良い性格しとるのぅ・・・・・
お兄ちゃんと不知火先輩は話し合いの末、告白してどちらが振られることになっても、私との関係を続けてくれるという約束はしてくれた。それは勿論、表面上では出来るかもしれないけれども、心の底からこれまでと同じ付き合い方を続けるなんてものができないことは、お互いがよくわかっていることだった。
それでも、そう確約しなければ、明が可哀想だと、二人とも言ってくれた。
二人の優しさは嬉しいのだけれども、そのぶん、私は二人のその優しさが重い。
だって、私はどちらかの気持ちを裏切ることになるんだから・・・・。
お姉様は、「そんなことはない。二人ともそんな風には思わない。」と言ってくれるのだけれども、私は、とてもそんな気にはなれなかった。
ただ、そういう風に自分を責めなければ、私はこの決断を下せなかった。
二人とも私を愛してくれて、その分、私も愛していたから・・・・。
私は不知火先輩もお兄ちゃんも好き。それに隆盛だって好きだった。
誰が一番かなんて・・・・そんな風に決めたくはなかったのだけれども、そういう風に決めなければいけないのが、人間の恋。
私は、心の中で何度も何度も泣きながら、今日、その決断を下すことになる・・・・。
二人とも、私が決断を下しやすいように思案してくれた。告白の仕方は、私が断る相手と会わないで済む方法にしてくれたの。
今日の昼。不知火先輩は美術室で私を待ち、お兄ちゃんは東京から戻ってきて駅で私を待つ。
12時になっても、私が現れなかった方が振られる。
そういうルールだった。
それはフラれる相手に対して、誠実さが足りないんじゃないの?と、私は思った。
きちんと交際できない理由を話す責任が私にはあると思ったから・・・。
でも、二人は 「その必要はない。フラれた事実があるのに、その理由を聞いて何になる? 明が俺たちのことを真剣に考えてくれるだけで、十分、責任は果たされているよ。」そんな風に言ってくれた。
二人の優しさが私の心に深く刺さる。
やめて、優しくしないで・・・・・辛くなるから・・・・・
そう言いたかったし、わかってほしかった。私は、断る相手に許されたいと思っていないことを。
そんな私にお姉様がいう。
「そう思うなら、最後の決断の瞬間まで二人の事を考えてやれ。
二人はフラれた後もお前を悲しませたくないと思っているほど、お前を好いてくれとるよ。
だったら、お前はとことん、どちらを選ぶか悩んでやれ。
どちらの事も愛してやれ。
それが今のお前にできる彼らがお前を愛してくれたことに対する返礼だ。」
返す言葉もないほどの正論。それでも、私は罰せられたかった。
それさえも許されない、厳しい愛の選択を私はしなくてはならなかった・・・・・。
私は、お姉様の言う通り、最後の最後まで決断を下さず、二人の事を思った。
どちらのことも大切だし、悲しい思いをさせたくなかったから・・・・。
一度決めていたはずの決断が何度も何度も覆る・・・・。あの人たちのことを考えれば考えるほど、決断は覆ってしまう。
そうやって、悩んで悩んで、悲しんで悲しんで、決断を下したのでした。
「来てくれたんだ・・・・明・・・・。」
お兄ちゃんは、そう言って私を迎えて、抱きしめてくれた・・・・。
私はその瞬間、悲しくて悲しくて、言ってはいけない言葉なのに
「ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!!
不知火先輩っ!!」
といって、泣きじゃくった。
そんな私の頭を優しくなでながら、お兄ちゃんは、とっても優しい声で「今からでも、この決断をかえてもいいんだよ?」と、言ってくれた。
お兄ちゃんは、どこまで行っても私のお兄ちゃんだった・・・。
決断に苦しんだ妹の姿を見て、自分のことよりも私の心配ばかり・・・・・。
でも、そんなお兄ちゃんだから、私はお兄ちゃんを選んだの・・・・・。
「あのね、京ちゃんがいったの。
” 君が俺の演奏に聞きほれていてくれたのは知ってる。
でも、それは感動であって、愛じゃないことを俺は、もう知っているよ。
演奏する俺を見る目は、芸術を見る目だった。男を見る目じゃなかったのを俺は知っているんだ。 ”って・・・・。
そうなの。私ね・・・・。
芸術が好き。不知火先輩のことを尊敬しているし、あの綺麗な顔も好き。
私のことを大事にしてくれる優しさも本当に大好きだった・・・・。
でもね・・・・。
二人のことを誠実に選ぶなら・・・・・。」
私は、それ以上話せなかった。言いたいことはある。お兄ちゃんを選んだ理由もある。
でも、それを言う事が罪だと思ったから・・・・。あんなステキな人を断る理由を私なんかが口にしてはいけないと思ったから・・・・・。
お兄ちゃんも私の気持ちを察してくれた。
「ありがとう・・・明。
そんなに苦しんで選んでくれたんだね。ありがとう・・・・。大好きだよ。明・・・・。」
お兄ちゃんに抱きしめられて、私は、やっと救われた気がした。
とても長い間、私は苦しんでいたように思う。
その長い長い時間がやっと終わったのだと、今、理解できた。
「これから、どうしようか?」
お兄ちゃんは、この日のために休みを取って東京から帰ってきてくれたので、一日空いてる。
だから、今日はデートしようかと言い出す。
でも私は首を横に振る。
「まず、私達のママに報告しないと・・・。」
私がそう言うと、お兄ちゃんは目を細めて、「そっか・・・。そうだな、これで俺達親子。名実ともに本物の親子になるんだな。」って言うから、私は「まだ結婚してないのに気が早いよっ!」って笑っちゃった。
でも、そうなんだ。私達、本当の母娘になる日が近づいてるんだね・・・・・
そう思った瞬間、お姉様が私とお兄ちゃんを心象世界に引きずり込む・・・・。
そこは、これまでの世界とは全く異なっていた。
結婚式の会場。それも教会の・・・・。
「全く、罰当たりな娘じゃ。
妾の眷属だというのに、結婚式は教会で上げたいと考えておるとは・・・・。」
ここは心象世界。
私の願望と思い描いた理想が具現化した物・・・・。それが教会での結婚式だったのかな?
だから、今、こんな世界に私たちは来ている。
「ここに来たのならば、ふさわしい姿をせねばならんのう?
神の御前でもあるしな。」
お姉様がそう言って指をパチンと鳴らすと、たちまち私はウェディングドレス姿になり、お兄ちゃんは燕尾服に変わる。
純白のウェディングドレス姿の私を見て、お兄ちゃんは、全く照れもせずに
「ステキだ。とっても綺麗だよ。明・・・・。」
なんて言ってくれるから、今度はうれし涙に頬を濡らす私。
「おいおい。涙は妾の前での誓いの言葉の後にせよ。」
そういって、大げさに顔をしかめるお姉様。
そして、コホンと咳払いしてから、お兄ちゃんに向かって誓いの言葉の儀式を行う。
「新郎、武 、あなたは明を妻とし
健やかなる時も 病める時も
喜びの時も 悲しみの時も
富める時も 貧しい時も
これを愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い
その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
その言葉を聞いてお兄ちゃんは、急に真顔になってお姉様を見つめて「誓います。」と答える。
次にお姉様は私に言う。
「新婦、明、 あなたは武を夫とし
健やかなる時も 病める時も
喜びの時も 悲しみの時も
富める時も 貧しい時も
これを愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い
その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
私もお姉様を見つめて、心を込めて「誓います。」と答える。
ただ、お姉様は誓いの口づけは、本当の結婚式まで待つように言う。
これは余興だと言ってケラケラと陽気に笑った。
そんなお姉様にお兄ちゃんは、
「こんなことまでできるなんて、お前は本当に神だな。」
なんて、無礼なことを言うから私は恐怖で総毛立つ。
「おおおおおお、お兄ちゃん、お姉様に向かってなんて口をっ!!」
神罰が下るっ!!
そう思ったのに・・・・・。お姉様は、ちょっと照れている。
・・・・・ん?
なに、この雰囲気・・・・。
「だって、武様の為だものぉ~~。」
なんてシナを作ってお兄ちゃんの腕に抱きついたりもする。
しかも、お兄ちゃんは、そんなお姉様の急変に驚きもせずに、お姉様の頭をナデナデしてる・・・。
ええええ~~~~~っ!?
何が、どうなっているのっ!?
「いやぁ~~・・・。実はのぉ・・・・・
お前の意識を乗っ取って、これまで何度か、武様とは逢瀬を重ねておってのぉ・・・。」
あ?
おい・・・今なんつった?
「いや、だから・・・・。
時々お前の体を借りて、お前の兄とデートしとったわけじゃ。深夜にの。
ほれ、妾。神様じゃろ? やっぱり、お前が武様を恋人に選ぶ前にこういうことを明かすわけにもいかず、今まで、猿芝居をしておったわけじゃっ!!」
ああっ!?
「そ、そう怒るな。明よ。
お前の物は妾の物でもある。そうじゃろ?」
あ?
「こ、こここ、こうなった以上は、これからは二人一緒に公然と武様に緊縛プレイで一晩中、罵ってもらえるじゃろ? めっちゃ良くない?」
・・・・・おにいちゃ~ん?
今、このBBAがいった事、本当かしら? 私の体を乗っ取ったお姉様に・・・・。お兄ちゃん、緊縛プレイしてたの?
「い・・・いや。だって、そうしないとお前を不幸にするぞって言うから・・・・・。」
お兄ちゃんはそう言うのだけれども、目が泳いでる。
明らかにうそを言ってる。
も、もしかして・・・・鬼畜攻め役の演技がうまいのって、役者としてどうこうじゃなくて、実際、ドSだからってこと?
「そ、そうなんじゃっ!! 演技でもあれだけ凄いのに、本番はもっとすごいぞ!!
妾、もう嬉し涙流しながら武様に虐めてもらって居った。明、お前もやって貰え!
凄いぞっ!! 妾の眷属のお前なら、絶対にハマるっ!!」
・・・ごくり。
と、生唾飲んでしまう自分が怖かった・・・・・。
ま、このヘンテコな事続きの我が人生。そう言うのを受け入れるのもアリなのかも・・・・と、私は諦めをつける。
でも、これまで黙って浮気していた二人には、償いをしてもらわないとね。
「ふむ。償いとな? では、願い事を一つだけ叶えてつかわす。
妾に何を望む? なんなりと申せ。」
お姉様は、一応、罪悪感があるのか、私の願いを一つだけ聞いてくれると言う。
それならば・・・・・。
ねぇ、お姉様。初を女の子に変えてあげて?
せっかく隆盛と言う彼氏が出来たんだし・・・・。
でもお姉様は、首を横に振る。
「ダメじゃと言うただろう?
お前を女にしたのは神罰じゃ。それ相応の罰が無い限り、そういう真似は出来ん。
ええか? よくきけ、罰じゃぞ。罰!!」
お姉様は、やたらと罰を強調し、お兄ちゃんは「ふうん。そういうことかぁ・・・。」と満足げに笑っている。
ねぇ? 何の話? どういうこと?
「ええんじゃ。ええんじゃ。
そこら辺の事は武様がうまくやってくれるじゃろう。
それよりも、明よ。お前自身のための願いはないのかえ?
叶えたい夢もたくさんあろうよ? 何なりと言うてみい。」
お姉様は、慈愛に満ちた目で私を見つめて言う。これはどうやら、本気で私に対する祝福として願い事を叶えてくれるみたい・・・・。
そう考えると、私の頭にはいろいろな願望が駆け巡る。
美術、お金、幸せな家庭・・・・。そういったもので思いを巡らせるけれども、中々、願い事一つと言うのは難しい・・・。
「あっ・・・・・。」
そう思っていた矢先、私の中でこれ以上ないという願い事が思いついて決まった。
「ねぇ、お姉様。私、お姉様みたいに
年を取っても、このオッパイに張りを持たせて垂れたりしないようにしてほしいのっ!!」
乙女の切実な願い事だというのに、お兄ちゃんもお姉様も顔をしかめて呆れた声で「・・・・・あ?」と、返事をする。
そして、しばしの沈黙の後、お姉様は大笑してから、言った。
「本当に、つくづくいい性格しとるのぅ・・・・。お前は」
ー例えば俺が女になったとして・・・・・ー(終)