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生命の舞

「ふ~む。しかし、年頃の男女が集まっているとなると、保護者としては見守る義務があるねぇ・・・・。」

不知火先輩のお父さんは、マジマジと私と美月みづきちゃんとはじめの姿を見ながら、自分もこのお泊り会に参加すると言う。

「どうせ、アウトドア好きの自分も参加したいだけだろ?」と、不知火先輩は毒づいていたけど、少しうれしそうなのは、気のせいだろうか? と、思ったけれど、それが気のせいではないと気が付いたのは、飯盒炊爨用の真希割りを始めた時だった。

まぁ、このお父さん。アウトドアの申し子なんじゃないかと思うほど、斧やらナイフの扱い方がうまい。なんてったって、別荘の物置小屋から斧やら鉈やらナイフやらを持ち出して来て、「じゃぁ、研ぐかっ!」と言い出して、グラインダーでギャンギャン音を立てて斧の錆を取ると、大きな立派な砥石を用意して、刃をあてがうとシャー、シャー言わせて、あっという間に斧を研ぎあげる。

忠保ただやす。男子たちに薪割りを教えてあげなさい。」と言って、斧を木に投げつけると、斧は深々と木に突き刺さる。

「斧を投げるなって言ってるだろっ!!」って、抗議する不知火先輩が木から斧を抜き取ると、そこにはバターをナイフでえぐったみたいにポッカリ穴が開いていた。こわっ!

不知火先輩は、お父さんが研いだ研ぎ澄まされ過ぎている斧を手に取って、「じゃあ、今から木を切り倒しに行くから。」と、サラッという。呆気にとられながらも隆盛りゅうせいとお兄ちゃんは、不知火先輩についていく。

「じゃぁ、君たちはオジサンとカレーの用意をしよう。アウトドアと言ったら、まずはカレーだ。BBQは、明日ね。」

不知火先輩のお父さんは、笑顔で私たちにそう言うと、ランクルに積んであった保冷庫の中から大きな肉の塊と野菜の入った袋を出してきた。

「凄い筋肉の塊・・。」

料理に手慣れたはじめも初めて見るサイズのスジ肉の塊だった。

「これね。鹿肉。知り合いの猟師さんに分けてもらったの。プロの冷凍庫なら1年は持つから・・・。」

不知火先輩のお父さんは、こともなげに言うけれども、私達は鹿肉と聞いて、ちょっとたじろぐ。

「ああ、大丈夫大丈夫。ジビエはオジサンが家の中の圧力鍋で調理するから、君たちは、外の炊事場でこっちね。」

そう言って差し出す野菜袋には、玉ネギやジャガイモやキノコ類がいっぱい入っていた。想像以上の物量に私たちは驚く。

「・・・・こんな沢山の野菜袋を軽々と持ってたの?・・・・。」

私達は成人男性の腕力に感心すると、同時に、細身なのにパワフルなダンディの男らしさにため息をついた。

そういえば、はじめとかも私よりも小っちゃいのに全然、腕力じゃ勝てないし、不知火先輩も細いけど、やっぱり男性らしさがあるものね。性別による格差は想像以上にあると改めて実感した。


「グリム童話にね。”良い妻を手に入れたければ、チーズの皮の剥き方を見ろ” ってお話があってね。料理は女子力の見せ所だよ。君達。」

なんて不知火先輩のお父さんが煽るから、私達の女心に火が付いた。

建物の外の炊事場に着くとはじめは、玉ねぎを手に取って私に向けて差し出す。

「負けないわよっ! あかりちゃんっ!!」

いいわよ。受けて立とうじゃないのよっ!!

私はその玉ねぎを手に取ると、調理用のナイフを使ってみじん切りにする。

「わぁっ! わっ!! 明ちゃん、凄いっ!! すっごい速さでみじん切りにしてる!!」

美月ちゃんが私の花嫁修業の成果に声を上げて感動する。その姿を見てはじめも負けじとジャガイモの皮をむく。

その様子を見て不知火先輩のお父さんは、「やぁ、立派な花嫁候補たちだ。」と言って愉快そうに笑った。


それから30分もすると男子たちが大きな木を肩にしょって歩いてきた。

「ははは。女の子にいいところを見せようと大きな木を切ってきたものだ。」とお父さんに茶化されて不知火先輩はちょっと唇をとんがらせながら、不機嫌そうに「これぐらい楽勝さ。」と、言った。

お父さんに鍛えられているのか、不知火先輩は意外なほどアウトドアのテクニックに精通していて、3人で肩に担いできた木を斧とハンマーでたたき割って細かくしていく。

カコーンッ! カコーンッ! と、小気味いい音で斧が入っていくと、木目に従って縦に割れていく木の様子に私達女子は興奮気味に「不知火先輩カッコいいっ!」と、はしゃいだ。

八分割された木を今度はのこぎりで隆盛が引き切って、最後にお兄ちゃんが鉈でさらに細かくしていくのだけれども、野生児のような隆盛と違ってインドア派のお兄ちゃんは思う様に木を割ることが出来ない。

「ああ、僕がフォローしますよ。お兄さん・・・・。」などと、不知火先輩に手助けされて「君にお兄さんと言われる筋合いはない。」なんて、漫画みたいなセリフで不貞腐れるお兄ちゃんはちょっと大人気ないね・・・・。きっと、隆盛や不知火先輩みたいにアウトドアでいいところを全く見せられないのが口惜しいんだろうけど、残念ながら、ここは完全に不知火先輩のフィールドだった。一応の男らしさを発揮する隆盛もさすがに経験に勝る不知火先輩の手際よさの前には、敵わない。二人は、「ここに来たのは、失敗だったかも」と、焦っているように見えた。

ただ、こうして切りあがった薪は、実は使えるのは3年後だという。3年寝かせて乾燥させないと煙が多いらしい。不知火先輩は、新しい薪を倉庫にしまうと、代わりに3年前に用意した古い薪の束を持って出てきた。

「さぁ、これで料理を作ってね。男連中はお腹がペコペコなんだから・・・・。」

なんてことを爽やかに言ってのける姿がまたカッコよくて、美月ちゃんが思わず「やっぱ・・いい・・。」なんて小声でつぶやいてた。油断ならない。


私達がシーチキンの油を利用して野菜をいため終わった時、圧力鍋でグツグツにされた鹿肉のコマ切れを持った不知火先輩のお父さんが現れて、大きな鍋に野菜と鹿肉をまとめて入れて、隠し味の醤油を入れてから、不知火先輩が用意した大量の薪をふんだんに使った業火にかける。

轟轟と燃え盛る火力は、あっという間にカレーの具材をトロトロに溶かしていく。

その様子を見て、誰もが「このカレーが美味しくないはずがないっ!」と確信していた。


30分後に全員が空腹のピークを迎えていた。そのせいだろうか? 私たちは鹿肉に恐れを抱くこともなく、カレーを口にした。

最初の一口で皆が「美味しいっ!」と全く同じことを口にする。

いや、本当に。圧力鍋で潰された鹿肉はトロトロになっていて口当たり優しく、そして意外なほどに癖が無かった。

「下ごしらえが大変なんだよね・・・・。」なんて誇らしげに不知火先輩のお父さんが口にするけど、その労力を感じさせるうまみを鹿肉は出していた。

「うむ。鹿肉はな。下ごしらえ、特に血抜きじゃな。それから酒とショウガで臭みを抜くのが大変なんじゃが、この男、上手に調理しておるわ。」

と、お姉様が感心するほど、不知火先輩のお父さんのジビエは本格的だったらしい。

私達は、そんな普段は口にしないジビエの味に舌つづみを打ちながらアウトドアの醍醐味を味わったのでした・・・。


夜になると、キャンプアイヤーは欠かせないと言って不知火先輩のお父さんは木をくみ上げて火をともす。

「明日は、ここで花火だけど今日は、みんなで歌おうかっ!」

そういって携帯サイズのカラオケマイクを引っ張ってきて、キャンプファイヤーの前で皆で歌うことになった。

人気のない大自然の中。私たちは自分たちだけの世界で大声で歌う。山の上の一軒家だからできること。

そして、ここでお兄ちゃんは名誉挽回だとばかりに美声を響かせる。

普段から歌のレッスンにも通うお兄ちゃんは歌い慣れている。その上・・・・あのエロボイスでしょ?

はじめと私と美月ちゃんは、たちまち恥骨をやられてしまった。

体が火照るように熱くなり、お兄ちゃんを見るだけで胸がドキドキしてくる。

ああ・・。その声で私に愛を語りかけて・・・・。

そんな思いが私達、3人の心の中を駆け巡り、その場で脱ぎだしたい気持ちにすらなった。いや、お姉様なんか、私の心の中で既に全裸待機だった。

「もっと!! もっと!! 妾にその美声を聞かせておくれっ!! 」と言いながら、全裸で怪しげな舞を踊る姿が私の脳裏に映像化されてよぎる。それが豊穣神のお姉様の神聖の一つ、この世の全ての生き物に活力を与える生命の舞だと知ったのはずっと後のことだったけど、その効果は、確実に私たち3人娘の体に影響を与えていた。

死と対なる生は性に由来し、命を産み出すセックスは本来神聖なもの。邪悪を払い、死神を遠ざける神秘と古代人が崇めた。その奇跡を促す生命の舞は私たちの恋心に火をつけようとしていた・・・・・。

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