いつか咲く君に 8
翌日、つつがなく仕上げたリテイクのサクライラストを野瀬さんに渡す。チェックが入ってハイOK。すると野瀬さん、参考までにとゲラのコピーをわざわざ持ってきてくれた。そこには俺とかぶったという、うっちゃり八兵衛のイラストが印刷されている。俺は無関心を装ったが、野瀬さんが帰ってから大急ぎでそのゲラを確認。思わず息を呑んだ。
かぶってるとされた問題の絵は確かに俺が描いたものと酷似していた。これじゃ野瀬さんがリテイク出すのも無理はない。感謝したいくらいだ。
もっと気になったのが、あいつの画力が先月とは段違いに向上していることか。とはいえ、俺の方がまだまだ上なのだが。しかし何か引っかかる。しばらく眺めてすぐ気付いた。あいつの絵柄が俺の絵柄に似てきている。だからなお似ているのだ。これはかぶってるとかの問題じゃない。とはいえパクリとも言えない。
なにしろあいつは俺が描いた絵を見てこれを描いたわけじゃないから。きっとあいつは俺の絵柄を自分のものにしようとして、図らずも俺とそっくりな絵を描き上げたのだろう。
嫌な気がするわけじゃないが、どうにも不気味だ。なんだかこっちが追われてるような気になる。数カ月後には大化けしてないとも限らない。抜き去られる時は恐らくあっという間だろう。俺には情熱がない。ただ小手先の技術があるのみ。だがあいつは違う。情熱がある上、技術まで身に付けられたらもう太刀打ちできない。そこにはプロとかアマとか、素人かなんて区分はあまり関係ない。俺が敗北を認めた時が、あいつに抜き去られたときなのだ。今まで幾度となく味わったやつだ。その都度俺の情熱は冷めてゆき、現実と折り合いを付けざるを得なくなった。
とにもかくにも次が最後のバイト。気合の入った絵で実力差を見せつけてやりたいとこだがサクラの俺にはそれも許されない。他の投稿者より目立ってはいけない。追われる立場であろうがなんだろうが、没個性の魅力のない絵を描かねばならない。そうか。俺がこのバイトに抱いていたネガはこういうことだったのか。ただの素人にも劣っている現実を突きつけられるのが怖かったのだ。
正直、もうこのバイトをやめたい。ただでさえ後ろ暗いことやってる負い目があるってのに、素人の投稿者にプレッシャーまでかけられてたんじゃ割に合わない。とはいえ、野瀬さんの手前もうやめますとは言えないし、どうせ次がラスト。それが終わったらもう俺にイラストの仕事もなくなる。そう覚悟を決めて最後のイラストの制作にかかる。
が、全く筆が進まない。何を描いてもあいつとかぶってしまう気がしてしょうがない。適当なイラストではあいつに出し抜かれてしまいそうだ。何を描けばいいのか全く見えない。今までこんなことなかった。
野瀬さんに頼んであいつの投稿作が届いたら見せてもらうか。いや、ダメだダメだ。こっちはセミとは言えプロなんだぞ。サクラごときの仕事でクライアントに手間かけさせてどうする。なにより俺のプライドがもたない。
何のイメージも湧かないので例の雑誌のバックナンバーを漁る。直近のゲームのイラストではかぶる確率が高いが、昔のゲームならその心配はなかろうという打算だ。かぶりそうにないモチーフを決め、素人にはちょっと難しいアングルで描くことにする。目立ってはいけないサクラとしては不本意だが、あいつに後れを取りたくない。その分、イラスト自体を地味に仕上げればそう目立たない出来栄えでも負けた気にはならないだろう。
方向性が決まると仕上がりは早かった。結構気合が入ってたのもその一因だろう。サクラで気合を入れるのはNGなのだが。でも次が最後。ちょっとは色気出したって構わないだろう。