優一君
本家の社づくりが決定すると、”これは吉凶の兆し也” とでもいう様に盛り上がりを見せる。
その勢いのまま、お昼は宴会に突入する。
本来ならば、榊家親類縁者が一堂に会して盛大な食事会が開かれるのだけれども、今年は事情が事情という事なのでお祖父ちゃんの息子(パパとパパのお兄ちゃん)の家族だけの宴会。
でも、田舎のご本家さんの事。こういう時の食事の豪勢な事。海の幸に山の幸がテーブルに並ぶ。
「お祖父ちゃん。
私、女の子になったんだから、こんなに食べられないよぉ~~~。」
なんて甘ったれた声を上げると、男連中は皆、にんまり笑って「おお、そうか、そうかぁ~~。」なんてご満悦のご様子。
・・・・・ふっ・・・。男ってチョロいわね・・・。
・・・・なんて余裕を楽しみたいけど、田舎の食事量は半端ない。本当に苦しい。
可愛いふりしてご機嫌とろうとか言う余裕はない。
だったら、食べなきゃいいじゃない? なんて疑問は笑止千万っ!!
食べなかったら、このアワビのお刺身どうなるの?
神戸牛のローストビーフどうなるの!? イセエビはっ!?
捨てるの?
それともご本家で飼ってるニャンニャンの餌になるの? あの縞トラ模様のキジ猫にあげちゃうの!?
雑種ごときが神戸牛を食べようだなんて・・・・。
あああああっ!! もったいないっ!
そんなのお天道様が許しても、私が許さないんだからっ!!
苦しい思いに耐えながら、飲み込みにくいお肉たちを澄まし汁で流し込む。しかし、やっぱりそれも勿体ない事をしている気になる‥‥。
ご飯は苦しみながら食べる物じゃないわ・・・・。
「その通りじゃ。猫にくれてやればいい。
明にくれてやるよりもよほど、有難く頂くことじゃろう。」
ええ~~っ!? 猫に神戸牛を~?
「織田真理っ!! このバカ娘っ!!」
だれ?
「おだまりっ!! このバカ娘っ!!
豊穣神の妾を前にご飯を粗末にするとは、許しがたい事じゃ。
生きとし生ける者。人も猫も食の歓びに差はない。より楽しめる者に分け与えてこその和の道。
猫にくれてやれ。明。」
うう~~~・・・。
お、お姉様がそういうなら・・・・・。
私はお姉様の言葉には逆らえない。仕方がないのでキジ猫の「ヤンちゃん」を呼び寄せて、お膝に乗せて、ローストビーフを上げようとしたら、拒絶された。
それを見たお祖父ちゃんが言う。
「ああ~~~。明、なんという勿体ない事を。
その子は、魚しか食わんのじゃ。」
と、渋い顔をされた。親戚一同、”猫に神戸牛を与える世間知らずのお嬢様”って目で見ている。
ちょ、ちょっと、お姉様っ! 責任取って何とかしてくださいっ!
ねぇっ!!
お姉様は、心を閉ざして返事をしなかった・・・・。
なにこれっ!! 明だけが悪者っ!?
そんな私を救う様に二つ年下の従弟の優一君が、側に来て話しかけてくる。
「仕方ないよね。明は、女の子になったんだから、こんなに食事を出されて困ってたもんね。」
そう言って笑顔でかばってくれた。
や、優しいっ!!
なんていい子なのっ!! と、思ったものの、優一君は、チラチラと私の胸を見ながら、顔を赤くしている。ううううっ!! と、年下の男の子も可愛いかもって思ったのにっ!!
このエッチな子めっ!!
そうは思いつつも、やはり身内だからだろうか、クラスの男子に胸を見られるような嫌悪感はない。
それが救いだった。
「ねぇ、優一君。凄い日焼けだね。
やっぱり今でも野球やってるのね!」
「ああっ!! 4番でピッチャーだぜっ!!!」
優一君は嬉しそうに自慢する。その笑顔が可愛くて、褒め殺しにして見たくなった私は大げさに声を上げて「へ~っ!! 凄いっ!! 2年生だよね?」と言って見る。
優一君は顔を真っ赤にしながら、「あ、ああ。学校でもモテるんだぜ!」などと謎のアピール。
ふふふ。愛い奴め。
そうやってからかっていると、オジサンと叔母さんが「明、せっかく女になったんだから、うちの子と結婚したらどうだ? 我が息子ながらイケメンだぞ?」なんて言い出す。
息子自慢を聞いて、パパも黙ってはいない。
「おいおい、兄ちゃん。
うちの明はな、そりゃぁモテるんだぞ。学園のアイドルだ。
それこそ、今、同時に3人の男の子から求婚されているんだぞ。」
なんて、言わなくてもいい事を言う。うう~~。よ、余計なこと言ってぇ~~・・・・。
私が軽い女の子と思われちゃったらどうするのよっ!!
なんて、心配は無意味だった。お祖母ちゃんも叔母さんも私の顔をマジマジ見ながら、「はぁ~~。カッコいいわねぇ・・・・。」なんて、ため息ついて羨ましがる。
それを聞いて、さらにパパが調子に乗る。
「何を隠そう、武君は、その一人。俺達、夫婦が決めた許嫁だ!!」
それを聞いたお祖父ちゃんが、膝をバシッと叩いて、「気に入ったっ!!」などと上機嫌に声を上げる。
「さぁ、こっちへ来なさい。武君。
歓迎するぞっ! 私の孫をしっかり頼むぞっ!!!」
などと言って、のめのめとばかりにビールを注ぐ注ぐ。お兄ちゃんも嬉しそうに「はいっ!!」なんて気前のいいこと言って、グイグイビールを飲み干す。
「ううん!! 良い飲みっぷりだ!!!」
などと言って、オジサンまで大喜びで歓迎する。どうやら、榊家では私の恋人候補はお兄ちゃんになるものだと決まってしまったようだ。
ただ一人を除いて。
「な、なぁ。明っ!!
俺はどうだ? 俺もカッコいいだろ? なっ? なっ!」
優一君は、しつこくアピールしてくる。
あれ~~? 私、いつの間にか中学生男子を誑かしちゃったかしらぁ?
まぁ、仕方ないわね。この美貌ですもの。
私の魅力に抗える男の子なんていないんだからっ!! なんて、思いつつも、ちょっと面倒くさい。
そりゃ、優一君は可愛いけど、やっぱり、私。大人な男の人がいいの。
この私を包み込んでくれるような男の人がいいのっ!!
そう思った矢先、意地悪にもお姉様が「オネショタ・・・。と言うものがあるらしいのぉ・・・・。」とボソリとつぶやく。
瞬時に私の脳裏に、私の手練手管に骨抜きにされてしまう紅顔の美少年、優一君の姿が浮かぶっ!!
ああああああっ!
だ、だめよっ!! 明っ!! そ、そんな禁断の扉、開けちゃダメぇ~~~~~~!!!
私は必死で煩悩を振り払うっ!
他の男に言い寄られるヒロインを救うのはヒーローの仕事っ!
こんな時にっ!! お兄ちゃんは何してるのっ!!
ああああ~~~っ!!! お祖父ちゃんたちにお酒飲まされ過ぎて、お兄ちゃんのお顔が真っ赤っかになってる~~~っ!!
ご、ごめんなさいっ!! お兄ちゃん。田舎の風習をっ!! ごめんなさい~~~っ!!
そうして、救いは現れないのだった。
夜の花火の時間になっても優一君はしつこく私を口説いていた。
「なっ!! 明っ!!
俺は本気だぞっ!? どうだ? なっ!」
全く、優一君。私が女の子になった途端にそれ?
女の子だったら、何でもいいの?
「そ、そんなことはないぞっ!!
明は、こんなに可愛いじゃないかっ!! だからだよっ!?」
「あれ?その割に私の顔よりもオッパイばかり見てる気がするけど?」
「ううっ!!」
そう言われて、優一君は口ごもる。
そして、見る見るうちに大粒の涙を目に蓄えて・・・・・その場から去っていった。
あ~あ・・。
ちょっと可哀想なことしちゃったかな・・・・・。
「そんなことはないぞ。変に気を持たせるよりも、よっぽど誠実な対応じゃ。」
お姉様は、優一君を気にする私を慰めてくれる。
・・・・・でも・・・・。
気にせずにはいられない。
今年の夏休みが終わるとき、私は、二人を断り、一人を選ぶ。
その時、2人が今の勇一君のように悲しむなんてことを考えただけで、胸が苦しくなる・・・・。
でも、そんな私に、王子様が声をかけてくれた。
「ほら、明が好きな線香花火だよ・・・・。」
お兄ちゃんはそう言って、火のついたこよりを私に持たせてくれる・・・・・。
「キレイだね・・・。」
そう優しく微笑みかけてくれるお兄ちゃんに私の胸は高鳴る。
「はい・・・・。武さん・・・・。」
その時、私は、「ああ・・・・今。私、恋をしているのね・・・・。」と実感していた・・・・。