真っ白になるまで
不知火先輩が案内してくれたダリア畑は、村おこしの一環で作られたものだけど、まだ動き始めて4年のプロジェクトでまだまだ知る人ぞ知る名スポット。人気はまだない。
「こんなに綺麗なのにもったいないわっ!!」
私が大はしゃぎでダリア畑の美しさに感激していると、不知火先輩が
「明、時間無くなっちゃうよ?」
と言ってきたけど、私はこのダリア畑の美しさの感動を不知火先輩と共有したい。
「でも、先輩。せっかく私と一緒に来たんだから、30分でいいから明と遊んでくださいよぉ~~っ」
私は出来るだけ、甘えた声で不知火先輩にお願いすると不知火先輩は、頬を染めながら、渋々、頷いてくれた。
「はい。ちゃんとエスコートしてくださいね?」
私の差し出す手を優しく取って、歩き出す不知火先輩の半歩後ろを歩く私は、とても幸せ。
不知火先輩も私もそこまでお花に詳しいわけではない。
だから立て札に書かれた説明文を読みながら、二人してダリアの種類に感動する。
ダリアは種類が多く咲く季節も種類によって異なる。私達が特に気に入ったのは、赤黒い花を咲かせる「黒蝶」。シックな感じでとてもいい。黄色やピンクもいいけれど、この独特の色合いを二人とも気に入り、人手が少ないことをいいことに二人で記念撮影や座り込んでのスケッチもする。
でも・・・・。
誘ったはずの先輩が、あまりダリアを描かずにスマホで写真ばかり撮っているのが気になった。
それも被写体が私だったから・・・。
「ね、先輩。
私を撮ってくれるのは嬉しいですけど、それって今回のデートの趣旨と違いませんか?」
と私が尋ねると不知火先輩は、少し寂しそうな笑顔を浮かべながら
「いいんだ。
今回、ボクが描く絵は「ダリアと最愛の少女」ってテーマだから。」
と言う。
不知火先輩にそう言っていただけるのは嬉しいのだけれど、私はそんな不知火先輩に違和感を感じずにはいられなかった。
そんな先輩に違和感を感じたままでは絵にも集中できないので、私は早めにお弁当を食べようと催促する。
ご飯の時なら、先輩も心が緩んで、ちゃんと事情を話してくれるかもしれない。
そこに期待する私は、不知火先輩と日影に入って用意したサンドウィッチ弁当を広げる。
ピクニック用の防水シートを地面に敷いて、二人で並んで座って、用意したウェットティッシュで手を拭いて、二人で「いただきます」と言ってから食事する。
私好みのマスタードは控えめのサンドウィッチは子供っぽい味がするけれど、パンの味がはっきりとわかる。
それが不知火先輩の口に合えばいいのだけれど・・・・・。
ちょっと不安になる私の視線に不知火先輩が気が付いたのか、思わず失笑する。
「はははっ!
明、そんなに見つめられたら、笑って食べられないよ!
心配しなくても、僕は君が作ってくれたものなら、全部嬉しいさっ!」
そう言いながら、サンドウィッチにかぶりつく先輩の悪戯っぽい笑みに私のハートは射抜かれる。
ああっ!! な、なんて綺麗な顔なの!?
本当に少女漫画の美形キャラみたいな人・・・・。
「おいっ! 明っ!!
そこ代われっ!! 妾もそんな笑顔してほしいのじゃっ!」
お姫様扱いされたいのじゃっ~~~!!」
流石に不知火先輩の美貌。ドМのお姉様ですら可愛がってほしいと願っている。
ああ。私、こんなに綺麗な人が先輩で本当に幸せっ!
ただ・・・・今日の不知火先輩はやはりどこかおかしい。
それが気になって、質問してみた。
「先輩・・・。今日、変じゃないですか?
いつもならもっとスケッチに集中しているのに、どちらかと言うと私の写真ばかり・・・・・。
それに、時折、悲しそうな顔をするし・・・。なにかあったんですか?」
その質問に不知火先輩は再び悲しそうな瞳を見せる。
そして、もう一口。サンドウィッチを食べてから、衝撃的な事を言う。
「場合によっては、明と一緒にスケッチするのが、これで最後になるかもしれないからね。」
「・・・え?」
不知火先輩の言葉に、私は止まってしまう。
「数日後に、君は決断しなくてはいけない。
君が選ぶ相手が僕になるとは限らない。正直、みんなそれぞれに魅力的だろう?
そして、僕以外の男を君が選んだ場合、君は、タダの部活の後輩ってわけじゃなくて他人の恋人になるんだ。」
「そうなったら、・・・・流石に僕は君を二人っきりで連れまわすわけにはいかないし、だからって他の男を連れて君とスケッチを取りたいとは思わないよ。
だって、・・・君が誰かに奪われる姿を横目に見ながら、絵を描くなんて惨めすぎるだろ?」
不知火先輩は、寂しそうに笑った。
そして・・・。不知火先輩の言葉を聞いて私の中で何かが壊れた音がした。
涙がボロボロとこぼれ落ちて、何をすることも無理になってしまった。
自分で用意したサンドウィッチを食べることも出来ない。肩が震えて声も出ない。
不知火先輩は泣き出した私を見て、狼狽えることもせずに私の肩を抱き寄せて慰めてくれた。
「ごめん・・・・。ごめんな・・・・。」
不知火先輩は、悪くないのに謝ってくれている。
でも、私はこれまで考えもしなかった。
私が不知火先輩を選ばなかった場合、どうなってしまうのかということを。
隆盛に対しても、京ちゃんに対しても、お兄ちゃんに対しても。
何事もなかったことのように過ごせるとか夢みたいなことを私は考えていた。
そんなわけがあるはずがないのに・・・・。皆と過ごす時間が楽しすぎて、私は、そんなことさえ考えられなかった・・・・。
「泣かないで・・・? 明。
君の涙で分かるよ。僕達がどうなるのか・・・・・。
いいんだ、明。君は間違ってないさ。
だから、泣かないで・・・・。」
不知火先輩の声が震えている。それでも涙も見せずに私の肩を抱きしめて慰めてくれた。
「ううっ・・・・うわあああああああっ~~~っ!!」
私は声を上げて泣く。
人気が無いスポットでよかった。声を上げて泣いても誰も私達を見ないだろう・・・・・。
泣いて
泣いて
泣いて
泣いて・・・・。泣くだけ泣いたら、私達は家に帰ることにした。
特に言葉をかけなくても、私達は行動できた。
別れ際に不知火先輩は、「サンドウィッチ、美味しかったよ。」と言ってくれた。
だから・・・。私は再びこぼれ落ちそうになる涙を必死でこらえながら、この場を去っていく先輩の後ろ姿に伝える。
「まだ・・・まだ決まってませんからっ!!
もし、そうなった時、考えたら怖かったのっ!!」
そう告げると、不知火先輩は、私の所へ駆け戻り、私を抱きしめるっ!!
「ズルいぞっ!!
そんなの・・・。いま、そんなこと言うのズルいぞっ!!」
不知火先輩の声が震えている。
その感情の高ぶりに私の心も震える。
「ごめんなさいっ!
ごめんなさいっ!! だから・・・・・お願いっ!!
もっと抱きしめてくださいっ!! あなた以外考えられなくなるまで・・・・・お願い・・・・。
お願いします・・・・。」
そう言って懇願する私は・・・・本当にズルいと思う。
だって、こうやって力づくで私をモノにしてくれたら、私は選ばなくて済むと思っていたのだから・・・・・。
私は皆が好き。
皆が私のことを好きにさせたくせに、選ぶなんて・・・・出来ないよ。
そう思いたかったの。それがいけないことだとは知りつつも、私は告白の後に訪れる世界のことを考えるだけで逃げ出したくなる・・・・・・。
そんな私を家に戻ってすぐ。自室のベッドに泣きつく私にお姉様が心象世界に招き入れて、慰めてくれる。
心象世界。お姉様が私の心の中に作った一つの小宇宙と言ってもいい。
そこはお姉様が私の深層心理からくみ上げたイメージを形にした異次元空間。
ここには時間も無ければ、私とお姉様以外は、存在しない世界。
お姉様は泣きすがる私の髪を撫でながら、「辛かろう・・・。辛かろうな・・・・。」と、慰めてくれる。
「でもな。明・・・・。それでもやっぱりお前が選ばないといけないことじゃ。
それが、お前を愛してくれた男たちにせねばならない最低限の礼儀じゃぞ・・・。」
それはわかってます。
それはわかっていますけどっ!!
でも・・・・・・・私は、この先、皆との関係が崩れることが嫌なんですっ!!
隆盛とは、ずっと一緒にいたいし、
不知火先輩とは、ずっと絵を描いていたい。
お兄ちゃんと、気まずい関係になんかなりたくないよぉ~~~・・・・。
お願いっ!! 教えてっ、お姉様っ!
私、どうすればいいの? どうすれば、皆と幸せになれますかっ!?
私の問いかけに答えなどない。だって、皆と幸せになれるなんて答えがあるわけがないのだから。
それでも、私は聞きたい。どうにかしてほしかった。
そんな私をお姉様は、深く抱きしめていう。
「明よ。
人生は全てを手に入れられないものじゃ。
何かを手に入れたければ、何かを捨てよ。お前の手が二本しかないように、掴める幸せも数に決まりがあるのじゃ。
そして、その取捨選択こそが人生を決定づけるものなのだから、その決定でお前が後悔することになっても、それでもお前が、お前自身で決定しなくてはならんのじゃ。
それが、お前の人生だから・・・・。」
お姉様は、そういいながら、一枚ずつ私の衣服を剥ぎ取っていく・・・。
「・・・・あ。
お、お姉様・・・・なにを・・・。」
私は、無気力な抵抗を見せるがお姉様は、そんな私の手を優しく取り押さえながら、「今日は何も考えるな。全てを忘れるほど、お前を可愛がってやろう。頭が真っ白になるまでの。今だけは、全てを忘れさせてやろう。それが妾がしてやれることじゃ・・・・・。」
・・・・・ううっ・・・・・
お姉様の優しさに私は涙を流しながら、その体を受け入れる・・・・・・。
全部、全部忘れさせてほしいかったから・・・。
今、私の心をどこかに逃がして欲しかったから・・・・・。
何もかも考えられなくなるまで、お姉様にこの体を預けたい・・・・・。そう願って受け入れた。
真っ白になるまで、お姉様に可愛がられながら声を上げて鳴かされたかった。そうすれば、今だけは何も考えなくて済むのだから・・・・・。