番外編「隆盛と初の話」(終)
隆盛からの突然の呼び出しで、初は、二人が初めて会ったデパートの中にあるレストランを訪れた。
そこは当然、初にとっては、思い出の場所だった。
明と偶然、服屋で出会って、そのまま流れで入ったレストランに隆盛がいた。
隆盛は学校でも強面の有名人であったが、学校では対人関係で壁を作っていた初にとっては、見知らぬ他人でしかなかった。
なのに・・・・・。初めて会ったその男は、初のことを、当然のことのように ”女の子” として扱ってくれた。その瞬間に初は恋に落ちた。
心の隙間を埋めるために行う女装仲間との疑似恋愛ごっこではなく、本物の恋に落ちた。
それからの初は夢のような時を過ごした。
好きな男のために料理を作ったり、嫉妬したり、甘えたり、デートしたり・・・・。
おおよそ普通の女の子が体験するであろう恋愛を隆盛はさせてくれた・・・・・。
そして、隆盛にそれだけのことをしてもらえたから、初は、隆盛がどんな選択をしてもわがままを言わずに受け入れるつもりだった。
その決断の時に明が選ばれても、受け入れる。
恋に悩み、眠れぬ夜を何日過ごしただろう。
最初の頃は、大胆な初にとっても控えめなスキンシップも、顔は笑顔でも、相当な覚悟が要った。
”気持ち悪いんだよっ!”
”触るんじゃねぇよっ!”
そう言って、拒絶される恐怖と戦いながらのスキンシップに精神をすり減らした。でも隆盛は、学ラン姿であっても自分を男ではなく女の子として扱ってくれた。その事が嬉しくて嬉しくて、嬉しくて・・・・夜になると自分の部屋で一人、涙した。
また、明という学校でもトップに君臨するであろう美少女に嫉妬したし、恋に破れる予感におびえながら眠れぬ夜をいくつも越した・・・。
皆から「明るくて元気な初」は、そう言った苦しみが生み出した存在だった。
本当の初は、涙にくれる弱い一面も当然持った、普通の少女だった。
そんな苦しみを抱えていても、隆盛が決断した事なら、素直に受け入れる。
例え、どんなに他の女に渡したくなくとも、初は隆盛の決めたことに従うつもりだったし、祝福するつもりだった。
初にとって、それが自分に恋を教えてくれた隆盛に払える最大限の敬意だった。
そんな覚悟を決めた初がレストランに来た時、隆盛は初めて二人があって食事したテーブル席にいた。
”あの日のことを覚えてくれたのかな? それでこの席を選んでくれたのかな?”
初は、そんな淡い期待を感じながら、それとなく隆盛に尋ねる。
「ごめんなさい。待った? 入口に近いいい席だね・・・。」
挨拶をベールにして、本題を訪ねる。
隆盛は、そんな初の気持ちを知らないのか、「ああ。俺も今、来たところだ。ちょうどココが空いててな。」と、そっけなく答える。
”ああ・・・。
そっかぁ・・・・。まぁ、男の子って記念日とかも覚えてないって言うし仕方ないか・・・・”
そう落胆しながら席に座る初に隆盛はメニュー表を渡し、「まぁ、何か頼めよ。」と言う。
ぶっきらぼうだけど、優しさが見え隠れする隆盛に初は胸が弾む思いだった。
そんな初が頼んだのはチョコパフェで・・・・。それも初めて二人があった時と同じだった。
そして、あの時と同じように自分の席に届けられたチョコパフェを見て、両手を合わせて「美味しそうっ!」と、喜ぶ初を見ながら目を細める隆盛は、
「これで、よかったんだ・・・・。」
と、呟いた。
そして、初がチョコパフェを食べ終わるまで、楽しそうに観察していた隆盛は、手にしたコーヒーカップをテーブルに置くと、本題を切り出した。
「明とお前の事なんだが・・・・・・。」
その言葉に一瞬体がビクッと強張る初だったが、覚悟は既に決まっている。「うん。」と答えて隆盛を見つめる。
「今日、呼び出されてわかってたわ。そろそろ明ちゃんへの告白をする期日だものね。
そして、私と明ちゃんのどちらを選ぶのか決断したんでしょ・・・?
いいわよ。覚悟は出来てる。スパッと言っちゃって・・・・。」
隆盛が躊躇しないように気丈に振舞う初だったが、その両目には溢れんばかりの涙が溜まっていた。
そんな初に隆盛が突っ込みを入れる。
「お前が覚悟が出来ているだって? お前に何の覚悟が出来てるんだっていうんだ?」
この期に及んで・・・この大事な時間にそんな茶化されることを言うとは思ていなかった初は、戸惑いながら「・・・え?」と、消え入りそうな声で尋ねる。
「俺は、お前を選んだ。
お前にその覚悟が出来ているのか?」
突然、そう言って優しく微笑む隆盛の姿が信じられない初は、そのまま1分近く硬直して動かなかった。
そして、やがて貯水限度を超えた瞼からポロポロとこぼれ落ちる涙と共に、何が起きているのか理解できないように「・・・・え?」と、再び尋ねる初。
そんな初を見て、席を立ち、対面の席から横の席に座って頭を抱き寄せてやる隆盛。
「でも、ま。
お前が思うほどカッコいい決断ってわけでもない。俺は明を選ばなかったし、明も俺を選ばなかった。
ただ、それだけの話さ・・・・。」
そう、優しく説明してもらっても初には理解できない。
「どうして? どうして私を選んだの?
私、男の子だよ? 明ちゃんの方が綺麗だし、可愛いし・・・・・。
なのに、どうして・・・・・?」
初は、消え入りそうな声で恐々と尋ねる。
その理由を聞くまで、確認するまでは、初には信じられない出来事が今、起きていたからだ。
本当は、初には勝ち目がない事を知っていた。
いくら周りが可愛い、可愛いと言ってくれたところで、自分は男だ。最後の最後の所に来たら、隆盛は明を選ぶだろうと思っていた。それでも、自分に女の子として当たり前の扱いと恋心を与えてくれた隆盛に感謝していた。だから、フラれる覚悟はできていたのに・・・・・・。
そう考える初は、「自分を選んだ」と言われてもにわかには信じられない。
いや、信じられる「言葉」が初には必要だった。
零れ堕ちて止まらぬ涙はそのことを示していた・・・・。
そして、隆盛はそんな初が納得するけど腑に落ちない、いかにも ”隆盛らしい” 答えを言うのだった。
「いや、本当なら俺も明を選ぶんだと思うんだ。
でもさ、お前を一人にすると思ったらさ・・・・・。
明への愛を捨てても、お前を守ってやりたいと・・・・。そう思っての決断なのさ。」
そう言った。
隆盛は、初のことを明よりも好きだからと言うようなことは言ってくれなかった。
ともすれば、同情ととも受け取れることを堂々と話したのだ・・・・。
「・・・・はい?」
流石の初も理解が追い付かずに、一瞬、間抜けな声を上げる。
そして、次の瞬間、イラついた声を上げて隆盛に抗議するっ!!
「はぁっ!?
あんた、何言ってんの!?」
そう言いながら、隆盛を押しどけようと両手を突っ張るも、トップアスリートの隆盛が初の細腕で動くわけがなかった。
しばし、頑張った初もあきらめざるを得ない腕力差だった。
諦めたように初は、語る。
「あのさぁ・・・。隆盛。
あんた、よく考えて行動してる?
私、男だよ?」
その質問は初にとって最も傷つく質問だったけれど、隆盛のためなら、初は口にできた。
だが、隆盛は、ニヤリと笑って「・・・・知ってる。」と、こともなげに答える。
その返事を軽く感じた初は、なおの事、強い口調で非難する。
それは、隆盛が現実が見えていないと思ったから・・・。
「知ってるだけじゃないっ!!
あんたっ! 世の同性愛者がどんな目にあってるのか知ってる?
私を選んだら、一杯、一杯、嫌な思いをするんだよ?
嫌がらせをされたり、汚いものを見るような目で見られたり、何もしていなくても、下に見られちゃうし、ぞんざいに扱われちゃうんだよ?
そんなこと、考えたことある? いい加減な同情で私を選ばないでっ!!
私と付き合ったら、他にもいろんな嫌なことがあるんだからねっ!?
その時、どうすればいいのっ!?」
初は、珍しく悲壮感に溢れる声で隆盛に抗議する。説得する。
それは、愛する隆盛に自分を諦めさせるための説得と言う何とも奇妙な説得だったが、隆盛は何も言わずに黙ってそれを聞いていた・・・・。
そして、涙で真っ赤になった初の頭を抱き寄せると、力強い声でいう。
「いろんな問題が起きる?
その時は俺に任せろ。俺が何とかしてやる・・・・。」
隆盛は、それ以上言わなかったけど、有無を言わせぬ説得力と頼もしさがあった。
”ああ・・・・。この人なら、きっと何とかしてくれる・・・・”
同性愛の世界の辛さの一端を垣間見てきた初が、そう納得させられるような頼もしさに、初は、思わず、隆盛の頬にキスをする。
二人は、その後、何も言わなかったけれど、話なんか、後日、いくらでもできる。
だから、今は言葉はいらない。ただ、穏やかな二人の時間がゆっくりと流れてくれれば、二人は幸せだったから・・・・・。
「隆盛と初の話」(終)
次回最終回です。