スケッチブック
京ちゃんと喫茶店に来てから10分ほどで注文したナポリタンが届く。
「おおっ!? ミートソース・・・・か?」
「いや・・・。これナポリタン・・・・・。」
私にそう説明されて怪訝な顔をしながら京ちゃんはフォークでパスタを絡めとって口に運んで3口ほど噛んでから
「ああっ!! こ、これ。子供の時に食べたことある奴だっ!!」
あ、忘れてたんだ。この味。
京ちゃんの素振りから芝居ではなくて本気でナポリタンを忘れていたようだ。
多分、アメリカに行ってからは、完全に向こうの食生活だったんだろうなぁ・・・・。
京ちゃんはものすごく喜びながら、懐かしみながらナポリタンをほお張った。
「ああっ! 懐かしいな。この味。色。
どうして忘れてたんだろう? こんなに子供向けの味なのにっ・・・・。」
その様子が可愛くて、私は、まだ口をつけていない自分の分を取り分けてあげる。
「はいっ! 私はこんなに食べられないから、あげるね。」
「い、いいのか? ありがとうっ!!!」
ナポリタンは日本発祥のパスタ料理で海外にはあまり見られないものらしい。京ちゃんの喜びようを見ながら私は、ナポリタンが日本独自の料理であることを実感する。
そうして、京ちゃんの喜びようから、これも彼のふるさとの味なんだと、気が付いた。
「ねぇ、京ちゃん。
私、幼稚園のお弁当の時間でナポリタンがある日は京ちゃんがご機嫌だったのをよく覚えているわ。」
そう言われて京ちゃんは恥ずかしそうに「そ、そうだったっけ?」という。
数年間、母国の味を食べてないだけで忘れちゃうもんなんだね。って、笑いあった。
それを口火に昔話が始まる。
「そうそう、そう言えば、あの頃から京ちゃん、お歌の時間が好きだったわね。」
「お歌の時間って、懐かしいな。
そうだな、あのころから好きで・・・・そういえば明もお絵描きの時間が好きだったな。今でも美術部だっけ?」
「うんっ!! 思えば、私達。アートの部分で通じるものがあって友達になれたんだと思うの。」
「・・・確かに。ガキのくせに芸術論はお互い一丁前にもってたもんな。」
昔話に花が咲き、私達はそれから30分近くお話していたんだけれども、京ちゃんは、不意に「あの不知火・・・先輩の事なんだけど。俺のこと、何か聞いてるか?」と質問した。
「ああ。そういえば京ちゃんの家と不知火先輩の家ってなんか関係あるの?」
不知火先輩と京ちゃんの会話から二人が関係あるって感じは受けてたけど、どういう関係なんだろうか? 私は深い事は何も考えずに聞いてしまった。
京ちゃんが振ってきた話だから問題はないんだろうけど、それでも京ちゃんはちょっと難しい顔をしながら説明してくれた。
「俺の家は、不知火家から出てるんだ。祖父の時代に不知火家から出て、磯貝家に婿養子に入ったんだ。つまり祖父同士が兄弟で、俺達の親父同士が従弟になる。俺と不知火先輩は、いわゆる”はとこ”って関係ね。
不知火先輩の親父さんとうちの親父は法事の時とかに会うたびに遊んでいた仲らしい。
流石に俺の代になると血が薄いから俺は会ったこともなかったんだけどね。
でも、それが縁で親父が売れない芸術家だったころから、不知火家はうちに色々とお金を都合してくれたたらしい・・・・。
そういう話は昔から聞かされてたけど、実際に会うのは初めてでさ・・・・。」
と、京ちゃんは、不知火家に音があって頭が上がらないような負い目があることを話した。
「まさか・・・明を狙って不知火家の人とぶつかることがあるなんてなぁ・・・・。」
京ちゃんはちょっと意気消沈しているようだった。
「まぁ、うちの親父も今では出世して、不知火先輩の親父さんに出資してもらったお金は完済しているらしいんだけど、それでも恩は恩だ。
ちょっと気を遣わずにはいられない所は、あるってわけよ。」
京ちゃんは言いにくいことを話してくれた。
「ふーん。
でも、そういう話になるってことは不知火家ってそこそこいいところの血筋なんだね?」
「いや。明治以前は全然、普通の家。明の血筋の方が凄いんじゃないかな。
出自に関して言えば、曖昧なんだよなぁ。うちの他にも不知火姓の家があるにはあるんだけど、偶然の一致で全然無関係の家らしいし。
なんでも明治時代にこれからは茅葺屋根でなくて、瓦の時代が来るとか言って、瓦工場を建てて、それが大当たりして出世した一族だって聞いた。それまでは苗字を持たない農民だったんじゃねぇかな。」
ふ~ん。
でも逆にだからこそ、本家の不知火家が分家に対して力を持っていたってわけね。
「まぁ、そうなんだろうな。俺も、不知火家のことを改めて教えられたのは帰国直前だから、詳しい事は知らんけど・・・・。」
なるほどねぇ・・・。でもね、京ちゃん。
「私達みんなで、夏休みに不知火先輩のお父さんが持っている別荘でお泊りさせてもらったことがあるんだけど、不知火先輩のお父さんはそういう事で恩を売るようなタイプの人じゃないし、感謝の気持ちだけ持っていればいいんじゃないの?」
「え・・・? 不知火先輩の家と泊りの旅行したってこと?」
「うん。だから、この間みんなで一緒に会ったじゃない? あのメンバー全員でね。変な意味じゃないのよ?」
「そっかぁ・・・。」
京ちゃんは、少しほっとしたような顔をして、ため息をつく。
「でも・・・ま。不知火先輩は強敵になりそうだなぁ・・・・。
親父に聞いた話じゃ、そうとう絵の才能がある人らしいな? 明、多分憧れているだろう?」
「そうね。控えめに言ってもずっと側で絵を描いていたいって思うくらい、尊敬しているわ。」
直感なのか、京ちゃんは私が不知火先輩を敬愛していることを見抜いていた。だから、私は包み隠さずその事を正直に話した。
「だろうなぁ・・・。いや、うちの親父がイラストレーターじゃん?
で、親父は子供の頃、不知火先輩の絵を指導していた時期があるらしい。親父が天才だって言ってたから・・・。明なら惚れ込むだろうなぁって・・・。」
京ちゃんはそう言ってから「これは、本当に強敵だな。俺も作戦を立てなきゃなぁ・・・。」と、言って天を仰いだ。
どうも、京ちゃんは、お兄ちゃんや隆盛よりも不知火先輩を危険視しているらしい・・・・。
それは、ある部分で正しいと思う。だって、私は本当に不知火先輩を尊敬しているから。
そして、翌日は、その不知火先輩とのデート。
デート・・・なのに。「スケッチブックを持ってきて。」と前日に連絡があった。
し、不知火先輩・・・・。デートなのに・・・・?
先輩のそういうところ、大好きですっ!
午前中は美月ちゃんと楽しくお話して、午後からはスケッチブック片手に不知火先輩とデート。
勿論、お弁当持参。不知火先輩には、「サンドウィッチ作って持っていきますね。先輩の分も!」と連絡を入れて。
先輩に喜んでもらおうと、前日の夜にママに頼んで24時間のスーパーに連れて行ってもらって、材料を買って準備していた、明特製サンドウィッチ弁当。マスタードは控えめに。
お姉様はそんな私に「明もいよいよ、女子力が磨かれて来たな。そういうところが自然に出るようになってこそ、本当の恋する乙女と言うもの。」なんてほめてくれる。
・・・・ところで女神様って、好きな男の神様にお料理作ったりするんですか?
「勿論じゃ。それが女と言うものじゃ。今のお前にならわかろう?」
なんて、嬉しいこと言ってくれる。私は、それでなお、気持ちが盛り上がって、まるで花嫁さんように手作りの料理を持参して先輩との待ち合わせ場所である駅前に行くと、先輩は既についていた。
「やぁ、明。今日はね、ちょっと凄いスポットを見つけちゃってね。
君も喜んでくれるだろうから、つい誘ったんだ。」
そういう先輩は本当に嬉しそう。でも、デートよりもスケッチを要求されるのは乙女の心情としては、ちょっと複雑かなぁ・・・・。
なんて、思っていたのは現地に着くまでの間の話。
駅でローカル線に乗って30分走ってから、駅を降りてバスで15分。その山の上にある公園からの景色は最高のスポットだった。
「きゃあ~~~っ!!
凄いっ!! 凄いっ!! 綺麗ですっ!! 先輩っ!! 綺麗ですっ!!」
山の上の公園からは、一面のダリア畑が広がっていた。隠れたスポットだった。
その美しさに私は興奮してピョンピョン跳ねながら絶叫してしまう。
そんな私に「これこれ、弁当が崩れるぞ。」とお姉様が言ってくれるけど、私は気が付かずにジャンプしてしまうのでした。
まぁ、タッパーに隙間なく入れているから、少々の事では大丈夫だしね。
不知火先輩は私を見ながら得意そうにスマホを見せて
「気になったアングルは写真を撮ろう。それから、スケッチしよう? ね?」
という。
ああ・・・・。デートだっていうのにこんな粋なことをしてくれるんだから、本当に先輩って大好きっ!!