二人に幸あれ
お姉様は、言葉通り私が真っ白になるまで可愛がってくれた。
ただ、それで得られる安らぎは一刻のものだという事は、言うまでもなかった。
翌朝になれば、また誰かを選ばないといけないというプレッシャーが私を襲う。
誰を選んだとしても、きっと私は幸せだし、きっと皆、私を幸せにしてくれる。
3人とも本当の意味で私のことを好きでいてくれていることに対して何の疑問もない。おかしな話だけれども、それはお姉様も保証してくれる。誰かに保証してもらわないとわからない話でもないのだけれども、誰かが保証してくれるなら、これほど確かなものはない。
そして、それが確かなものであるからこそ・・・・みんなと相思相愛であるからこそ、私は、誰も選べなくなった。
ああ・・・・。こんなことなら、最初にお兄ちゃんを選んだときに隆盛と不知火先輩に追い込まれても、強い意志ではねのけていられれば・・・・・。
後悔は先に立たない。
そして、矛盾しているけれど、私はそのあと、隆盛と不知火先輩が攻勢に出てくれた時間を・・・記憶を私はとても幸せに感じていた。
だって、そうでしょ? 好きな男の人に愛されて可愛がってもらって、大事にされる時間をなかった方がよかったなんて思えないもの・・・・・。
そして、その思いが強ければ強いほど、私は選べなくなっていった。
ストレスで疲弊した私を見て、「心が安らぐまで、心象世界で妾と一緒に過ごすかえ?」とお姉様は気を遣ってくださったけれど、それはただ単に問題を先延ばしにするだけのことで、きっと私は、幸せにならない。
それに・・・・ここにずっとお姉様と一緒にいるという事は、ずっと彼らに会えないってこと。
耐えられない。私はきっとそんな地獄には耐えられないの・・・・。
恋心とプレッシャーが入り乱れて、私の心を引き裂いていく。
一秒ごとに涙がこぼれそうになるのを必死に止める時間が来ているような生き地獄が私を襲っていた。
お姉様は、心象世界から出ていく前にせめて気力をつけて行けと、生命エネルギーの源である母乳を飲ませてくださった。
覚えてはいない。全く覚えてはいないのだけれども、私は幼いころママにこうして母乳を貰っていたんだと魂に刻まれた記憶がぼんやりと思いだされて、私に安らぎをくれる。
ありがとうございます。お姉様・・・・。おかげで明、もうちょっと頑張れそうです。
これで現実世界に出て行けそうです。
私が覚悟を決めてそう言うと、お姉様はうっとりとした目で
「あああん。い、いかないでっ!! 明、もっと妾と一緒にいてっ!!
も、もうちょっと・・・な? もうちょっとだけだからぁ・・・・。」
と、私にもっと母乳を吸ってくれと乳房を押し付けてくる・・・・・。
ちょっ・・・・。なに、スイッチ入っちゃってるんですか・・・・。そんな甘ったれた声上げて・・・・。
そうは言っても、さっきまで可愛がってくれたお姉様の頼みだから・・・・・。私はお姉様を押し倒して、しばしの間、お姉様の望むままにしてあげた・・・・・。
「もう、神様のくせに可愛い人・・・・。」
「い、いわないでぇ・・・・・。」
お姉様は人を昂らせる術を熟知している。普段強気なお姉様の気弱な姿は、私を昂らせて、そのまま現実世界なら半日以上はそうしていたと思う。
おかげで私は、少し気持ちが落ち着いて現実世界に戻ることが出来た。
顔を洗って、朝食を食べて、歯磨きしてから、勉強の約束をしている美月ちゃんを待つ。
そうして待っている間にも自然と涙がこぼれてくる。
でも、今の私は普段通りの平常心。いつも通りなのに・・・・涙がこぼれ落ちるのを止められずにいた。
ああ・・・・。私、きっとこのまま壊れちゃうんだろうね・・・・・。
そう予感した。
それは客観的に見てもそうだった見たいで、笑顔のまま涙で迎え入れた私を見て、美月ちゃんが心配してくれた。
「明ちゃんっ!? 大丈夫?
無理しすぎなんじゃないの?」
「大丈夫・・・大丈夫・・・・・。
ただ、なんでかわからないけど、涙が止まらないの・・・・。」
美月ちゃんは流石に勉強どころではないと、私を抱きしめて相談に乗ってくれた。
それは、美月ちゃんが・・・・他人が答えを出していい問題ではないという事を私も美月ちゃんもわかっていたのだけれども、それでも話を聞いてくれる人、相談しあえる人がいるだけでも気持ちは全然違う。
美月ちゃんは、最終的に「私には決められないよ。」と答えるしかなかったけれど、それでも私は、美月ちゃんを抱きしめながら「ありがとう・・・・」を何度も何度も言った。
そんな私に美月ちゃんが言った一言が強烈。
「明ちゃん。
やっぱり、オッパイすっごいね・・・・。
私も大きい方だけど・・・・、抱きつかれたときに私の胸が包み込まれるようなこの感触・・・・。このサイズ・・・。
なにこれ。・・・・・・こんな犯罪的に大きいオッパイ、男の子は皆、駄目になっちゃうよっ!!」
ありがとう、美月ちゃん。
今はアナタのその天然ぷっりに救われるわ・・・・。
なんて言わないわよっ!!
もうっ!! 離れてよっ!! このエッチめっ!!
このオッパイは未来の旦那様とお姉様の物なのっ!!
友情の抱擁を口実に私のオッパイの感触に悶える美月ちゃんを両腕で押しのけようにも、腕力で私が美月ちゃんに勝てるはずもなく、美月ちゃんが満足するまで抱きつかれるのでした・・・・・。ただでさえ暑いのにっ!!
まぁ、おかげで少しは気持ちも晴れたけど・・・・・。
美月ちゃんが帰ると、私はシャワーを浴びてきれいにしてから、隆盛の待つ公園へと向かう。
日傘で顔を隠すようにしながら歩いた・・・。だって、いつ情緒が崩れて、泣き出すのか明にもわかんないんだもん・・・・・。
公園に着くと、丁度大きな木の下の木陰にあるベンチに隆盛が座っていた。
隆盛は、私を見ると、慌てて駆け寄ってきて「やぁっ!!」と、声をかけるのではなく、
「どうしたっ!? なにがあったんだっ!?」
と、深刻そうな声を上げる。
やだ・・・・。私、また知らない間に泣いていたのかしら・・・・。
そう思って目元をさすってみるものの、涙は流れてはいなかった。
隆盛は、ただ、私の歩く姿を遠目に見ただけで、私の異変に気が付いてくれたの。
なんて優しくて、なんていい人なの・・・。
そんな人をもし選ばなかったら・・・・そう思った瞬間に他の人の顔も脳裏に浮かび、「もし隆盛を選んで他の人を選ばなかったら・・・・。」と、思ってしまう。一体、私はどうしたらいいのだろう?
そして・・・・・。とうとう涙がこぼれてしまった。
悲しくて、悲しくて・・・。切なくて、切なくて・・・。そして、私を大事にしてくれる隆盛が愛おしくて・・・・。私は泣いてしまうのでした。
隆盛は私の肩を抱き寄せると、優しくベンチまで案内して、座らせてくれる。
そして、私の事情を尋ねる。でも、それは深堀しなくてもわかること。
隆盛はたった一言、「誰を選ぶかで、困っているのか?」と、尋ねた。
私も多くは語る必要が無かったので、涙ながらにコクリと頷くだけだった。
私と隆盛はそれだけで伝わる。それは、親友としての時間が長いだけが理由じゃない。
隆盛も同じ苦しみを味わっているからだった。
隆盛は、涙にくれる私の肩を抱き寄せながら、遠くの雲を見るかのようにしながら、「初のことなんだが・・・・。」と、切り出した。
「あいつは、可愛いよ?
俺のためにいろいろ尽くしてくれるし、きっと、本当に俺のことが好きなんだと思う。
でも・・・・。俺は。
俺は、初に対して、明に対するほどの気持ちはないんだ。
お前を思って眠れない夜もあった。一人でお前を思って胸が辛くなることもあった・・・・。
そんな俺だけど、初にあれだけ尽くされたらさ・・・・。恋愛感情以外の何かが芽生えるもので・・・。それが、思いのほか、俺の中で大きい存在であることも確かなんだ。」
うん・・・。わかるよ。
それだけ初は、アナタのことが好きで、振り向いてほしくて頑張っているんだもの。
心が揺れ動かないわけがないよね。
私は隆盛の言葉をただ、じっと聞いている。
隆盛は独白を続ける。
「わかってる。アイツには、俺しかいないんだ。
でもさ・・・。だからって、俺はアイツの立場に同情して・・・・気を遣ってアイツを選ぶわけにはいかないんだ。
アイツを選ぶわけにはいかないんだよ。どれだけ可哀想でもさ。
それは、アイツが俺にぶつけてくれる本気に対する侮辱になるからな。
だから・・・・。俺は・・・・・。
だから、俺は、お前と同じように選べないんだよ・・・・。」
隆盛が出した結論は、前述の言葉の答えにはなっていない。全くなっていない。
”だから、選べないんだよ” の、”だから”と言う部分と、その前の言葉につながりが無いから。
でも、”だから”と言う言葉の前には隆盛にも整理しきれない気持ちがあって、それが隆盛の気持ちをかき乱している・・・・。
私達は、それぞれ違う理由だけれども、同じように選択の苦しみを味わっていた。
不思議ね。こんな二人が出会って友達になったんだから・・・・・。
「やっぱり、私達。親友ね。・・・・こんなことまで同じになるなんて・・・・。」
何気ない一言だったけれど、・・・けれど、その一言は大きな一言だった。
「そっか・・・・。
俺達、親友か・・・・。確かに、元々そうだったよな。」
隆盛は、寂しそうに笑った・・・・。
その悲しそうな瞳に私は「そういう意味じゃないのよ・・・・。」と、言ったけれど、隆盛は私の唇に人差し指を当てて、「いいんだ・・・・。間違っていても、もう、いいんだ。」と言った。
「お前のこの唇を奪いたいと今でも思ってる・・・。でも、・・・・な?」
その寂しそうな笑顔から、私は隆盛の覚悟と決断を悟る。
「・・・・いいの? 私、メチャクチャ可愛い奥さんになるわよ?」
「よせよ・・・。気持ちが揺らぐだろうが・・・・。
本当なら、今すぐにでもお前の唇を奪いたいんだぜ、俺は・・・・。」
こんな冗談を言いあえるようなら、私達の覚悟は本物ってことね。
それは確認するまでもない事。
隆盛は、「じゃあな・・・・。夏休み明けにまた会おう。」
そう、決断の日ではなくて、私達は夏休み明けにまた会う。
私達は、それでいいの。
隆盛がそう思ったのなら・・・・。私は、アナタに従います・・・・。
だから、これ以上、話し合うことはない。私は、空元気でも精一杯の笑顔を見せて、隆盛に握手を要求する。
「また・・・・ね?」
そう言った、瞬間。隆盛に抱きしめられた・・・。
隆盛の震える肩と、「・・・・・行かないでくれっ!!」という言葉に私は涙が止まらなかった・・・・。
隆盛がどういう考えでこの決断をしたのか、おおよその事しか私にはわかない。
それは隆盛にとって、本心でなかったんだろう。それでも・・・・それでも隆盛は、自分しかいない初を選ばないことをできなかったんだと思う・・・。
きっかけは何気ない一言と、決断に苦しむ私の姿だったと思う。きっと隆盛はそういう人。
私のために・・・初の為に自分の気持ちを押し殺して、私達が苦しまない世界を選んでくれた・・。
でも隆盛が私を愛してくれた分だけ、私に対する未練は大きい。
私も・・・・・私も同じ気持ちだよ? だって、アナタと私はこんなにも相性がいいんだもの。
こんなにも愛してくれたんだもの・・・・。でも、駄目よ。
隆盛・・・・。私達、いま、決断したじゃない・・・。
だから・・・・・駄目よ・・・・。決断を引き延ばしたら、もっと苦しい世界が待っていることを私は知っているんだから・・・。
夏の公園ですすり泣く私の心の中でお姉様の歌声が聞こえる。
「辛い決断をした若人たちよ。
妾はそなたらが愛おしい・・・・。せめて、せめて・・・・・今は、妾の祝福の歌を聞いて、心の安らぎを感じよ。
そなたらの未来に幸多からんことを・・・・・。」
そう言って、歌うお姉様の歌声には、私達の気持ちを安らげる奇跡が込められていた・・・・。
それでも、それでも・・・・どんなに強い決断をしていても、
どれだけ祝福を受けようとも、私達はしばらくの間、抱きしめあったまま動けなかった・・・・。
行かないでくれ・・・・
行かないで・・・・・。
心の中で、何度も何度も声を上げてお互いを求めあったのでした・・・・。