私の王子様なんでしょ?
私が夏の火祭りでの待ち合わせ場所に着いたとき、隆盛は、まだ来ていなかった。
あいつ・・・。女の子を待たせるなんて、サイテーだぞっ!!
最近、周りからチヤホヤされている私はどうも感覚が贅沢になってしまっているのか、隆盛は私が来る30分前ぐらいから待っていてくれていると思い込んでいた。
「そうは言うてもな、明よ。お前、まだ待ち合わせの時間15分前じゃぞ?
別に遅刻しとるわけじゃないんだから、怒ることは無かろう。」
お姉様はそう言うけれども、よく考えてみてください。
こんな美少女が一人でお祭りに着ていたら、どうなるか・・・。ほら、来た。
悪い予感が出来中して、さっきからこちらをチラ見していた5,6人の集団が、私に近づいてきた。
「ねぇ、君。さっきから一人だけど・・・・?」
なんてありきたりなセリフで声をかけてくるけど、私は下を向いて、この人たちを極力見ないようにする。
「ねぇ、君。誰かと待ち合わせしてるなら、それまで俺らと話さない?」
「なんか飲みたいものないか? 買ってきてやるから、話そうぜ?」
はぁっ・・。もう、鬱陶しいわね。
どうせ、こうやって取り入って、有耶無耶のまま私を連れ去ろうとか考えてるんでしょうね。
「相手にするなよ。
男のフリ方を覚えるのも美女のたしなみと言うものじゃ。」
わかっています。お姉様。
こんな連中、・・・・あら、顔は平均点を大きく超えてるわね。・・・・・・全員、70点くらいかしら?
それで自信があって私に声をかけてきたのかしら・・・・。右端の子がジャニ系で可愛いかもしれない。
まぁ、それでも私の彼氏候補の3人は、彼らが70点だとしたら、700点の男ばかりだから、勝負にも比較にもならないけど・・・・・・。
なんて考えていたら、そいつらの中の一人が調子に乗って私の容姿を可愛い可愛いと褒めたうえで
「君、凄い胸が大きいね。浴衣着ててもわかるんだからすごいボリュームだね?
すっごいセクシーだよ。」
などとのたまった。
・・・・お姉様、今すぐこいつら殺してください。
「落ち着けっ!! お前は何ちゅうことを言い出すんじゃ。
それに安心せい、直ぐにこいつら自己解決して去ってゆくわ。」
自己・・・・解決? なんですか? それ。
と、私がお姉様に聞く前に連中の一人が「あっ!! ばか、お前。この子、川瀬 隆盛の女だよっ!!」と、声を上げる。
その声に全員、一瞬で顔から血の気が引いたように真っ青な顔して、そそくさとその場を去ってしまった。
・・・・・。ああ、あの子。多分、私の学校の子なんだわ・・・・。きっと、それで私と隆盛を知ってるんだ。
私の予想はまず当たっている。私がまだ男の子だったころ。この市内に隆盛に逆らう奴は、まずいないって話題を聞いたことがあったもの。あの子たちもきっとそれで去って行ったんだわ。
私は改めて隆盛の御威光というか、その実績がもたらすヤンキーからの尊敬度を体感し、隆盛を凄いと思った。
それから、誰も私に近づく男はいなかった・・・・。
ほどなく、隆盛は待ち合わせ時間ぴったりに表れた。
遅いぞっ!! 王子様のくせにっ!!
私がちょっと不機嫌そうに隆盛を睨みつけると、隆盛は小首をかしげて時計を確認する。
「おい、なんだよ? 時間丁度だぞ?」
アナタが時間丁度に来たりするから、私は、ナンパされてたのっ!!
なんて、理不尽な抗議を心の中でしてから、フト、私はあの子たちのような嫌悪感をこの王子様たちに感じたことが無い事に気が付く。
そう、私は隆盛達からどんなエッチな目で見られたり、エッチなことをされても、歓ぶことはあれど、嫌な感情を持ったことが無い。私がこんなにもアッサリ、女の子と言うものを受け入れてしまったのは、きっと、この3人がそれぞれ身も心もその生き方も美しすぎたことが理由なんだろう。
「何? ナンパされた?
お前。お前みたいな可愛い子が一人で立ってたら、誰だって声をかけたくなるぞ?
なんで気が付かないんだ?」
隆盛は、時間丁度に来たくせに、呆れたような顔で尋ねる。それがちょっと、カチンときた。
「・・・だって、先に来て待っててくれていると思ったもんっ!!」
「俺は少女漫画の王子様か?」
「う~っ!! でも、私の王子様候補でしょっ!!」
私が、むくれてそう言うと、隆盛は急にご機嫌そうな表情に変わり、私の頭をナデナデしながら、「そりゃそうだったな。」と、いうのだった。
この身長差、体格差の男性からナデナデされるのは正直気持ちいい。まるでパパにされるみたいな気がして、心地がいいの・・・・。
しかし、お互いいくら気持ちがいいからって何時までもこうしてナデナデしているわけにもいかない。
隆盛は、「じゃぁ、行こうか?」といって、私をエスコートしてくれる右手を差し出した。
「うんっ!!」
嬉しくなって、その右腕に抱き着く私。
あっ・・。胸が当たっちゃった・・・。まぁ、いいか。
だって、相手はいつかこの胸を好き放題に可愛がってくれるかもしれない男の人なんだし・・・・・・。そう思いながら、さりげな~く、隆盛の右腕から胸を外す私。
「あ・・・。いい感触だったのに・・・。」
なんて、隆盛がいやらしい事を言う。
「もうっ! それが王子様の言うセリフ?」
「はははっ・・。無自覚に男を誘惑するお前が悪いの!」
隆盛はそう言いながら、優しく私の手を引いてくれた。
火祭りの日の二日間は縁日の屋台がけっこう出ている。
これこれ。女の子になったのなら、一度はやってみたいイベントよね。彼氏におごってもらったり、金魚すくいでいいところを見せて貰ったり・・・・・。
そして、隆盛はその通りのことをしてくれた。
二人で綿菓子買って食べ歩き、金魚すくいをして金魚を二匹貰う。
祭りも屋台が練り合わせをしだすと、たけなわになる。
そして、屋台が練り合わせて神社を出ていくという事は、今日のお祭りがこれで終わるという事だった。
これだけお祭りで隆盛にかまってもらって、可愛がってもらっていると、私の中の隆盛株は、一気に高騰する。
・・・・ああ・・。やっぱり、隆盛といると楽しいわ。
男の子だったころから、隆盛とは気が合ったんだから、当然と言えば当然だけれども・・・・。この人は私と一番相性がいいと思うの・・・・。
そう考えるだけで、私の中の隆盛への好感度はマックスを迎える。ついつい、隆盛の右腕に絡めた自分の両手に力も入る。
ギューッとして、隆盛の肌の香りをかいで、それだけで蕩けそうになっている私がいた。
でも、隆盛は・・・去り行く屋台を見つめながら寂しそうに「お前は誰を選ぶんだろうな・・。」と、呟いた。
こんな弱弱しい声を上げる隆盛を見たのは、初めてだった・・・・。
「そして、俺も・・な。選ばないといけないんだよな。」
その言葉を聞いて私の胸はキュンと締め付けられる。
「初はさ。可愛いよ? 正直。俺はあいつが男でも全然抱けると思う。
見た目は好みだし、性格だって可愛い。
それでもさ・・・・。それでも、俺は、明。お前が好きだ。」
ここまでステキな告白があるだろうか?
隆盛は初という恋敵を最大限の誉め言葉で湛えつつも、最終的に私はそれ以上の存在だと言ってくれたのだった。
「でも、きっと。初には、俺しかいない・・・・・。俺がアイツを選んでやらなかったら、アイツはどうなっちまうんだろうな・・・・って。
そう考えると俺は決断できなくなっちまうんだ。 情けない話さ・・・。」
隆盛は自分が決断できないことを優柔不断だと思って苦々しいのだろう。
でも、それは違う。隆盛は、優しいだけ・・・・。その優しさに心が傷ついているんだわ。
でもね・・。隆盛。私もお姉様から教えられたことがあるの・・・・。
それは初にも女の子としてのプライドがあるってことを・・・・。
私は隆盛の右腕を撫でながら話しかけた。
「ねぇ、隆盛。
初もね、一世一代の恋をしているの。
あの子は私と会ったばかりの頃、自分は別に男が好きなわけじゃないし、性自認は男の子だって言っていたの。
そのあの子が、アナタと出会ってから、ガラッと変わってしまったの。自分が女なんだって、アナタに思い知らされてしまったの。
それからのあの子は、女の子なんか見向きもしない。私なんかかつての恋愛対象だったなんて。その時の気持ちなんかきっともう、忘れてるんじゃないかな?」
隆盛は、自分に会ったことで初の性自認が変わってしまったことを聞かされて驚いた。
「・・・え? でも、あいつは最初から女装してたじゃないか?
あいつは、元々、自分のことを女だと思っていたんじゃないのか?」
「それが初に聞いた話じゃ違うらしいの。
きっとあの子は最初は自分が可愛すぎることに酔いしれていた。そして、無理に女の子になろうと思わなくても、周りの女子たち以上に自分は可愛いから、男であっても構わなかったのだともう。
それが、アナタと出会ってから変わった。
アナタと言うステキな男の子に恋をしてしまった時、初めてあの子は自分が女の子だって、認識したんだと思う。後天性のように思えるけど、実際は違うと思う。あの子は、女の子としての美しさを既に持っていたから、自分の性別が気にならなかっただけ。」
私の説明を神妙な顔で聞いていた隆盛は、しっかりとした声で
「そうか。アイツは女なんだ。
だったら、俺は選ばないといけないな。アイツに同情するような感情は抱いてはいけない。
お前と初。両方を女として見て決断しないとダメなんだ・・・。」
あ・・・。隆盛は私のようにお姉様に事細かく説明されなくても理解している。
これが女同士の戦いであることを・・・・。
ああ。隆盛、やっぱりあなたは素敵な人。そして、とても優しい人・・・・・。
改めて。改めて私は、この人のことを好きになってよかった。そう思った。
「明・・・。」
隆盛は私の肩をガシリと掴むと、私を抱き寄せていった。
「明。お前が欲しいっ!
夏休みが終わるまで残された時間は少ないし、正直、自分が勝てる気がしねぇ。
それでも、俺は諦めないぞ。最後の最後まで、お前に俺が好きだと言わせて見せるっ!!」
隆盛は決断した・・・。
その思いの深さを抱きしめられた私が感じていたから、この言葉に嘘はないだろう。
そして、そんな燃えるような感情をぶつけられた私は、このままずっと隆盛の腕に抱きしめていてほしいと感じてしまうのでした・・・。