ!!?」って
そしたら先輩は、笑顔で
「そんなの決まってるよ。芸術さっ!!
だって明、君は僕にとって最高の芸術作品なんだからっ・・・・」
なんて、歯が浮くようなセリフを言われてしまった。
そんなことを・・・・そんなセリフを少女漫画のヒーローのように美しい不知火先輩に言われて、その場に立っていられる女の子なんているわけがない。
私は恥ずかしいやら嬉しいやらで、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
不知火先輩は、そんな私を見てバチバチ音が鳴るんじゃないだろうかと思うほど長いまつ毛の付いた大きな瞳を瞬きさせながら、「明、どうしたの?大丈夫?」って尋ねるのだった。
「反則です・・・・。」
私は、若干、不貞腐れ気味に不知火先輩を責める。
「反則って何が?」
どうやら、キョトンとした顔で尋ねる不知火先輩には、一度私がハッキリ教えてあげないとわからないらしい。
「不知火先輩みたいな綺麗な人が女の子にそういうこと言うの、反則ですっ!!
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・好きになっちゃうじゃないですか・・・・・・」
私は精一杯の勇気を振り絞って、先輩に抗議するのだった。
先輩はそれを聞いて「なにそれ」って笑いながら、私と同じようにしゃがみ込むと、私の頭をヨシヨシと撫でながら「やっぱり、可愛いね。明は・・・・。」なんて嬉しそうに言うのだった・・・・。
・・・・・・
・・・・・・・やめて。
・・・・・・・やめて不知火先輩。そんな綺麗な顔で言われちゃったら、
・・・・私、本気で好きになっちゃうじゃないですか・・・・・。
夢のようなひと時を終えて、自宅へ帰宅すると・・・私は自分が女の子になったことをあらためて実感する。
男の子の時は、隆盛の力強さも、不知火先輩の美貌も、お兄ちゃんの美声も私は、こんなにトキメクことはなかった。
私が女の子になった途端、その全てが変わった。
まるで少女漫画のヒロインのように、カッコいい男の人たちが、いきなり襲ってくる雪崩のように私に襲告白してきて私の心を引き回す・・・・・・。
でも、どうしてだろう・・・・?
私は、女の子になったのだから、皆みたいなカッコいい男の子を好きになっちゃうのはわかる・・・・。
でも、皆は、急に女の子になった私を・・・・どうして、好きになれたのだろう?
・・・・
・・・・・もしかして、これもお姉様の仕業・・・・?
「人聞きの悪い事を言うでないわ。
すべてはお前の魅力じゃ。」
私の・・・?私って確かに可愛いと思うけど、そこまで魅力的かしら・・・・・。
「それだけ言えたら、上等だと思うが・・・・・。それでも、お前は自分を過小評価しすぎじゃ。
ほれ、鏡の前に立って、自分をもっとよく見て見ろ。」
私は、お姉様に言われた通り、鏡の前に立って自分を見た・・・・・。
ああ・・・
ああああああっ!!
わ、私、メチャクチャ、女の子の顔してるっ!!
「そりゃ、そうじゃろう。あれだけ男にトキメイテきたんじゃ。
自然と目つきから険は取れていくものじゃ。男に惚れたら女は無意識のうちに男が好きになるような女の目つきをするようになっていく。それが生き物だからの。
アイコンタクトは、言葉を知らぬ動物でも使う。目を見れば愛情があるかないか、一目でわかる。
メスが。オスが。相手を愛しているか。目で訴えるのじゃ。
そして、その眼を見た相手はその好意を受け入れた時、自分もそういう好意を秘めた目をして好意を受け入れるつもりがあることを伝えるのじゃ。
お前は散々、あのイケメンどもの好意の視線にさらされて来たし、お前自身もあ奴らに好意を抱いているから、自然と普段からそういう目になり、そういう顔になる。
女の顔にの。
今、お前がそういう顔をしているのは、恋をしているからじゃ。
武様も言っておっただろう。”お前は今、女の子の顔をしているよ”とな。」
・・・・うん。私、恋をしてる。
そして、そのせいでドンドン女の子に変わっていっているのがわかる。
「相乗効果じゃな。
お前が女になり、あ奴らを男として意識する。そして、そういう女の顔になっていく。
すると、オスの本能として、お前を女として意識せざるを得ない。
当然、恋に落ちるわな・・・・。」
そう・・・・そういう理屈なの。
つまり、私の女性としての仕草、目つきが隆盛たちを刺激して・・・・・
「無論。それだけではないわ。
お前自身が男の頃から、人間的に好かれておらねば、そういう事にならん。
喜べ、明。これはお前が男の頃から、あ奴らにリスペクトされる人格者だったということなんじゃぞ?」
お姉様にそう言われて、私の頬を涙が自然と伝って落ちるのでした・・・・・。
そして、土曜日が来た。
信じられないことに、不知火先輩は本当に私をスケッチしたのだ。
しかも、イルカを見て「可愛い、可愛いっ!」とはしゃぐ私を見て「いや!明の方が、絶対に可愛いっ!!・・・・ああっ!!動かないでっ!自然にしてっ!!イルカに集中してっ!!今、すごくいい顔してたからっ!!」などと注文を付けて、イルカショーをみてはしゃぐ私をスケッチし始めたのだ。
不知火先輩、いくら何でもそれはないでしょ。
絶対に私よりもイルカの方が可愛いもんっ!!
「・・・・・あいかわらず、お前の突込みは的はずれじゃのう・・・・。」
しかし、客観的に見ても、それはかなり異様な光景だったと思う。
イルカショーなのに、となりで女の子の写生をする美少年。
しかも、その美少年が桁外れに美少年と来ている。
その美少年が「ああっ!動かないでっ!!。・・・・・・・いいよっ!いい顔してるよっ!!明っ!!」なんて、カメラマンみたいに色々注文を付けているんだから・・・・・。否応もなく衆目を引く。ううっ・・・・周囲の目が痛い。
でもっ!今、美しい不知火先輩の全てを独り占めしているのは私っ!!っていう思いもあるっ!!
神様~っ!!一体、これはどんな罰で、どんな快楽なんですかっ!!
お姉様は私の心の中の寸劇を聞いてあきれ返ったように「知らんがな・・・・・・」って答えるのだった。
私の目には、本来主役であるはずのイルカとお姉さんが寂しそうに頑張っている姿が映って心が痛んだ。
イルカ、・・・・・ごめんっ!!